囚われたスカーレット
*
「ん、んん……っ」
意識がぼんやりと戻り、スカーレットは薄暗い空間の中にいることに気づいた。
冷たい石の床の感触が肌に伝わり、空気は湿っていて生ぬるい。
「んむっ、んんんっ!」
動こうとするも、身体が痺れていて思うように動かせない。
それどころか、唇すらまともに開かず、呪文を唱えることもできなかった。
(何よ、これ……!?)
全身の感覚がまだ麻痺していることに混乱しながらも、必死で状況を把握しようとしたそのときーー。
「ようやく目を覚ましたか」
突然、耳元で低く響く声に、スカーレットの体が強張った。
顔を上げると、モジャモジャの白髪をした白衣の男が、不気味な笑みを浮かべてこちらを覗き込んでいた。
「あ、あ……!」
「おや、僕が何者か気になるかい?」
男はまるで玩具を品定めするように、スカーレットの顎をくいっと持ち上げる。
不快感と嫌悪感に、全身の毛が逆立つのを感じた。
「特別に教えてあげよう。僕はエイル、白き爪痕の研究主任さ」
(白き爪痕……?)
聞いたことのない名に、スカーレットの眉がピクリと動く。
しかし、エイルは彼女の反応を楽しむように、芝居がかった仕草で両手を広げた。
「光栄に思うといい。君の力は、完全なる召喚獣創造の礎となるのだからね」
「……は?」
あまりにも突拍子のない言葉に、スカーレットは思考が追いつかない。
「……おっと、少々喋りすぎたようだ」
エイルは白衣の袖を払うと、指を軽く鳴らした。
すると、どこからともなく白づくめの人物たちが音もなく現れ、スカーレットを囲む。
「ドクター、指示を」
「この娘を奥へ連れていけ」
「はっ、仰せのままに」
「ちょ……っ!」
スカーレットは反射的に抵抗しようとするが、痺れた身体ではどうにもならない。
腕を拘束され、そのまま引きずられるようにして地下通路を進まされた。
(ここは……?)
ぼんやりとした意識の中で、スカーレットは周囲を見渡す。
通路の両側には無数の檻が並んでいた。
中には、無表情で座り込む少年少女たちの姿ーー
(この顔……サマー・ハーバーの張り紙にあった子たち……!)
スカーレットの胸に、冷たい戦慄が走る。
彼らはすでに何らかの実験の被験体にされているのかーー
そして、その中の一つの檻に、見覚えのある少女がいた。
(サラ……!)
サラ・エヴァンスーースカーレットのクラスメート。
数日前から姿を消していた彼女が、ここにいたのだ。
「スカーレットちゃん……」
虚ろな瞳のサラが、か細い声で名前を呼ぶ。
スカーレットは必死に応えようとするが、口の痺れはまだ抜けきらず、声にならない。
もどかしさを感じる間もなく、白づくめの男たちはスカーレットをさらに奥へと運んだ。
通路の先ーーそこにあったのは、一際頑丈そうな鉄格子の檻。
「ここで大人しくしているんだな」
檻の中へ乱暴に放り込まれ、鉄扉がガチャンと音を立てて閉じられる。
外の男たちは、スカーレットの冷たい視線を一瞥すると、そのまま背を向けて去っていった。
(ここは一体何なの……?)
スカーレットは歯を食いしばり、拳を握る。
白き爪痕ーー彼らは何を企んでいるのか。
そしてーーこの檻から抜け出し、サラたちを救い出す方法はあるのか。
*
魔力の残滓を辿るジータを追いかけ、オレが行き着いたのは、サマー・ハーバーのシンボルともいえる魔導回転塔のふもとだった。
「まさか……ここにスカーレットがいるのか?」
見上げる先には、魔力の光を帯びながらゆっくりと回転する巨大な塔。
圧倒されるような威圧感を放つその建造物の前で、オレは立ち尽くす。
ーーだけど、ジータは迷いなく答えた。
『この下にいる、間違いない』
「本当か!?」
『ああ、確かに小娘の魔力の残滓が地下へと続いている』
ジータの言葉に、オレの胸は高鳴った。
スカーレットは、この地下に囚われているーー!
だが問題は……どうやって地下へ潜入するかだ。
魔導回転塔のふもとは、厳重なバリケードで封鎖され、警備員が巡回している。
正面突破なんて到底無理だ。
「クソッ、ここまで来て、何もできないのかよ……!」
苛立ちに任せて強く足を踏み鳴らしたその時ーー
「はぁ、はぁ……っ。全く、君というやつは先走りすぎだ」
レン先輩が、息を切らせながら駆けつけてきた。
「レン先輩……!」
「まったく、私が追いつく前に突っ走るとは、相変わらずだな」
呆れたように肩をすくめるレン先輩に、オレはすぐさま頭を下げる。
「レン先輩! オレに力を貸してください! スカーレットを助けたいんです!」
するとレン先輩は、ふっと笑って言った。
「最初からそのつもりだよ、スタン。そのために、頼りになる仲間も呼んでおいた」
「仲間……?」
その直後ーー
淡い光が地面に魔法陣を描き、そこから現れたのは……。
「イリヤ……!?」
現れたのは、魔術学科の天才少女ーーイリヤだった。
「どうして、お前がここに……?」
オレが驚いて問いかけると、イリヤはとんがり帽子のつばを指でつまみ、顔を少し隠すようにして答えた。
「生徒会長の頼みですからね。断るわけにはいきませんでした……」
そこまで言うと、彼女はちらりとこちらを見て、ほんの少し視線を逸らした。
「……それに、あなたは友達ですからね。困っていたら助けるのは当然ですっ」
「イリヤ……お前……!」
オレが思わず感謝の言葉を口にしかけたその時ーー
「スタンくーーん! お待たせしましたわ~!」
可憐な声が空から降ってきた。
見上げると、白銀の翼を持つ雪梟ワイズの足に掴まりながら、優雅に飛んでくるシルヴィアの姿があった。
「シルヴィア! お前も来てくれたのか!」
ーーちなみに、彼女はスカートの下には黒いレギンスを履いていたため、不本意な事故などは起こらなかった。
「スカーレットがピンチと聞いて、じっとしていられませんでしたの!」
ワイズがゆっくりと降下し、シルヴィアは軽やかに地面へと降り立つ。
「レン先輩、二人を呼んでくださってありがとうございます!」
「礼には及ばないさ。私も白き爪痕を追っていたところだからね」
レン先輩が真剣な眼差しでそう告げると、場の空気が引き締まる。
「では、作戦を伝えるぞーースカーレット奪還のための潜入作戦を」