召喚獣狩り
*
「ったく、なんでアタシがこんなところで待たされなきゃいけないのよ……っ」
スカーレットは公衆トイレの前で腕を組み、苛立ち混じりに足をトントンと鳴らしていた。
――スタンが急にトイレに行きたいと言い出したせいだ。
しばらく待たされているうちに、彼女はふと視線の先に青く光る蝶を見つけた。
「……きれい」
昼の陽光を浴びて煌めくその羽は、まるで宝石のようだった。
スカーレットはつい、その美しさに惹かれて蝶を目で追う。
蝶はふわり、ふわりと舞いながら、細い路地の奥へと誘うように飛んでいく。
――ほんの少しだけ、近くで見てみようかな。
そう思ったのが、間違いだった。
蝶を追いかけるうちに、スカーレットは人通りの少ない路地裏へと足を踏み入れていた。
「あれ……? いない?」
周囲を見渡してみるが、蝶の姿はどこにもない。
それどころか、薄暗い路地裏には異様な光景が広がっていた。
――ゴミが散乱し、壁には古びた落書き。
――ホームレスや孤児たちがうずくまり、虚ろな目で座り込んでいる。
先ほどまでいた煌びやかなサマー・ハーバーの華やかさとはまるで別世界だった。
「ううっ、臭っさ~……」
鼻をつまみながら、スカーレットはそそくさと引き返そうとする。
「――いけないっ、早く戻らなきゃ!」
だが、その瞬間だった。
ひらり――。
先ほどの青い蝶が、目の前に再び舞い降りる。
「……きれ~い」
スカーレットは一瞬、その美しさに目を奪われた。
だが、蝶が不自然に羽を震わせた次の瞬間――
「……っ!?」
視界がぐにゃりと歪んだ。
――頭がぼんやりする。身体に力が入らない。
「な、なにこれ……?」
力が抜け、膝が崩れ落ちる――その刹那。
ガシッ!
何者かの腕が後ろからスカーレットの身体を羽交い締めにした。
「ちょっ……!?」
声を出そうとしても、喉が詰まったように出せない。
――マズい、逃げないと……!
だが、手も足も言うことを聞かない。
視界が暗転し、意識が遠のいていく中――
地面に、エメラルドグリーンのヘアピンが音もなく転がった。
*
「ふーっ、スッキリした~」
公衆トイレを出たオレは、待たせていたスカーレットの元へ急ぐ。
甘いものを飲み食いし続けたせいで、さすがに我慢の限界だった。
だが――
「あれ? ……スカーレット?」
彼女の姿が、ない。
少し離れて立っているかと思い、周囲を見渡してもどこにもいない。
「おーい、スカーレット~!」
呼びかけても返事はなく、周囲の人々も見知らぬ顔ばかりだ。
「ったく、どこ行ったんだよ……」
オレは軽い苛立ちと不安を抱えながら、彼女を探し始める。
だが、どれだけ探しても見つからない。
――そして気がつけば、オレは細い路地裏に足を踏み入れていた。
「まさか、こんなところに……?」
壁にもたれかかるように力なく座るホームレスや孤児たち。
サマー・ハーバーの煌びやかな景色とは対照的な、陰鬱な空間が広がっていた。
オレは引き返そうとした、その時――
足元で、緑色の光がきらりと煌めく。
しゃがんで拾い上げたそれは――
「スカーレットのヘアピン……?」
エメラルドグリーンのヘアピン。
オレが今日、買ってやったもの。
だが、それはひび割れ、無残に地面に転がっていた。
「スカーレット……まさか……!」
胸騒ぎが、一気に強まる。
「スタン!」
鋭い声が響いた。
振り向くと、肩を上下させ息を切らせたレン先輩が立っていた。
「スタン、スカーレットと一緒だったのでは?」
「……はい。でもトイレから戻ったら、いなくなってて……」
オレは落ちていたヘアピンを差し出す。
レン先輩の表情が険しくなる。
「……遅かったか」
「どういうことですか!?」
「スカーレットはおそらく――召喚獣狩りに巻き込まれた」
「え……?」
一瞬、言葉の意味が理解できなかった。
「レン先輩! 召喚獣狩りって、何なんですか!? それにスカーレットは無事なんですか!?」
「落ち着け、スタン!」
オレの肩を掴み、レン先輩が真剣な目で見つめる。
「……もう隠している場合ではないな。召喚獣狩りは、最近頻発している誘拐事件の黒幕『白き爪痕』という組織が関与している可能性が高い」
「白き爪痕……?」
「謎の組織だ。学園の召喚学科の生徒ばかりが狙われている……」
「そんな……」
オレは拳を握りしめた。
「そいつらを追えないんですか!?」
「手掛かりがあれば、だが……。スカーレットほどの強い魔力なら、魔力の残滓を辿ることができるかもしれない。 召喚獣なら、それが可能なはずだ」
「――ありがとうございます、レン先輩! ――我、汝を呼び求む。時空を超えて我が呼び声を聞け。古の暴君よ、顕現せよ!」
オレが詠唱を唱えると、紫の魔法陣からジータが現れる。
「ギャーオ!」
『何用だ?』
「ジータ、スカーレットの魔力の残滓を感じ取ることはできるか!?」
藁にもすがる思いで問いかけると、ジータは鼻を鳴らしながら答えた。
『造作もない。我ほどの存在なら、その程度は容易い』
「それなら――!」
『……だが、何故我がそのようなことをせねばならん?』
「は?」
思いもしなかったジータの反応に、オレは一瞬固まる。
「おいジータ! スカーレットが拐われたんだぞ!?」
『それがどうした。貴様のしもべに成り下がった覚えなどない』
「……お前、それでもオレの召喚獣かよ!?」
『フン、貴様の都合で戦わされるなど、虫唾が走る』
ジータの非情な言葉に、オレは愕然とした。
「くっそ……」
このままじゃ、スカーレットを助けられない――!
『……貴様、なぜ泣いている?』
「は?」
言われて、頬を伝うものに気づいた。
オレは、泣いていた。
……いつもツンツンしてて、素直じゃないスカーレット。
でも、その強がりの奥には、誰よりも優しさがあった。
気づけば、彼女はオレにとって――かけがえのない存在になっていた。
オレは、地面に手をつき、額を擦り付ける。
「頼む……ジータ、力を貸してくれ!!」
『な、何だ貴様!?』
「オレ、やっと分かったんだ! スカーレットがどれだけ大切な存在だったのか! だから……オレは何でもする! お前の力が必要だ!!」
誇り高いジータに、ひたすら懇願するオレ。
しばし沈黙が続いた後――
『……後で美味い魔力を寄越せ』
「……ありがとう、ジータ!!」
『行くぞ、あちらから魔力の残滓を感じる!』
「おう!」
オレはジータの後に続き、全速力で駆け出した。
待ってろよ、スカーレット……! 絶対に助け出してやるからな!!