理論と直感
視界が晴れた頃、オレの目の前には倒れ伏すジータの姿があった。
「どうやら勝負あり、のようですね。古の召喚獣とやらも、この程度ですか」
つまらなそうに杖を回すイリヤ。
だが、オレはまだ負けたとは思っていない。
「立て、ジータ! お前はこんなもんじゃねえだろ!!」
オレの叫びに応えるように、ジータが震える脚で必死に立ち上がる。
「クグルル……!」
『我を誰だと思っている!!』
揺れる瞳に宿る闘志。
「まだ立てるのですね。前言撤回です。私の魔法を受けてなお立ち上がれるとは、さすが古の召喚獣……」
イリヤが杖を握り直す。
「ですが――」
瞬間、雷光がイリヤの杖先に集まる。
「雷よ轟け、荒ぶる天雷!!」
放たれた雷撃が無数の蛇のようにうねり、ジータに襲いかかる。
「ジータ、かわしながら距離を詰めろ!」
『言われなくてもそうする!』
ジータは雷の奔流をギリギリで回避しながら、ジリジリと間合いを詰めていく。
「その動き、想定内です! 土よ阻め、土塊の障壁!」
四方から土の壁がそびえ立ち、ジータを閉じ込めようとする。
だが――
「オレは信じてるぜ、ジータ。お前が最強だってな!!」
『クギャーオ!!』
次の瞬間、ジータは躊躇なく頭突きをかました。
バゴォォン!!
鈍い音を立てて土の壁が粉砕される。
「そう来ましたか。なら、これはどうでしょう! 炎よ迸れ、火炎の花道!」
イリヤが杖を振ると、一直線に炎の柱が駆け抜ける。
「ジータ!」
オレが思わず叫ぶ。
が、ジータはその炎の中に躊躇なく突っ込んでいった。
「ギョワーーーーーーー!!」
爆ぜる炎の中心で、ジータの魔力が急激に膨張する。
牙の化石を入れてる右ポケットが焼けるように熱い、ジータと共鳴してるのか……!?
「まさか……この期に及んで魔力が急上昇しているのですか!?」
イリヤが驚愕の声を上げる。
ジータが炎をものともせず駆け抜けると、その眼光がイリヤを捉えた。
「水よ押し放て、激流の砲撃!!」
イリヤが鉄砲水を撃ち放つ。
ジータの正面から轟音とともに圧縮された水弾が炸裂する――
……が。
「ギョワーーーーーーー!!」
ジータは足を踏みしめ、水圧を真正面から受け止めた。
ズザザザッ……!
水の勢いに押されながらも、ジータは地を削るように前進する。
「な、なんですって!?」
イリヤの動揺が隠せない。
そのままジータが全身を震わせ、水流を一気に弾き飛ばした。
「きゃあっ!?」
反動でイリヤが尻餅をつく。
そのまま――ジータの巨大な爪が、イリヤの腹をグッと踏みつけた。
「クグルル……!」
「っ……あ……」
獲物を狩るようなジータの瞳。
イリヤは青ざめ、恐怖に震える。
そのまま、白目を剥いて気絶した。
「しょ、勝者スタン&ジータ……!」
シルヴィアの審判が響く。
「……本当に、勝ったのか……?」
一瞬の静寂。
そして――
「うおおおおおおおっ!!」
「スタンがイリヤに勝ったぞ!!」
「あの魔術の天才に!?」
「もう学園に敵なしじゃねえか!?」
歓声が爆発した。
だが、オレは勝利の余韻に浸る暇もなく、倒れたイリヤに駆け寄る。
「おい、イリヤ! 大丈夫か!?」
華奢な肩を揺さぶる。
……が、反応なし。
「――気を失っているだけですわ、スタンくん」
シルヴィアが冷静に言う。
「そ、そうか。……よかった」
ほっと胸を撫でおろした瞬間、鼻をかすめるツンとした臭い。
「……まさか」
オレは慌てて視線を逸らした。
「これだから男の人はデリカシーがないですわね……」
シルヴィアが呆れたようにため息をつく。
「そ、それよりもこいつを医務室に運ぼうぜ!」
「ええ、それならば――アレッタ、出番ですわよ」
「はいでございます~」
どこからともなく現れたのは、メイド服姿の少女――アレッタ。
小柄な体格にも関わらず、気絶したイリヤをひょいっと軽々抱え上げる。
「な、なんでそんな力持ちなんだよ……」
「女の子にもいろいろあるのですわ」
シルヴィアがクスリと微笑む。
「それでは、スタンくん。あなたもご一緒に」
「あ、ああ……」
こうして、オレたちは気を失ったイリヤを連れて医務室へと向かった――。
「ん、んん……っ。あれ、ここは……?」
医務室のベッドで横たわっていたイリヤが、ようやく目を覚ました。
「やっと気がついたみたいだな」
オレが声をかけると、イリヤはまだ少しぼんやりした様子で、ゆっくりと視線を巡らせる。
「あなたは……スタンさん?」
まだ混乱しているようだ。
「お前、気絶したままだったからな。アレッタさんの力も借りて、医務室まで運んだんだよ」
「そう、だったのですね……」
イリヤはそう呟くと、ふと浮かない顔をしてシーツをぎゅっとつまむ。
「私……負けたんですね」
「まあ、そうなるな。でも、お前もさすがの強さだったぜ。オレたちが勝てたのなんて、まぐれみたいなもんさ」
そう言うと、イリヤの肩がかすかに震えた。
「でも……負けた……」
小さく漏れる声とともに、イリヤの瞳からぽつりと涙がこぼれ落ちる。
その瞬間、オレは気づいた。
この戦いが、ただの模擬戦や意地の張り合いではなかったことに。
イリヤ・フォン・ノクターンにとって、負けるということが、どれほどの意味を持っていたのか――。
オレが言葉を探している間に、イリヤはそっと涙を拭い、ふっと小さく微笑んだ。
「この私に勝つとは……スタンさんも大したものですね」
その言葉には、どこか悔しさがにじんでいる。
「いや、ジータが頑張ってくれたおかげだよ。オレなんて、まだあいつに引っ張られてばかりだし……」
「それも、そうですね」
イリヤがクスリと噴き出す。
その仕草が、いつもの冷静で知的な彼女とは違って、どこか幼く見えた。
……あれ、こいつ、こんな可愛かったか?
「ですが、そんなジータが全力を出せたのも、あなたが召喚獣を全面的に信じていたからだと思いますよ」
「そ、そうか?」
「ええ。私は理論で戦ってきたけれど、あなたは違った。私には理解しがたい、“直感”で召喚獣と向き合うやり方……」
イリヤはゆっくりと目を閉じ、深く息をつく。
「私は、幼い頃から魔術のエリートとして育てられました。理論と計算こそがすべて。努力と知識を積み上げれば、いずれはどんな術でも扱えると信じてきた……」
その声には、どこか自嘲の響きがあった。
「でも、あなたの戦いを見て、私は……ほんの少しだけ、違う可能性を感じました」
淡いピンクの瞳が、まっすぐにオレを見つめる。
「直感的な召喚術というのも……悪くないのかもしれませんね」
「そうか?」
「ええ。私もまた一つ、大切なことを学べたと思います」
イリヤの微笑みは、さっきまでとは違って、どこか吹っ切れたような清々しさを感じさせた。
「それじゃあイリヤ、お前ももう友達だなっ」
「友達……ですか?」
目を丸くするイリヤに、オレはニッと笑って続ける。
「こうしてぶつかり合って、分かりあえたんだ。もう友達みたいなもんだろ」
「友達……そう、ですね」
頬をほんのりと染めたイリヤが、少し迷ったようにしながらも、そっと手を差し出す。
「それでは……よろしくお願いします、スタンさん」
「おう、こちらこそな!」
しっかりと手を握り合う。
こうしてオレは、魔術学科の天才――イリヤとも友達になったんだ。