暴走
ある日の授業中、オレは実験室でジータを召喚し、魔力制御の訓練をしていた。
「ギギギ……!」
ジータの荒々しい魔力は相変わらずで、オレは紋章の刻まれた手で必死に押さえ込んでいた。
ほんの少しの気の緩みで、魔力が暴れ出しそうな感覚が手のひらに伝わってくる。
「ふーむ……」
魔道具のメーターを覗き込んでいたラホール先生が、眉をひそめた。
「ラホール先生、どうでしょうか……?」
「うむ、キミの魔力制御は不安定すぎる。少しの乱れで魔力が暴走する可能性が高いな」
暴走、か……。ジータの力が制御不能になったら、一体どうなるか。考えただけでゾッとする。
その時――一瞬、気が緩んだ。
「うっ!?」
「ギャアアアアオ!!」
紫のオーラがジータの体を包み、突如として周囲の魔道具がバチバチと火花を散らし始める。
「な、何だ!?」
クラスメートたちが騒然とする中、次の瞬間――。
バシュッ!!
学園中の魔力灯が、一斉に落ちた。
「魔力灯が落ちた!?」
「おい、真っ暗だぞ!」
「ラホール先生、何が起こったんですか!?」
暗闇の中、クラスメートたちが不安げに声を上げる。
「キミとジータの魔力の乱れが、学園全体の魔力循環に影響を及ぼした可能性が高い……」
ラホール先生の声が響く。
オ、オレのせいなのか……?
動揺するオレの腕に、突然何かがしがみついてきた。
「きゃあっ!?」
柔らかくて、温かい感触。さらに、ほのかに甘い香りが鼻をくすぐる。
「な、スカーレット!?」
「な、何よ……!? こういう時はそばにいた方が……安全じゃない……?」
声が震えてる。こんなに密着してきて、本人は無自覚なのか?
「いや、それはいいけど……当たってるぞ」
「~~~~っ!?」
暗闇の中で、スカーレットの気配が一瞬ビクリと跳ねる。
「ち、違うのよ!? これは……その……不可抗力で!」
スカーレットのしがみつく力がさらに強くなり、ますます柔らかい感触が……いや、違う、今はそれどころじゃない!
その時――
ドォン!!
「きゃっ!」
大きな衝撃音が響き、スカーレットが再びしがみつく。
「ラホール先生! 校内のゴーレムが暴走しています!」
「何だと!?」
職員の叫び声に、クラス全体が凍りつく。
「ゴーレムが!? どうしてこんなことに……!?」
「ま、まさかスタンの魔力暴走が……?」
「こ、こっちに来るんじゃ……!?」
オレのせいで、学園中の魔力制御が乱れたのか!?
「ラホール先生! オレ、行ってきます!」
「待て、スタン・レクシー君! 無闇に動くのは……」
――行ってしまったか。
ラホール先生の制止を振り切り、オレは暗闇の中を駆け出した。
「ジータ、行くぞ!」
「ギャオオッ!」
小柄なティラノサウルスのジータが力強く吠え、オレの隣を走る。
「ちょっと、スタン! 待ちなさいよ!」
スカーレットの声が背後から飛んできた。
「オレらのせいでこんなことになったんだ! オレがなんとかしねぇと!」
「スタン……。ったく、しょうがないわね!」
スカーレットがオレの手をグッと握る。
「スカーレット?」
「アンタだけじゃ不安なのよ! だからアタシも行く!」
「スカーレット……」
「か、勘違いしないでよ!? 緊急事態だからよ!!」
「……ああ!」
オレたちは校庭に向かって全速力で駆ける。そこには――
巨大なゴーレムが十体近く、校舎の影に蠢いていた。
「ゴーレムがあんなにたくさん……!」
「あいつら全部が暴れだしたら、学園がとんでもないことになる!!」
オレたちは校庭へ駆け込み、巨大なゴーレムたちを目の当たりにした。
その体躯はオレたちの三倍以上。まるで石の巨人がズラリと並んでいるようだった。
「ゴルルル……」
こちらに気づいたゴーレムの眼光が、不気味な赤い光を帯びる。
「ゴルルオオオオオオ!!」
十体のゴーレムが一斉に腕を掲げ、地響きを立てて襲いかかってくる!
「来るぞ!?」
「こうなったら、全部ぶっ潰すだけよ! ――我、汝を呼び求む。業火の息吹を操る赤竜よ、顕現せよ!」
スカーレットの詠唱が響き、展開した赤い魔法陣からレッドドラゴンのドレイクが姿を現す。
「グウウウウウウウウン!!」
「スタン! アンタもジータに命令するのよ!」
「お、おう! ――ジータ!」
「ギャーオ!!」
『あいつらを倒してしまっていいんだな?』
余裕の口ぶりでうそぶくジータを、オレはゴーレムたちに向かわせる。
「ギャーオ!!」
ジータが突進し、ゴーレムの腕に鋭い牙を突き立てようとする――が。
ガキンッ!
「ギャウウ!?」
ジータの噛みつきが、まるで通じない。石の肌が硬すぎるのか、それとも……!
「ゴルルオオオオオオ!!」
次の瞬間、ゴーレムが豪腕を振り下ろした。
「わわっ!?」
オレはとっさにジータを抱え込み、側転するように回避。
直後、ゴーレムの拳が地面に叩きつけられ、校庭の土を深々と抉った。
「すっげえパワーだなー、おい!」
「スタン! ゴーレムの弱点は右胸の紋様よ! ――ドレイク、そこを狙ってぶっ潰しなさい!」
「ゴオオオオオオン!!」
スカーレットの指示に応え、ドレイクが猛然と突進する。
狙いすました一撃が、ゴーレムの右胸を貫いた。
「ゴルル……!」
紋様を破壊されたゴーレムは、赤い光を失い、轟音とともに土くれへと崩れ落ちた。
「やった!」
「スタンも授業で習ったはずよ!」
「そうだったっけ……?」
「んもー、スタンってば……」
スカーレットの呆れた声が聞こえるが、今はそれどころじゃない。
弱点さえ分かれば、勝ち目はある!
「ジータ! ゴーレムの右胸の紋様を狙え!」
『若輩の分際で我に命令するな!』
悪態をつきながらも、ジータが跳躍してゴーレムの胸に噛みつこうとする――だが。
「クゴゴゴ……!」
牙が通らない!
「なんだってんだよ……!?」
「ゴーレムは土の密度を自在に変えられるのよ! 攻撃が通じにくくなってるのかも!」
「くそっ、なら――」
オレは即座に判断し、右手を高く掲げる。
「古の暴君よ、破壊の刃となれ!」
詠唱に応じ、ジータの姿が片手持ちの斧へと変化する。
「行くぞ、ジータ!」
全身の魔力を解放し、オレは跳躍する。狙うはゴーレムの胸元――紋様の刻まれた急所!
「――暴君破砕牙!!」
紫色の魔力が斧に宿り、オレの渾身の一撃がゴーレムを捕らえた。
ズガァン!!
「ゴルルル……!」
紋様を破壊されたゴーレムは、呻くように揺らぎ――
崩れ落ちる。
「おっしゃあ!」
「――スターーーーン!!」
スカーレットの悲痛な叫びが、オレの背筋を凍らせた。
気づけば、オレは巨大なゴーレム四体に完全に包囲されていた。
「ゴルルル……!」
「へ?」
その瞬間、背筋に戦慄が走る。
――囲まれている。逃げ場がない。
たとえ一体なら何とかできても、四体同時に襲われたら……。
「や、やべえ……!」
今、攻撃されたら間違いなくオレは死ぬ――。
「ゴルルオオオオオオ!!」
咆哮と共に、四体のゴーレムが豪腕を振り下ろす。
巨大な石の拳が、まるで四本の隕石のように振り下ろされるのを見て、オレは反射的に目をつぶった。
――終わった。
そう思った、その刹那――。
「――星降る神光!!」
どこからか届いた呪文の詠唱。
直後、天が裂けるように無数の光の矢が降り注いだ。
「ゴルルオオオオオオ!?」
夜空を埋め尽くすほどの輝きが、無数の神の槍となってゴーレムたちの急所を貫く。
轟音と共に、包囲していたゴーレムたちは次々と砕け散り――、瞬時に土くれへと還った。
辺りに漂う光の残滓が、まるで降星の余韻のように揺らめく。
「……助かったのか?」
土煙が晴れた頃、オレはゆっくりと顔を上げた。
そこに立っていたのは、とんがり帽子をかぶり、魔法の杖を掲げた紫髪の少女だった。
「大丈夫ですか?」
涼やかな声が響く。
オレの命を救ったのは――魔術学科の天才、イリヤだった。