対談
レン先輩に勝ってからというもの、オレはなんだか学内で注目される存在になっていた。
「見て、あいつ、生徒会長に土をつけた一年生よ」
「しかも、生徒会長に不埒な真似をしたって話……」
「あいつ、淫獣だわ……!」
……その割には、耳に入るのが陰口ばかりってのは腑に落ちないけどな。
確かにオレはレン先輩に勝った。だが、その過程で誤って"アレ"をしてしまったのがまずかったらしい。
生徒会長に勝った英雄のはずが、学園の一部では"不埒者"扱い。どんな冗談だよ。
そんなオレの前に、ひょっこりと歩み寄ってきたのはスカーレットだった。
「アンタも大変ね」
「全くだよ、スカーレット。勝ったオレがなんで陰口叩かれなきゃいけねえんだ?」
「さあねっ。自分の胸に手を当てて考えてみなさい」
スカーレットはそっけない態度でそっぽを向く。
最近ずっとこんな調子だ。
前はもっとストレートに感情をぶつけてくる奴だったのに、最近は微妙に距離を取られてる気がする。
いや、もしかして、これは"意識して"のことなのか?
そんなことを考えていると、不意に凛とした声がオレを呼んだ。
「やあ、スタン」
「あっ、レン先輩。おはようございます」
オレが頭をペコリと下げると、レン先輩は穏やかな微笑みを浮かべた。
「朝からいい返事だ。生徒会の皆にも見習ってほしいくらいだ」
「そ、そうですかね……? ところで、レン先輩、こんなところで何の用ですか?」
オレがキョトンとしていると、レン先輩は手を差し出し、さらりと提案をしてきた。
「君と話したいことがあるんだ。今日の昼、食堂のテラス席で待ち合わせできるか?」
「はい。オレはいいですけど……」
と、その返事をした直後、周囲の囁きが耳に入る。
「――見て、あいつ、生徒会長を籠絡してるわよ?」
「しかも、クラスの美少女を侍らせてるって噂じゃない?」
「見境なさすぎて引くわ~」
……おい、ちょっと待て。話がどんどんおかしな方向に行ってないか?
「最近こんな調子なんですよね……。オレ、何か悪いことしちゃったんでしょうか?」
オレが肩を落として愚痴ると、レン先輩は少しだけ苦笑しつつ、毅然とした声で言った。
「気にする必要はないさ。スタンは何も悪くなんてない。私が個人的に君に興味があるだけだからな」
その言葉に、胸のつかえがすっと消える気がした。やっぱりレン先輩は懐が広い人だ。
「それでは、またお昼に待っているぞ」
一つに結んだ黒髪を翻し、颯爽と踵を返して去るレン先輩。
その背中を、オレは憧れの眼差しで見送った。
「やっぱレン先輩って心の広い人だよな~、尊敬するぜ」
ぼそっと呟いた瞬間、隣でスカーレットが思い切りオレの足を踏んできた。
「痛っ! いきなり何すんだよ、スカーレット!?」
「ふんっ、別に!」
またしても膨れ面になり、プイッとそっぽを向くスカーレット。
相変わらず、何を考えてるのか分からねーな……。
✳
午前の授業を終えたオレは、レン先輩が待つ食堂のテラス席へと足を運んだ。
もちろん、いつもの牛乳数本も忘れずにだ。
テラス席に向かうと、すでにレン先輩が席に着いており、こちらに気さくに手を振る。
「やあ、待ってたよ、スタン」
「レン先輩、お待たせしてすみません」
オレが軽く謝ると、レン先輩は涼やかな微笑みを浮かべた。
「気にすることはないさ。私も今来たところだ」
「そうでしたか。それならよかったです」
レン先輩と向かい合うように座ったオレは、早速瓶詰めの牛乳を取り出し、一気に飲み干す。
「プハーっ!」
喉を鳴らして飲む様子に、レン先輩がくすっと笑う。
「気持ちのいい飲みっぷりだな。牛乳が好きなのか?」
「いや~、オレ、背が低いですからね……。カルシウム補給ですよ」
「はははっ、今のままでも十分可愛いと思うが?」
「男子に可愛いって、それ褒め言葉にならないですから!」
とはいえ、レン先輩にそう言われて、悪い気はしなかったのは内緒だ。
「それで、レン先輩。オレに話って何なんですか?」
「それなんだがな……」
と、レン先輩が切り出そうとした、その時だった。
「……いるのだろう?」
レン先輩がふと視線をオレの背後へ向ける。
「え?」
何のことかと振り返ると、物陰からそそくさと姿を現した二人の影。
「スカーレット、シルヴィア!? どうしてここに!?」
突然現れた二人に驚くオレをよそに、シルヴィアが余裕の笑みを浮かべる。
「おほほっ、スカーレットがどうしても気になると申しますので……」
「はあっ!? 偵察しに行こうって言い出したのはアンタじゃない!!」
すかさずシルヴィアに突っかかるスカーレット。
オレは思わず頭を抱えそうになった。
いや、なんでそんな茶番をしてるんだよ……?
そんな二人を見ても、レン先輩は落ち着いたものだった。
「良かったら君たちも一緒にするといい。歓迎するぞ」
「ほ、本当でして!? そ、それではお言葉に甘えて……」
レン先輩の寛容な態度に、シルヴィアがぱっと顔を輝かせる。
一方、スカーレットは居心地悪そうに腕を組む。
「なんでアタシまで……」
「あら、嫌ならあなただけでも帰ってよろしいですわよ、スカーレット」
「はぁ!? そんなわけないじゃないの!」
嫌味ったらしく言うシルヴィアに、すかさず噛みつくスカーレット。
レン先輩を交えた昼食会は、どうやら波乱の予感しかしない――。
「さて、本題に入ろう。スタン、先日は見事な戦いぶりだった」
「いやいや、それほどでもないですよ、レン先輩。あと一歩間違っていたら、負けていたのはオレの方ですから」
「――分かってるじゃないの、スタン」
「スカーレットは黙ってろっ」
横から口を挟んだスカーレットを軽く制すると、レン先輩はじっとオレを見つめる。
「君ほどの身体能力と反応速度があれば、剣士学科……いや、他の戦闘系学科でもトップを狙えたはずだ。なぜ、召喚学科を選んだ?」
その問いかけには、確かな関心が込められていた。
レン先輩も知っているのだろう。
オレが召喚すらまともにできなかったことを。
だけど、オレには召喚学科に入る理由があったんだ。
「……アリア・レクシー。レン先輩も知っていますよね」
「――ああ。一流の竜騎士として、今なお王国で活躍しているお方だろう」
レン先輩の瞳が鋭くなる。
「……まさかっ」
「……ああ。オレの姉ちゃんなんだよ」
その瞬間、スカーレットがガタリと立ち上がった。
「ちょっと待ってよ、スタン! アンタなんかが、あのアリア様と姉弟なわけ――!」
驚愕のあまり、言葉を詰まらせるスカーレット。
シルヴィアがすかさずフォローに入る。
「落ち着きなさいまし、スカーレット。家名が同じですことよ」
「言われてみれば……確かに、そうね……!」
シルヴィアの言葉で納得したのか、スカーレットは静かに腰を下ろした。
オレは、ゆっくりと続ける。
「アリア――姉ちゃんは、オレの憧れだった。どんな時でも前を向いて、強く、優しく……そして、誰よりも強大なドラゴンを従えていた」
幼い頃、彼女が天を翔ける姿を見て、心が震えた。
その背に乗り、共に戦場を駆ける未来を夢見た。
「だから、オレも同じ竜騎士になりたかった。それが叶うのは、この学園の召喚学科しかなかったんだ」
レン先輩は静かに耳を傾け、微笑を浮かべた。
「なるほど……そういうことか」
「ま、ドラゴンっぽいジータと契約できてラッキーだったけどな」
『ふんっ、あのちんけなトカゲ風情と一緒にするでない』
頭の中に響くジータの不平。
……相変わらず可愛げがねえな。
「そうか。君のことをまた少し知れて、私は嬉しいよ」
レン先輩は、穏やかに手を差し出した。
「これからもよろしく頼む」
オレもその手をしっかりと握り返す。
「こちらこそ、よろしくお願いします、レン先輩」