憑依武装(スピリタルウェア)
それからオレはスカーレットと一緒に校庭へ向かった。
「全くもー、憑依武装なんてこの前授業で習ったばかりじゃないの!」
「そんなこと言われたって、あの時はまだ召喚獣がいなかったんだよ……」
呆れた様子で腰に両手を添えるスカーレットの言い種に、オレはゲンナリしてしまう。
「……まあいいわ。こうなったらアタシが徹底的に叩き直してやるんだから!」
「おいおい、それ本当に教える気あるのか……?」
そうかと思えばヤル気満々と言ったようなスカーレットに指差されて、今度はオレが呆れた。
「それじゃあまずは召喚ね! ――我、汝を呼び求む。業火の息吹を操る赤竜よ、顕現せよ!」
スカーレットがウキウキしながら召喚の呪文を詠唱すると、展開した赤い魔法陣からレッドドラゴンのドレイクが出現する。
「グウウウウウウウウン!!」
「いつ聞いても威圧感のすごい雄叫びだぜ……!」
威風堂々と現れたドレイクに、オレは相変わらず圧倒されてしまう。
「それじゃあスタン、アンタも召喚なさい」
「ああ。――我、汝を呼び求む。時空を超えて我が呼び声を聞け。古の暴君よ、顕現せよ!」
オレが呪文を唱えると、紫の魔法陣から大型犬程度のジータがちょこんと姿を現した。
「ギャーウ!」
ちょっと可愛い雄叫びを上げるジータは、目の前のドレイクをにらみつける。
「クグルルル……!」
「ゴウッ」
だけどドレイクは我関せずとばかりに鼻を鳴らすものだから、ジータが地団駄を踏んで怒りだした。
「ガウガウ!」
『何だ貴様、我に負けた身でそのような態度とは許せんぞ!』
怒り心頭なジータを、オレはそそくさと抱き上げる。
「まあまあ。あの時のお前は今と全然違っただろ?」
「クグルルル……」
『そういうものか……』
オレがなだめた甲斐あって、ジータは機嫌を直してくれたみたいだ。
「まずは武器憑依ね。こうやるの。――業火の息吹を操る赤竜よ、焼失の剣と化せ!」
スカーレットが詠唱すると、ドレイクの輪郭がボンヤリとしてきたかと思えばスカーレットの手元に金色の剣が具現化する。
「それが武器憑依か! すげー!」
「ふっふっふ、驚くのはまだ早いわよ! ――着火」
次にスカーレットが唱えるや否や、剣の刃に炎がまとわれた。
「さすがはスカーレットだな!」
「ふっふーん、もっと褒めてもいいんだから!」
スカーレットはすっかり上機嫌に鼻高々である。
「さ、スタンもやってみるのよ! まずは召喚獣に意識を集中してみて、そうすれば呪文が頭に浮かぶはずだわ」
「お、おう!」
スカーレットに言われて、オレはジータに意識を集中させる。
すると頭に呪文のフレーズが思い浮かんだ。
「これが武器憑依の呪文か……! ――古の暴君よ、破壊の刃となれ!」
オレが唱えるとジータも輪郭がボヤけたかと思えば、オレの手元に武器が具現化したんだけど。
「これ……斧、だよな……?」
ティラノサウルスの頭部を模したデザインの斧、それはいいんだ。
問題はそのサイズ。片手で持てる程度の小振りなモノだった。
「なんかショボくね?」
『文句を言うな、たわけが。貴様にはこれで十分だ、我慢しろ』
小振りな斧から聞こえてくるジータの声に、オレはまたしてもゲンナリしてしまう。
どうやらジータはまだオレを全然認めちゃいないらしい。
「ふーん、それがアンタの武器憑依なのね。思ったより小さいじゃないの」
「お前もそう思うだろ? これで我慢しろって、ジータが言ってた」
「まあいいわ。とりあえず振るってみたら?」
「よし、いくぜ! そりゃっ!」
スカーレットに促されてオレが小さな斧を力一杯振り下ろした時だった。
「うわっ⁉」
斧を振るった瞬間、思った以上の衝撃が走った。
地面が抉れると同時に、突風が巻き起こる。
そして——目の前で、スカーレットのスカートがふわりと宙に舞い上がった。
「きゃああっ⁉」
黒地に赤のフリル——その大胆なデザインが目に飛び込んでくる。
「……お、おお……」
思わず固まるオレ。しかし、次の瞬間——。
「ひゃっ⁉ ちょ、ちょっとアンタ!」
スカーレットは慌ててスカートを押さえ、顔を真っ赤にしてオレを睨みつける。
「ま、待て、不可抗力だって!」
「言い訳無用! アンタ、今ガッツリ見たでしょ⁉」
「ちょ、ちょっとだけ……」
「開き直るなぁぁっ!!」
炎がオレを直撃するのは、ほんの一瞬後だった——。
✳
そして迎えた翌日、オレは学園の体育館でレン先輩と向き合っていた。
「どうだ、練習はできたか?」
「はい、おかげさまで……」
レン先輩の言葉で、オレは横目で隣のスカーレットを見やる。
……ああ、そっぽを向かれたよ。昨日のことまだ気にしてるのか……?
「生徒会長とスタンの模擬戦だってよ」
「なんか最近、やたら戦ってばかりじゃね?」
「おらワクワクすっぞ!」
いつものごとく、体育館には野次馬もといクラスメートのギャラリーが揃っている。
「それでは始めようか」
レン先輩が腰から剣を抜くと、手に握られていたのは緩く反った刀身の不思議な剣だった。
「レン先輩、それは? 見たことない剣ですけど……」
「これか? カタナという、東方から伝わった剣だ。私が言うのも変だが、よく切れるぞ」
レン先輩の言う通り、カタナという名の剣は刃が白く光沢を放っていて切れ味も鋭そうである。
「それじゃあオレもいきますよ。――我、汝を呼び求む。時空を超えて我が呼び声を聞け。古の暴君よ、顕現せよ!」
「ギャーウ!」
まずはジータを召喚っと。
するとレン先輩は金色の瞳をキラキラと輝かせる。
「なかなか可愛い召喚獣じゃないか! ドラゴン種族の子供か?」
そう言うレン先輩は鼻息を荒くして、どこか興奮した様子。
もしかして、こういうの好きなのか?
「こいつはティラノサウルスのジータ。古の召喚獣ですよ」
「ほう、それが古の召喚獣とやらか。……興味深い」
「それじゃあ次っ。――古の暴君よ、破壊の刃となれ!」
オレがそう唱えると、ジータが小振りな斧に姿を変えて手元に収まった。
その途端、身体にボンヤリとしたものがまとわれる感覚を覚える。
確かこれ、憑依武装をまとうときに生じる魔力防壁だ。
これでちょっとやそっとじゃ傷つかないって、スカーレットが言ってたぜ。
「やはりいつ見ても不思議なものだな、召喚獣が武器になるとは」
「今のオレじゃあ、これが精一杯ですけどね」
感心した様子のレン先輩に、オレは軽くため息をつく。
そうしているうちに、審判を勤める生徒会役員が声を上げた。
「レン・オーガストとスタン・レクシーの模擬戦を開始する。――始め!」