古の召喚術
頭上から降り注ぐ灼熱の業火――その炎をものともせず、オレの前に立ち塞がる巨大な影があった。
二本の強靭な脚で地面を踏みしめ、漆黒の鱗に包まれた巨体は、敵意に満ちた咆哮を轟かせる。
「こ、これが……古の召喚獣!?」
信じられない光景に、オレの胸は高鳴る。
これがオレと、古の召喚獣ティラノサウルスとの出会いだった――。
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時は少し遡る。
「……ああ、今日こそ召喚に成功しないと……!」
クラスメートがわいわいと談笑する教室の片隅で、オレ――スタン・レクシーは机に突っ伏していた。
くしゃくしゃと逆立った茶髪を掻きながら、憂鬱なため息をつく。
「おいおい、また悩んでんのかよ?」
気さくな声とともに、クラスメートのダリオが肩を叩いてきた。
そいつの肩には、すでに契約済みの相棒――小さな猿の召喚獣がちょこんと乗っている。
「……オレがまだ召喚に成功してないのを知ってるくせに」
「ははっ、まあ気にすんなって! そのうちおまえにも相棒ができるさ!」
呑気なダリオの言葉に、オレは重々しくため息をついた。
王立魔法アカデミーの召喚学科に入学して早一ヶ月。
クラスメートたちはすでに各々の召喚獣を契約し、学園生活を満喫している。
しかし、オレは未だに召喚獣を召喚できていない。
……このままじゃ単位がヤバい。
そんなとき、オレの視線が自然と向いたのは――クラスでひと際目を引く存在。
「スカーレット・フレアー……」
オレがその名を呟いた瞬間、彼女がピクリと反応して、こちらに一瞬だけ視線を向ける。
黒いリボンで二つに結ばれた緋色の長髪。鋭く整った目鼻立ち。
白いブラウスに紺色のボレロと燕尾付きコルセット、赤いミニスカートという制服を完璧に着こなした彼女は、どこか女王然とした雰囲気を纏っていた。
「……どうした? まさかスカーレットに惚れたのか?」
「なっ!? そ、そんなわけないだろ!」
隣のダリオに茶化され、オレはついムキになって机を叩く。
「ほらそこ、私語は慎むように」
担任のクラウス先生に注意され、オレは小さく舌打ちした。
くそっ、こんなはずじゃないのに……。
昼休み。オレは学園の廊下を歩きながら、ため息をつく。
――どうにかして召喚に成功しなきゃ……。
そんなとき、突然背後から声をかけられた。
「やあ、キミかい。未だに召喚獣に恵まれない男子生徒とは」
「わわっ!?」
振り向くと、そこには白衣を羽織った女教師――召喚魔法学の担任、ラホール先生が立っていた。
分厚い眼鏡の奥で怪しげに微笑む彼女は、どこか得意げな様子だった。
「実験に付き合ってみないかい?」
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オレはラホール先生の誘いに乗り、"古の召喚術"を学ぶことになった。
そして迎えた午後の模擬試合――。
「我、汝を呼び求む。業火の息吹を操る赤竜よ、顕現せよ!」
右手の紋章を光らせるスカーレットの詠唱とともに、赤い魔法陣が展開される。
そこから姿を現したのは、巨大なレッドドラゴン。
「グウウウウウウウウウン!!」
真紅の鱗、黄金の爪と牙、鋭い眼光――堂々たる風格に、クラスメートたちは息を呑む。
そしてスカーレットは自信たっぷりに微笑みながら言い放った。
「さーて、アタシの相手をするのは誰かしら?」
誰もが一歩引く中、オレは覚悟を決めた。
――今こそ、"古の召喚術"を試すときだ。
「我、汝を呼び求む。時空を超えて我が呼び声を聞け――!」
紫色の魔法陣が展開され、そこから"何か"が姿を現す。
「な、なんだあれ!?」
「ドラゴン……? いや、違う……!?」
黒い鱗に覆われた巨体。太く長い尻尾。鉄杭のような極太の牙。
小さな腕とは対照的に、全体重を支える強靭な二本脚――。
これは、ドラゴンじゃない。
けれど、確かに"圧倒的な何か"だ。
「これが……オレの相棒……!」
頭の中に流れるフレーズ、それによればこいつはティラノサウルスという種族らしい。
喜びのあまり近づいた瞬間――。
「ギィオオオオオオオウウウウウ!!」
突如、そいつが咆哮を上げる!
その衝撃波でオレは吹っ飛ばされ――。
「きゃあっ!?」
――そして、スカーレットを押し倒してしまった。
手に伝わる柔らかな感触。
恐る恐る視線を下げると、オレの手はスカーレットのほのかな胸を鷲掴みにしていた。
「このへんた~~い!!」
瞬間、スカーレットの拳が炸裂した。
「ち、違うんだ! これは不可抗力で――」
「パパにも触られたことないのにーーーーーー!!」
オレの必死の弁解を聞く耳持たず、スカーレットは怒り心頭。
そのままレッドドラゴンの肩へ軽やかに飛び乗る。
「ドレイク! あの変態を焼き払いなさい!!」
「グウウウウウウウウウン!!」
命令を受けたドレイクが大きく翼を広げ、風圧とともに宙へ舞い上がった。
その目が赤く光る。
「消し炭にしてやるわ! 業火の息吹!!」
瞬間、ドレイクの口から灼熱の炎が奔流となって吐き出される。
「え、ちょっ……!?」
逃げる暇もない。視界が赤く染まり、熱風が肌を焦がす。
オレは反射的に顔を背け、死を覚悟した――。
だが、次の瞬間。
「グォオオオオオオオ!!」
轟く咆哮とともに、巨大な影がオレを覆い隠した。
「え……?」
炎の壁の向こう、オレの召喚獣――ティラノサウルスが、その巨体で身を挺して立ちはだかっていた。
ドレイクの業火を真正面から受け止めながら、微動だにしない。
そして、燃え盛る体のまま、怒りの咆哮を轟かせる。
「グォオエエエエエエエ!!」
その威圧感に、スカーレットの表情がわずかに揺らぐ。
「こ、これが……古の召喚獣……!?」
召喚したオレ自身もまた、猛り狂うティラノサウルスを前に声を震わせる他なかった。