美貌に、価値はない
静まり返った謁見の間で、リリア・フローレットはただ立ち尽くしていた。
――この結婚は家のためだ。お前に選択肢はない。
茫然としながら、リリアは父の言葉を思い出す。嘲笑と、刺々しい冷たい視線。それらに囲まれながら言い放たれた、いくつもの言葉を。
――顔の評判くらいしか取り柄がなかったが……やはりその顔は、駒として役に立つ。
淑女に必要な才能はなにひとつなく、器量や要領も悪い。
そんなリリアを、誰もが蔑み、嘲笑っていた。“侯爵家の令嬢”とは名ばかりのただの落ちこぼれだ、と言って。
そんな彼女にあるのは、母譲りの“容姿”だけだった。
たったそれだけしか、リリアに縋れるものはなかった――というのに。
「聞こえなかったか?」
その声は、氷のように冷たいのに、どこか艶めいていた。
言葉を失い、ただ立ち尽くすことしか出来ないリリアを、男性はにやりと口角を上げて嘲笑う。ぞっとするほど整った美しい顔で。感情の欠片も宿っていない赤い瞳でリリアを見据えながら。
「君の父親は、その顔で俺を誘惑しようとしたのだろうが……」
その言葉に、リリアは思わず目を見開いた。心臓が、激しく脈打っている。
「それが通じるとでも思ったのか?」
淡々とした声に、侮蔑の色が滲む。冷たくて鋭い、相手を拒絶するような声。
「実に浅はかだ」
嘲るような吐息の後、彼はすっと目を細めた。その仕草に、リリアは息を呑む。
けれどもそれは、差し向かいに腰掛ける彼が怖いからでは、決してなかった。
「俺はこの顔を、毎日嫌と言うほど見ているからな」
この世のものとは思えない絶世の美貌が、冷たく歪む。
その一瞬の表情に、ぞくり、と背筋に震えが走った。
「――美貌に、価値などない」
侮蔑するように放たれた、冷淡な言葉。それはリリアの心に深く突き刺さり、絶望へと追い落とす。
それはまるで、終わりの宣告のようだった。
(私は結局、何の役にも立てないのね……)
唯一の寄す処だった一縷の望みさえ、音もなく、儚く崩れ去ってゆく。
けれどもそれは、もとより砂の城だったのだ。
(違うわ……望みなんて、初めから存在しなかったのよ)
所詮、“侯爵令嬢”とは名ばかりの、ただの落ちこぼれ。唯一“取り柄”とまともに呼べそうなものすら、家の役には立てられない。
そんな自分を父が認めないのも無理はない、と、リリアは思う。愛されなくて当然だ、とも。
もしかしたら――。ほんの僅かでもそう期待してしまったことを自嘲しながら、リリアはそっと目を伏せる。
――お前がこの家で無駄に生きていた年月にも、漸く意味が出来たな。
父はそう言っていたけれど。
ただひとつだけしかなかった“価値”を否定された今、彼女に残されたものは、何もなかった。生きてきた意味も、これから生きる理由も。
彼女には、何ひとつ残されてはいなかった。