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第二話

規則的なボールの音が響く。


俺は同級生の砂川とラリーを繰り返していた。


「やっぱり、眼鏡がない方が球筋も見えやすいだろ?」


「うん、そうかも。視野がぶれないから、やっぱり打つやすい」


「思い切ってコンタクトにして良かったな」


手のひらにピンポン玉を乗せる。それを勢いよく空に投げ上げて、ラケットで打つ。


コンタクトを勧めてくれたのは、東条先輩だった。


小学生の頃から眼鏡を掛けていて、やはり試合が続き汗が顔を濡らすとどうしても眼鏡がずり落ちてくる。


中学の時は頭の後ろで固定するタイプの紐をかけて試合に臨んだりもしていたが、それだと鼻の上にパットが食い込んでくるのでうまく集中が出来ていなかった。


東条先輩に相談したら色々と助言をくれた。実は東条先輩も中学の時からコンタクトにしているらしく、絶対に切り替えた方がいいと言ってくれた。


常日頃から、ラリーの相手をしてくれたり、サーブや回転のアドバイスをしてくれたり、強豪校の選手の研究をして対策を練ってくれたりとお世話になっている憧れの先輩だ。先輩の意見なら、間違いはないと思った。


最初は異物を目に入れるという恐怖感があったが、慣れてしまうと裸眼のような感覚で毎日を過ごせた。それに、ずり落ちる眼鏡を直さなくてもいいという面倒事から解放されて、毎日が快適だった。


部活以外のクラスメイトからも、眼鏡がない方がいいよなんて言われて調子に乗ってしまい、鏡ばかり見ていたら母ににやにやと意味深な笑みを向けられた。


だからといって、誰かに告白されたとか、好意的な視線を向けられたとかそういう劇的な変化があったわけではなく、学校へ行って部活へ行って家に帰るといった淡々とした毎日がくり返されているだけだった。


そう、つい最近までは。




「なぁ、叶多って何が好きなんだと思う?」


「東条先輩?卓球?」


「そういうんじゃなくって!ほら、付き合って三か月目だしさ、何かお祝いとかしたいんだよ」


「誕生日とかじゃないのに、お祝いとかするんですか?」


「……さては、旭は今まで彼女とかいたことないだろ?付き合って一カ月、三か月、半年記念って色々と節目を二人で祝うのが、彼氏彼女ってもんだろ?」


「へぇ、面倒くさいですね」


「ほーらー!そういう反応が彼女の逆鱗に触れるんだよ!今の内に学んでおいた方がいいぞ」


「ていうか、毎日のようにうちに来るの止めてもらっていいですか?俺も今日の復習とかしておきたいんですよ。あと、母が忙しい分、夕飯も作りたいし」


俺の話に、夜空つかさはきょとんとした表情をしている。


「あーそうだったな、旭は昔から器用で料理も出来てたんだ。男なのにすげぇよな」


「その、男なのにっていうの止めた方がいいですよ。時代錯誤ですから。男だろうが女だろうが作れる人もいれば苦手な人もいるんですよ。人それぞれです」


「ふーん、旭は偉いなぁというより、その平等な精神が私は好きだな」


夜空つかさがふふっと笑みを浮かべた。その女性らしい仕草にびっくりしたものの、俺は思わず目をそらした。


「叶多はさ、私の作ったご飯とかお菓子とか食べたいらしいんだよなぁ。本当は好きな人のために本を読んだりして勉強をして失敗しながらも手作りするのが彼女として正解だと思うんだけどさ……」


「夜空先輩、めっちゃくちゃ不器用ですもんね」


「そうなんだよー」


夜空つかさはわっと床に顔を突っ伏した。


「それは当時から変わっていないんですね」


夜空つかさは父が帰りが遅いこともあり、最初は自分で食材を買って料理をしようとしていた。俺も彼女の横に立って見ていたこともあったが、とりあえず包丁の使い方がなっていない。俺は母が作る横で何度か見たこともあったし、手伝いをしていたこともあったので何度か教えたことがあったが、どうしても上手く切れなかった。


一度チャーハンを作ってあげたら自分が作ったと嘯いて父に提供していたらしい。それはそれで問題ないけれど、それからは作ってあげるのを止めた。夜空つかさのためにならないと思ったからだ。


その真意を察したのかは分からないけれど、彼女はそれから料理するのをやめた。父が残したお金で、近くの弁当屋で弁当を二つ買って食べることにしたらしい。彼女曰く、食材を無駄にしたくないから確実に食べられる方にしたとのことだ。


その時、俺はふと思い出した。


「……そういえば夜空先輩、中学に上がる前に東京の方で暮らすって引っ越しましたよね?あれってお母さんと一緒に暮らしていたんじゃないですか?」


俺の言葉に、夜空つかさは一瞬顔を強張らせた。


触れてはいけないことに触れてしまったんだろうか。


「……そうだな、旭にはそう話していたんだ。うん、しばらくは母さんと暮らしてたよ」


「別に、話したくなかったら話さなくても―――」


「いや、別に大したことないよ。父さんにいい人が出来たから離婚して、私は手元に置いておくと相手の女が嫌がるから厄介払いで母さんの元に送られたってだけ。でも、母さんにもいい人がいたわけだ。同じ弁護士の男。いちいち人に意見してきて、言動が男みたいだからみっともないとかうるさくてさ。母さんもその男にほだされてて意見できなくて……家では父さんや私に色々意見していたくせに。で、二年くらい暮らしていたけど東京の学校でもうまくいかないし、家でも居場所がないし、結局は元の場所に帰りたいって父さんに泣きついた。一緒に暮らすことは出来ないから父方のばあちゃんの家にいる。ばあちゃん、小言がうるさいけどさ、居心地いいよ。やっと私の居場所が見つかったーって安堵感だな」


あははーと夜空つかさはどこか寂し気に笑った。


「でもさ、ばあちゃん、痴呆が入ってきてるのか時々私が分からなくなるんだよ。家に帰って仲良くおやつ食べていたら急に激高して、『誰だおまえは!出ていけ!』って。もう、一目散に家を飛び出してさ。駅前の漫喫や朝までやってるファミレスとかでほとぼり冷めるまでぼんやりしてるわけ。しばらくたって家に帰ると、ばあちゃんが『遅かったね、ご飯冷めちまってるよ』なんて言ってけろりとしているわけよ。もう、泣きたくなるよな。泣かないけど」


夜空つかさは唇を噛みしめながらどこかあさっての方をぼんやりと見据えている。


「そんな心が荒んでいる時にさ、友達に誘ってもらった卓球の大会見に行ったんだよ。眼鏡かけていなかったから旭に気付けなかったけど、周りを気遣いながら楽しそうに卓球している叶多に出会った。ずっと笑顔でさ、この人はどんな毎日を送っているんだろうってずっと目で追っていたらいつの間にか好きになってた。そこから友達に頼んで叶多と会えるようセッティングしてもらって、何度か話をしたり出掛けたりした。そしたら、叶多の方から告白してくれてさ、付き合えることになった」


先ほどとは正反対に幸せそうに目を潤ませている。


「幸せに溢れている人に、私の過去とか家族のこととか知られたくない。ずっとずっと叶多には笑顔でいて欲しんだよ。その笑顔を糧に、私はきっと、幸せになれるはずなんだ」


東条先輩の幸せを願う夜空つかさは心底笑顔だ。だけど、どこか張り付けたような真実とは違う笑顔なような気もしてしまう。


その表情を前に、俺は何だかもやもやとした思いを抱えていた。でもそれをはっきりと言語化するのは難しい。それは、本当に彼女自身の幸せなのか?と疑問にしか思えなかったからだ。

まだ続きます。

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