領地拝領
部屋に帰ると、将来私の領地になる可能性の高いアーペント・アンペール両伯爵領を地図で確認する。両伯爵領は三方を山に囲まれ、残りの一方を大河によって区切られている。三方を囲む山脈の間に2つの谷間があり、そこに大きな街道がそれぞれ一つ通っている。
肥沃な地であり、守りの硬い土地である。大河を利用した貿易も盛んであり旨みの美味しい土地である。唯、いざという時に助けを求めても大河のせいで助けが来るのが遅くなりそうなのが欠点だな。
そう考えながらニヤニヤと地図を眺める。まだしっかりと決まった訳でもないのにだ。魔法も武術もあまり才能が無かった私が活躍出来る場を与えられるかもしれないのだ。嬉しくない訳が無い。
レンナルトの兄上が行政の指揮を取り始めてから数日後、兄上が内政に長けた行政官を複数人集めてよく会議室に篭もる事が増えた。しかも、今回得た両伯爵領の地図を持って篭っているようだ。
コンラートの兄上も積極的に私の私兵団に訓練を行っているおり、新たな軍団の創設も行っているようだ。
2人の兄上の動きから、誰が主になるかはまだ分からないが新たに得た領地を選帝侯領として編入する事は確定しているようだ。早く父上とエッケルハルトの兄上に帰ってきて欲しい。早く結果を知りたいものだ。
それから、期待している状況で数週間音沙汰が無いと不安になる。不安を紛らわせる為に、読書や散歩を行うがそれでも心が落ち着かないので、選帝侯直轄の森林の少し奥まった所に建てられた丸太小屋に向かう。
入口の近くに行くと1人の少女が玄関口の掃除をしている。馬を小屋に繋ぎ、入口に向かって歩く。
「うわ、本当に来たよ。」
「行くと手紙を送って行かなかったら、そっちの方が失礼だろ。」
本当に来たという顔をする彼女と話しながら家の中に入れて貰う。何度も訪れたこの家の殺風景さは変わらない。
椅子に座ると直ぐに、遥東方の国より仕入れた紅茶と、簡単なクッキーが直ぐに出てきた。
「来るは予想外みたいな顔をしながら、しっかりと準備しているじゃないか。」
「ここを追い出されたら僕の居場所がなくなるからね。」
彼女は名前をナルツィッセといい。元々選帝侯お抱えの諜報を担当していたとある男爵家の1人娘であった。彼らは、長年の蠱毒的な人員の選抜方法を行っていた事によって一騎当千の精鋭を何人か揃える事に成功した。しかし、代わりに大量の人員を必要とする敵地での情報収集を行う事が出来なくなった。新たな組織を作ろうにも反対する彼らによって道半ばで止まっていた。
転機としては、彼女の祖父の代に働ける者が2桁を切ったことと、父上が当主となったことによって彼らは爵位剥奪の上、一族は粛清された。
当時生まれたばかりの赤子であったが故に、唯一生きることを許された彼女は、放逐する訳にもいかず、長兄の元に預けられた。それから直ぐに、父上の諜報部隊の1部を相続した長兄が手元に置くことを嫌がり、父上と相談した上で俺に押し付けたのだ。何事も自分1人で抱えてしまいがちな、長兄が俺に押し付けた唯一の出来事だ。
この様な背景と彼女自身の体質も相まって捻くれ鬱屈した性格となってしまった。そんな彼女は、私の元に来たとはいえ父の命令によって隔離されるが如く、この森林の丸太小屋に押し込められている。わざわざ小屋の周囲に諜報部隊の1部を割いて監視させているのだ。
放任主義的な父上も私がこの小屋を訪れる事に対して良い顔をしない。私が殺されるか、何か一族の和を乱すような事吹き込まれるのを恐れているのであろう。
まあ、その様な心配を無視するが如くかなりの頻度で入り浸っている。会話・行動も全て聞かれ父上の耳に入っているのであろう。特に何も言われていないので大丈夫だろう。
彼女の所を訪問した数日後、遂に父上とエッケルハルトの兄上が帰ってきた。ピカピカに磨かれた鎧・武器によって整えられた軍勢は遠くからも良く見えた。大量の戦利品を抱えているのだろう。その後ろには大量の馬車が着いてきている。
儀式を終えた父上と長兄は、着替える時間が惜しいと鎧姿のまま屋敷にいた私を含む残りの兄弟を呼び出した。
父上は、皆が集まったことを確認すると、珍しく興奮気味に話し始めた。
「アルノルト、私と他の兄弟が誰も居ない中兄達が帰るまでよく本領を治めた。突然この事であったが故、領地が乱れるのではないかと不安に思ったが杞憂であった。」
「これもひとえに父上の残してくださった家臣が皆優秀であったお陰です。私は当たり前の事を行い、書類にサインをしていただけであります。」
「その当たり前の事が出来ない者が多い故、この帝国は今大いに動揺しておる。そして、後方をしっかりと守った褒美を与えねばならぬ。公正公平な信賞必罰こそ人々を収めるのに最も重要な事である。」
そういうと父上は、豪華に装飾された袋から皇帝の印章が着いた古式の巻物を広げ読み上げる。
「朕は、辺境における動乱鎮圧の功を挙げたアインホルン選帝侯を称える。そして、アインホルン選帝侯の子息であるアルノルトに此度選帝侯が鎮圧したアーペント・アンペール両伯爵領を新たに、ファウルファウバー侯爵家を再興しその名跡を継ぐ事を認める。 皇帝アーデルベルトⅢ世」
その手紙は、私が待ちに待った物への満額回答であった。爵位の高さを除いて。この帝国での侯爵の爵位の高さは、王族の任じられる大公・公爵それに続き帝国国内に4人しかいない俗界の選帝侯に続く上から4番目の高さであり、辺境伯と同格である。
私の動揺を父上は笑顔を浮かべて見ている。まさにこれが見たかったと言わんばかりである。そして私を落ち着ける為に話し始める。
「アルノルトも知っての通り、ファウルファウバー侯爵家は帝国創始に多大な功績がある創業10家の1つだ。初期に断絶してしまったが、我ら一族には、侯爵家の血が流れている。そこで、皇帝陛下に幾つかの交換条件と共に再興の許可を得たのだ。」
「しかし父上、高位の爵位を持つ家の新設・再興は、選帝侯会議ではかりその裁可を得る必要があるのではないでしょうか?」
レンナルトの兄上が質問をする。父上の話しではまるで皇帝陛下の独断で再興が許されたように聞こえるからだ。
「勿論、選帝侯達には納得してもらった。これとこれのおかげでな。」
父上は、右隣にあった小さな机の上に自らの腰に履いていた剣と金貨の入った袋を載せる。どうやら父上は、飴と鞭で選帝侯達を納得させたようだ。
「アルノルトいやファウルファウバー侯爵に跪きこれまでの非礼を詫びようか。」
「兄上、お辞め下さい。まだ、印章すら受け取っていませんよ。」
「印章ならここにあるぞ。」
「レンナルト・コンラートここは、跪きこれまでの非礼を謝罪しよう。」
長兄のエトヴォスの兄上が冗談めかして跪こうとする。私はこれを急いで止める。兄上達には色々な事を教えて貰い、良くして貰った。無礼な振る舞いなど一つもない。
「エトヴォス。アルノルトは、少し混乱している。混乱を助長させるような振る舞いは慎むのだ。」
父上はそう言って私の方に向き直り
「可愛い末の子よ。お前と初めて交わした約束をようやく果たすことが出来た。これ程までに時間をかけてしまった不甲斐ない父を許して欲しい。」
そう言いながら、父上は私を抱き締めた。その後私はどう返答したかを覚えていない。気がついた時には、自分の部屋にいた。机の上には印章と旗、皇帝陛下からの与えられた地位・封土を記した書類が置いてあった。




