嘘つき人魚と人でなし王子
私は人魚。
他の人魚たちと違って特に陸に憧れがあるわけでも、人間に恋焦がれているわけでもない。
美しい歌声を持つわけでもなく、誰もが魅了される美貌もない。
ないない尽くし。
それでも普通に生きていた。
生きているからには当然食事もする。
主食は魚や貝や海藻。
海の中だからもちろん全部生。
魚を丸かじりしている様はちょっとしたホラーかもしれない。
魚はご飯。
この世は弱肉強食。
だからこれはほんの気まぐれ。
あるいは気の迷いかもしれない。
網にかかっていた一匹の魚。
陽の光を受けてきらきらと輝く鱗。
それが暴れるたびに剥がれて傷付いていく。
徐々に光を失うその体に思わず手を伸ばした。
そっと網から外してやると、魚は一度こちらを振り返り――一目散に去って行った。
まあそんな物だろう。
なにせ私の主食は魚なのだから。
私もずらかろうとした瞬間、運悪く網が引かれ始めてしまった。
こうして私は、憧れてもないのに陸に上がることになってしまったのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
どうやら私は漁師に売られたらしい。
見世物小屋のようだ。
ちゃんとご飯ももらえるし、奴隷や食べられなかっただけかなりマシな方だろう。
ある時ふと戯れにカップル客に声をかけた。
「その男は浮気をしている」
当然男は激怒した。
だが私はさらに続けた。
「財布の中に相手の写真が入っている」
女は男のポケットを探り財布を取り出した。
男は暴れたが、他の客が面白がって羽交い締めにしている。
そして財布の中から写真が出たとき、見世物小屋は歓声に包まれた。
女は男にビンタして走り去った。
男も慌てて後を追った。
他の人間が自分たちも占って欲しいと言ってきたがそんなの知らん。
ただあの男が前に別の女と来たのを覚えてただけだし。
一緒に撮った写真を財布にしまったところも見ていた。
まあ、浮気するような男とは縁を切って正解だと思う。
その後もたまに水槽から顔を出しては適当な事を言っていた。
雨が降ると言ったら記録的な大雨が降って土砂崩れが起こったとか。
もうすぐ何か起こると曖昧な事を言ったら、隣の国が挙兵したとか。
偶然が重なり、私はいつの間にか『予言の人魚』『占い姫』と呼ばれるようになった。
ドウシテコウナッタ。
気がつくと私は見世物小屋から領主のペットになっていた。
出世魚か!と一人で突っ込んでみたが虚しいだけだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
領主サマのペットになったからと言って特に生活が変わるわけでもなく。
これまでと同じで客の前に出される。
たまに一言二言言葉を発するだけでご飯がもらえる、簡単なお仕事。
ただその客が村の人間から貴族や裕福な商人になっただけ。
私は適当な事しか言ってないんだけどそれをどう解釈するかは個人の自由です、みたいな。
良いのかそれで。
自分で言うのもなんだけど、まじでいい加減な事しか言ってないぞ?
まさか私の一言で国の政策決めるとか止めてほしい。
責任取れないよ。
失敗したら罪擦り付けられそうでやだなー。
ある時、ちょっと変わった客が来た。
黒いローブ、フードで顔を隠した人間。
「会いたい人がいる」
私は応えない。
知らんがな。
会いたかったら会いに行けばいい。
男は黙って帰って行った。
次の日。
男はまたやって来た。
「会いたい人がいる」
だから知らないって。
そもそも会いたい人がいるってだけじゃどう言えばいいかわかんねーよ!
もっと具体的に言え。
男は何も言わずに帰って行く。
なんなんだ一体。
そんな事を一週間繰り返し。
とうとう領主が割って入った。
「どうかお引き取りを」
「前金は払っている」
ええー。領主サマ、お金取ってるの?!
まじかー。
それならそうと言ってよ!
私が水槽から顔を出した瞬間、領主サマの手が男のフードに当たる。
曝け出された男は…とんでもない美形だった。
思わず見惚れていると、男はフードを被りそそくさと去って行った。
人外の私にもわかるレベルの美形か。
こりゃ領主サマもメロメロ…と思ってそちらを見たらなんか悪い顔して笑っていた。
あー、こりゃなんか企んでるわ。
そういやお金も取ってるんだっけ。
「おい人魚」
呼ばれて首を傾げてみせる。
一応飼い主だからね。
媚びは売っておこう。
「あやつを引き止めろ」
ええー。さっきお引き取りをって言ってたじゃん。
と思ったけど、飼い主の言う事だからなぁ。
私のご飯のためだ。
許せ、知らない美形の男。
…もしかしたらもう来ないかもしれないし。
なんて思っていた時期が私にもありました。
次の日普通に来たよ。
なんなんだこいつ。
それからも男は毎日やって来た。
質問は相変わらず「会いたい人がいる」だけ。
できれば私も応えてあげたいんだけど、飼い主に引き延ばせって言われてるからなー。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
今日も男はやって来た。
またいつもの質問かと思ったら違った。
「ここから逃げないかい?」
はい?なんで急に?
私が首を傾げていると
「どうやらここの領主は僕を王家に売ったらしいよ」
「は?」
私は思わず水槽から顔を出す。
男は私の顔を見て嬉しそうに微笑んだ。
「やっと顔が見れた」
「今それどうでもよくない?売ったってどういう事なの」
「さっき聞いたんだけど、この国の王女はどうやらメンクイらしくてね。僕を王女に売って王家に顔を売ろうとしているのさ」
あー…。あのなんか企んだ笑顔はそれか。
人間ってやーね。
とか思ってたらさらなる爆弾が投下された。
「君は殺されるよ」
「はい?!」
「僕が執着しているから、未練を断つつもりらしいよ」
ちょ!何それ迷惑なんですけど!
「だから一緒に逃げないかい?」
「逃げる逃げる!…でもどうやって?」
私は首がちぎれんばかりに頷くと、しかし水から出られないのにどうやって逃げればいいのか頭を抱えた。
すると男は何やら呪文を唱え始めた。
あれは、魔法?
知ってはいたが使っている人は初めて見た。
何もない空間から小さな水槽が現れる。
中には澄んだ水が「君がいた海の海水だよ」海水だった。
って、え?なんで私の海を知ってるの?
「さあ早く入って」
促されて水槽から乗り出すと、男に抱きとめられる。
あら意外と力があるのね、と思っていると水槽に入れられた。
「それでどうやってここから逃げるの?」
「それは…これさ」
そう言って空間から出てきたのは…台車だった。
これで運ぶつもりなのか。
すぐに捕まりそうだけど。
次の瞬間すごい勢いで走り出した。
私は慌てて水槽の中に引っ込んだ。
走るなら走るって言って。
そのままノンストップで走り続けること数時間。
領主サマ達が馬で追いかけてきたとしても追い付くまでにはかなり時間がかかるくらいまで離れたところでようやく男は足を緩めた。
私は水槽から顔を出すと
「どこに向かってるの?」
「山の方だよ」
「すぐに見つかるんじゃないの?」
「そこから転移魔法で僕の国に行くから大丈夫だよ」
転移魔法!そんなおとぎ話の中でしか聞いたことがない魔法まで使えるのか。
「でもなんで山で使うの?」
「魔法には痕跡が残るからね。僕の国と結びついたら戦争を仕掛けられてしまう」
「…あなたの国ってもしかして」
「隣の国だよ」
私が以前予言した、挙兵した国だった。
この国の横暴さに辟易して立ち上がった国。
まだ近隣諸国の説得が間に合わず、この国と戦争になるのは少し分が悪い。
だから戦争の引き金となるような口実は与えたくない、と言う事らしい。
なのに危険を犯してやって来た。
自惚れでなければ私に会うために。
「どうしてそこまで」
「僕が国でなんて呼ばれてるか知ってる?」
「知らんがな」
「『人でなし王子』」
思わず素で突っ込んだけどスルーされた。
それより人でなし王子?
「その名の通り、人でない王子だよ」
そう言って笑う。
さすがにそろそろ動かないとヤバい気がする。
でもこのまま山まで行くのもなー。
あ、そうだ!
「ねえ、王子。こういう事にしたらいいんじゃない?」
私の案を聞いて男…王子は面白そうに笑った。
フードの隙間から覗く淡い金色の髪。
それはあの日助けた魚と同じ色をしていた。
その後、追いつかれそうになった瞬間転移魔法で王子の国に移動したり。
(ちょっと酔った)
国の宝である人魚を奪われたと騒がれたり。
(誰が国の宝だ、殺そうとしたくせに!)
人魚と王子は密かに愛し合う仲だったのを引き裂いたのはそちらの国だ!と反論したり。
(これが私の案)
その話を聞いて、他の国も同調して経済的制裁を加えたり。
(みんな悲恋とか純愛好きだよね)
国王と王女は幽閉され、新しい国王が誕生したりした。
(王女は国中から強引にイケメン集めてたらしい)
ま、そんな事はどうでもいい。
いつか海に帰るその時まで、ここで楽しく暮らせればそれでいいよ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
とある国に、魔法の得意な王子がおりました。
一番得意な魔法は変身の魔法。
他にもたくさんの魔法が使えるので、人々は王子の事を畏敬の念を込めてこう呼びました。
人でなし王子と。
そんな王子には愛する者がおりました。
美しい人魚です。
予言の人魚と呼ばれる彼女は敵国に攫われてしまいました。
王子は単身敵国に乗り込み、見事人魚を取り返したのです。
その後二人はいつまでも仲睦まじく暮らしたそうです。
やがて王子が亡くなったとき、人魚は海に帰りました。
その時人魚を見送った人には、人魚の隣に美しい鱗の魚が寄り添っていたのが見えたそうです。
(大陸に伝わる人魚伝説より)