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さいごのあなたに

作者: 砂上楼閣
掲載日:2024/03/31

どれだけの時間を祈りと共に過ごしてきただろう。


「……せめて最期は安らぎを」


聖女として、ただ一人の生き残りとして。


神への祈りを呪いに変えないように。


心を無にして今日も祈る。


滅亡した世界で、ただ独り。


自我のない、動く死体に安らぎを与え続ける日々。


今日も私は奇跡を願う。


…………。


原因は分からない。


いつから始まったのかも知らない。


気が付けば死んだはずの人間が歪に蘇り、生者を襲い始めていた。


そして驚くほどあっという間に、文明は崩壊してしまった。


もう、私以外に生者は見かけない。


もう、何十年も生きた人と出会っていない。


…………。


ただ毎日、祈り続けるだけの日々。


まれに出会う、動く死体に安らぎを与えるだけの日常。


老いる事も、死ぬ事もできず。


祈りを届けることしか出来ない。


若々しく全盛期のままの肉体であるのに、孤独は精神を蝕んでいた。


聖女の体は老いる事がない。


神の加護は病や怪我にも及ぶ。


どれだけ孤独に狂おうとも、死ぬ事はできない。


できるのは祈る事だけ。


…………。


世界を旅しては、人ではなくなってしまった同胞を弔う日々。


世界から一人残らず彼らを送り出せば、私の役目も終えられるのだろうか。


死者を送り続けて百余年。


そんな希望を持ちながら、今日も一人、天へと送る。


たった一人、世界中を旅して回って、後どれだけ祈ればいいのか。


終わりの分からぬ日々が、終わらぬ日々が…


…………。


「……安らぎを」


今日も祈る。


…………。


「……安らぎを」


今日も祈る。


……………。


「……安らぎを」


今日も祈る。


…………。


「……安らぎを」


今日も祈る。


……………。


「……安らぎを」


今日も、祈る。


……………。


「……安らぎを」


今日も、祈る。


何年も、何年も、何十年も。


…………。


「……安らぎを」


…………。


「……安らぎを」


……………。


「……安らぎを」


…………。


「……安らぎを」


…………。


「……安らぎ、え……?」


その日、私の祈りは届いた。




骨と皮ばかりの生気を感じない老人。


しかし、彼は、生きていた。


もう何年も、動く死体にも会うことはなかった。


最初は彼も動く死体だと思った。


けれど彼は浅く早くも息をしていて、弱々しくも鼓動を刻んでいて、何より温かかった。


嗚呼…


私の心臓も、何十年ぶりにか高鳴るのを感じる。


この感情の動きは何なのだろうか。


他者の温もりが、これほどまでに…


…………。


「安らぎを」


私は彼に奇跡を願った。


今にも息耐えそうだった彼の頬に赤みが戻る。


…………。


「安らぎを」


私は彼に奇跡を願った。


苦しげだった彼の表情は和らぎ、息遣いは穏やかなものになった。


…………。


「安らぎを」


私は彼に奇跡を願った。


今にも止まりそうだった鼓動は一定のリズムを刻み、温もりはより強くなった。


…………。


「安らぎを」


私は彼に奇跡を願った。


毎日、彼にだけ願い続けた。


…………。


穏やかに眠る彼を眺める日々は、これまでに摩耗した心を少しずつ癒してくれた。


毎日繰り返された奇跡は、いつしか彼を老人から私と同じくらいの姿まで若返らせていた。


彼の事を考える日々は、乾いた心に潤いを与えてくれる。


彼もまた、たった一人、孤独に生きてきたのだろうか。


彼の他に生者はいない。


死者の姿もまたなかった。


彼はどう生きてきたのだろう。


…………。


「安らぎを」


もしかしたら、彼は世界に1人だけ残された、私以外の最後の人なのかもしれない。


「安らぎを」


彼はどんな人生を生きてきたのだろう。


「安らぎを」


彼はどんな人間なのだろう。


「安らぎを」


彼は、


「安らぎを」


彼は、


「安らぎを」


彼は…


…………。

…………。

…………。


彼の安らぎを願って数百年が経った。


今日もまた、彼が目覚めることはない。


しかし私の心は満たされていた。


いずれさいごが訪れるかもしれない。


それまで、私は彼と共にあり続けることだろう。


世界にただ二人だけ。


孤独でないことに幸せを感じながら。

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