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さいごのあなたに

作者: 砂上楼閣

どれだけの時間を祈りと共に過ごしてきただろう。


「……せめて最期は安らぎを」


聖女として、ただ一人の生き残りとして。


神への祈りを呪いに変えないように。


心を無にして今日も祈る。


滅亡した世界で、ただ独り。


自我のない、動く死体に安らぎを与え続ける日々。


今日も私は奇跡を願う。


…………。


原因は分からない。


いつから始まったのかも知らない。


気が付けば死んだはずの人間が歪に蘇り、生者を襲い始めていた。


そして驚くほどあっという間に、文明は崩壊してしまった。


もう、私以外に生者は見かけない。


もう、何十年も生きた人と出会っていない。


…………。


ただ毎日、祈り続けるだけの日々。


まれに出会う、動く死体に安らぎを与えるだけの日常。


老いる事も、死ぬ事もできず。


祈りを届けることしか出来ない。


若々しく全盛期のままの肉体であるのに、孤独は精神を蝕んでいた。


聖女の体は老いる事がない。


神の加護は病や怪我にも及ぶ。


どれだけ孤独に狂おうとも、死ぬ事はできない。


できるのは祈る事だけ。


…………。


世界を旅しては、人ではなくなってしまった同胞を弔う日々。


世界から一人残らず彼らを送り出せば、私の役目も終えられるのだろうか。


死者を送り続けて百余年。


そんな希望を持ちながら、今日も一人、天へと送る。


たった一人、世界中を旅して回って、後どれだけ祈ればいいのか。


終わりの分からぬ日々が、終わらぬ日々が…


…………。


「……安らぎを」


今日も祈る。


…………。


「……安らぎを」


今日も祈る。


……………。


「……安らぎを」


今日も祈る。


…………。


「……安らぎを」


今日も祈る。


……………。


「……安らぎを」


今日も、祈る。


……………。


「……安らぎを」


今日も、祈る。


何年も、何年も、何十年も。


…………。


「……安らぎを」


…………。


「……安らぎを」


……………。


「……安らぎを」


…………。


「……安らぎを」


…………。


「……安らぎ、え……?」


その日、私の祈りは届いた。




骨と皮ばかりの生気を感じない老人。


しかし、彼は、生きていた。


もう何年も、動く死体にも会うことはなかった。


最初は彼も動く死体だと思った。


けれど彼は浅く早くも息をしていて、弱々しくも鼓動を刻んでいて、何より温かかった。


嗚呼…


私の心臓も、何十年ぶりにか高鳴るのを感じる。


この感情の動きは何なのだろうか。


他者の温もりが、これほどまでに…


…………。


「安らぎを」


私は彼に奇跡を願った。


今にも息耐えそうだった彼の頬に赤みが戻る。


…………。


「安らぎを」


私は彼に奇跡を願った。


苦しげだった彼の表情は和らぎ、息遣いは穏やかなものになった。


…………。


「安らぎを」


私は彼に奇跡を願った。


今にも止まりそうだった鼓動は一定のリズムを刻み、温もりはより強くなった。


…………。


「安らぎを」


私は彼に奇跡を願った。


毎日、彼にだけ願い続けた。


…………。


穏やかに眠る彼を眺める日々は、これまでに摩耗した心を少しずつ癒してくれた。


毎日繰り返された奇跡は、いつしか彼を老人から私と同じくらいの姿まで若返らせていた。


彼の事を考える日々は、乾いた心に潤いを与えてくれる。


彼もまた、たった一人、孤独に生きてきたのだろうか。


彼の他に生者はいない。


死者の姿もまたなかった。


彼はどう生きてきたのだろう。


…………。


「安らぎを」


もしかしたら、彼は世界に1人だけ残された、私以外の最後の人なのかもしれない。


「安らぎを」


彼はどんな人生を生きてきたのだろう。


「安らぎを」


彼はどんな人間なのだろう。


「安らぎを」


彼は、


「安らぎを」


彼は、


「安らぎを」


彼は…


…………。

…………。

…………。


彼の安らぎを願って数百年が経った。


今日もまた、彼が目覚めることはない。


しかし私の心は満たされていた。


いずれさいごが訪れるかもしれない。


それまで、私は彼と共にあり続けることだろう。


世界にただ二人だけ。


孤独でないことに幸せを感じながら。

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