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エンド・オブ・ソウル  作者: パチロウ大尉
第一章
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第2話 「歓喜、そして緊迫」

ある日のことである。

外が暗くなり始めた頃のこと。

いつものように数日間おきの外出から女性が帰宅してきたようだ。

少し立て付けの悪い小屋の扉がギィーと音を立てながら開く。

私はその音を聞き、眠りから目を覚ます。

どうも扉の音に敏感になってしまっている。

特に何かしらのきっかけがあったわけでは無い。

ただ、あの音が耳に入ると、女性が帰ってきたのではないかとつい確認したくなるのだ。

なぜ確認したくなるのだろうか。

理由として考えられるのは、やはりいなければ困るからということか。

不思議な衝動にそう結論づけて、耳を澄ませる。

未だに寝返りすらできないせいで、自分の目で見て確認することができない。

だが体が着々と成長しているのが分かる。

あともう少しの辛抱、と言ったところである。

外から帰ってきた人物の足音が、こちらに近づいてくる。

ベビーベッドのすぐそばで止まり、私の体が持ち上げられる。

ようやく女性の顔を確認できる。

そう思うと少しほっとする。

女性は私の両脇を支えるように持ち上げ、目線を同じ高さに持ってくる。

驚愕する。

女性の表情が予想外のものだったからだ。

女性は帰宅した際に、大きく分けて二種類の表情を浮かべている事が多い。

一つ目はちょっとした疲労が感じられる顔。

もう一つは、ひどく落ち込んだ顔だ。

だが、今の女性は帰宅後の表情としては、今まで一度も見たことの無い、それらとは全く異なる顔をしている。

どこか安心したような表情で笑みを浮かべていたのだ。


「やっと・・・、やっと会えるわ!」


そう言って女性は私を抱きしめる。

その声音には安堵が含まれていた。


「ずっと手紙を出し続けてきたの。もう会えるはずないって。手紙だって届くはずがない。そう思っていたけれど。それでも、あと一回だけで良いから、ちゃんと会って話がしたいって。そういった内容の手紙を送り続けていたの。今日も返事がないか確認してきたらね。あったの!返事の手紙が!明日、仕事が終わってから話そうって!」


女性は少し興奮気味のようだ。

まくし立てるように話す。


「すごく嬉しい。また会えると思うと・・・。でも少し不安な事があるの。」


女性は一旦抱きしめるのを止め、私の目を見つめる。


「まだね、あなたのことを()()()に伝えてないの。手紙に書くべきかどうかすごく悩んだ。でもやっぱり自分の口で伝えなきゃと思って。今まで内緒にしてた。けれどようやくその時が来たわ。わたくしの望みとあなたの存在をあの人に話すわ。ちゃんと聞いてくれるか分からないけれど。それでも、しっかりやらなくちゃ。」


女性は私を再び抱きしめる。


「全て上手に話をまとめることができたら、あの人の家に迎え入れられて、それで、ちゃんとした生活を送ることができるかもしれない。この生活を続けるのはさすがに苦しいもの。もう貯めていたお金も底が見え始めたわ・・・。だから、本当に、最後の機会なの。」

「わたくし、頑張るわ。頑張ってあの方を説得してみせる。あなたのためにも。」


女性の声には覚悟がこもっていた。

これほどやる気に満ちあふれた女性を見るのは初めてだ。

私は何が何だか分からずに、ただただぽかーんとしていた。


「そうと決まれば、明日の話し合いに向けて準備をしなくちゃ!できるだけ身だしなみを整えて・・・、それから・・・。」


女性は私をベビーベッドに戻すと、ぶつぶつと何かを言いながら慌ただしく準備し始めていた。

どうやら今まで会うことができなかった人物と会って話すことができるようだ。

あんなに活発的になっているのだ。

よほど大事なことなのだろう。

女性が喜ぶ姿を見るとこちらも嬉しくなる。

ただ気になるのが、その人物が誰であるかと言うことだ。

女性は「あの人」と言っていたが、具体的な素性は何も話していなかった。

あの言い方的に親しい人物ではあるようだが。

まぁ、明日になれば何か分かるだろう。


その日の女性は一日中興奮しっぱなしで、正直とても心配になった。

明日は大丈夫だろうか・・・。



―――――



翌日、約束の時間が近づいてきた頃のこと。

女性は私を一緒に連れて行くかどうか直前まで悩んでいたが、最終的には連れて行かないと決めた。

私の存在を伝えて、受け入れてくれてから会わせた方が良いと考えたらしい。


「あの人は自身の高貴な家柄をとても大切にしている。あなたの存在を気に入ってくれない可能性は十分にあるわ。最悪の場合、受け入れてくれないかもしれない。つまり、第一印象がかなり大事になってくると思うの。久しぶりの再会で、相手が赤子を抱いてきたら、あの方はきっと不機嫌になって、こちらの言い分に納得してくれなくなる。それくらい頑固なの。だから、ごめんなさい。あなたは一旦ここに残していくわ。」


出かける少し前、女性は私のおしめを替えながら、言って聞かせるようにそう話す。

今話しかけている相手は赤子なのだから、伝わるとは思っていないはずだ。

ならば、この説明は女性なりの()()()と言ったところだろう。

そう納得する。

女性はおしめ替えの作業を完遂すると、すぐさま身支度を始めた。

タンスから見たことの無い服と化粧道具をいきなり取り出したかと思えば、慣れた手つきであっという間に準備を終わらせる。

女性の姿を一目見て、驚く。

がらりと印象が変わった。

高そうな服に身を包み、顔には軽く化粧を施している。

普段のようなみすぼらしい雰囲気が薄まり、どこか位の高い家の令嬢のように見える。

凜々しさが増したというべきか。

今から大事な話し合いにいくようだから、身だしなみを整えるのは大切なことなのだろう。

女性は厚手の服をまとうと、玄関のほうに向かって歩く。


「それじゃあ、行ってきますわ。お利口に待っててちょうだいね。」

「うー。」


扉を開け、出かける直前にそう呼びかけてくる女性に対して、返事をするように声を出す。

外ではいつも暗くなり始める頃に聞こえる何かの鳴き声が響いていた。



―――――



どれくらいの時間が経っただろうか。

日はすっかり落ちきってしまい、月明かりだけが部屋を照らしていた。

そんな中、私はというと、おとなしくベッドの上で寝ていた。

女性が以前、よく寝る子は大きく育つと話していたので、将来の事を見据えて、最近は頻繁に睡眠をとるようにしているのだ。

しかし、良く寝る理由はそれだけでは無い。

私が女性に対して与える負担を減らすのも目的の一つだ。

今、女性はいないので関係ないが、これについても一応の説明をしておく。

そもそもこの体はどうも、自身の思い通りに動かない。

なんというか、我慢することができないといった感じだ。

お腹が空いたり、排泄したりするとすぐ泣き出したくなる。

それ自体は別に良い。

むしろそうでもしないと、私の状態を女性に伝えることができない。

だがしかし、本当に困るのは、突然来る衝動の方である。

特に何かがあったわけでも無いのに、泣き出したくなることがあるのだ。

その時の私はもちろん我慢できずに泣き出してしまう訳だが、女性は心配してすぐに駆け寄ってきてくれる。

だが、お腹が空いていれば母乳、排泄していればおしめ交換といった単純な解決策がないので、女性は私を優しくあやして泣き止ませようと試みる。

実際、しばらく女性があやしてくれると衝動も落ち着いてくる訳だが。

あやされている間の私はひどくいたたまれない気持ちになる。

自身の衝動を抑えきれずに、あまつさえ女性に負担を与えてしまっている。

空腹や排泄の時の泣き出しは健康的な生活のために仕方が無いことと割り切っているが、これだけはどうもだめだ。

私の中で何か、受け入れがたいものになっている。

だからこそ、私は睡眠という手段を選んだ。

寝ている間であれば、理由の無い泣き出しの衝動を無理矢理押さえつけられる。

女性は私をあやさずに済む分、自分のことに時間を割くことができ、私は自分のことで女性に負担を掛けないので気が楽になる。

両者が得をするのだ。

これ以上のことはない。

よって私は良く寝るようにしているのだ。

ただ一つ、付け加えるとするならば、これらの理由は後付けであり、真の理由は、ただこれだけしかやることが無いといったものであるが。

そういった感じで、私は深い眠りについていた。

静寂に包まれた部屋の中で一人の赤子がぐっすりと眠っていたその時。

突然、小屋の扉がものすごい音を立てて開けられた。

体が反射的にビクッとなり、目を覚ます。

なんだっ!?何が起こった!?

そう考えるも間もなく、扉から誰かが部屋に入り、こちらにすぐさま近づいてくる。

その人物は私を抱きかかえると、目線を私と合わせる。

暗くてよく見えないが、見覚えがある顔だった。

女性だった。

安心するのもつかの間、女性の異様な雰囲気を察知する。


「はぁ・・・、はぁ・・・。逃げますわよ。あの方が・・・()()()()()()()()()。」


息を切らしながら、女性は切り詰めたような表情でそう言った。


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