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エンド・オブ・ソウル  作者: パチロウ大尉
第一章
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第1話 「生誕」

冷たさが肌を刺す。

目に光が入り込んでくる。

理解できない音が鼓膜を震わせる。

あまりにも唐突にそれらを同時に味わったので、反射的に泣き叫ぶ。

腹の底から溜まっている空気をすべて吐き出すように。

空気が無くなると、再びいっぱいになるまで吸い込む。

また吐き出し、そして吸い込む。吐き出す。吸い込む。

何回も何回もそれを繰り返す。

悲しいわけでは無い。ただ驚いたのだ。

止めようと思っても、なかなか止めることができない。

そうやって自身の中で悪戦苦闘していると、突然体が浮いた。

背中のあたりに何かが触れているようだ。

次いで、頭を撫でられるような感覚を味わう。

とても安心する温もりを感じる。心が安らぐ。

気づけば、自分の意思に反して続いていた慟哭が止まっていた。

なんとか落ち着いたので、周りの様子を確認しようとする。

首は動きそうにないので、目で見える範囲だけでもどうにかと。

しかし、この目はどうにもおかしい。

明暗を見分けることしかできないようだ。

そんな目と違い、耳はどうやら問題ないようだ。

周りの音がよく聞こえる。

とはいっても、聞こえる音は一つだけ。


「はぁ…はぁ…。」


苦しそうな荒い息づかい。

どうやら、私に触れている人物のもののようだ。


「ちゃんと…生まれたのかしら…?」


その人物は安堵とちょっとした不安が混ざったような声音でつぶやいた。

声の感じから女性だと察する。

その問いに答えるかのように、体を少し動かす。


「そう…ちゃんと生まれたのね…。」


今度は先ほどとは違い、間違ったことをしてしまったかのように女性は言った。

それを聞いて、何故か分からないが少し泣き出しそうになってしまう。

しかし、そんなことよりもやらなければいけないことがあった。


あなたは一体誰だ?私は何故このような状況になっている?


知りたいことはいくつもあったが、とりあえず相手の正体と自身の状態を確認したかったので、それについて聞こうとする。


「あー、あーうー。」


しかし、口からあふれ出したのは、言葉とは思えないような稚拙な音。

思った通りのことを話すことができない。

あまりにも予想外の結果に、狼狽する。

おかしい。何故だ。

信じられずに何度も試してみる。


「あーあー、うー、あうーあー。」


何度やっても、結果は同じだった。

意味の分からない言葉を話してしまう。

頭が混乱する。


「あぁ…。」


そんな私をよそに、その女性は不安に駆られているようだ。

弱々しい声が聞こえる。

女性の不安が私にも伝播したようだ。

今すぐにでも泣き出したい気持ちになってしまう。

しかし、先に泣き出したのは私ではなく、もう一人の方だった。


「ごめんなさい…こんな形で生みたくなかったのに…。それでも…わたくしは…。」


顔にいくつも水滴が落ちてくる。

女性の涙であることは明白だった。

私はとうとう我慢できずに、泣き出してしまう。

先ほどの驚きによるものとは全然違う。

純粋な悲しみによる哀哭。

女性と自身の涙が顔を濡らす。

女性が私を抱きしめるように持ち上げる。


「ごめんなさい…ごめんなさい…。」


誰に向けた謝罪だったのだろうか。

私か、あるいは、今この場にいない誰かであろうか。

そんなことを気にする暇も無く、私は泣き叫ぶ。

女性も泣き止む様子は無い。

二人以外誰もいないその場所で、私と女性はただひたすらに涙が涸れるまで泣き続けた。



こうして私は、あまり祝福されない生誕を迎えることになった。



―――――



私が女性と出会ってから、かなりの時間が過ぎた。

およそ数ヶ月といったところだろうか。

それなりの時間が経過したので、自ずと今の状況を把握できるようになってきた。

まずは記憶に関して。

私はどうやら、生まれ変わったようだ。

前世の記憶というものが少なからずある。

といっても覚えていることはただ一つ。

自分が以前、現在とは違う人物であったということだけだ。

その前世の詳しい記憶を思い出すことはできない。

名前、素性、何をして、なぜ死んだのか。

まるで記憶に蓋がされているかのようだった。

ただ漠然と、前世があったと覚えているだけなのだ。

しかし、そのような記憶だけでは、生まれ変わりをしたという結論には至れない。

ただ単に何らかの事故で記憶喪失になっただけの可能性もある。

自身の思い込みで決めつけるのは早計であるだろう。

そのような私の考えは、大して続くことも無く、もう一つの事実の前にあっさりと打ち消された。

他にもあったのだ。自身が生まれ変わったという根拠が。

他人に抱きかかえられるほどこぢんまりとした体。

短く小さく、そしてムチムチとした柔らかい手足。

うまく言葉を話すことができない喉。

色を認識できるようになったが、まだまだ未熟な目。

重たくずっしりとした頭とそれを支えきれない首。

これらの情報から考えられる自身の現在の状態。

赤子だ。

私は、前世の記憶を持つ不思議な赤子として今世に産み落とされたようだ。


「あーあー、うー。」

「ん?どうしたの?お腹が空いたのかしら。」


空腹に耐えきれずぐずっていると、机で何かしらの作業をしていた女性が声に反応してこちらに近寄ってくる。

私を産んだと思われるこの女性についても、ある程度分かってきた。

一番目立つのはブロンドのロングヘアー。

かなりの長さで、背中の真ん中あたりまで伸びている。

手入れはしていないのだろう。

いつ見てもボサっとしている。

身なりは全体的に見てもかなり貧相である。

いつも同じボロボロの白い服を着ている。

手足は痩せ細っており、まるで小枝のようである。

今にも折れてしまいそうだった。

それらに比べて顔は端正なものではないかと思う。

ぱっちりとした青い瞳。

すらっとした鼻。

華奢な口元。

今は顔全体が痩せこけていて目の隈もひどいためひどく弱々しく見えるが、しっかりと整えればかなりの美貌であることはなんとなく分かる。


「よいしょ。ほら、ご飯ですよー。」


女性は私を抱きかかえ、その慎ましい胸を露わにする。

私は本能に逆らいきれず、それに口をつける。


「えらいわねー。ゆっくり飲むのよー。」


女性はそう言って微笑む。

私は満足するまでそれを吸い上げると同時に、部屋の様子を目で確認する。

自身の状態と女性の特徴に加えて、あと一つ分かったことがある。

それはここがどのような場所であるかだ。

どうやらここは、小屋のようだった。

内装はかなり質素である。

暖炉と炊事場があり、めぼしい家具と言えばタンスと食器棚と机と椅子、そしてベッドのみである。

扉は二つ。外に繋がるものとトイレに繋がるもの。別の部屋は無い。

窓は外に出るための扉が付いている壁面に二つ。

壁や床は木材でできており、簡素な作りである。

正に、最低限の生活を送るための場所だと言える。

それにしても、この小屋はどこにあるのだろうか。

外に出たことは無い。

ただ抱き上げられた時に何度か窓から外の景色を見たことがあるだけだ。

見た感じ、森が広がっていたので、少なくとも町中では無いことが分かった。

最近は白い粉がちらついているのが見える。

森の中と言うことは周りには誰もいないのではないだろうか。

女性以外の人物を見たことがないので、この小屋は女性と私だけが暮らしているようだ。

そもそも、この女性は何者なのか。

名前を聞いたことがないので、身元は分からない。 

人気の無いこの場所で、赤子と二人暮らし。

基本的には外に出ず、一日中家にいることが多い。

家事をしたり、机で作業をしたりしている。

机で何をしているのだろうか。

カリカリという音から察するに、なにか書き物をしているのだろうか。

数日に一度、家を出ることもあるが、そのほとんどが買い物だ。

かごに食材や日常品のようなものを詰めて帰ってくることが多い。

それ以外になにかしていることはないのだろうか。

そんなことを考えていると、いつのまにか腹が満たされていることに気がつく。

吸うのを止める。


「ん?お腹いっぱいになった?」


そう言って女性は私を肩で抱きかかえ、背中をポンポンと叩く。

口から曖気が出る。


「じゃあゆっくりしていてね。わたくしはやることがあるから。」

「あうー。」


女性の言葉に応えるように声をだす。

女性は安心したような顔を浮かべ、私を元のベビーベッドに戻すと部屋の端にある机に向かっていく。

分かったことは多いが、まだ分からないことはそれ以上に多い。

焦っても仕方ない。ゆっくりと知る必要がある。

私はだんだんと近づいてくる眠気を受け入れつつある。

いつまで続くか分からない生活が、また一日過ぎていく。


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