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番外編 香水

番外編です。



 私がちょっといいところのお嬢さんだと言う話を覚えているだろうか。


 私は忘れていた。

 ご近所さんにあんなにも美しいお酒馴染みがいるもんだから、気分は付き人。傍観者だったわけだ。


 幼馴染のモテ具合を遠くから見守る家族的な。しっかり私も恋に落ちて、ちゃんと恋に苦しむ女子をしたわけなのだが。

 それはまぁ、置いておいて。

 実は私にも婚約者候補というものが存在していたのだ。

 私は知らなかった。

 何故(なにゆえ)発覚したかというと、ぽそっとロドムお兄様がこぼした言葉によるものだった。


 私が遊びに行った日の事、18歳ともなれば遊びに行くという表現よりは、婚約者に会いに行く、と言った方がいいだろう。

 屋敷に通されて、使用人の方について行けば、応接室にいたのはロドムお兄様だった。

 そこには装飾物を持ってきていた商人が、大きなカバンを開いキラキラ輝く太陽の光を浴びた朝つゆの様に美しく光る宝石たちを披露している真っ最中だった。


「やぁ、ロア」

「お邪魔してます、ロドムお兄様」

「もう終わったから、こちらで話そう」

 そういうとロドムお兄様は「もういいよ」と商人に言って、退出を促すと、素早く商品を仕舞い込んだ商人はニコニコと愛想のいい笑顔で部屋を出ていった。

 きっとエリィお義姉様へのプレゼントだろう。


「今日はジェンは少し外出している様なんだ、もう少ししたら帰宅すると思うよ」

「外出……仕事?」

「いや、買い物だろうね」

「なるほど?」

「ロアにだよ」


 買い物……ジェンのセンスはよくわからない。

 たまに何か渡してきたかと思ったら不気味な人形だったり、趣味の悪い指輪だったり。

 また何かよくわからない物だったら嫌だな、なんてそこまで考えたけれど、結局はどんなものでも喜んで受け取ってしまうのだろうなぁとも思う。私はどうやら長年の片思いで少し頭が緩くなっているのかもしれない。

 チョロイン、なんて文字が頭に浮かぶ。

 チョロイヒロイン。略してチョロイン。

 自分をヒロインだなんて思ったことないけれど、きっと自分がヒロインだったとしたらこんなにちょろい奴はいないだろうなと思う。


「君に似合う香水でも買っているのかもね」


「香水?」


「そう。だって今使っている物って……」


 もう知っている匂いなのに、ロドムお兄様に腕をチョンチョンとつつく動作をされてつい自分の腕をスン、と嗅いだ。

 そこからは甘めの香りがふわりと香る。


「これ、ジェンから貰ったものよ」

「だね。ジェンも忘れていたみたいだけど、僕がアドバイスして買った物なんだ、それ」

「え! そうだったの……!?」

「まぁ、僕も最近まですっかり忘れてたからね。ジェンも忘れてたのにさ。ふと思い出してついうっかり」


 喋っちゃったんだよねぇ、思い出話。


 そう言ってペロリと舌を出したお兄様は最強に可愛い。思わず誰もが許してしまうちゃめっけにうっかりときめいて、おいでーと広げられた腕の中に吸い込まれて行く。


 これが……魔性!


 ギリギリで理性と戦い、バカになった頭を脳内の妄想で殴り飛ばせば、キュッとブレーキがかかったようにすんのところで足は止まってくれた。

「残念」

「お兄様、絶対魅了のパワーを持ってるよね。魔族?」

「なんだい? 魔族って」

「みんなをメロメロにする怪物」

「ふふふ。もしそうだったら世界はもう僕のものだよ。もちろん君もね」

「うわー! ロドムお兄様、絶対魔族だよ!」

「あははは、ロアは昔からおかしなことを言うなぁ」


 キュンとした。

 やっぱりチョロモブだよ私は。



「はぁ、ようやくジェンの片思いも実ったわけだね。よかったよかった」


「えぇ? ジェンの? ようやくって、そんなに長かったの……?」


「そりゃもう」


「ええぇぇ?」


「———……ロア!」


 くぐもった大きな声が扉の向こうから聞こえてきて、バン、と大きな音と共に扉が勢いよく開いた。

 振り向けばそこには息を切らしたジェンの姿があった。


「ジェン!」

「おかえり〜、ロアが来ているよ」

「見ればわかる!」


 

 ジェンは苛ついた様子で大きな声でそう言った。

 と言っても二人はいつでもこの調子なので、さほど驚くこともない。喧嘩が始まるわけではないのだ。現にロドムお兄様はニコニコ笑顔で元気だね〜、なんてほのぼのしている。太い。神経が太い。


 挨拶もそこそこに、ズンズンと大股で近付くと、腕を引かれてきゅうと抱きしめられた。

 ハグでの挨拶なんて子供の頃以来のため、うまく返すことができなくて固まっていると、肩口に顔が埋まり、暖かな息が耳をくすぐる。


「……抱擁で挨拶、だろ? ロアが教えてくれた挨拶だけど」

「うっ……それは、ちょ、くるし」

「……ようやくできるんだ……もう少し」

「ひぃ」


 心臓が持ちませんが……!

 チラリと私を抱きしめるジェンを盗み見ると、キラキラした美しい顔が私の肩に乗っている。嬉しいけど、落ち着かない……!

 でも小さな頃の私グッジョブ……! 多分うっかり前世の知識を言っただけなんだろうけど。だってここ、外国かな? アメリカ? くらいに思っていたんだもの……! あまりにも幼馴染二人の顔が整っているし、西洋顔だし。その時の私よ。外国にかこつけて棚ぼたでも狙ったんか?


「ははは、ジェンよかったね〜。いや〜、長かったよ。ロアが強行手段を使わなかったらもっと長い旅路だったと思うよ」


「うるさい」


「ジェンは回りくどいから」


「回りくどいの?」


 全然そんなイメージはない。

 ジェンといえば、そのサバサバでツンツンした態度が人気で売りの氷の王子様だったはずだ。

 何かをコソコソしたり、あちこち手を回す様なイメージは全くない。


「そりゃあね。ロア、君はとても魅力的だから、いろんな男が()いて()いて」


「はい? 誰が? 私が?」

「そうだよ。可愛いロアの話だよ」


 いやいや、モブが?

 脇役にもなれなさそうなモブBくらいの位置に居る私が?

 いまだに腕を背中に回して抱き締める、いや抱きついているジェンを見る。少し指で肩を押せば、するりと離れてくれたが、表情は不機嫌そうだ。

 

「……あいつら、本当に腹立つ……俺と婚約しても次から次に……」


 ムスッとした顔でそう呟くと、ロドムお兄様はカラッとした笑い声をあげた。


「発表の仕方が僕たちのついでみたいだったからね。今は思い合ってるんだから変な気を起こすやつもいないでしょ。……年季の入った片思いなんだ、ロア覚悟した方がいいね……逃げらんないよ」


 ロドムお兄様は「じゃあ僕ちょっと外に」と部屋を出てしまう。

 そのタイミングでまたジェンに抱きしめられた。

 こんな触れ合いは今まで一度だってなかったから、すごく、すごく変な感じだ。

 子供の時でさえ、こんなに密着することは無い。戯れを大きく超えた触れ合い。


 恥ずかしいし、心臓だって(せわ)しない。

 流される様にふかふかのソファに座り込んで足の間に座らされれば、さらにきゅうと背後から抱き締められる。


「う」


 恥ずかしい。

 苦しいわけではない。

 でも苦しい。胸が。胸の中身が。

 ふわふわとした銀の髪が首に当たる。

 スルリと首筋を流れて胸元に髪が滑り落ちて行く。

 自分の黒い髪に落ちた銀色は、なんだかそれだけでとてもイケナイ感じがして妙なドキドキ感で胸が破裂しそうだ。


「……逃げるのか?」


「ぅえ!? に、逃げないよ」


「予定もない?」


「ないよ……」


「……よかった」


 ———あれ?

 ジェンってこんなんだっけ?

 こんなに蕩けた顔するんだったっけ。

 ホッとした様に、スリ……と私の首筋に唇を当てる様子はなんだか甘えられている様でくすぐったい。


「……はぁ、落ち着く。俺の手の届く場所にロアがいてくれると心が休まるよ」


 お腹に絡まった腕が腰を撫で、それを制しようとして手で払う。

 しかしすぐにジェンの大きな手が私の手を掴み、指先で優しく撫でつける。

 太く硬い指先が、私の手を優しく撫でるたびにゾワゾワしたものが首筋を震わせる。

 そのくすぐったさともどかしさにピクンと体が揺れると、それに合わせてソファが軋む。

 なんだか、一挙一動が落ち着かない。


 背後からはジェンの楽しそうな小さな笑い声と、時々首筋や肩口に当たる唇の柔らかさが、なんだかこう……落ち着かない。

 

「ん、ひゃ、なななな、ジェン、なんだかおかしい。おかしいよ」


「ん……おかしくない、今までずっと我慢してたから……」


「我慢」


 我慢ってなんだ……!頭がボカンと音を立てて爆発しそうになる。

 ジェンってこんな感じだった?こんな感じなの!? なんだかすごく押が強い……!?


 いつものちょっとしたセクハラでブチキレるジェンさんはどこに行ってしまったの!?足を少し出しただけでもおかんむりだったのに!


「えー……っと、あああ、何か、買い物してたって聞いた! よ! ……どこ行ってたの……?」


「ああ、それ」


 兄貴に聞いたんでしょ、とムッとした様子でゴソゴソと上着のポケットから小さな箱を取り出した。「はい、プレゼント」その中から出てきたのは、ガラスの小瓶。

 キラリと光る手のひらサイズの容器はピカピカと光って可愛い。


「香水! すごく可愛い……つけてみていい?」

「もちろん」


 チャプンと小瓶の中で波打つ液体を少しだけ腕につけると、紅茶の様な、それでいてその奥からバニラの様な香りのする、甘いのにすっきりとした香りの不思議な香水だった。

 すごく良い匂い。あまりにも好みすぎる匂いに、目をまんまるにしていると、ジェンは満足そうに目を細めた。

 

「すごく好き……ありがとう!」

「すっ……、ん」

「え?! ジェン大丈夫!?」


 すん?

 顔を押さえて項垂れるジェンに声を掛ければ、突然スン、と表情が無くなってしまった。いや何故。


「あんたはいつもそうやって無自覚に……」

「え?」

「いや。その香水、いつもつけてて」

「あ、うん…すごく良い香り。毎日つけるね」


「そうしてくれ」



----------------


「やばくない?あのボトル、オリジナルの香水が作れる店のやつだよ。ジェンてば独占欲が限界だなぁ〜、ねぇ、そう思わない?」


「いえ、それは……わたくしは一使用人ですので」


「あれって他の男に対しても牽制してるし、万が一他の男が触れたら匂いって移るでしょ?あ、あの男ロアの匂いつけてるなーって……ジェンは嗅覚強いからなぁ」


「…………」


「あーあ、ロアも大変だなぁ」


「……ロドム様が1番に警戒されそうですね……」


「大丈夫大丈夫。僕はジェンもロアも愛してるけど、1番はエリィだから!僕の愛はもっとわかりやすいよ〜」


 ふふん、と懐から出した宝飾品は、それは美しい出来栄えで、使用人はホゥとうっとりとした様に生唾を飲み込んだ。しかしすぐに気がついた。

 エリィ様といえば銀の美しい髪。

 しかしこの宝飾品はその髪を飾るヘッドドレス。その色は、まるでロドム様そのものの様な色味。


「なるほど。ロドム様も、やはりご兄弟なのですね。きっとエリザベス様にお似合いになります」


「ふふふ」

読んでいただきありがとうございました!


ちょっぴり嫉妬深い幼馴染です。独占欲回です。

あとは転生者ですので、自分の常識は他人の常識ではなかった話も入れてみました。


気に入っていただければ嬉しいです。

香水とか香りのするものって貰いたいしあげたいです。


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