7 口は災いの元、されど沈黙も災いの元
「はぁ!?」
「ぇえ!?」
二人で思わず大きな声をあげてポカンと大口をあける。
私はどちらかと言うとジェンの声に釣られたというのが大きい。けれどやはり衝撃も大きい。
だんだん頭が冷静になってきて、ハタと気がついた様にお互い少し距離を取った。
ジェンの顔色が妙な色になっていく。
普段の澄ました顔からは想像できないほど今日は彩り豊かである。
良くない方にだけど。
「ちょ、ちょっと待って……あれ? え? ジェンの好みのタイプはエリィお義姉様、よね?」
「は!? なっ……! あれはっ……ッ馬鹿か! あの時、義姉上はあんたと同じような容姿をしておられただろうがっそれで……っ!」
「え?」
「は……っくそ、俺はあの時、そのつもりで……クソっ」
「え? え?」
そして突然の罵倒。要領を得ないチグハグでバラバラな言葉。ジェンらしくない。その言葉にも態度も変で、困惑してちょっと良くわからない。つまり、どういうこと?
「まて……違う」
「??」
ぐったりとした様に片手で額を押さえて項垂れるジェンは絞り出す様に声を出した。
違う……?
違うって何だ?
何が当たっていて、何が違うのかもわからない。
私たちの間で何か行き違いをしているのかも、ということだけほんの少し掴みかけている。その程度だ。
「わた、私……」
意を決して、声を絞り出す。
出てきた声はカスカスで、震えてうまく伝わっているかはわからない。
それでも、ぎゅっと手を握り締めジェンを見つめる。
ゆっくりと私の瞳に向かうよう視線を上げたジェンの瞳がふるりと震える。
そこにはジェンらしくもない、不安が宿っている様に思えた。
「私は、あなたが好き。ジェンがエリィお義姉様を好きなら、少しでも代わりになれたらって、それでもいいから好きになって貰いたかったの」
「……それじゃあ、その姿は、俺のため?」
コクリと頷くと、ジェンがグッと唇を噛むのが見えた。視線をあげれば、優しく私を見る瞳とぶつかった。不安はもうそこにはない。
「ロドムお兄様に振り向いて欲しくてこんなことしたんじゃないわ」
「やめろ」
伸びた手が、私の頬を撫で、指で唇を柔く押さえ付けて口を塞いだ。冷たい指先が、唇を撫でていく。
「他の男の名前を呼んでくれるな」
せつなげに揺れる声が、耳のすぐそばで低く震えて、思わずそのくすぐったさに身を捩る。
ゾクゾクとしたものが背中を駆け巡って、沸騰した様に体が熱くなっていく。
「俺も、勘違いしてた」
「勘違い?」
「上手く言えないが、兄貴に、振り向いて欲しくてやっていたのかと……俺じゃあ、駄目なのかと思っていた、だからつい、カッとなってしまった……すまない」
ジェンの大きな手のひらが、優しく私の腕に触れた。そこはこの部屋に来る間強く握られていた場所で、痛みはないものの、ほんの少し赤くなっていた。
さっきまでの恐ろしい勢いはもうない。優しく、傷つけない様に、まるで宝物に触る様に頬に触れ、体が引き寄せられる。
「……そんなの、わかんない……だって、勘違いしちゃうよ」
体がふわりと暖かさに包まれる。
いつからか、こんな触れ合いは無くなってしまっていた。
幼少期の頃とは違う、大きな体。
包まれる様にきゅうと抱きしめられたその腕の強さにドキリとする。
「ちゃんと言ってくれないと、わからないよ……」
「俺も……好きだ。昔からずっと。ロア……あんたが好きだ」
「ん」
どちらともなく近寄れば、視線が絡み合う。
頬が触れ合い、鼻先が擦れ髪の毛が混ざりあってくすぐったい。
唇に、柔らかいものがぶつかり、息が止まるほどの幸福感が体を駆け抜けて、ほろほろと瞳から溢れ出した。
言葉で伝わらなかった分を取り戻すかの様に何度も繰り返し口付けを交わす。
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ジェンのあまりの異様な様子に慌てた使用人達が、悩んだ末にロドムお兄様とエリィお義姉様を呼んだため、この私とジェンの勘違いが生み出した騒動は幕を閉じた。
私が押し付けた婚約だと思っていたが、実はジェンが希望した事で実現したものだと知るのはこの後すぐだった。
「強引だったが、後悔はしていない」なんて豪語するジェンに氷の王子と呼ばれるクールさはどこにもない。冷たくもないし、そっけなくもない。
いつも私に対する雑な感じもどこに行ってしまったのか、熱い視線だけが私を見つめている。
「俺は、兄貴にも、どこの誰にもあんたを渡す気なんてなかった」
「ひゃ」
「言質はとった……逃がさないからな」
ギラリと光る瞳にどきりとして思わず逃げようとするが、腕を取られてあっという間に引き寄せられてしまう。
義理の姉、エリィお義姉様に良く似た美しい女性が現れたら、おとなしく身を引いて彼の幸せを祈ろうと思っていたが。
どうやら。
モブとして転生した私は、氷の王子と呼ばれる彼からずっとずっと昔から愛されていた様で。
逃げられそうにないみたいです。
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