5
夜に秋の虫が鳴いていても、まだまだ昼間は暑い。
棘を持ったような日差しが肌を焼き、汗は絶え間なく噴出す。
時折吹く風に喜びながら、玲紀を待っていた。
「ごめん、陸斗!」
後方から声がし、合わせて走ってくる足音も聞こえた。
「母さんにつかまっちゃって・・・」
「あ、怒られた?」
太陽の下で見る玲紀は、これが初めてと言っても過言ではない。
こんなに色が白いとは気付きもしなかった。
「ううん、母さんも自分が悪いって分かってたんだよ」
すっきりとした爽やかな笑顔で彼はあっさり言い放つ。
足枷が取れたような、重荷がなくなったかのような、そんな印象を受ける。
「・・・もう行くんでしょ?」
僕が訪ねると、玲紀は静かに頷いた。
去年より、一昨年より、どこか淋しさを含んだ空気が二人を包む。
いつもなら出発する日の昼に会うことなんてない。
暗黙の了解で、まるでひと夏の思い出のようにして忘れるのだ。
「また、来年だね」
「・・・うん」
玲紀は太陽を見上げる。
彼は目を細め、何かを探すようにそのまま見つめた。
うっすらと汗が光って、まるで夜の冷気とは違う人間に思える。
実際、一昨日までの玲紀とは別人だ。
事実よりも、彼の顔がそれを物語っている。
「玲紀なら友達の一人や二人、すぐ出来るよ」
額の汗を拭いながら、僕は地面に腰を下ろした。
暑さに負けたのか、これ以上玲紀を見ていたくなかったのかは分からない。
「当たり前だろ、俺はお前の友達だぜ」
しゃがみこんだ僕を見下ろすようにして、玲紀は笑う。
逆光でその顔は見えなかったが、逆にそれで良かった。
僕の中に不安があったから、うまく笑える気がしなかった。
「さぁ、もう行くか」
玲紀は小さく背伸びをすると、僕の様子を窺っている。
まるで一昨日までの玲紀が乗り移ったかのように、僕は焦っていた。
「・・・陸斗?」
毎年毎年、夏に出逢っては別れ、それぞれの生活をしてきた。
その中で、どうして今まで一度も思わなかったのだろう。
そして、どうしてそれが今になって生じたのだろう。
マチに帰った玲紀が、僕を忘れて友達を作ってしまいそうで、怖かった。
「・・・玲紀は、変わんない?」
力強い日差しに、僕の力は吸い取られてしまったのかもしれない。
それくらい弱い声で呟いた。
「変わんないよ。お前だって変わんないでいてくれるんだろ?」
彼の優しい口調に、安堵感が芽生える。
小さく頷くと、頭の上に彼の手が乗った。
「来年、この場所に家でも建ちそうだったら・・・」
玲紀の言葉を奪うようにして、強引に僕が続けた。
「その時は必死で止めるよ」
逆光で見えない玲紀の顔を見上げて微笑む。
彼もそれに呼応して微笑んだ。
「じゃあな」
二回ほど頭を叩くと、僕の横から玲紀はいなくなった。
あえて振り返らない。
振り返ればそれだけ、来年会うまでの時間が先延ばしになるような気がした。
暑さを我慢して、そのまま寝転がる。
太陽を中心にした広い空の端に、薄い色の月の姿があった。