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一色  作者: 四谷イツキ
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「・・・来ない」

例の如く、星空を見上げて玲紀を待つ。

横には昨日の花火で使った石が、まだ蝋を残してそこにあった。

でも、玲紀は来ない。



僕がここに到着してから、既に一時間くらいは経っただろうか。

いつもと同じ頃に家を出て、特に急いできた訳ではない。

やはり、昨日のことが原因なのだろう。

僕は何もしていないつもりなのに、玲紀が一方的に機嫌を悪くして帰ってしまった。

彼が言うには、ここに滞在するのは今日で終わり。

明日には星すら見えないマチに帰るのだ。


僕は意を決して立ち上がると、大きく伸びをした。

空に伸ばした掌が視界を塞ぎ、指の間から少しの星が垣間見える。

大きく息を吸い込んでから、玲紀の家へと向かって歩き出した。

ただ友達の家へ行くだけなのに、妙に緊張している僕がいる。

いつか見た玲紀の母親のせいだろう。

あんなに厳格な女の人は見たことがなかった。

僕の住む町にはあんな表情をする人なんていやしない。

みんな、僕と一緒にいる時の玲紀のような笑顔をしている。

それが普通なのだと思っていた。


玲紀の別荘はここからそう離れていない。

毎晩抜け出してきていた玲紀にとって、この待ち合わせ場所はちょうど良い距離だったろう。

広い道路を僕の影だけが歩いていた。

弱々しい街灯が照らしているだけで殺風景な道だが、特に目立った事故もない。

ただ、今の僕は鬼退治へ行く桃太郎になった気分だ。

鬼の住む島へ続く道程。

母親に見つからずに玲紀に会えればいいのだが、玲紀がどの部屋にいるのかは見当もつかない。

せめて一階にいてくれればいいのだが、二階にいたら僕には手も足も出ない。

弱々しかった電灯が姿を消し、その代わりに明るすぎるほどの玄関灯が目に入る。

白い壁で仕切られ、大きな門の横にほんの小さなインターホンがついているだけであった。

この時間、さすがにインターホンを鳴らすだけの勇気は持ち合わせていない。

そっと門に足を掛けて、ひょいとその中へ飛びこむ。

家を回るようにして庭があるため、一階の様子は窺えるようだ。

罪悪感と一抹の恐怖感で、無意識の内に腰をかがめて窓の中をさぐる。

光の漏れた窓を恐る恐る覗くと、ソファに腰掛けてタバコをふかす玲紀の母親の姿があった。

「やばっ!」

すぐに窓の下に隠れるようにして身をかがめるが、既に遅かった。

頭上で素早く窓が開く音がすると、甲高い声が僕を捕えた。

「あなた、そこで何してるの!」

彼女を見ないようにしながら後ずさりすると、更に高い声で僕を呼び止めた。

「待ちなさい!どこの子供!?」

遂に僕の心の中で恐怖心が勝利を上げ、門に向って走り出した。

「母さん!!」

聞き覚えのある声が窓の中から聞こえる。

玲紀だ。


「まだ起きてたの玲紀、何?早く寝なさい」

彼女は玲紀に振り返ると、感情のこもらない声でそう言い放った。

「・・・彼は僕の友達です」

玲紀が、聞きなれない丁寧語を話していた。

驚きよりも可笑しさよりも、悲しさの類が込み上げてくる。

僕の前ではもっと優しい言葉で話すのに。

「あなた、まだそんな子と付き合っているの?」

「友達くらい自分で選びます!・・・母さんは何も分かってない」

細目で覗いた窓の向こうで、玲紀は鋭い眼孔を母親に向けていた。

「ちょっと玲紀!」

母親に文句を言う間髪を与えず、玲紀は部屋から消えて、すぐに玄関から飛び出してきた。

「行こう、陸斗!」

彼は清々しいほどの笑顔を向け、僕の右手を掴んで門を潜り抜ける。

弱々しい街灯をいくつも通り過ぎて、さっきまで僕が玲紀を待ちぼうけしていた場所まで一気に駆け抜ける。

一人で歩いた時の沢山の不安などはなく、安心が風と共に僕の体を通り過ぎた。



「・・・ごめんな、陸斗。変なトコ見られちゃった」

舌を出して笑うと、大きく息を吐きながら寝転がった。

僕は玲紀の横に立ち、少し迷いながらもその横に体育座りをした。

「それと、昨日言ったことも・・・ごめん」

今さっきまで笑っていた玲紀の声と違い、真剣な声色だった。

あえて顔は見なかったが、きっと表情だって同じような色を醸し出しているだろう。

胸が苦しくなって、自分の両膝に顔を埋めた。

「・・・何かあった?」

精一杯言えた言葉が、その一言だった。

玲紀は起き上がり、僕の横であぐらをかく。

神妙な眼差しは、川の流れる暗闇に向けられて何が映っているのかは分からない。

「うちの母さん、見た通り厳しいからさ・・・」

玲紀の口から母親の話が出ると、なぜか違和感が生まれた。

今まで二人とも無意識の内に避けていた話題である。

「マチの学校の友達にも嫌われてて、俺までみんな嫌うんだ」

俯いた玲紀は、淋しそうな口調で話した。

「みんな、つい最近までは一緒に話したり遊んだりしてたのに・・・

 さっき、母さんが陸斗にも言ったみたいなことをみんなにも言った途端・・・」

握り締めた拳が震えていた。

視界の片隅でそれを捉えると、僕まで震え出しそうな錯覚に陥る。

やりきれない気持ちで、僕は抱えた両足をギリギリと締め付けた。

何も出来ない僕が悔しくて、そして悲しかった。

「母さんが俺の友達を奪ったんだ・・・!」

真正面に浮かんだ半月が、星よりも強い光で僕達を照らす。

ポツリポツリと玲紀の拳に水滴が落ちる。


「玲紀、僕は友達じゃないの?」

彼が俯いたままだった顔を上げ、涙で濡らした瞳を僕に向ける。

男の子の泣き顔なんて見たの、いつぶりだろうか。

「・・・変わるなって言ったよね。僕は、変わらないよ」

彼の瞳を見ながら話すことに照れが生じ、視線を反らしてからまた口を開く。

「例え、君のお母さんにあんなこと言われてもさ」

少し自嘲気味に、僕は言い放った。

涙を拭い、玲紀は僕と同じ体育座りをしてから小声で呟いた。

「・・・ありがとう」

その瞬間に見せた玲紀の笑顔は、何の屈託もない笑顔だった。




ただ他愛もないことを笑いながら、僕達は半月が頭上に昇るまで談笑していた。

一年に一度しか会えないという現実を忘れようとしているようにも思えた。

昨日のように突風が吹きつけると、今までの笑い声が嘘のように止み、沈黙が辺りを囲む。

耳が痛くなるほど静かで、遠くからかすかに秋虫の鳴く声が聞こえた。



「夜って嫌だな・・・」


唐突に玲紀が言った。

僕は月を見上げたまま、彼の声を聞いていた。

「どうして?」

半月の上に、兎の足の部分が浮かんで見える。

涼しい風が通り過ぎては、耳元で囁くようにして音を立てた。

玲紀もまた、囁くといっていいほどの小声で言う。

「朝が来るからだよ」

いい加減、首が痛くなってきたので視線を玲紀に移しながら口を開いた。

「朝は嫌いな・・・」



「お前が横にいると、淋しくなるんだ」



僕の言葉を遮って言い放つ。

思わず、見なかったことにしてまた月を仰ぎ見た。





玲紀と同じように、


一筋の涙が僕の頬を伝った。

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