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一色  作者: 四谷イツキ
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2

夏の空は冬よりも星が騒いでいるように見える。

冬の空のほうが、空気が澄んでいて数倍も綺麗に輝くのだが、

夏の星はそんな差を感じさせないほどに瞬いている。

草の匂いが鼻腔をついて、夏の湿った空気と共にまとわりつく。

どこまで逃げても追ってくる匂い。

僕はこの感じが、少しだけ好きで、そして少しだけ嫌いだった。


この匂いを感じ取れる頃には、彼が隣にいるから。




「今度はいつ帰るの?」

僕が寝っ転がった草原の上で訪ねた。

玲紀は頭の下に両腕を回して、僕を横目で見る。

「明々後日だよ」

「・・・そう」

僕は素っ気無い返事を返すと、玲紀と同じようにして星を眺めた。

別に星なんて今見なくても、僕はいつだって見れる。

でも玲紀にとってはこんな満天の星空、一年に一度しか見れないのだ。

背が高く光るビルなんてない、空の視界を阻む物なんてない世界。

それが、僕の住む世界だ。

「玲紀の住むマチは、星が見える?」

きっと、もう何度も聞いた質問だろう。

彼がここにやって来る度に聞いてしまう。

「見えない。こんなに沢山の星はないよ」

玲紀はちょっとした金持ちの子供らしく、僕の住むこの町に別荘を持っている。

毎年、夏になるとやって来てはすぐに帰っていくのだ。

「来年は中学校だね・・・中学生になっても来れるの?」

玲紀は急に起き上がると、背中についた草を掃いながら立ち上がった。

僕もつられてゆっくりと体を置きあげ、立ち上がった玲紀を見た。

僕の視界にいっぱいだった星が、玲紀の細長い体で隠される。

「もちろん。俺の友達は、お前だけなんだ」

そう言うと、玲紀は大きな瞳を細めながら笑った。

言葉の意味はよく理解できずにいたが、ぎこちなく僕も微笑む。

ただ、彼のその笑みはいつになく静かだった。



「なぁ、去年のあの場所、行ってみようぜ」

玲紀は僕の腕を掴んで催促する。

あの場所とは、去年玲紀が来たときに発見した林の中の場所である。

小高い丘の上にあり、僕達のように好奇心旺盛でないと見つけることができないかもしれない。

生まれてからずっとここに住んでいる僕でさえ、去年初めて見つけた場所だったのだ。

「まだあのままかなぁ?」

小走りに向いながら、僕が呟いた。

忘れていたわけではないが、去年から訪れてはいなかった。

どこかで、玲紀と一緒の時じゃないと行ってはいけないような気がしていた。

「さぁ、どうだろうな」

玲紀の整った顔立ちがくしゃっと歪む。

彼の大きな口が歪むと、僕まで嬉しくなる。



一度、昼間に彼に会ったことがあった。

当然、僕も玲紀も知らないフリをする。

玲紀の母親は冷徹な性格らしく、玲紀の家柄と同等かそれ以上の家の子供でないと交際を許さないらしい。

僕には到底分からない家訓なのだが、僕の家で言う『知らない人についていかない』というのと同じことだと思っていた。

しかし、昼間に見かけた玲紀の笑顔は、星のない空のようで、僕は思わず目を背けた。

人形のように整った顔が、テレビの中のアイドルのように精巧な笑顔を映し出しているだけだった。



だから真っ暗な空に星の灯ったような、『玲紀』の笑顔を傍で見ると安心する。

あんな玲紀は人間じゃない。僕の知っている玲紀ではない。

ガサガサと一年の間に伸び繁った草や枝を掻き分けて、林の中に入りこむ。

二人に会話はなくとも、二人は同じことに必死で、同じことを思っている。

それだけで僕は満足だった。

「あ・・・」

前を掻き分けていた玲紀が声を漏らす。

僕が彼に続いてひらけた空き地に出ると、思わず息を呑んだ。

「そっか、母さんが言ってた・・・この辺に高層住宅が出来るって・・・」

すっかり肩を落とした玲紀は、いつもは僕よりも背が高いのに、今ばかりは小さく見える。

背中を見ただけで、どう声を掛けたらいいのか分からなくなる。

「一年の間に、変わっちゃうんだな」

淋しげにこぼした声が、夏の湿った匂いに吹かれて消えていった。

一年前、少し隆起したこの場所からは後ろに木々の掠れる音と満天の星空、それだけしかなかった。

しかし今は、その眼下に建設途中の無残な鉄鋼が組まれていた。

寝転んでも、空だけを仰いでも、その人工物は視界に入り込んでくる。

「・・・陸斗、お前は変わるなよ」

「え?」

振り返って真剣な表情をする玲紀がそこにいた。

「・・・僕は変わらないよ」

頭の中で何を言えばいいのか考えながら、ふと口をついた言葉だった。

玲紀は少しはにかんでから頷くと、小さな声で呟いてから、林の中に消えていった。


また明日、僕達はここへ来るだろうか。

人工物が影を潜める場所へ、星を見上げに来るだろうか。




二人で通った道筋だけ、伸びきった雑草が倒れている。

その道を戻りながら、僕の頭の中を玲紀の言葉がくるくると巡っていた。

明日の夜になったら、今日の不可思議だった彼の言葉について聞こう。




ありがとう、ごめんな、の真意を。



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