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外套外伝

作者: 杜若表六

コオリツイタゴオゴリノボウレイガダルソウニカタル……


《とにかくこの時期のロシアは寒いのである。》

《だから外套がどうしてもいるのである。》

と、下級官僚のアカキエヴィッチはTwitterでピヨピヨつぶやいた。

フォロワーは二人。同僚のチチコフと、仕立屋のペトローヴィッチである。チチコフは行方不明で、ぺトローヴィッチとはもう何年も会っていない。チチコフについてはどうでもいい。どこかでよろしくやっているだろう。が、ペトとはぜひとも会う必要がある。やつは仕立屋だからだ。くわえて、やつには、なにかしら貸しがあったはず。よく思い出せないが、そこを巧妙について、底値で外套を仕立ててもらおう。もっとも、いつだって、ひどく下手くそな仕立てなのだが……。

ここまで考えたあと、すかさず、いまのいまつぶやいたTweetの閲覧数をチェックした。「《とにかくこの時期の》……閲覧数1」。ヒヒヒ、だれかみている。「《だから外套が》……閲覧数0」。チェッ! 私の文学的Tweetが、凡夫にはわからんか。

見ていない以上、わかりようがないことが、アカキエヴィッチにはわからない。


そのボロ下宿の二階にいくと、なぜか、びしょびしょの床の上で、ペトが苦しそうにしている。アカはため息をついて、ペトを抱き起こして、背中をたたいてやる。いきおいで、顔から鼻が飛び出したようにみえた。が、どうやらちがうようである。

「なにね、ちょうど嗅ぎ煙草を楽しもうとしてたんですが、両の鼻の穴にたばこをつめちまいましてね、息ができなくてくたばりそうになってたんですよ! へっへへへ!」

アカはその言葉をいっさい無視して宣告する。

「君は、本当にくたばるかもしれんぞ。……私が、あのことを《オカミ》にバラしたらな」

ペトは青天のヘキレキにヘキエキして目をパチクリ。

「オカミって……うちの内儀? それとも権力機構? それとも……?」

「ひょっとするとオオカミかもしれんぞ」

「ヘッ! 旦那、くだらない冗談でこれ以上ロシアを寒くしちゃあいけません。オオカミィ? そうだったらァ、屁でもねえや。大都会ペテルブルクまで、わざわざ、きゃつらはきませんぜ! たぶん。ただ、上記ふたつはおっそろしいなあ! かかあに、警察!」

「とにかく、それじゃあ、心当たりはあるのだね? へへへのへ!」

ペトは、かまをかけられたことにようやく気づいた。

「あっ! それはねえでがすよ。旦那ァ!」

「たしかに、言質はとったったよ。外套を、いっちょ仕立ててもらおうか!」

「へい、300ルーブリになります」ペトは即座にぼったくろうとした。

「こ、この、調子にのりやがって。今、どっちがイニシアチブ握ってると思ってんの。2ルーブリ以上は、出せんよ。」

「そっちこそ、初っぱな《下手》にでてみれば、調子にのりやがって。……《仕立屋》だけにね」とペト。卑屈に笑った。への河童!

「ロシアを、これ以上、寒くするな!」アカはこめかみに血管を浮き上がらせながら慇懃かつ尊大かつ激烈に叫んだ。「お前のアカ、リムるぞ」

「へえ? あんたよりは、フォロワーいるからいいよ。だいたい、設定がおかしくないか。帝政ロシアにTwitterがあるかってよ!」

「おっほん。ロシアはいつでも帝政だ!」

「ハア? 剣呑なるアネクドートはけっこう! 検閲至極に存じます」ペトは両掌ををぱしぱし摺り叩きあわせた。何か考えている証拠だ。「わかったわかった。しょうがないね。まってろ。いまに世界一の外套を見せてやるよ」


アカはTwitterと役所の清書の仕事に明け暮れた。しばしば逆に、つまりTwitterに清書してしまったり、清書をTwitterに載せてしまったりして、上司から怒られたのである。

二週間後。

「できたか?」

「そこにあるよ」

「これか。着せてくれよ」

アカはペトに新しい外套を着せられて愕然とした。どこからどうみても、ぺらっぺらの布きれ。これは、絶対に外套じゃない!

「なんだよこれ。薄すぎ。はたして防寒着とは?」

「2……」

「それにポケットないじゃん。利便性とは?」

「2ルー……」

「というか材質! ツギにハギを加えて、むしろ斬新! おしゃれとは?」

「2ルーブリィ……」

「あっそう。2ルーブリだからこうなるって? もう君にはたのまない! 嗅ぎ煙草で窒息するがいい!」

金を払って、表に出る。


一応、やっぱりなんといっても寒いから、外套?を着てアパートに帰ったら、道中写真を撮られに撮られてTwitterで晒された。

「な に こ れ」

「外套に該当しない」

「いろんな意味でクールすぎるwww」

「ほうっといてください!」ツイート見たアカは顔真赤。

うんざりしてアカ消しした。

これではアカケシヴィッチである。

「チチコフにたのんでなんとかしてもらうか。ぼったくられそうだけど。どこにいるんだあいつ……」

いっそう冷え込む、ロシアの冬……。

官僚も、外套も、幽霊も、魂だって、きっとカチコチに凍り付くだろう!

鼻カラツララヲタラシテツラソウニコオリツイタゴオゴリガイッタ、「モオコリゴリ」。

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