追いかけて
喉から心臓が出そうとはまさにこのことだ。心臓どころか、臓物が全部飛び出しそう。口から色んな臓器を吐いてる自分を思い浮かべて、余計に気持ち悪くなった。
手紙、書いてくればよかったな。なんて言ったらどうなるか、全く想像がつかない。どうしよう。今から手紙を書いて、明日渡すことにしようかな。
いや、それではだめだ。今日言うって決めたのだ。今日、松島くんに告白をする。
松島くんとは、実はあまり話したことがない。クラスメイトだから席が近ければ話すけど、わざわざ話すために近づいたり、近づかれたりするような間柄ではない。下の名前で呼び合ったり、休日に遊びに行ったりするような関係でもない。
生まれて初めて、一目惚れをした。すごく、好みだった。陸上部で日光を浴びているせいで日焼けした肌と髪に、くっきりした二重、すこし太い眉毛。どちらかと言えば濃い顔立ちをしている松島くんに、わたしは恋に落ちた。
彼は実直に部活に取り組んでいて、ぐんぐんと陸上の成績を伸ばし続けている。努力家なところも好きだ。
それと、少しドジなところも。
松島くんが廊下を一人で歩いている時に、特に何もないところで蹴躓いたり、教室に入ってくる時にドアに肩をぶつけて痛そうにしたりしているところを何度も見た。授業中に船を漕いでいておでこを机に思いっきりぶつけていることもあった。そのたびに恥ずかしそうに笑う松島くんを、かわいいと思わずには居られる人がいるのだろうか。
高校に入学して、もう二ヶ月が経つ。抱え込むには大きすぎるくらい膨らんでしまった気持ちを、すぐにでも彼に伝えたいと思うようになっていた。
梅雨真っ盛り、夏の一歩手前の、六月十三日。今日、彼に告白するんだとそう決めて、わたしは正門横に立っていた。
わたしは書道部に所属していて、部活の終わる時間が他よりも少しだけ早い。だからこうして陸上部のメンバーが正門から出てくるのを待っている。
今か今かと待ち続けて、その時は突然やってきた。松島くんと、彼の陸上部の友だちである安部くんと片山くんが現れた。
震える膝をグーで殴って、松島くんたちの元へ駆け寄る。
「ま、まつしまくん」
声が震えた。自分でも聞いたことのないくらい弱々しい音だった。
「佐野さん」
「ちょ、ちょっといいかな」
「うん」
正門から歩いてすぐの、あまり人気のない体育館裏にやってきた。バスケ部はまだ部活を終えていないのか、ダムダムとボールをつく音や、掛け声が聞こえてくる。体育館の窓から黄色い光が漏れていた。
胸の真ん中が早鐘を撞く。くるしい。ここまで来たからには、一思いに言ってしまうしかない、と口を開いた。拳をぐっと握る。
「……松島くんのことが、好きです」
「えっ」
松島くんは目と口をぽかんと丸くしている。かわいい。
「まだ出会ってちょっとしか経ってないし、あんまり話せてもいないけど、好きです。……すきです」
これ以上、何を言えばいいのかわからなかった。好きなところを羅列するとか、その経緯を説明するとかいろいろ考えていたけれど、わたしの口から出たのは「好き」という言葉だけだった。
松島くんはびっくりして固まっている。ただのクラスメイトが突然告白してきたのだから、驚くのも当然だろう。
頬と耳が熱い。燃え上がっているみたいだ。じっと松島くんを見つめていると、彼の耳も赤く染まっていった。かわいい。
二人で沈黙する。バスケ部の「グッディ!」「ナイシュー!」という声かけが聞こえてきた。グッディって、どういう意味なんだろう。グッド、……ディスタンス?
わたしたちの間の気まずさはピークに達している。混乱しているのか、松島くんは何も言ってくれない。一秒が一時間にも感じられそうだ。
逃げ出したい。告白なんてしなきゃよかった。普通のクラスメイトとして接して、もっと仲良くなってから告白すればよかった。
最悪だ、ごめんなさい。自分の気持ちを告白できた喜びよりも、松島くんに対する申し訳なさが勝る。だって、松島くんにとってはこんなの迷惑以外の何物でもない。
逃げよう。三十六計逃げるに如かず、という言葉もあるくらいだ。三十六だったか三十八だったか、忘れてしまったけれど。
踵を返して、全速力で走り出した。「えっ、ちょっと待って!」と後ろから声がしたけど、足は止まらなかった。
彼に捕まって、「ごめんなさい」を聞くのが怖い。きっと彼は、自分がわたしを傷つけると思って、ものすごく落ち込むのだろう。傷つかないのに。だって、望みなんてないと知っている。
わたしは傷心した。だから、必ず、彼から逃げ切らなければならないと決意した。