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第6話-① 将来と覚悟

 五月の大型連休を終え、ももは再び配られた進路希望調査票を前に項垂れていた。


「就職希望者はどのような企業を希望するかを記載せよ、か」


 どのようなもそのようなもないよ。だって、適当に書いただけなんだから――


 大きなため息を吐くと、ももは進路希望調査票を机の奥に押し込んだ。そして頬杖を突き、窓の外を見つめる。


 自分の感情とは正反対の快晴。もう少し雲がかかっていたら、こんなにもやもやすることはないのに、と空を睨んだ。


「はあ」


「ももちゃん、大丈夫?」


 前の席にいる水蓮が心配そうな顔でももを見つめていた。


「あ、水蓮ちゃん……ごめん、ため息大きかったよね」


「悩み事?」


「進路のね……どうしようかって思って」


「そっか……ももちゃん、今年卒業なんだもんね」


 寂しいなあ、と水蓮は悲し気な表情をする。


「水蓮ちゃんは将来の夢とかあるんだっけ」


「うん! 私はお父さんみたいなヒーローになりたいから、教師を目指すの!」


 キラキラとした瞳で水蓮は答えた。そんな水蓮を見て、ももは少し前にした学園に来るきっかけの話の時の姿を思い出す。


『私はなりゆきでこの学園に入ったから。だから、ももちゃんや愛李が羨ましいんだ』


 そう言って迷っていた彼女は今、自分の目標を決め、前に進もうとしている――


 暁同様に学園を大切に思っている水蓮が、ゆくゆくは父の後を継ごうと考えているのだろうということはももも察していた。


 身近に後を追いたいと思える存在がいる彼女に、少しだけ羨ましく思い、ももは苦笑いをする。


「目指す人がいるのは、なんだか羨ましいな……」


「ももちゃんにはそういう人っていないの?」


「うん。ここでいっぱい勉強して、楽しい思い出はたくさんあるけど、そういう人には出会えなかったし、夢も目標もない。だから迷っちゃって」


 何かひらめいたような顔をした水蓮は、ニヤリと笑い、ももを見据える。


「こういうのはどうですか! 私はももちゃんとずっと一緒にいたいので、ももちゃんも教師を目指す! とか!!」


 力のこもったその言葉からかなりの本気を感じられ、ももは少し思案してみることにした。


「教師、ねえ……」


 自分が教卓の前に立って、子供たちにあれこれを教えている姿をももは想像する。


 言うことを聞いてくれない子供たちを前に、自分が振り回されている姿がなんとなく浮かんだ。


 うん、私には無理そうだな――


「ガラじゃないから、教師はやめておくね」


「そっかあ」


 他にどんな仕事ならいいのだろう。ももは考えを巡らせる。


 教師は無理。裕行君のように生物学者というのも違う。

 じゃあ、お父さんみたいに会社員……それもなんだかなあ。


「はあ……」


 あれもダメ、これもダメって――ワガママだな私は。


「いつか見つけられるといいね」


「そうだねぇ」


 それからももは視線を窓の外に向ける。相変わらず綺麗な青空が広がり、ももの心を曇らせていくようだった。


 なぜみんなは自分の将来や夢を決められるのだろう。

 なぜ私は決められないのだろう。


 ももはふと自分の未来を想像してみる。

 しかし、どれだけ想像してみても、そこには真っ暗な闇しか見ることができなかった。


 消えたと思っていた黒い何かはずっと身体にまとわりつき、いつの間にかそれが当たり前になっていたのだろう。ももの未来は黒く塗りつぶされ、その道は途切れてしまっていたのだった。


 私に未来はない。夢も希望も――こんな化け物(わたし)のことなんて誰も必要としていない。


 それから数日間、ももは進路のことを悶々と考えてはいたが、結局期限までに進路希望調査票を提出することができなかったのだった。

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