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第5話ー④ 母

 二月末。ももは父から母が退院したことを聞く。帰省することを父に伝えると、父は「楽しみにしている」と安堵の声を漏らしたのだった。


 そして、母の退院の話を聞いた日の夜。ももは寮近くの公園で裕行に会っていた。背中を押してくれた彼にちゃんと報告をしたいと思ったからだった。


「そっか。ももちゃんは決めたんだね」


「うん。今度の春休みに行ってくる。ちゃんとママに会って、話してくるね」


「頑張ってね」


 そう言う裕行は嬉しそうでもあり、寂しそうでもあるような表情をしていた。

 彼もお母さんに会いたいと思ったのかもしれない。ももは直感的にそう思う。


『会ってよかったよ。だから裕行君も!』

 

 そう言えるように、私はママとの再会を成功させなくちゃね――




 それから一か月後、ももは身支度を整え、大きめのリュックを背負うと実家に向かうために寮の部屋を出た。


 初めて来た日と同じように町のそこここで桜が咲いているのを見て、来年はもうここから桜を見られないのか、とももは少し寂しく思う。


「ぼうっとしてる場合じゃなかった。電車の時間に遅れちゃうよね」


 ももはリュックを背負い直して、桜の見える景色を横目に歩き出した。


 春休みに入って三日。寮に住む生徒たちは実家に帰省したのか、共同エントランスに着くまでももは誰ともすれ違わなかった。


「あら、おはようももちゃん。帰省?」


 エントランスから入ってきた寮母が、階段から降りてきたももに笑顔で言う。


「おはようございます。はい。母が退院したと言うので、顔を見せに行くんですよ」


「そっか。気をつけてね」


 笑顔でそう言う寮母に、ももも笑顔で返す。


「はい、いってきます」


 ももがエントランスを出ると、桜の香りが混じっている少しひんやりとした風がさっと吹き抜けた。ももは身体をぶるっと震わせ、そのまま身を縮こまらせる。


「春って言っても、まだ寒いなあ」


 もう少し厚着にすればよかったかな、とももは薄手のトレンチコートを着てきたことを少し後悔した。


 引き返そうかとエントランスの方を振り返るが、電車の時間があったため、着替えは諦めてそのまま駅へと向かうことにしたのだった。




「実家に帰るのに、いってきますか……」


 ももは少し歩いた先にある横断歩道の前で信号待ちをしている時に、ふと先ほどの寮母とのやりとりを思い出していた。


 実家には何度か帰省しているものの、出る時に「いってきます」と言って出た記憶がないように思う。


「来年になれば、いってきますっていう場所がなくなるのか」


 モヤモヤとした感情が身体にのしかかり、地面に沈んでいくような思いだった。


 これから私はどうなるのだろう。今日ママと再会して、昔のように笑い合えるのだろうか。できなかったら、私は――


 周囲にいた人たちが歩き出し、歩行者信号が青になったことにももは気付く。その人たちについていくように、ももは再び歩き出した。

 

「逃げないって決めたんだ。上手くできたよって裕行君に伝えるんだから」


 ぽつりとそう呟き、ももはまっすぐ駅に向かっていった。


 そして駅に着いたももは上り電車に乗り込み、空いていた席に座る。窓の外を見ながら、住み慣れてきた町とのしばしの別れを惜しんでいた。


「すぐに帰ってくるからね。いってきます」


 ももを乗せた電車は、目的地に向かってゆっくりと動き出したのだった。




 乗り換え二回、約三時間の移動時間を経て、ももは実家がある町に到着した。


 当初は父に連絡して迎えに来てもらおうかと考えていたが、まだ仕事中だろうと思い直し、ももは徒歩で実家へと向かうことにした。


「本当に会ってもいいのかな。ママ、またおかしくなったりしないよね」


 アスファルトを踏みしめながら、ももはぽつりと呟く。


 ももの左手にある幹線道路では、車が等間隔で走行していた。次々と向かってくる車の流れに逆らうようにももは進んで行く。


 このまま私が車に轢かれて死んでしまったら、私の中にあるもう一つの魂はどうなってしまうのだろう――


 ももはそっと胸に手を当てる。


 今度は違う子のところに行くのかな。それとも私の魂にくっついたままあの世にいくのかも。


「私、何を考えているんだろう」


 現実逃避をしているだけなんだろうなとももは苦笑し、歩みを進める。


 駅から歩くこと四十分。ももは実家の前に到着した。黒い瓦屋根、灰色の外壁。家の右側には父の車を納車するための車庫があった。

 一年ぶりの実家。外からの見た目は何も変わってはいないのに、母がいるというだけで敷地に入るということにももは躊躇いが生じていた。


「どうしよう。二人きりはさすがに気まずいな。でも、ここでウロウロしていてもしょうがないし」


 そういえば、近くにチェーンの喫茶店があったなとももが踵を返すと、正面から見知った女性が歩いてくる。


「あれって……」


 ももが呟くと、女性はももの姿に気が付いたのか笑顔を作って、ももの元へと歩み寄ってきた。


「ももー!」


 どうしよう。なんでこんなタイミングに――


 突然の母との再会に心の準備ができていなかったももは、硬直してぼうっとその場に佇んだままだった。

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