メイド・イン・アニメーション1979
仕事が定時で終わった。
秋葉原の一丸デンキレコード館にご贔屓の歌手の新アルバムと懐かしいアニメのサントラ盤が発売になったので買いに来た。
ここはアルバムを2枚以上買うとカートンケースに入れてくれて、しかも何か粗品もくれる。
ボクはまよわずこの店特製のレポートノートをもらう。
買物はすんだので、毎度楽しみにしているアニメ番組を見るためにいそいそと店を出た。
と、出入り口の前で人とぶっつかり。
「あっ!」
ボクは持っていたレコードを落としてしまった。
「ごめんなさい」
目の前に女の子がしりもちをついていた。
「これ、受け止めました」
女の子は、ボクが買ったばかりのレコードを抱えていた。
助かった。
「良かった。ありがとう」
ボクはぶつかってころんだ女の子をたたせた。
「ハイどうぞ」
レコードケースをボクに渡したその子は、おかしなかっこうをしていた。
それは、アイドル歌手の衣装のような派手なミニスカート姿だ。もしかして、近くで、キャンペーンか、なんかやってた?
ここは大手デンキ店一丸デンキのレコード館の前、やっててもおかしくない。
でもスタッフらしい人たちは、見あたらない。
「ありがとう。キミは大丈夫?」
「あっはい」
とは言ったが、どことなく元気がないような。
グゥ~ってあれ、ボクじゃないよな。彼女?
「聞こえちゃいました?」
キミか。
「朝から何も食べてなくて……」
なに、この子そんなハードなキャンペーンしているの?
「朝から……何も? 水とかも」
「はい」
と、こたえた彼女の目がうつろに。と、彼女がボクに倒れかかってきた。
「何か食べたい……」
ボクは彼女を秋葉原デパートの食堂で食事をさせた。
「ありがとう……。ねぇ聞いていい?」
「ココホント、アキバだよね?」
「アキバ、ん、秋葉原だよ」
「ココ、あたしが知ってるアキバじゃないの」
と、言うなり、目をうるませた。
「あたしね、今日はちょとばかし遅刻したの。そしたら、店長がビラ配りしてこいって。寝坊したから朝ごはんぬいて来ちゃたからお昼近くには、お腹すいて。やっとビラ配り終わったからお店に帰ってお弁当食べるつもりで戻ろうとしたら突然の豪雨がどどどーっと」
会社の中に居たから、その通り雨には気がつかなかったけと。
3時の休憩時に誰か言ってたな突然の豪雨だったとか。
「その後にピカッガガーンと。で、必死で屋根のある所に入ったのよ。で、それからが変なの。雨がやんで外に出たらなんか街中が暗かったの。停電かなと思ったけど、あっちこっちでなんとかデンキとかいうネオンが」
のどをうるおすためか、水をゴクリと。
「あっすいませ~ん。お水くださ〜い」
と、ウェイトレスに。水を持ってきたウェイトレス見て思った。
頭の白いフリフリのついたカチューシャみたいのといい、小さめなエプロン、店の子のは地味な紺色のスカートだが。
彼女の服はどことなくウェイトレスぽい。
ビラ配りと言ってたし。この子はどこかの店の店員だろうけど。
でもヒラヒラしたスカートとか派手だ。どういう店なんだ。風俗かな?
「それでね、なんか変だぁと思いながらお店に帰ったの。そしたら店がなかったのよ。どうなってるのぉ?」
と、ボクに聞かれても……。
彼女は泣き出した。
それからまた、話しはじめた。
で、道を間違えたんじゃないかと街中を歩き回ったそうだが、街中が見たこともない景色になってて気を失いそうになりながらもお昼ごはんを食べようと店を探してるとパン屋を見つけたが、おサイフを持ってきてないのでケータイを使えるかとたずねたら。
そんなものじや買物は無理だと。
「ケータイ?」
「おサイフケータイ使えないかなと。横にあった自販機見たらだめで。飲物も飲めず」
「その……ケータイってナニ?」
「あなたスマホ持ってないの? ほらコレ」
彼女は長方形のうすい硝子板みたいな物を出した。液晶時計かな?
「なにソレ?」
「ナニソレって、これ、スマホ。携帯電話」
彼女はその器具の横についたスイッチを押してボクに見せた。
そこに時間が現れた、8:48。ボクは腕時計で確かめた。あってる。その上に日にちが7月23日。
それは電子時計? 電話じゃないだろう?
「ん!」
まてよ、日付の植えに小さい数字が並んでいる。
「2022!」ってこれ、西暦?!
「キミ、そのカレンダーおかしいよ。西暦が間違っいるよ」
「えっ? 大丈夫ですけど。2022年ですよね今」
「キミは未来人か、今は1979年だろ」
「はあ?」
冗談じゃなかった彼女は本当に西暦2022年から来た未来人だった。
スマホという電話にカメラ機能どころかコンピュータ機能までそなわっている未来機器を見せられたら信じないわけには、しかし、さすがに未来の物なので電話機能やコンピューターは使えなかった。
そして、彼女の派手なアイドルのようなかっこうはメイドカフェの店員のコスチュームだと。
しかし、メイドと言えば大金持ちのお屋敷とかにいるもっと地味な服の使用人のイメージなんだが。
二十世紀のメイドはそんなかっこうなのかと聞いたら、メイドカフェというところだからだと。その時代の流行みたいなものだとか。
そんなアイドルみたいなかっこうのメイド好きのマニアが多いらしい。しかも外国人の客も多いと。
二十世紀の秋葉原は世界中から来ると。
彼女はヲタという言葉を連発してたが、オタクのことらしい。
二十世紀ではオタクはべつにけなし言葉じゃないらしい。彼女もあたしはヲタだと。
彼女は北海道から出てきたという。
昼間は秋葉原のメイドカフェで働いて夜は声優目指してアニメの専門学校の夜学にいっいるそうだ。
この時代に彼女の家があるのか?
ボクは彼女が北千住にあるマンションに暮らしているというので一緒に行ってみた。
「ないわ……」
彼女の住んでたマンションの場所には今にも崩れそうなオンボロアパートがあった。
まあなくて当然だろう。
これから四十年後にはココがマンションになるのだろ。
仕方ないので、彼女にウチに来るか聞いてみた。
「えっあの家族とかは?」
「大丈夫、ボク一人だから」
「大丈夫じやない! あたしを……。なにかする気」
「あっゴメン、普通そうなるよな。変なことしないから安心して。キミを野宿させるわけにはいかないだろう」
「ん、まあ……それじゃ」
ボクらは、北千住を出て、千葉県の柏に向かった。
はっきりいって彼女のかっこうは目立った。
土曜日の10時、客も少なくない常磐線の中、ジロジロ見られた。
「さすがにこの姿は目立つわよね。あたしの時代でもいないわ、こんなかっこうで電車乗ってる娘」
だよな。
「ここだよ」
柏市豊四季にあるボクの住むマンションに。
って言うものの建物がビルというだけだ。で、一階にスナックがあるため客の歌声が聞こえる。
快適なマンションとは言えない安い部屋だ。
2DKの部屋なんでお茶の間に布団をひいて彼女に寝てもらうことにした。
たまに来る母はここで寝る。
「風呂入る?」
「うん汗かいたし……あっ着替えない!」
時間も時間だし買いに走ることも。
「近くに。コンビニない?」
「コンビニ?」
「この時代、コンビニないの? 24時間やってる、セブンイレブンとか」
「あっ聞いたことある。でも、近くにはないなぁ」
あきらめてもらい、ボクのTシャツと新品の予備のブリーフを彼女に渡した。
「洗濯物は脱衣場の洗濯機に入れておいて、ボクのと一緒洗うから」
「マジで言ってる? 下着は、自分で洗うからさわらないでね」
「マジ? 立原あゆみの漫画? あ、ゴメン。ボクのは明日洗うから」
風呂が沸いて、先に入ってもらったら。
「シャワーない!」
とか。
「ボディシャンプーないの」
とか、未来の風呂はどうなってるのか知らないが、普通の石鹸じゃ駄目なの?
まあシャワーはウチがないだけか。
安マンションだし。はっきり言ってそこらの高級アパートよりひどい名前だけのマンションだ。クーラーがあるのが救いだ。
やっと蒲団に。
なんかようやく落ち着いたような。
けど、いろんなことが頭の中を回ってる。
未来から来た女の子をひろってウチに泊めてるなんてマンガだ。SF小説だ。
でも、そういうのって、もっと未来から来るよな。帰れなくなったタイムパトロールとか、先祖が作ったお助けロボットとか。
四十年以上先のメイド店員か、なんの冗談だ。
でも、メイドさんか、ああいう娘がお店で接待してくれるのか。わからないでもないが、それ風俗とは違うのか? 明日詳しく聞いてみよう。
あ、明日は水穂くんとこに行く予定が。
行きながら聞くか。
「寝た?」
彼女がふすまを開けて顔出した。このマンションは全間和室なので部屋の区切りにドアがない。
ドアがあるのは玄関口とトイレだ。
「いや、眠れない」
「あたしも。寝たら元にもどるかな?」
「夢オチならいいね」
「あの、あたしお世話になってるのに。名前も言ってないよね。あたしは榊原スミカ」
「ボクは椎名 守。キミは高校出てすぐに北海道から? 十八、十九?」
「十八、あたし2月生まれで10日よ、おしかったなぁもう一日あとなら祝日生まれだったんだ」
「ボク、その2月の祝日生まれ。今年で十九」
「マジですか? あたしと一つ違い」
「もっと老けて見えた? ねえそのマジって、本気ってこと? 未来じゃ流行ってるの?」
「本気とか言うより……ホント? とか、真面目、とか……みたいな。別に流行ってわけじゃ。みんな普通に使ってるよ。会社員とか聞いたからもっと歳上かなと」
2022年はどういう世界なんだろう。
秋葉原が変わったとかって。
電気街にメイドのカフェって、新宿みたいになってるのかな?
コレもあとでゆっくり聞こう。
翌朝早く目が覚めた。
おそらく彼女、寝ているだろう。お茶の間への障子をそっと開けた。
ココを通らないとキッチンにいけない。
「あれ、彼女蒲団に寝てない。 トイレにでも?」
お茶の間に入ったら。ボクのTシャツを着てブリーフ履いた女の子が大の字でテレビの前に。
蒲団から飛び出し寝ている。
すごく寝相が悪い。
でも見てはイケないものを見てしまったのかも。
ボクは静かにお茶の間を通りキッチンへのふすまを開けて入った。
静かに朝食の用意をした。
「あたしの寝相見たよね……。ああ恥ずかしい」
起きたらボクがキッチンに居たからわかったのか。
ウソは言うまい。
「あ、ゴメン。でもキミの寝顔可愛かったよ」
「フォローになってない!」
って枕投げられた。
「あたしの寝相を見る人は旦那様になる人だけと決めてたのに。ああこの間取り考えるんだった。昨日は混乱してたせいね。あたしが寝ている間に変なことしてないよね」
しても、したとか言えないって。
「してません!」
朝食にハムエッグを焼き。トーストにバターを。
「二十世紀はロボットが朝食作ってるの?」
「ご飯を作るロボットはいないわ。掃除するのはいるけど」
やっぱりロボット。
いるんだ。
「今日は約束があって友だちの家に行くんだけど、一緒に来る?」
「友だち、男?」
「そうボク、漫研やってるんだ」
「マンケン?」
「漫画研究会。でもアニメ作りたいんで、ソレの制作会議を……まあほぼ雑談だよ。もう何やるか決まってるし」
「おもしろそーね行こうかな。でも、着るものがメイド服しかない」
「行く途中で買おう、それまでボクので我慢して」
友人の家に行くには電車で二つ先の駅で降り、そこから十五分くらい歩く。
駅前の商店街なら彼女の買い物は揃う。
そこまではボクのジャージを履いてもらった。
ボクモ大きい方じゃないし、彼女はボクと背は同じくらいだ。
昨日はかかとの高いサンダル履いてたからボクより大きく思えた。今日もそのサンダルだ。
ボクのお古のTシャツに部活に履いてた紺のジャージ。髪の色は赤茶色でサンダル履きの彼女は少し怖いおねえさんに見える。
駅前の商店街で彼女に一万円札を渡し買い物に行かせようとしたら。
「シーナさん付合ってよ。二人の方が楽しいよ」
女の子と買物なんて実は人生初だった。
高校は男子校だったし。今の会社には若い女性がいない。
オバさんのパートだけ。
うちの漫研には女性会員がいない。
なんだか女性に縁のないボクだから、女の子と二人での買物は恥ずかしいと言うかなんというか。
はじめに入った用品屋の下着売り場。
予算の都合もあり。安いのを二組ずつ買う。
「アベックで下着売り場をうろちょろしていると目立っだつなぁ。恥ずかしいよ」
「アベック? カップルのこと?」
ソレから女性のシャツとジーンズのミニスカートを買い店内で着換えて、化粧品を買い、やはり店内でうすい化粧をしてきた彼女。昨日のメイドの時とは違って可愛くなった。
メイクの違いだろうが、薄化粧の方が、ボクは好きだ。
今、気がついたが人の目を見て話すのが苦手なボクは、ちゃんと彼女の顔を見ていなかった。ので今日、違う彼女を見たようだ。
昨夜からのすっぴん、女の子の顔はコロコロ変わるなぁ。
と、思った。
そして友人の水穂くんのとこに急いだ。
彼女は妙に陽気でボクと手をつなぎ歩いた。
あのやぼったいジャージ姿から開放はれたからか?
片手にはそのジャージとシワシワTシャツを入れた紙袋。それを振りながら歩く。
なんかすごく楽しそうだ。
「なんだろう東京に出てきて、一番楽しい」
「ココが友だちの家」
水穂一郎くんちは農家で家も大きいが庭も広い。彼は庭に作ったはなれで寝ている。
嫁をもらったらそこで暮らすそうだか、彼も女には縁がないのでいつのことか。
はなれに行くともうメンバーが揃っていた。
「遅れて悪い、今日はお客さんだ」
ボクは彼女をいとこと紹介した。
「ヨロシク。榊原スミカでーす!」
「まず、この家の水穂一郎くん。絵は得意じゃないけど、アニメの知識は会一番で、今回のアニメの監督」
「どーも水穂です……」
彼は無口だ。
「会長の西住保昭。ボクとこの会を作った小学校からの幼なじみだ。会長なのに一番、会合に出ない」
「家が遠くて……ここより千葉の田舎なんだ」
そのうえ病弱なのだ。
「奥に居るのが小熊隆。ゴツいけと最年少だ。漫画が上手い、このまえジャンプの漫画賞で佳作をとつた」
「小熊です。よろしく」
でも、絵にクセがありすぎてアニメーター向きじゃないのが残念。
「小グマと書いてオグマです。体は大熊ですけど」
「そのとなりは丸子宇宙さん」
「マルコ・ソラです。もちろんペンネームです。本名はヒ・ミ・ツ」
みな、知ってるよ君の本名。
「アニメのスタッフは一応このメンバー。で、資料描いてきました」
ボクが描いたアニメの設定書をコピーしておいたので皆に配った。
「あたしにも見せて」
自分の分を彼女に渡した。
彼女は声優志望でアニメの学校に行ってると、アニメは好きなんだろう。
「コレは西部劇? 自主制作アニメで珍しいわね。SFとかラブコメじゃないのね。スタッフって男ばかり。登場人物、女キャラ多いけど、声はどうするの?」
「それが悩みの一つ。小熊君の妹とか、その友だちをあてに。でも……」
「あたしにも声優やらせてくれませんか。絵も描けます」
思わね仲間が、でも彼女、未来に戻ったら。
帰りの車中。
「けっこう乗りよく会議に加わってたけど……ついていけた。かなり脱線もしたよね。手伝だってくれるのは大歓迎だけど、大丈夫なの帰るの心配ないの」
「はっ、そうだ。みんなが楽しそうだったから忘れていた。あたしは……帰る方法ってあるのかなぁ」
「わからない。どうすれば。確か昨日の話しだとキミは突然の豪雨で……カミナリがビカッと」
「豪雨とかカミナリでタイムスリップって聞いたことないよね」
「ボクもさ。タイムスリップ物とかではそれなりの理由があるもんだ」
「考えてわかるなら苦労しないわ。帰れるまではシーナさんたちのアニメ手伝うよ」
前向きな子だなぁ。イイと思う。
心配したら帰れるわけじゃないからな。
翌日、彼女にはウチに居てもらいボクは仕事に。
仕事は写真印刷。
印刷用の版を大きな写真機で撮ってフィルムの印刷版を作っている。
仕事が終わり、いそいそと帰宅した。
「ただいまぁ。残業入っておそくなっちゃた」
「おかえりなさい」
なんか新婚さんになった気分だ。
「退屈しなかった?」
「ええ大丈夫。漫画やアニメの本とかいっぱいあったから読んでた」
押入の中のエロ本見つからなかっただろうな。
「そうか、キミがそういう趣味で良かった」
ふと茶の間のテーブルを見たら菓子パンの山が。
「アハ、あたし料理苦手で。駅前のスーパーで。お昼はその近くのラーメン屋さんで」
少しお金がかかりそうだ。
新婚気分が。
「しかしこんなに」
「ゴメン、シーナさんの好みわからなかったから。残りは、あたしが」
そのパンはボクの夕食なのね。
次の土曜日は会社の後に合うつもりで秋葉原で待ち合わせをした。
「ゴメン。暇だったから定時で帰れると思ったら終業間際に仕事が来て」
一時間だけど残業だった。
「キミの持っている、一人一台の電話、あったら便利だよね」
「あ、あたし当たり前だと思ってたから、考えたことなかった。でも、遅れる奴は遅れるんだよね。あーでも今のアキバはつまらないわね。電器屋ばっかりで」
「キミの居た秋葉原はどうなってんの」
「アニメや漫画のショップだらけで、ゲームセンターもたくさんあり。で、日本は世界に誇るアニメ、漫画大国よ」
「ソレはボクたちには明るい未来だな」
で、ボクが未来のことで気になっていたあのことを聞いた。
「聞こうと思ってたんだけど、1999年には何が起こった?」
「それってあたし、まだ生まれてないわ」
そうか彼女は2004年生まれだ。
「でも知ってるよ。ノスタラダメスの予言でしよ。あんなの丸ハズレ。なにもなかったのよ」
「そうなんだ。良かった。ノストラダムスだけどね」
「シーナさん、マジで信じてるの? 予言とか」
「ボクだけじやないよ、漫研の仲間や世間の人、みんなが滅亡だの宇宙人が来るだの、なにかしら不安なんだ。世界一当たるという占星術師と言われてるからね」
「そうなんだ。なにぶん、あたしの生まれる前のことなんで詳しくは……パパが、昔におびえてたみたいなこと言ってたわ。予言とか当たったためしがないのよね。あたしの時代でも富士山が爆発するとか。はずれてたのが多いわ」
「で、富士山は大スキなの?」
御免というのなか? 敬礼の様なポーズをした。未来の流行りなのか?
「今のところはまだ」
何かタイムスリップの原因がわかるかなと来てみたが、何もわからなかった。
夕食はまえの秋葉原デパートの食堂。
「あのさ、ボクらの席の後ろに居る女の人」
「ナニ? ああいう女が好み?」
「あ、じやなく。あの人さ、あっちこっちで見てるんだ」
「あっヤッパ好みなんだ」
「違うって。ボクたち尾行されているんじや」
「尾行? なんで。シーナさんスパイかなんかなの」
「いや、あの人、キミをつけてるんじや。秋葉原に来てから見てる気が……」
「あたし? 芸能関係のスカウトかしら」
「そーいうのは原宿や渋谷なんじゃ」
「アキハ好きのスカウトとか……。あたしの時代はけっこう可愛い子、アキバに多いよ。さて、何者かしら」
その後、女はボクらには接触する様子もなく姿を消した。
その後は土曜に秋葉原、日曜は水穂くんちと同じスケジュールが続いた。
相変わらずスミカの帰る方法は見つからない。
現在家庭の事情で一人で暮らしていたボク。
ウチで每日朝、晩と同じ歳ごろの女性と一緒に食事ができるなんて夢みたいだ。
彼女とは漫画やアニメだけでなく、小説、音楽等趣味がけっこう合ったので、楽しく暮らせた。
いろんな未来のアニメ事情も聞けた。
ガンダムがまだシリーズになって続いてる事や、ルパン三世も。
ボクの贔屓のアニメ作家宮崎駿が世界的に有名なアニメ界の巨匠になってることとか。
アニメ界の未来を知った。
「マモル、大分動画描けたよね」
いつのまにか彼女はボクを名前で呼んでた。
「スミカは手が早いな」
ボクも彼女をスミカと。
もう一ヶ月も一緒に同じ部屋で暮らしている。
「驚いたんだから、三十分近くのアニメをほぼ一人でマモルが動画描いてるんだもん。いったいいつ完成するのよ、このアニメ。無謀なプロジェクトね」
「わかっててやってんだけどね」
「ねえここいらで予告作らない?」
「予告編かぁ考えても見なかった。やろう!」
スミカのおかげでアニメ制作が進んでいる。
マンションの屋上。この日は流星群が見えると深夜二人で上がった。
まだ残暑きびしい熱帯夜だ。
この辺は高い建物がないのでまわりがよく見える。でも深夜だから真っ暗だ。
でも夜空の星がよく見えた。
「なんかなぁマモルたちと楽しくアニメ作ってると未来に帰れなくてもいいかなぁって思えてきちゃった」
「そうなの。友だちとか家族とかこいしくない?」
「そうだね。う〜ん東京にはそんなに仲のいい友だちいないし……北海道へ行けばあたしの記憶と違う若い両親がいるんだよね」
「ああ、そういうことになるね」
「まだ結婚してないのかな。あたしが行って二人をくっつけたり。それ映画だ、まんまだ」
「えっ、そんな映画あるの?」
「『バック・トゥ・ザ・フューチャー』知らない? テレビで何度も見たけど。あれはいつの映画かしら?」
「洋画?」
「うん、自動車型のタイムマシンで過去に行くの。続編では未来に行くのよ」
「面白そうだな。いつ見られるのかな……」
「よくわからないけど、これからのお楽しみよ」
こんな彼女が世間に出たら、スゴいことになるな。でも彼女の趣味だと競馬や宝くじで儲けることはしないだろう。
タイムトラベラーも人によりけりだな。過去世界に影響を与え無い無害な未来からの来訪者がいるんじやなかろうか、他にも。
世の中には人知れず宇宙人が住み着いているなんて本で読んだな。
「タイムパラドックスって知ってる?」
「なにかの原因で未来が変わったり?」
「映画やSF小説でさ、それを阻止するために時間が異物を押しつぶしたり」
「そんなのいやあー」
「あくまで人が考えたお話だよ。キミがひと月も居るのに何も起こらない。タイムパトロールとか……」
「あっ流れ星!」
一つの流れ星が流れた後に沢山の流れ星が。流星群だ。
ボクは彼女がずっと居て欲しいと願った。
あと3カット上がればセルにおこし予告編の撮影にはいれる。
背景は水穂くんが頑張ってる。
3カットはスミカの担当分だ。明日の土曜は連休だから一気に水穂くんちで泊まり込みで撮影だ。
「いってきま~す」
「いってらっしゃ~い」
昨日夜遅くまで動画描いてたスミカはまだパジャマ姿で歯ブラシをくわえて言った。
仕事中でも頭の中は明日の事でいっぱいだった。
大丈夫、出来る。今日一日描いてれば上がる。
ピンポーン
誰か来た?
あたしはドアの穴から外の人を確かめた。
女の人だ、スーツ姿だセールスかしら?
「どちら様でしょう?」
「役所のものなんですけど。税金のお支払額が多かったのでお返しに」
支払いじやなく、返す。
サギじゃないのかな?
あたしはドアを開けた。
目の前に立っていた女の人は赤い縁のメガネでスーツ姿、アレこの人何処かで。
「榊原寿美香さんですね。帰りましょ、あなたの居る場所はココじゃありません」
何かが光って、あたしは気を失った。
「ただいまぁ……アレ開かない? カギが。スミカは何処かに……」
スミカが消えた。多分未来に帰ったんだろう。
それしか考えられなかった。
それにしても突然だ。
せめて「さよなら」を言いたかった。
あれからボクはガンでたおれ入院し、余命半年と言われたが、さいわい数か月の入院と数年の通いの点滴治療でなんとか生きてる。
人並みに働けるようにはなるのに5年ちかくかかった。
その頃は親の実家のある千葉県の南総に移っていたためもあり、アニメの制作は自然消滅。
ボクが行動不能になると誰も後を継ぐ者がいず漫研も解散した。
ソレからボクは漫画家になろうと投稿、持ち込みなどををしてデビューしたがヒット作は出せず、ほそぼそと続けて早数十年。
2022年7月22日になった。
ボクは五十代に脳梗塞になり足が少し不自由になっていたが、翌日アキバまで電車で3時間はかかるだろうところに杖を持ってひょこひょこと向かった。
あの日、彼女が居たアキバへ。
アキバへは何度も行った。
スミカが言ってたように電気街からオタクの聖地へ変わっていった。
電気街口から出て中央通りに出た所で記憶に懐かしいメイド服を見た。
ビラを配るメイドからビラを受け取り。
彼女の顔を見た。
「懐かしい……。スミカ、ボクだよ」
いきなり涙が滝のように流れた。
「マモル?!」
彼女の大きな瞳が潤んた。
「四十三年待ったよ」
「あたしは昨日帰って来た……」
おわり
注 この世界にはコロナはありませんでした。