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最後の星 その③

三章最終話です!


 ――――――銀河が赤く膨張していく。


 厳夜は静かな宇宙空間に一人佇んでいた。これまでの人生を思い出しながら、空間の中心に輝く銀河を見つめ、思いを馳せる。


「……ようやくか」


 ここまで長い旅路だった。浄霊院家の運命に翻弄され、予言に従って想術師協会のために命を懸けた一生だった。そのせいで、大切な者を失い、たくさんの人を傷つけた。

 最後に今、人生を懸けた壮大な抵抗が、成就しようとしている。


「多くの人間の運命を翻弄して生きた人生だったが」


 厳夜の脳裏に、家族の笑顔が浮かぶ。


「これで、よかったのだろうか。桜」


 厳夜の呟きに答えるように、ガタガタと刀の柄が揺れ、刀身から邪悪な傀朧が噴出する。厳夜は佗汰羅(たたら)が吸収された特上傀具(かいぐ)鉢特摩(はどま)の柄を押さえるように握りしめる。刀身から脳裏に伝わってきたのは、厳夜を笑う佗汰羅(たたら)の声だった。


『オレを封じてもムダだぜ。すぐに解き放たれることになる』

「……そうか」

『わかってるだろ? オレは神概(ジンガイ)から成る存在だ。滅しても封じても、オレは消えねえ。必ず復活する』

「そうだな」


 厳夜は目を細めて鉢特摩(はどま)を見つめる。


「一つ、質問する」

『……』

「なぜ、手を抜いた(・・・・・)。それに、人格に貫禄がまるで無い。風牙くらいの年齢の、力を持った子どものようだ」


 佗汰羅は厳夜の指摘に、不機嫌そうな低い声で答える。


「下らねえ。お前たちが傀異と呼ぶオレたちこそが、真の人間(・・)だろうが。人間が生み出した人間の概念に縛られてんのはお前らだけ……オレたちは人間であり、お前たちより上位の存在だ」

「さっぱりわからんな」


 厳夜は鉢特摩(はどま)から手を離す。ふわふわと暗闇に浮いた刀は、次第に銀河に向かって進み始める。


「封印は不十分だ。お前の言う通り、何もしなければ時期に這い出ることができるだろうな。だからこそ、圧倒的な力を以って、鉢特摩(はどま)ごと滅する」

『無理だ。オレの器だぞ! 破壊など、オレがさせん』

「そうだ。破壊されれば、お前は傀朧に戻り、再び人格が再生するまで膨大な時間を要する。それこそ、力を取り戻すのに何百年かかるだろうな。だからお前は鉢特摩(はどま)を破壊から逃れさせる。必ず」

『テメエ……力を削ごうってのか。ムダなこった。いずれ回収する』

「いいや。お前を扱うのはお前じゃない」


 厳夜が笑うと、膨張し続けていた銀河がその光を強める。


「さあ時間だ。わが生涯を懸けた一撃、とくと味わえ」


 そして銀河は一気に収縮する。空間に浮いていた鉢特摩(はどま)は、光が消え、漆黒の球体となった銀河に吸い込まれていく。


『……認めてやる。お前の勝利(・・)だ』


 厳夜は笑う。疲れ切ったような、安心したような笑みで、漆黒の空間に消えて行く。


『だが、運命は変わらねえよ。最後に勝つのは、このオレだ』


 鉢特摩(はどま)を、強力なエネルギーが襲う――――――。

 その圧倒的な衝撃が空間を満たした時、一気に傀域が弾け飛んだ。



★ ★ ★ ★ ★


 爆発より数分前。


 振り下ろされた勾陳の手刀は、まっすぐに咲夜の身体を引き裂く――――――はずだった。


「!!」


 手刀が当たる寸前、咲夜の身体が青く輝きを放つ。その傀朧を警戒した勾陳は、無意識のうちに距離を取っていた。


「この傀朧は……」


 咲夜は突如体から湧き上がった温かい傀朧に目を丸くする。

 この気配に覚えがある。すぐに光が人の形を成し、咲夜の右手をそっと握った。


「待たせたな、小娘」

「……あなた、は」


 そこにいたのは、大昔の豪族が着ていたような白い服に身を包み、獣の毛皮を纏った見たことのない青年だった。

 褐色肌に鋭い蒼瞳、髪は茶色の短髪で、凛々しい顔つきだった。黄色の宝石が付いた首飾りを下げており、手には稲妻が彫られた槍を持っている。

 青年は、咲夜を守って死んだ永久を見て目を細めると、勾陳と対峙する。


「申の(こく)、南西神将白虎、契約に従い見参した」


 白虎と名乗った青年は、咲夜を庇うように前に出ると、槍の切っ先を勾陳に向ける。


「貴公……裏切るつもりか」

「それは(うぬ)とて同じことだろう。初代十二天将(われら)は本来、概念体であるべき存在という前提を曲げ、本来の姿に近い状態で受肉したのは(うぬ)だ」

「我が主の千年の悲願が、ここに叶う瞬間を見届けるのは当然のことだ!」


 勾陳は血走った目で白虎を睨みつける。


「貴公の行為こそ裏切り行為だ。予言に沿って動かないなど、もはや〈十二天将〉であるべきではない!」


 白虎はいきり立つ勾陳を見て、小さくため息を吐くと振り返り、咲夜の傍に寄る。ぽん、と頭に手を置かれた咲夜は、ぼんやりと白虎の顔を見つめる。


「よいか咲夜。時間が無い。風牙を連れてあの黒い空間から離れろ」

「でも……風牙さんは……」

「大丈夫だ。まだ佗汰羅(たたら)が消えてない以上、繋がっている風牙も死なん」


 白虎は風牙を指さす。咲夜が見ると、ボロボロだった風牙の体がいつの間にか再生されている。咲夜はその異常な光景に息つく暇もなく、白虎に肩を叩かれた。


「余はお前たちを助ける。今から力を分ける。風牙を抱えて走るのだ。できるな?」


 咲夜は目に涙を浮かべたまま強く頷く。そして風牙の元へ走ると、風牙を何とか背負い、走り始める。


「させるものか……」


 追おうとする勾陳の前に、雷を纏った白虎が立ちふさがる。


(か、軽い……)


 咲夜は白虎の、雷のような傀朧を纏い、全身が強化されていた。スピードは、少女のものとは思えないほど早く、すぐに勾陳の視界から消える。


「手遅れだ! 間もなく半径数十キロは吹き飛ぶぞ」

「そうだろうな」

「なら、なぜあのような真似をする!? 希望などない! もう浄霊院咲夜を守るものは何もない。力を失ったあの娘に、何の価値もないのだ!」


 白虎は槍の柄の先、石突(いしづき)を地面に叩きつける。すると晴れ渡っているはずの空から巨大な雷が降り注ぎ、勾陳の周囲に次々と落ちていく。

 その破壊力は凄まじく、勾陳の周囲は焦土と化していく。勾陳は咄嗟に結界を張り、防御の構えを取る。


「なぜだろうな。余にもわからん。余も、主のために存在している。主の予言に従い、人類を導くことは責務だと、そう思っていた」


 白虎は、大きく槍を振りかぶる。厳夜の術式、〈星天の霹靂〉に負けず劣らぬ速度で槍を振り抜き、結界ごと勾陳の腹を吹き飛ばす。凄まじい速度で飛んで行った勾陳の身体は、山の尾根に激突し、巨大な穴を作り出す。


「がっ……」

「だから、(うぬ)の言う通り、余は〈十二天将〉失格なのかもしれん……いや、そもそも最初から資格などなかったのかもしれんがな」


 何とか立ちあがった勾陳の前に、涼しい顔の白虎が立っている。雷を纏った槍の穂先が天を示すと、再び勾陳の身体は雷に焼かれ、一瞬で体を焼き焦がす。勾陳は体に傀朧を循環させ、体を再生させようとするが、その速度を上回るように、雷が次々と降り注いでいく。


「……ア……ア……」


 勾陳は口を開けたまま、行動不能になった。白虎は勾陳に近づくと、着物の袖から黒いスマホ(・・・・・)を取り出して勾陳に見せつけた。


「だから余は、主が創った〈十二天将〉の定めに則って、〈十二決議〉を行ったまで」

「ナ……ニ……」


 〈十二決議〉。それは、想術師協会ができる以前より、想術師たちの(まつりごと)を決定していたやり方のことだ。現在も十二天将たちの合議により協会の運営が決定される制度は、その名残だった。

 勾陳に向けられた黒いスマホの画面には、『神断、十二決議の結果、四対八、〈六壬神課の御札の修正〉が決議されました』と表示されていた。

 白虎は勾陳の身体をわずかに回復させ、口が利ける状態にする。


「ば、ばかな……なぜだ! なぜ、主の崇高な予言を……!!」

(うぬ)はやりすぎたのだ。(うぬ)のやり方に異を唱えた者は八柱。これで、修正が採択された。それに我らは従わねばならん。主が定めた決まりだ」

「認めんぞ! 主が……我らが主の絶対的な予言だぞ! それを変えるなどありえん!」


 言葉を吐き捨てた勾陳の前で、黒いスマホから傀朧が噴出する。スマホの姿を取っていたものは、真っ黒な時計のついた小型時限爆弾へと姿を変え、勾陳の眼前にぽとりと落ちる。その爆弾に取り付けられていた時計には、残り時間が表示されていた。


(うぬ)は千年前からそうよな、光栄(みつよし)。頑固で融通が利かぬが、六壬神課(りくじんしんか)の研究と、暦に関する研究、そして主への執着は誰よりもあった」

「当たり前だ。主は、私の運命を変えたお方だ。主に対する思いは、〈十二天将〉の中で私が最も強い……」

「思いがあるのは余とて同じだ。帝に逆らい、征伐された余を取り立てたのは主だ」

「ならばわかるだろう、黄咢(おうがく)。主は、人間にしか興味がなかった。人間を救うためにあらゆる手を尽くされる方だった」

「ああ。だが、同時に人の心の分からぬお方だった。だから、あのようなものを……」


 両者の間に沈黙が訪れる――――――残り時間十秒。

 勾陳は、草臥れたように笑い、白虎を見つめる。


「後悔するぞ、白虎。何があっても、運命は変わらん」


 その表情がとても晴れ渡っていたのを見て、白虎も笑い返す。


「それを決めるのは、風牙と咲夜だ。そういうところを、頑固だと言っておるのだぞ」


 零秒――――――勾陳の体は一瞬で膨張を始め、人の肉体の限界まで膨れると、弾け飛んだ。

 山肌に広がる血と肉片は、風に溶けるように傀朧へと変わり、霧散する。


「……そろそろ逃げたか」


 白虎は、自らの身体が青く光り、その形を保てなくなっていることに気づいてため息を吐く。


「出てこい。(うぬ)との約定もこれにて終わりだ」


 岩陰から長髪を靡かせて現れた着物の男は、白虎に頭を下げた。


「私では勾陳を止められなかった。感謝する」

「驚いたぞ、浄霊院紅夜(・・・・・)。あんな的確にぬいぐるみ()だけを打ち抜くとはな……それに、(うぬ)賦殱御魂(ふつみたま)を持っているなど……」

「それも含めて、計画の内だ」

「〈十二天将〉のことを知り尽くしているだけではないようだな……今回は利害が一致しただけだ。(うぬ)はそもそも協会の敵だ。それを努々(ゆめゆめ)忘れるな」


 白虎は、再び手元に復活した黒いスマホを紅夜に投げ返す。身体が消えかかっている白虎は、消え際に一つ質問をする。


「答えよ。(うぬ)は一体、何がしたいのだ」


 その問いに、少し間を置いてから、紅夜ははっきりと答える。


「私は……厳夜と友が愛したものの未来を守る」


 その答えに白虎は無言で俯くと、体が光の粒子となって霧散した。

 それと時を同じくして、厳夜の作り出した傀域が、一気に収縮を始める。傀域(かいいき)のエネルギーが、間もなく解き放たれようとしている――――――。

 紅夜はそれを見て哀し気に笑うと、傀域に背を向ける。


「厳夜。後は、あの子たちの選択に任せるとしよう」


 そして紅夜は凄まじい光と衝撃波に包まれる――――――。

 それは例外なく、風牙を抱えて走っていた咲夜にも降りかかる。背後から瓦礫の山が迫り、振り返る間もなく瓦礫に飲まれた咲夜の視界が暗転する。


 ――――――冷たく、昏い。()を意識した咲夜は、ぎゅっと風牙の身体を抱きしめた。


「ごめん……なさい」


 できなかった。間に合わなかった。今度は、自分が守れたかもしれないのに――――――時間が止まったようにゆっくりと感じられる。


 咲夜はせめてもの償いと考え、風牙の体を自分の前に引っ張り、庇うように覆いかぶさる。

 風牙の小さな呼吸が、肩に当たる。今にも消えてしまいそうな、小さな呼吸だった。それを感じた時、咲夜の心が限界を迎えた。

 涙がとめどなく流れた。何もわからないまま、何もできないまま、厳夜も永久も死ぬ。自分の中にあった莫大な傀朧が消えた今、咲夜に残ったのは風牙だけだった。いつだって守られていたのに、自分は恩人一人も助けられない。


 心の底から悔しい。


 しかし、そんな感覚も冷たく失われていく。

 冷たく、昏い死が迫る――――――。


 咲夜はゆっくりと目を閉じ、消えゆく意識に身を委ねた。



三章 完


最終章 第一部へ続く


ちょっとしたあとがき


夜明け第三章にお付き合いいただきまして、本当にありがとうございました!!

前回の第二章からなんと一年……投稿が開いてしまい、大変申し訳ありませんでした。

こんなに投稿が開いても、ここまでお読みいただいた方がいるんだということが本当に嬉しく、感謝しかありません……。

正直な話、作者自身も作品の整理や展開に苦しみ、完結までの道筋を描くのに大変苦労しました。ネット投稿では初めての長編ということもあり、三年前の自分は、ゴールをあまり考えずに見切り発車してやがりまして……未熟だったなぁと反省しております。本当に、きちっとプロットをつくることは大切なことですね。

さて、三章の展開についてですが急転直下! 衝撃の事実がいくつか明かされ、それにより風牙くんにとっての転機となる章でした。浄霊院家の因縁に巻き込まれ、絶望の渦にいる風牙くんの中にいたあいつ(たたら)が大暴れ。世界の滅亡という恐ろしい計画を止めるために厳夜と紅夜が動いていた、ということです。咲夜ちゃんが大ピンチのところで、最終章へ続くわけですが、これからの展開はどうなっていくのか! まだまだ続きますのでもうしばらくお付き合いいただけますと幸いです。

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