The flame night of resurrection その⑤
『……ッ!!』
指で弾かれた小石は、激しい熱を帯び、凄まじい速度で飛んでくる。目で追うことは不可能であり、傀朧を検知して避けようにも、圧倒的な速度の前に意味をなさない。
当たった個所は、熱で焼け焦げて再生ができない――――――何度も旭灯の一撃を受け、再生させていくうちに、旭灯に対する怒りが増していく。
(再生させれば私にダメージはない。だが……!)
燵夜は内心焦っていた。半身が吹き飛ぶほどの威力を立て続けに受けるということは、それだけ行動が縛られてくるということだった。その上、もう一人の厄介な男が、隙を付いて確実に傀朧を削ってくる。
『チッ』
燵夜の動きは徐々に鈍っていた。それを確かに感じた旭灯は、地面から小石を補充する際に燵夜を煽る。
「どうしたんや? お疲れみたいやなぁ!」
再生しきったと同時に再び半身が吹き飛ぶ。焦げた傷跡をそのまま再生させることは難しく、新たに植物を出現させ、体にしなければならない。
燵夜は、自分の周囲に大量の木を生やし、自身を包み込んでいく。
「無駄や」
石の弾丸はその生えた木ごと、空間を削り取っていく。しかし、露わになったその中央に、燵夜の姿がない。
『死ね』
背後から聞こえた声に、旭灯は回し蹴りで応戦するが、空打ちに終わってしまう。
周囲に大量の蔦人形が出現し、その全てが、燵夜の濃厚な傀朧を纏っている。
――――――。
旭灯の周囲は、脳に直接響くような不気味な笑い声で満たされる。
『もう君たちに削られるのは止める。次はこっちの番だ』
御影は旭灯の隣に立つと、刀を構える。気丈に振る舞ってはいるが、旭灯はかなり消耗していた。額に滲む汗を拭うと、浅い呼吸を繰り返す。
「大丈夫かい?」
「はい……まだまだ」
「少し休んでいて。僕が攪乱するよ」
御影は刀身に左指を沿わせ、傀朧を込めていく。
「秋の段、その三。〈行楽の秋〉」
刀から再び紅葉が出現し、蔦人形の周囲を覆いつくす。渦を巻いた葉は、蔦にびっしりと張り付くと、一瞬で蔦を粉々にしてしまう。
その奥に、粉々にならなかった人影が浮かぶ。それが本体だと気づいた御影は、一直線に燵夜の元へ走り出す。妨害として次々と迫る木々を両断し、真上から燵夜を切りつけた。
「ほら、たくさん食べたら運動しなきゃ。そうしないと、香華紅葉蓮山にバラバラにされちゃうよ~」
『何だと……!』
刀を受け止めた燵夜は、刀から流れてきた傀朧に触れる。触れた個所がぐにゃりと曲がり、突如動き始めると、焦って腕を切り落とした。
『何だ今のは』
御影は刀を地面に突き刺す。波打つように地面を這う刀の傀朧が、燵夜の植物に触れると、途端に植物が暴走し始める。
自ら出現させた蔦に、雁字搦めにされた燵夜の前に、銀色の刀身が迫る。
『おのれ……ッ!』
燵夜は蔦を無理やり引きちぎり、間一髪のところで躱した。迫る御影を止めようと、腕から太い根を出現させ、御影を拘束しようとする。しかし御影の背後から、熱を帯びた一撃が飛来―――燵夜の体を吹き飛ばした。
すぐさま体を再生させようとするが、その隙を御影は見逃さなかった。背後から刀を心臓に突き立て、刀身が燵夜の体を貫通する。
『かハッ』
「捕まえたよ。これで……」
御影は刀を引き抜くと同時に上へ切り上げ、燵夜の体を真二にした。その時、燵夜の体から一粒のタネが地面に落ちる。
「さあ、終わりだ。秋の段、〆〈実りの秋〉」
血振り――――――納刀。
ちゃき、と刀が鞘に収納された瞬間、燵夜の切り口から増幅した〈秋〉の傀朧が噴出する。その傀朧は燵夜の体を構成している傀朧を塗りつぶし、体は枯れ葉となって散っていく。
「御影さん!」
「彼が死ねば、ここ一帯の傀朧は徐々に浄化されるよ。香華紅葉蓮山も、これだけの傀朧を吸えて楽しかっただろう」
御影はにっこりと笑って旭灯を労う。旭灯は、刀が先ほどよりも濃い量の傀朧で満たされていることに気づく。
「やった……?」
燵夜の体は枯れ葉となって散り、風が葉を散らしていく。
これで終わった――――――旭灯は緊張から解放され、肩の荷を下ろす。しかし、その時だった。
『死んデ、ないよヨ、バーカ!!』
「なっ!」
どしゅ、という音と共に、根が御影の腹を貫通する。御影はその場に膝をつき、それを見た旭灯が咄嗟に駆け寄った。
「御影さん!」
「しまった……核を破壊したと思って油断してしまったねー……」
腹からドクドクと流れる血を押さえるが、御影の顔は真っ青だった。
『あは、あはあはあはあははははああはは』
不協和音のような笑い声が、辺り一帯に響く。
「燵夜……どんだけしつこいねん!!」
『しつ、コイ? あはあは』
旭灯は警戒して周囲を見渡すが、燵夜の姿はない。代わりに地面がコケに覆われていく。
『ぼくはシナナイ!! むてき! さいきょう! あはあは』
燵夜は狂ったように笑っている。旭灯は燵夜の居場所を探知しようとするが、コケの気配に邪魔され、上手くいかない。
「旭灯ちゃん、よく聞いて。香華紅葉蓮山は、一度鞘に戻すと、数時間は抜けなくなっちゃうんだ。発動すれば確実に〆の段まで移行するけど、決まらなければ諸刃の剣になってしまう……ぐふっ」
「喋らんといてください!」
旭灯は指に石を乗せ、どこから攻撃されてもいいように腕を構える。
御影は負傷し、これ以上戦えない。ならば、自分が戦うしかない。しかし、旭灯の傀朧も底を尽きかけていた。術を放てるのは、あと数回が限度だろう。
「大丈夫。勝機はある。傀朧が相当乱れているよね。今、燵夜はかなり追い込まれている。傀朧の核を隠ぺいすることはもうできないと考えていい」
「核?」
「いいかい。作戦はこうだ。一度しかない。君が、燵夜を倒せ」
御影はふらふらながらも旭灯に耳打ちをする。それを聞いた旭灯はこくりと頷くと、再び燵夜を警戒する。
『なにヲ、しても、ムダだ!! ムダムダ!』
旭灯の目の前に、人型のコケの塊が出現する。それは腕を振るい、旭灯の体を掴もうと迫る。それらに小石を放ち、一撃で粉砕する。
『あはあはあは! むだ! ムダ! ボクが、スベテを、しはイする!!』
しかし、旭灯の背後から生えてきていた新たなコケ人形に気づかなかった。驚いた旭灯は肩越しに、背後に向けて打ち放つ。しかしそれは空を切り、旭灯が振り向いた時に頭をコケの腕に掴まれてしまう。
「がっ……」
『スゴイ! ぼくのけんきゅウ!! だから、カゲトをおおおおお』
影斗。その名前を聞いた時、影斗の顔が脳裏に浮かぶ。
浄霊院燵夜に、最も苦しめられたのは自分ではない。影斗だ。影斗はずっと、燵夜にされたことと、その手で燵夜を殺してしまったことを悔い、その罪を背負い、深いトラウマの中で生きている。
ここで燵夜を倒さなければ、影斗は深く苦しむ――――――それだけは、絶対に容認できないことだ。
「おま、え……なん、かに……」
旭灯はギリギリと頭蓋骨を締め付けられ、激しい痛みに襲われる。必死に腕をつかみ、拘束を振り払おうとするが、びくともしない。その間に、コケの塊はどんどん人の形になっていく。
『これデ、終わリだ。旭灯ィィィ!!!』
――――――絶対に、負けられない。
コケから邪悪な口元が出現し、旭灯を嘲笑う。旭灯も、それに応えるように目の前の化け物を笑った。
「……ああ。仕舞や」
『!?』
その時、コケの塊の背後から鞘を纏ったままの刀が飛来する。それはコケのバケモノの首に命中すると、首を粉砕し、頭の部分が宙を舞った。
『オ、オ……』
燵夜の腕から解放された旭灯は、倒れ様に地面の小石を掴むと、人差し指と親指の間に乗せる。
「ええかクソ野郎。不老不死なんてありゃせんねん。理解したら往生せえ。地獄の閻魔が待ってるわ」
腕を掲げ、コケのバケモノの中央にある最も傀朧の濃い個所に狙いを定める。しかし足を踏ん張り、何とか射出しようとするが、力が入らない。
御影はそんな旭灯の背中を、そっと押した。射出角度が安定し、狙いが人型の心臓部に定まる。
『コンノォ……オロカモノドモガァァァァァァ!!』
太い腕が、旭灯に迫る。
旭灯は、親指を―――弾く。
その瞬間、熱を帯びた小石がコケの塊の中央を通過し、コケを爆散させた。
旭灯は力を失い、そのまま背後に倒れていく。御影がそのまま背中を支え続けてくれたおかげで、旭灯は柔らかく尻餅をついた。
「よくやったね、旭灯ちゃん」
「はい。ありがとうございました……」
コケの中にあった燵夜の核は見事に打ち抜かれ、周囲の植物たちは勢いを失い、枯草となって消えていく。
今度こそ、完全に燵夜を倒したのだ――――――。
「……なんやねん」
しかし――――――終わってもなお、旭灯の心の空虚な穴は、塞がらなかった。達成感の後、旭灯の心に残ったのは悲しみだけだった。
「何にも……変わらへんやん。こんなに、復讐が……辛いもんやったなんて……」
涙を流す旭灯に、御影はそっと、花柄のハンカチを差し出した。
「君は本当によくやったよ。今は、それだけでいい」
「うっ……うっ……」
嗚咽を漏らした旭灯は、ハンカチを握りしめて泣いた。
御影はそれを、気のすむまで無言で聞き続けようと思ったのだが――――――。
「……ぁぁ。ごめん。出血多量でちょっと死にそう」
「えっ……あっ!? 御影さん!!」
旭灯の涙は、真っ青な顔で倒れた御影を見てすっかり消えてしまった。急いで治療するために、人のいるところを目指さなければならない。旭灯は御影を何とか背負い、麓へ下っていく。
「いやぁ、女の子の背中は居心地が良くて……」
「元気そうですね。はっ倒してええですか」
「それは止めてくれると助かるよ」
気持ち悪い御影の発言に辟易しながらも、旭灯は歩く速度を上げた。
――――――気づけば旭灯は安堵していた。
今はとにかく、この安堵に身を委ねたいと思う。色々と考えるのは、それからでもいい。
ふと、枯れ葉が空に舞う。
背中に吹き付ける風は少し冷たく、それでいて力強く旭灯の歩みを後押しした。
――――――ありがとう。
どこからか、誰かの感謝の言葉が、聞こえてきたような気がした。
夜明けな裏話 ⑧
旭灯の想術 直頑石火 《メテオストライク》
岩石や状の物質を極限まで強化する固有想術。旭灯は指先で弾くことでおはじきのように打ち出す使い方で戦う。
性質としては、〈強化〉に属する想術で、強化の質は想術の中でトップクラスに高い。
対象は石状のものであれば大抵該当するが、大きすぎるとうまく強化できない。また、ガラスなどにも有効だが、金属には反応しないとのこと。




