The flame night of resurrection その④
濃い緑の臭いに、旭灯は顔を顰める。視界を覆いつくしているのは大量の樹の幹や根、蔦だった。まるで密林の奥深くにいるように、周囲は植物で支配されている。
「はあ……はあ……」
御影たち想術師協会と共闘することになってからわずか数分で、屋敷跡はすべて植物に支配されることとなる。そして気づけば、厳夜と分断されてしまった。
ここがどこかもわからない。旭灯の焦燥が増していく。
「困ったね~どうしたものかな~」
焦る旭灯の隣で、御影は巨大な木の幹を、刀の鞘でぺちぺち叩いている。
一人にならなかったことは幸いだった。先ほど、迫る蔦を一瞬で切り刻んだ剣技は見事なものだった。想術に不慣れな旭灯の目から見てもわかるほど、この男の実力は高い。
しかし、この男の纏う緩い雰囲気が、旭灯の不安を煽る。
「な、なんか息苦しいことありません?」
「そうだね。この植物たちは妙に気配が濃い。傀朧を検知しないでおきなよ。気持ち悪くてダウンしちゃうと思うから」
御影は植物を叩くのをやめ、体を上に伸ばし、大きなあくびをする。
旭灯は小さくため息をついて、御影と向き合う。
「厳夜さんと分断されたのも痛いけど、これじゃアイツを探せへん……」
「ところでまずはさ、自己紹介しようよ。僕は御影修臣。君はさっき、旭灯ちゃんって呼ばれてたね~」
「あ、はい。ウチは東郷旭灯って言います。厳夜さんとは遠い親戚関係で……」
「親戚か……まあ、浄霊院家は色々あるって聞くから、詮索はしないよ」
「はあ……お気遣いありがとうございます」
御影はドカッと胡坐をかいて座ると、空を見上げて固まってしまった。
寝ているように見える。旭灯は、思わずイラっとしてしまった。
「あ、あの……これからどうします?」
「……そうだね~どうしよっかな」
「ウチはアイツを倒さんといかんのです」
「アイツ?」
「そう。この現象を引き起こした張本人です。燵夜……アイツだけは、絶対」
旭灯が怒りで身体を強張らせていると、突如両肩をポンっと叩かれる。
「ひっ」
「まーそう硬くなりなさんな。可愛いお顔が台無しだよ」
その素早い動きに驚いたのもあるが、少し距離が近い気がして悪寒が奔る。
「だ、大丈夫です! 硬くないです」
「え、そう? 緊張してるように見えるけどなぁ」
旭灯は本能で御影から距離を取ると、大きなため息を吐いた。
「あれ、僕、嫌われちゃったかな」
御影は苦笑いをして帽子を深く被り直す。
「さてと。旭灯ちゃんの言う、アイツだけど」
御影は植物で覆われた周囲から、何とか先に進めそうな場所を見つけていた。その道の前に立つと、幹を掻い潜りながら進んでいく。
「かなり危険な状態にあるんじゃないかな」
「危険?」
旭灯は御影の後へ続いて進む。
「この森、異常に発達した植物たちはすべて彼の傀朧を受けて成長している。でも本来、〈操作〉の想術は燃費が悪くてね。これだけの植物の〈操作〉にはそれだけ膨大な傀朧を必要としているはずなんだ」
「は、はい」
「そんな傀朧が、想術師一人に捻出できると思う?」
「いえ……」
「だよね~僕もそう思うんだ」
御影の進行方向に絡まった蔦が現れたため、刀を抜いて切り捨て、先へ進む。
「彼は、森、緑、木々、自然……そんな植物にまつわる概念の傀朧そのものを司る存在になっている……つまり〈傀異化〉している可能性が高い」
「傀異化? 人間にそんなことが……」
「普通は非常識だって考えるよね。だけど歴史上、特殊な条件下でなら成れなくもないんだ。例えばそうだな、彼自身の体を傀朧の器として利用する術がある……とかね」
「傀朧の器……?」
旭灯は、御影の言っていることの意味がよくわからなかったが、燵夜がかなりイレギュラーな存在であることは理解した。イレギュラーだからこそ、死んだはずなのに生きていたのかもしれない。浄霊院燵夜は自分の肉体を改造するなど、朝飯前にこなしそうだと思う。
「もしかしたら、だから生き返ったんかも……」
「生き返った?」
「はい」
「君はさっき、タツヤと言っていたけど、もしかして」
「そうです。浄霊院燵夜です」
御影は一瞬、進行を止める。しかしまたすぐ進み始めると、少しだけ開けた場所にたどり着く。
「そりゃ厄介だ。彼は死んだことになってる。もし死んでないとすると、それはまた厄介なことになるね」
「そうなんです。何でアイツが復活したんかも……」
『理由を教えてあげようか。旭灯』
「「!!」」
御影は素早く刀を振り抜くと、二人の半径十メートル以内の植物を瞬く間に切り伏せる。
「流石だな御影叉刃守修臣。鮮やかな刀捌きだ……」
「そりゃどうも。初めましてだね、浄霊院燵夜君。君は死んだんじゃなかったのかな」
御影の問いかけに、森の中からくつくつと笑い声が響いてくる。
『そうだ。私は一度死んだ。これは確かな事実だ』
二人の周囲にあった植物がもぞもぞと脈動し、二人の周囲から引いていく。
『でも……私は死の淵から蘇ったんだ!! 奇跡だった! それは、私を殺したあの子の力が大きく作用している。私は自らあの子の力を喰らうことで、進化した』
二人は木々に反響する燵夜の声に耳を傾けながら、いつ攻撃が飛んできても対応できるように互いの背を付け、身構える。
『そして七年間かけて、私の傀朧をじっくりと増幅させた。私の肉体はとうに朽ちて滅びたが、植物で象った特製の器があれば、私は私として顕現できるようになったんだよ。まさにこれは私の目指した不老不死に限りなく近い技術だ!』
荒唐無稽とも取れる燵夜の話に、御影は首をかしげて質問する。
「そんなことができるなんてちょっと信じられないよ。研究肌だった君が、なぜあんな酷い罪を犯してしまったのかについては、七年前も多少議論になったんだ。どうして君は〈想術開発局〉を辞めちゃったの?」
その質問に、木々がざわめく。
『……その話はするな』
「……何か勘に触ってしまったかな」
二人の前に、地面から一本の樹木が生え、人の形に変化していく。
燵夜の体は、先ほどよりさらに樹木化が進行している。髪の色は緑に変色し、全身から細かい枝が生え、顔には年輪のような皺が刻まれていた。
「想術師協会はバカだ! 私の素晴らしい研究を否定し、私を追放した。その上、研究成果だけ奪うなんて……私が協会にいれば、人類の不老不死研究は飛躍的に進んだはずだ。どれほど素晴らしい研究かも知らず、愚かにも私を迫害したバカどもに、これから思い知らせてやろうと思ってね。手始めに、ここにいる者たちを全員養分にしてあげるよ。ヒャハハハハ!!」
燵夜の笑い声に合わせて、周囲から人型の植物が何体も出現し、二人を取り囲む。
『私をいくら攻撃しても無駄だ。私はこの森と一体になっている。私はどこからでも復活する』
「このバケモノ……!」
人型のバケモノたちは、頭部を花のように大きく開く。それは巨大な口のようになり、一斉に二人を食い殺そうと襲い掛かる。
「そうかい。よくわかったよ」
しかし、バケモノたちは御影の刀によりすべて一刀両断される。切られてもなお動き続ける植物を、見えない速度の剣捌きで細切にする。
「つまり、君の体を攻撃するのではなく、君の傀朧にダメージを与えればいいというわけだ。傀異を祓うように」
御影は、銀色に光る切っ先を燵夜に向ける。
「ならちょっと、本気出しちゃおうかな」
鋭い殺気を感じた燵夜は、咄嗟に御影から距離を取る。すると、刀から鮮やかな紅葉の葉が噴出し、周囲の植物に向かって散っていく。
じめじめした気配が、乾いた匂いに変わった時、旭灯は秋の風を肌で感じた。
「僕の刀は〈特上〉傀具でね。銘は香華紅葉蓮山という」
紅葉の葉は御影を中心に渦を巻き始め、周囲の植物に触れていく。すると、緑色だった植物が一瞬で赤く枯れる。それを見た燵夜は、枯れた傍から新たな植物を生えさせ、補填しようと試みる。
「無駄だよ。秋の訪れは、何者にも邪魔されない」
『……これは』
「この刀は〈秋〉の概念を内包していてね、そんな秋にまつわる傀朧を操ることができる。秋は、植物が葉を落とし、散りゆく季節。物寂しくもあり、美しさもある人間にとっては過ごしやすい季節だね」
旭灯は、香華紅葉蓮山から放たれている傀朧が、周囲の空間を強引に捻じ曲げていることに気づいた。それほどまでに濃い傀朧を内包している傀具、ということだろう。
「そして君にとっては悲報だけど、香華紅葉蓮山は秋を彩るのが好きな傀具なんだ。解放すれば周囲の空間が自ずと秋に染まっていき、半分傀域になってしまう。植物を使う君にとっては、相性が悪い」
『小癪な……私は植物を司る存在へと昇華したのだ。私の傀朧はもはやこの空間を構築しているといっていい。どちらの傀朧の量が上か、勝負してやろうじゃないか』
その言葉を聞いた御影は笑みを浮かべ、正面の燵夜に斬りかかった。
「量じゃない。質だよ」
燵夜は幾重にも太い根を地面から生やし、御影の進行を阻害する。
斬られた根は傀朧となって散り、紅葉の葉が美しく舞い散っていく。燵夜はそれを埋め尽くすほどの植物を生やし、御影を覆いつくそうとする。御影は刀に傀朧を奔らせ、周囲の植物を蹴散らす。
「秋の段、その一。〈食欲の秋〉」
光る刀身から、大量のごちそうが出現する。様々な国の、様々な料理が爆発的に出現し、その料理に向かって生やされた植物が群がっていく。
『!!』
「秋は色んな食べ物が旬を迎える。あと、冬に向けて栄養を蓄えようとする本能的なものもあって、たくさん美味しいものを食べちゃうよね」
料理を吸収した植物たちは爆発的に膨れ上がり、膨張して動きが遅くなっていく。
「続いて秋の段、その二。〈読書の秋〉」
続いて大量の書物が出現し、燵夜の周りを埋め尽くす。植物たちは燵夜の制御から離れ、ピタリと動かなくなった。
『何が起こっている……!』
その隙に御影は燵夜本体に斬りかかる。二、三度躱すが、横一閃に斬り付けられ、焦った燵夜は自らを根に変え、地面に潜って逃走する。
「流石に本体を強引に〈秋〉に変えるのは難しいようだね」
「御影さん!」
旭灯は小石を指先に乗せ、御影の背後から出現した槍状の木に向かって放つ。木を消し飛ばした旭灯は、御影の傍に寄り、再び燵夜の攻撃に備える。
「ありがとう。助かるよ」
「それにしても、すごいですねその刀」
「香華紅葉蓮山の傀朧量は、当然〈秋〉という概念に準じる。燵夜くんは〈植物〉、僕は〈秋〉それぞれ相反する概念同士が作用しあってこの空間の主導権を争っている……そんな感じなんだけど……」
その時、地面から出現した燵夜が右手をかざして二人に迫る。指を、しなる刀のように変化させ、二人に斬りかかる。
『シンプルだ。直接攻撃すればいい!』
「そういうことになるねっ、と!」
御影は刀で弾き、旭灯は背後に躱したのちに小石を指ではじく。弾丸のように飛んだ小石は燵夜の肩に命中し、右腕が弾け飛ぶ。
『ほらほらァ! どんどんいくぞ!』
燵夜は旭灯に向かって鋭い刺を飛ばす。それを低い体勢で躱し、一回転すると、回転中に親指で小石を弾き飛ばし、燵夜のわき腹を吹き飛ばす。
『ちッ』
「よそ見はだめだよ」
続けざまに背後から切り付けられ、振り向く際に腕をしならせてカウンターを決める。距離を取った御影に対し、大量の大きな種子を飛ばして牽制する。種子は地面に落ちると同時に成長し、御影は蔦の檻に閉じ込められてしまう。
「なめんな!」
体勢を立て直した旭灯は、御影の檻の上部目掛けて小石を弾いて吹き飛ばし、傍に落ちていた大きめの石を至近距離から燵夜の腹に向かって押し付け――――――弾き飛ばした。
『がッ』
打ち出された石の威力に、燵夜は背後に吹っ飛ぶ。しかし、木が砕けるような跡を腹に残したのみで、燵夜にダメージはないようだ。ニヤリと笑った燵夜は、長く伸ばした腕で旭灯の顔を掴む。旭灯は勢いよく顔面を地面にたたきつけられてしまう。
『おやおや。可愛い顔が台無しだ』
旭灯は押さえつけられていた腕ごと頭を持ち上げる。頭から出血し、旭灯の顔は血で染まっている。しかし、旭灯は口で小石をつまんでおり、ニヤッと笑って燵夜の顔に小石を吐いた。
燵夜の顔面に小石が飛来し、顔の右半分を破壊する。
『クソがッ!』
旭灯はよろめいた燵夜に接近すると、壊れた顔面を拳で殴り飛ばした。燵夜は背中から地面に叩きつけられる。
「悪いなぁ。キモイ顔が余計にキモくなったわ」
『クソガキ……!』
燵夜は腕を太く肥大化させて刺を纏うと、旭灯を粉砕しようと殴りかかるが、御影に腕を切り落とされてしまう。燵夜は御影から距離を取り、体を再生させることに務める。
「大丈夫かい、旭灯ちゃん」
「ありがとうございます」
「君、強いね」
旭灯は口から流れる血を親指で払うと、燵夜を見据える。
旭灯はこれまで、誰もいない時間に道場に行っては、想術の修行をしていた。自分の想術を認識したのは、旭灯が燵夜の元から救い出されて間もない頃だった。初めは恐ろしく、認識すらしたくなかったが、小石を指で弾いているうちに、少しずつ想術の意味について考えるようになった。
『……本当に驚いたよ。才能はあると思っていたけど、正直これほどとは』
「ウチもびっくりしてるわ。まさか、こんな形で役に立つなんて」
旭灯はポケットから取り出した小石を親指の先に乗せて、燵夜に向けて構える。
「まっすぐに石を打ちだすだけの想術や。地味で可愛くもない、最悪な術。でも、なんでそれがウチの想術になった、今ならわかる」
旭灯は深呼吸をすると、燵夜を睨みつけた。
「曲がったことは嫌い。それでいてひたむき。地べたにあっても、ど根性でまっすぐ進む。それがウチや!」
打ち出した小石は火花を散らし、真っ赤な熱を帯びながら燵夜の腹を粉砕する。
(早い……!)
「だからかかってこいや。何べんでも打ち込んだるわ」




