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The flame night of resurrection その③


 楠野(くすきの)は右頬に入った拳の感触を確かめるように、太い親指で口元の血を拭う。


「重かったで。その細腕でよう力出せるわ。傀朧の扱いが上手なんやなぁ」


 楠野は感心したように頷くと、風牙をじろじろと睨めつける。


「お前が噂の、功刀風牙っちゅうガキか」

「誰だてめえ」


 風牙の低い問いかけに、楠野は堂々と答える。


「そうか……ワシの威光はガキには届いてへんのんか。そりゃ残念やで。その赤髪のガキも、お前も、ワシのこと知らんからそんな態度が取れるっちゅうもんや」

「知らねえよ。てめえみてえに、殺気まみれの傀朧を振りまいてる奴なんて」

「なるほどなぁ。お前は正義で、ワシが悪。ガキにはわかりやすい立ち位置やな」


 楠野は深く頷くと一転、顔から一切の感情が消えた無表情となる。


「!!!」


 楠野は、重量のある大きな体を音もなく動かし、一瞬で風牙の前に躍り出る。楠野の体で視界が埋め尽くされた風牙は、咄嗟に防御の構えを取る。


「っっっ!!!」


 楠野の拳が風牙の顔面に迫り、ガードのために交差させた風牙の右腕に突き刺さる。骨が砕け、拳を受けた個所が埋没し、激しい痛みに襲われた風牙は楠野から距離を取る。


 風牙は激しい痛みに、額から汗が滲む。その様子を見た楠野は、悪魔のように口を大きく開き、金の歯を見せて笑う。

 まるで獰猛な獣が、獲物に襲い掛かっているような威圧感――――――風牙の警戒心が警鐘を鳴らす。


「おうおう、可愛そうやなぁ。はよ傀朧医術(かいろういじゅつ)で直してもらわんと」


 楠野は再び拳を構え、風牙との距離を詰める。


(一歩がでけえ!)


 音がなく、動作が読めない奇妙な歩法だった。構えていても、動きを見てから行動しているようでは、若干の遅れが出てくる。

 右こぶしが風牙の左頬に迫る。それをギリギリ後ろにのけ反って躱すと、それを見越していたように楠野の左アッパーが腹部に直撃する。


「ぐっ!!」


 当たる瞬間、傀朧を放出して威力を相殺しようとするが、まるで大岩に風を吹きつけているかのように全く意味をなさない。深く腹にめり込んだ拳が、風牙を吹き飛ばす。


 ――――――風牙は背後の岩に体を打ち付ける。

 吐血し、腹を押さえる風牙を見て、楠野は勝利を確信していた。


「もう動けんやろなぁ。ガキをわからせるにはもうちょい時間をかけるべきやったか。これじゃ圧倒的すぎて思考も追いつかんやろ」


 楠野は大股で一歩ずつ風牙に近づいていく。その足音は先ほどとは違い、地鳴りのように響く。

 強い――――――洗練された、圧倒的なフィジカルと強化想術。

 傀朧の量は並みの想術師と同レベルだが、傀朧の妙な性質がこのパワーを生んでいる。 まるで、刺のついたハンマーのような、ごつごつした傀朧。そして、この男の精神性は危険だ。

 風牙の脳裏に、酔骷(すいこ)との戦いがフラッシュバックする。あの時は怒りに任せ、攻撃が単調になっていたところを付かれた。

 考えろ。考えろ。

 闇雲に突っ込むだけでは勝てない。どうすれば勝てる――――――。


「教えてやろうか兄弟(ふうが)

「……!!」


 風牙の目の前に、また和装の自分が立っていた。ギラギラした真っ赤な瞳で、こちらを見下している。全身には不気味な文様がびっしりと浮かび、それを見ているとひどく寒気を催した。


「……いらねえよ」

「何だ。怯えないのか。つまんねえなぁ」


 風牙は何とか体を起こし、もう一人の自分と目線を合わせる。


「浄霊院紅夜(こうや)を追いたいか?」

「何だと」

「置いて行けよ。そんな風前の灯のガキ置いといて、さっさと行けばいい」

「そんなこと……!」

「できないか? ならまた、手遅れになっちまうかもな……あの時みたいに」

「黙れ!」

「だったら、あの男を倒して追ってみろ。簡単だ。憎しみを、力に変えればいい」


 そう言うと、姿が幻のように消え、代わりに楠野の拳が眼前に迫る。


「!!」


 風牙は何とか躱し、伸び切った楠野の腕を軸に、体を捻って背後に回ると、首筋に一撃を入れる。


「ちょこちょこと!」


 楠野は腕を振り回し、風牙を跳ね除けると、再び両者は距離を取って構える。


 ――――――考えろ。どうすればこの男を倒せる。


 どうすれば浄霊院紅夜の傀朧を持つ、あの男を追える。


 ――――――憎しみを、力に変えればいい。


「……ふふっ」

「は? さっきから何ぶつぶつ言っとっんねん 頭おかしいんか」

「……ハハ。ハハハハハハハハ!!」

「完全にイカレたみたいやなぁ。まあ、しゃあないか。ワシの力の前やで」


 ああ。わかった。とても簡単なことだった。


 風牙はこれまで抱くことのなかった考えに囚われ、思考が一気にクリアになる。


「……そうだな。俺、ずっと忘れてたのかもしれねえ。救えなかった人たちの分、たくさんの人を助けて、ここに来て色んな人と会って、助けられて。俺、いつの間にか忘れちまってたみたいだ」

「だから意味わからんねん。いい加減病院送りにしたろかクソガキ」


 風牙は目の前の男の姿を、浄霊院紅夜の姿(・・・・・・・)に重ねることにした。

 怒りと憎しみ。それは忘れかけていた本来の自分を思い出させる。浄霊院紅夜を殺すと決めた時からずっと、自分の根底にある巨大な感情。それを、ただぶつければいい(・・・・・・・・・)のだと、そう気づかされた。


「一度しか言わねえ。どけ、ゴリラ野郎」

「わかった。その頭蓋骨、粉々にして治療したるわな」


 楠野は青筋を立て、風牙に殴りかかる。

 右、左、下―――テンポよく繰り出される拳をひらひらと躱す風牙の顔はとても爽やかだった。まるで風に身を任せ、踊るように避ける風牙を見て、獰猛な獣の背に悪寒が奔る。


(なんやこいつ……様子が、変わった?)


 そんなことを考えていると、伸びた拳を簡単に取られ、ぐるんと体が回される。気づけば上から風牙に見下されていた。


「クソガキがァ!!!」


 楠野はジャケットの懐から銃を取り出すと、風牙の顔に向けて発砲する。


「お」


 弾丸は風牙の頬を抉り、宙を進む。その隙に風牙の足を掴んだ楠野は、軽々と風牙の体を投げ飛ばした。

 しかし、風牙はそれを予期していたかのように空中で体勢を変え、岩を蹴り、楠野の元へ跳躍する。


 発砲――――――。

 連続で放たれる弾丸を、涼しい顔のまま左右に躱した風牙は、体を捻る。右足が地面に付く瞬間に傀朧を放出し、踊るように後頭部に向けて踵を落とす。


「がっ!」

「頭おかしいとか言ったな、てめえ」


 風牙はよろめいた楠野の横で、両手を開き、その中央に風の渦を創り出す。そして、気味の悪いほど爽やかに笑い、


「逆だよ。すげーすっきりしてんだ、俺」


 風の渦を、楠野に向けて打ち放った。


『功刀流闘術、乱風(みだれかぜ)


 凝縮された風は、楠野の体中を這うように進み、その体を固定する。


(なんや、これ、動けへん……!!)


 風牙は楠野の動きが止まったことを確認し、地面を蹴って飛び上がると、右ひざを楠野の顔面にめり込ませる。

 鈍い音を立て、楠野の体がよろめく。衝撃で金歯がいくつか折れ、鼻血が地面に飛び散り、楠野の意識が飛びかける。


(ああ……あかん)


 刹那、カッと見開いた楠野の瞳が、一層輝きを増す。

 体勢を無理やり立て直し、無防備になっていた風牙の左足をつかみ、デタラメに地面に叩きつけようとする。


「タフだな」


 しかし風牙は全身に風を纏って回転し、楠野の腕を振りほどくと、拳を上から叩きつける。


 がん。

 まるで鋼鉄の塊を鋼鉄の塊で殴りつけているような鈍い音がし、楠野の視線がようやく地に向く。


 楠野は腰を落とし、口と鼻から血を流して停止する。


 ――――――楠野は電池が切れたかのように動かなかった。

 白目をむき、立ったまま意識を失っているようだ。


 風牙は冷めた目で様子を確認し、楠野に背を向け、倒れている鐡夜(てつや)の元へ向かう。


「鐡夜、大丈夫か?」


 鐡夜は荒い息を繰り返していたが、風牙の呼びかけにこくりと頷いた。

 風牙は鐡夜の体を優しく起こし、柔らかい草の上に楽な姿勢で寝かせる。


「ふう……が……」

「喋んな」

「大……丈夫か? お前……」


 掠れる声を絞り出した鐡夜は、風牙の肩を力強く握る。

 鐡夜は消えそうな意識の中、風牙の戦いを見ていた。その中で見せた風牙の不気味な笑みが、脳裏に焼き付いている。


「うん。大丈夫だよ」


 しかし、今の風牙の表情は、いつもと同じに見えた。

 いつも通り、ニカッと笑って鐡夜を見据える。


「そう、か……悪かった」


 風牙は頷くと、そのまま鐡夜に背を向けて走り出した。その時、自分の抱いた心配が真実だったことに気づく。


「ま、て……」


 ――――――ボロボロの、悲しい背中だった。

 まるで深淵へと向かって沈んでいきそうな不安を生じさせる。


 鐡夜はかつて、風牙を部外者と罵ったことを深く恥じた。

 手を伸ばすが、風牙には届かない。冷たく、暗い森の中に風牙は消えて行く。それが、この上なく悔しかった。


「……クソォ……何で、何でだよォ……」


 風牙の背中が森の中に完全に消えた時、感情が爆発する。声に出した嗚咽を聞く者は誰もいない。

 自分は何もできない。深くなっていく森の気配が、父親のものだと気づいてもなお、自分はそこに向かうことさえままならない。

 衝夜も救えず、父親の元へも行けず、風牙を止めることもできない――――――鐡夜は歯を食いしばり、地面に拳を叩きつけた。


「強く……なりてえよ……」



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