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俺の名前は


「あ! やっぱいた!!」


 壁の向こうからか細い声が聞こえた。風牙は、足にかかっていた強化の想術(そうじゅつ)を解除する。

 地面を蹴った後に解除してしまったため、足がもつれる。転びそうになるのを踏ん張ると、その勢いのまま少女の声がした方へ、転がるように駆けていく。


「なあなあ! ここって何なんだ? 捕まってんのか?」


 風牙は声の主に、興味津々で問いかける。

 壁に近づいたところでまた右足が痛んだが、気にしない。


「助け、呼んだだろ?」


 風牙の言葉に、小さく困惑する少女の声が聞こえてくる。


「えっ……助け……?」

「なんか困ってんだよな! 力になるぜ!」


 少女からの返答はない。しばらくの間、沈黙が場を支配する。風もなく、生物の気配もしない。耳をすませば、お互いの息遣いが聞こえてきそうなほど、静かだった。


「……あの。あなた……は?」


 風牙は、ようやく帰ってきた声が嬉しくて、勢いよく答える。


「おう!! 俺の名前は、功刀風牙! この屋敷には……えっと、仕事しに来た! 掃除とか、色々やってる。よろしくな!」

「くぬぎ……?」


 少女は、風牙の名乗った“功刀”という聞きなれない苗字に、困惑している。


「浄霊院じゃ、ないの?」

「おう、違う……ああでも、怪しいもんじゃないぜ? ちゃんと当主のじいさんに許可貰ってっから」


 ――――――決して本名を言うな。

 厳夜と交わした約束を思い出して、思わず口をつぐむ。

 また、思いっきり本名を名乗ってしまった。これがバレれば、厳夜に怒られてしまう。


「あ‟―。えっと……」


 怪しまれてしまった、と直感する。こうなれば、悔やんでも仕方がない。

 風牙は強引に話を変える。


「あ、あのさ。ここって、何なんだ? どう見ても普通じゃないよな?」


 少女は、風牙の問いに答える。


「ここ、私のおうち。私はここから出ちゃいけないの」

「入口がない家なんてあるかよ」

「その壁……結界が張られてるって、おじいさまは言ってた。誰も入れないように、何重にも結界を張ったって……」

「おじいさま? そいつがこんな家建てたのか!?」


 だんだん怒りが込み上げてきた。もし、自分がこんな家に住めと言われたら――――――ありえない。絶対にありえない。

 風牙は、壁に向かって拳を突きつける。


「嫌じゃないのか? 俺だったら、ぜってーむり」


 嫌、か――――――。

 少女は顔を上げる。

 これまでずっと、一人で抱えてきたものが、じわりと溶けて心を締め付ける。

 ――――――少女はずっと孤独だった。


 少女は唾を飲み込むと、一呼吸置いてから答える。


「おじいさまが、外は危険だって。ここにいなきゃ、私は……。だから仕方がないの」


 風牙の耳に届いた少女の声は、震えていた。

 少女がなぜ、このような場所にいるのか。どうして閉じ込められているのか。その理由はわからない。少女の言う通り、仕方のない理由があるのかもしれない。


 だが、風牙はどうしても納得できなかった。

 少女は壁の向こうで泣いている(・・・・・)。そんな気がする。

 ――――――本当にこのままで、いいのだろうか。


 壁の向こうで少女は、笑みを取り繕った。

 しかし、少女の心に溢れた感情が、抑えきれずに口から零れる。


「私、選ばれなかったの」


 風牙は、壁の向こうで、小さく壁が叩かれる音を聞いた。


「後継者だって、言われてた。家を継ぐ、跡取りなんだって。わからない……でも怖かった。とても、怖かったの――――――私は、おじいさまと、お母さまが、喜んでくれるならって。

 でも―――選ばれなかった。

 才能がなかったって言われた。おじいさまも、お母さまも、顔を真っ青にして、私を見たわ。このままでは、私の命が危ないって。怖い人に襲われたこともあった。

 だからね、怖いの。怖くて、たまらない」


 少女は声を震わせ、涙ぐむ。風牙は、目の前に立ちふさがった白壁を見つめることしかできなかった。

 ――――――この壁の向こうで、少女は確かに泣いている。ひしひしと少女の悲しみが伝わってくる。

 風牙は拳を握りしめ、壁のすぐ向こうにいる少女の気配を、まっすぐに見据える。


「じゃあなんで助けを求めたんだ」

「えっ……?」


 ――――――助けて。

 少女は、風牙に助けを求めた覚えはなかった。


 だが――――――その言葉に覚えがあった。


「助けて」


 ふと、つぶやいた。

 それは確かな、心の声だった。

 隔離された空間で、二年もの間ずっと孤独に耐えてきた。

 少女にとって、この二年間は恐ろしく長く感じられた。風も、匂いも、天気も一切変わらない。祖父と限られた使用人しかやってこない。それも、ごくたまにしか。

 祖父から与えられた、何でも実体化させることができるプロジェクター型の傀具(かいぐ)を抱え、一日を過ごした。本で見たたくさんの事象を、その傀具で実体化させる。 この二年で、世界にはたくさん面白いことがあるのだと知った。

 それを、映し出す。実体化させる。


 ――――――繰り返す。

 ――――――ただ、繰り返す。


 一人は嫌だ。

 寂しかった。誰かと話をしたかった。

 傀具で実体化させた祖父と母を、ぎゅっと抱きしめてみた。

 ただのまやかしに、熱はない。冷たい感触が肌に当たるだけ。

 実体化させたどんなものも、少女の孤独を癒してくれなかった。


 本当は、屋敷の外に出たかった。本で見た、たくさんの場所に行ってみたい。本物に触れてみたい。

 ――――――色々なことが、してみたい。


「あれは、嘘じゃねえ。やっぱし、泣いてた」


 風牙は、右の拳をゆっくりと握りしめていく。

 指先一つ一つに、力を込める。

 大きく息を吸い、吐き出すと、傀朧(カイロウ)を拳に纏わせる。


 傀朧は青黒く濃縮され、次第に渦を巻く。

 傀朧の渦が、空間に風を作る。少女の肌に、ふわりと風が肌に当たる。少女は久方ぶりに風を感じた。


「どんな理由があっても、俺は泣いているやつを見捨てたりはしねーよ」


 風牙は体を引き、体重を乗せ、渾身の拳を壁に叩きこむ。

 太鼓をたたいたような鈍い音が、壁の向こうで響く。遅れて、衝撃が少女の傍まで伝わる。


 しかし、壁はびくともしなかった。


「……固え」


 壁は傀朧を吸収し、力を分散させた。衝撃への耐性は、相当なものだろう。

 風牙の拳の先から煙が出ている。皮膚が削れて出血する。拳は強化されていたので、骨が砕けることはなかったが――――――相当痛い(・・・・)


「いいぜ、やってやるよ。ぜってー壊す」


 風牙は、再び拳を握り、ニカッと歯を見せる。

 瞳孔を開き、白亜の壁を睨みつける。


 傀朧を込め、拳に乗せて放出する。


 ドン――――――。

 鈍い衝撃が再び響く。


 ドン――――――。

 また、響いた。


 繰り返すこと十回を超えた。


「だめっ……! この壁は、絶対壊れないって、おじいさまが言ってた。無理よ……」


「無理じゃねえ!!」


 風牙は叫んだ。荒い呼吸が、その行動の無謀さを物語っているようだった。

 風牙の手はボロボロだった。五本の中手骨すべてにひびが入っている。

 壁に拳を叩きつける際に、全身が砕けるような痛みが走る。

 意識が揺らいできた――――――。

 風牙はボタボタと落ちる血を、頬で強引にふき取る。


「……お前は、ここから出たいんだろ?

 辛い思い、してんだろ。

 だったら、俺は助ける。

 俺は、どんなことがあってもぜってー諦めねえ。だから、お前も諦めんな」


「っ……! どうして、そこまでっ……してくれるの?」


「んなもん。決まってんだろ」


 風牙はもう一度、拳に傀朧を込める。


 人間が一定期間内に生み出す傀朧には、ある程度の限界がある。想術師は基本的に、体内にストックしておいた傀朧を用いて術を行使する。つまり、ストックが無くなれば術も使えなくなる。


 ただし、例外もある。

 強い感情によるブーストだ。

 傀朧は思考の副産物であり、概念を核とする。感情によって生まれる傀朧は核を持たないため、すぐに蒸発してしまいストックできない。


 瞬発的、刹那的なエネルギー。

 代わりに、膨大な傀朧の出力と、同じだけの身体的負担を強いることになる。


 ――――――限界が近い。

 おそらく、次の一撃が最後だ。全身全霊で――――――この壁を、吹き飛ばす。


「それが、俺の信念だから」


 自分を、貫く。ただそれだけ。

 風牙は血だらけの拳を、もう一度構える。


 風牙の言葉が、少女の心を打った。少女の目頭は、自然と熱を持つ。


 青黒く、傀朧が走る――――――。

 二年間、運命を静かに受け入れていた少女の目の前に、希望が見える。


 拳の傀朧の色が、()から()へと変化する。

 体をひねり、拳を前へ――――――。

 凝縮され、拳と一体化した傀朧が、風牙の拳に合わせて、壁の中心を真っ直ぐに貫く。


「おりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……!!!!!」


 たとえ拳が砕けようとも――――――。

 たとえこの身が朽ち果てようとも――――――。

 助けると決めたら助ける。それが功刀風牙の決意だった。


 風牙は、決して拳を止めない。どこまでも、どこまでも真っ直ぐ、拳を突き出し続けた。


 ――――――赤橙色の光が迸る。


「きゃあっ!!!!!」


 少女は目をつむり、腕で顔を覆った。

 激しい光と、爆発音。風圧で体を圧された少女は、しりもちをつき、倒れる。


 ――――――木っ端みじんに吹き飛んだ壁。立ち上る土煙。

 少女は、恐る恐る目を開ける。


「……そう言えば、まだ名前聞いてなかったな」


 瓦礫を踏みつけ、土煙の中から現れたのは――――――。


「俺の名前は功刀風牙! お前の名前は?」


 ボロボロなのに、歯を見せて笑う黒いパーカー姿の少年だった。


「私の、名前は……」


 風牙は、血だらけの右手を少女に差し出す。


咲夜(さくや)……浄霊院咲夜(じょうれいいんさくや)


大変遅くなりましたが、皆さま初めまして。くろ飛行機と申します。

「復讐は夜明けと共に」ようやくはじまった! という感じがひしひしとしていて、個人的に嬉しいなと思っております。(ここまで読んでいただいている方々には、感謝しかありません……本当にありがとうございます)

読者目線に立って、展開をサクサクと進めていきたいというのが、隠れた目標だったりするのですが、ここまで結構長かったなぁと反省しております。ちなみに、ジャンプ漫画だったら、打ち切り覚悟ですね笑


真っ直ぐに自分の意思を貫くことって、現実では中々難しいなことだなと、書いていて思いました。結局、色々考えて失敗してしまうこともあったり。

不器用なりに、まっすぐ突き進む風牙くんを、少しでも応援したいと思っていただけたら作者冥利に尽きます。(とはいえ、風牙くんは作者の思わぬ行動をとり始めたりするので恐ろしいですが笑)

これからも頑張って書いていきたいと思います。よろしくお願いいたします!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 風牙君が主人公してるわっ! 悲しい境遇にいる女の子の為に(物理的に)壁を壊して手を差し伸べる……男の子として完璧ねっ! (*'▽') しかし咲夜ちゃん、また何か訳アリっぽいわねぇ……。
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