表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
69/80

The flame night of resurrection その①


 講堂へ続く階段を登りきった厳夜は、再建されたばかりの講堂を見上げる。空は相変わらずの曇天だったが、ところどころから日が指し、空から光の柱が降りてきていた。


「……風向きが変わったか」


 厳夜は目を閉じて、屋敷周辺の傀朧の気配を探知する。想術師協会の刺客たち、屋敷の生き残り、そして浄霊院幾夜(いくや)とその仲間たちが皆、自分を探している。

 その気配の中に、一度は屋敷を離れた者たちがいたことを感じ取った厳夜は、小さくため息を漏らした。


 ――――――できれば片が付くまで安全なところに避難して欲しかった。

 そんな思いを抱いた厳夜の前に、息を切らして近づいてくる藍色の髪の少女がいた。シャツの袖をまくり上げ、山の斜面を駆けあがってきた少女は、肩で息をして厳夜の前に立つ。


「厳夜さん……!」

旭灯(あさひ)


 厳夜は旭灯に対し、鋭い視線を向ける。


「なぜ戻ってきた」

「ごめんなさい。でもウチ、気づかされたんや」


 旭灯は息を整えると、力強い瞳で厳夜に応える。それを見た厳夜は怒る気力を失って目を背ける。


「……どうしてこう頑固な奴ばかりなんだろうな、うちには」

「皆、厳夜さんの背中を見ているからちゃいますか」

「頭が痛い」


 そうしていると、後からやってきた老紳士が二人の元へ近づいてきた。


「旦那様……申し訳ありません」

「いい。旭灯と鐡夜(てつや)が選んだことなんだろう」

「はい。私もそうです」

「ただ、なぜ戻ってきたのかは教えなさい」


 厳夜の問いかけに、二人はまっすぐ答える。


「ウチは、ケリを付けに来た。傀朧の気配でわかる。近くにアイツ(・・・)がおる。怯えて逃げてばっかやった過去の自分に、ケリを付けたい」

「私は、あの子(・・・)を救いに行ってまいります」


 それを聞いた厳夜は満足そうに頷くと、ぼそりと呟く。


「もっと早くから、誰かに頼ればよかったのかもしれんな」


 厳夜の呟きは二人の耳には届かなかった。厳夜は老紳士に近づき、肩を叩く。


「厳太。お前には、咲夜と影斗のことで常に心配をかけた。影斗は、絶対に守り通してほしい。あの子は……世界を救うことのできる唯一の存在だ」

「旦那様。お暇を頂きます」


 老紳士は頷くと、華麗に崖を飛び降りて森の奥へと消える。


「さてと、旭灯。言ったな、ケリをつけると」

「?」

「構えろ。その時が来たぞ」


 旭灯の背後の森が突如ざわめく。寒気がするような暗い傀朧が森からにじみ出てくると、その気配に旭灯は身構えた。


「みみみ、みーつけたあああ!」


 吐き気がするほどの邪悪な声だった。不協和音がビブラートのように震え、耳鳴りのような不快感を覚えた旭灯は顔を顰める。森の中から這い出てきた傀朧の後に、じりじりと足を引きずるような音が聞こえる。


「浄霊院燵夜(たつや)……!」


 燵夜の姿は、全身が木化し、体の右半分が木の蔦のように変貌していた。首が半分ほど切れてなくなっており、そのせいで歩くたびに頭がぐらぐらと揺れている。着ていた服はボロボロで、左足は黒く変色し、それを引きずっていた。

 そんな姿でも、存在感は圧倒的だった。口元を引きつらせ、狂気に満ちた笑みで近づいてくるたび、旭灯の鼓動が早くなる。


「久しぶりに会ったというのに、随分と無様だな、燵夜。真夜(まや)はどうした」

「ま、や……? ああ、そうだそうだったよあの女!! よくもよくもこの私の首を刎ねてくれた!! でもね、僕はシナナイ!! ボクは永遠の命を手にした! あんな小賢しい呪いごときで死ぬわけはないんだよおおおおおお!! あはははははは!!!」


 腕を広げ、天に向かって叫ぶように笑う燵夜を、厳夜は冷たく睨みつける。

 旭灯は震える体を押さえ、血走った目で燵夜の前に立った。その決意の瞳が燵夜を見据えた時、燵夜の笑いが止まる。


「会いたかったで、クソ野郎」

「お前は……確か、旭灯……ああ、あの時の旭灯じゃないか! 成長したね。相変わらず美しい……」

「黙れ。キモいねん」


 旭灯はズボンのポケットに入れていた小石を右手に乗せ、コイントスの構えを取り、指先を燵夜に向ける。

 傀朧が小石に充満すると、赤い光を放つ。次第に火花が散り始め、それは線香花火にように大きくなっていく。


「ウチは……いや、ウチらはみんな、お前に苦しめられた」

「苦しんだ? 何を言っている。私がお前たちを保護し、育てていたのだ」

「黙れ。無念も何もかも全部まとめてお前にぶつけたるわ。覚悟しろや」


 旭灯は素早く指で小石を弾く――――――。


「!?」


 発火した石は、親指で弾かれた瞬間、隕石のような凄まじい速度となって燵夜の元へ進んでいく。空気を切り裂き、光の弾道そのものとなった石は、燵夜の左肩を貫通する。


「ガアアアアアッ!!!」


 左肩は大きく抉り取られ、その断面は熱を帯び、煙が出ている。激しい痛みに燵夜は悶絶し、左肩を押さえながら跪いた。

 旭灯は近くに落ちていた拳ほどの大きさの石を持ち、そのまま燵夜に近づいていく。


「ウチらはな、お前のせいでどんだけ苦しんだと思ってんねん。トラウマに苦しんで、怯えて、逃げて。なのに、お前は生きてた? ふざけんな」


 旭灯は石を地面に置くと、助走をつける。燵夜は落ちた左腕を掴み、肩に付けてくっつけると、顔を顰める。


「何だ今のはアアア……」

「ウチも逃げてきた。お前のトラウマに苦しんできた。でももう逃げへん。この手でお前を殺して、すべてお仕舞にする」


 旭灯は跪く燵夜を上から見下すと、口角を上げる。

 恐怖で体はまだわずかに震えていた。しかし、目の前で苦しむ燵夜を見て、確かな手ごたえを感じた。


 旭灯はサッカーボールを蹴るように、右足で石を蹴ると、石は激しい熱を帯びて発火し、燵夜の体に命中する。胸から腹にかけてぐちゃぐちゃに砕かれた燵夜は吹き飛び、地面を転がる。


「旭灯……その術は」


 厳夜は旭灯の圧倒的な力に驚き、目を見開く。


「ウチ、想術嫌いやったやろ? でもな、隠れてちょっとだけ修行しとってん。なぜかウチに目覚めたんは、こんな可愛げもない殺意ましましな術式やったけど、今何でこれが固有想術になったかわかったわ」


 旭灯は厳夜に向かってニカッと笑いかける。肩の荷が降り、吹っ切れた旭灯を見て、厳夜は小さく息を吐き出す。


「そうか。よくやった」


 だが、厳夜はすぐに転がっていった燵夜を睨みつける。


「だが、まだ奴は生きている。油断するな」


 その時、森の中から大量の蔦が伸び、旭灯に向かって襲い掛かる。

 厳夜は素早く旭灯を抱えると、階段に向かって走り、這ってくる蔦を躱しながら、階段を飛び降りた。


「舌を噛まないようにしろ!」


 着地と同時に、追ってきた蔦に向かって手をかざした厳夜は、何かに気づいてハッとする。


「くそ……こういう時に頼れないのは辛いな」

「厳夜さん!?」


 迫る大量の蔦を前に、何もできない厳夜は、旭灯を庇うように覆いかぶさった。


 蔦が二人を飲み込もうとした時――――――大量の蔦は一気にバラバラに切り刻まれる。


「いやぁ、危なかったね、厳夜さん」


 二人の目の前に立ったのは、ピンクのアロハシャツの上からジャケットを羽織る中年の男だった。右手に握られていた刀を鞘に戻し、驚く二人に笑いかける。


「助かったぞ、修臣(おさおみ)

「そりゃぁよかったよ」


 笑う男を追うように屋敷の方から現れた黒いスーツの女は、厳夜を見るなり血相を変えて近づいてくる。


「か、会長……その、申し訳ありませんが」


 その狼狽える様子を見た厳夜は、小さく頷いた。


「わかっている副島(そえじま)局長。だが今は、目の前の共通の敵を見ろ」

「えっ」


 副島が山の上を見ると、山全体がまるで一つの巨大な生物であるかのように脈動し、木々が膨れ上がっていく――――――。


「何だこれは……!」

「うーん。これは厄介だね」


 御影は無精ひげの生えた顎をしゃりしゃり撫でると、厳夜を見つめる。


「どうするの、会長」

「御影さん。厳夜会長は……!」

「美咲ちゃん。今は、厳夜さんの言う通り、この厄介な敵を何とかしないといけない」


 旭灯と厳夜は立ち上がり、山を見据える。それを見た御影はこくりと頷いた。


「一時共闘と行こうじゃないの」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ