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もう、どうでもいい


「……ぇ」


 漏れた小さな嗚咽。目の前で崩れていく衝夜(しょうや)の体が、鐡夜(てつや)の意識を硬直させる。

 衝夜の体は膝をつき、地面にあっけなく崩れる。なくなった首からは大量の血が流れ、地面を真っ赤に染め上げた。


 鐡夜の右手――――――衝夜に差し出した右手には、温かい衝夜の体温がまだ残っていた。


「ぁぁ……あああああああああっ!!!!!」


 衝夜はわかってくれた。もう一度、共に過去と向き合い、未来に進もうとしてくれた。 自分も、過ちを犯した。でも、功刀風牙とぶつかって少しだけ変われたように、衝夜だって――――――。


「なんんんっでっ!!」


 変われた(・・・・)。その事実がより深く、鐡夜を絶望の底に突き落とした。

 涙が止まらない。苦しい。痛い――――――取り返せたはずのものが、一瞬で無に帰した。残った衝夜の血の温かみは、冷たい風に溶けていく。


 簡単な事実だ。死んだ者は生き返らない。

 もう二度と、衝夜は戻って来ない。


「おうええやんけ。新作の傀具(かいぐ)の威力はまずまずやなぁ。弾丸がないから、証拠隠滅にもぴったりやで。ほら、まだ的があるやん。もう一発撃ってみ」


 その時、鐡夜の耳に入ったのはあまりにも軽い言葉(セリフ)だった。


「すいません親父。次弾装填には一分以上の傀朧(カイロウ)チャージが必要みたいっす」

「はあ? 欠陥品やんけ!! んなもん、さっさと〈想術開発局〉に返してこい! 金はもちろん返金してもらえよ?」

「わかりました! 開発者から違約金、たっぷり取りますぜ」


 何だ。

 何なんだ。

 何て軽くて、乾いた会話――――――。


 鐡夜に耳に入って来た男たちの声は、人を殺したことに対する罪も感情も感じさせない、明るい声だった。


 鐡夜はゆっくりと声の方向に顔を向ける。

 そこにいたのは、派手な紫色のスーツに金色のネクタイを締めた、スキンヘッドの大男だった。太い眉の下にあるぎらついた相貌が、まるで小動物を見つめるように鋭く光る。


「へえ……なんや。てっきり守られてばっかりで腐った奴ら思ってたけどなぁ」


 鐡夜は憎悪に満ちた血走った瞳で、男を睨みつけていた。


「ガキ、ええ目しとるやんけ」


 スキンヘッドの大男、楠野猛(くすきのたけし)は鐡夜を一瞥したのち、首のない血まみれの死体を見て口角を歪める。


「ああ、しもたな。首落とすんやのうて」


 楠野は、鐡夜の近くに転がっていた衝夜の首を顎で示す。


「体、破裂させた方がおもろかったなァ」


「テメエェェェェェェェ!!!!!」


 その瞬間、鐡夜の怒りが頂点に達し、絶叫と共に楠野に飛び掛かった。

 楠野は何もせず、傲慢で不遜な笑顔のまま、鐡夜の拳に打たれた。


 渾身の怒りが乗った拳は、楠野を吹き飛ばし、楠野の体は草むらに叩きつけられる。


「親父!!」


 それを見た部下と思われる数人のチンピラたちが心配そうに駆け寄るが、さっと右手で制される。


「あァ、痛ったいなぁオイ」


 ゆっくりと上体を起こした楠野の目に映ったのは、怒りと憎悪に塗れた赤い髪の少年。それを見た楠野は、舌で唇をペロリと舐め回す。


「殺して……やるッ!!」

屋敷の人間には(・・・・・・・)手ェ出さへんっていう約束やったんやけど」


 鐡夜は背負っていた刀を抜き、楠野に切っ先を向ける。


「こりゃ、正当防衛(・・・・)やなァ」


 鐡夜は刀に傀朧を流し込み、自身の持つ〈固有想術〉を発動させる。


「燃え上がれ!! 鍛鋼靭殺カヌチ!!」


 刃が次第に熱を帯び、赤く輝き始める。その刀を、楠野の体目掛けて振り下ろす。しかし、その刃は右拳とぶつかり、火花が散って弾かれてしまう。反動で背後にのけ反った鐡夜の腹に、楠野は拳を突き立てた。


「がっ!!」


 その一撃は非常に重く、鐡夜は数十メートルに渡って吹き飛ぶと、木の幹に体を打ち付けてしまった。


「親父。このガキ、バラしましょう。臓器売れば多少の金になるんじゃねえですか?」

「まあ待てや」


 楠野は邪悪な笑みを崩さず、倒れた鐡夜に近づいていく。


「騒ぎを起こせば、あのゲロ女の差し金、漆扇(しっせん)の連中が来るやろ。お前らは見張っとけ。その間に、こいつも、厳夜も、幾夜とかいう奴も、全部ワシが片付けたるわ」


 楠野は、腹を押さえながら吐血する鐡夜の肩を叩こうと、しゃがみ込む。


「アレ、友達やったんか? たしか、浄霊院衝夜(しょうや)とかいう脱走犯とちゃうかった? さっきゲロ女が連絡よこして来よってなァ。見つけ次第始末しろって。癪やったから無視しようかと思っとったけど、現れてくれたからちょうどよかってん」

「ふざけんじゃ……ねえ!」


 鐡夜は刀を振るい、楠野を切りつけようとするが、手首を掴まれて止められる。

 その力はとても強く、腕はびくともしないまま固定されてしまう。


「家族ごっこか? 浄霊院家は厳夜が一族郎党皆殺しにしたことで有名な一家やんけ。そんなお前らが、今更仲良しこよしできると思っとるんか?」

「黙れ!! テメエに何がわかるってんだ!」

「わかるわ。ワシらの世界は弱肉強食。殺るか、殺られるかの世界。どんなに口では上手く言っててもな、腹の底では何考えとるかわからん連中バッカやで」


 鐡夜は楠野が話している隙に、刀を持っていない左手で小石を拾い上げると、傀朧を込めて投げつける。しかしそれを首を傾けるだけで躱した楠野は、鐡夜の耳元に顔を近づけ、甘い声で囁いた。


「威勢がええ奴は好きやで? お前。ワシんとこ来るか? 可愛がったんで」

「死ね!! クソゴリラ野郎」


 その時、躱したはずの小石が、楠野の後頭部に命中する。

 その瞬間、わずかに右腕の拘束が緩み、鐡夜は刀を力いっぱい振り抜いた。


 しかし、楠野の体に触れた瞬間、鐡夜の刀は真二に折れてしまう。


「な!?」


 不気味なほどにっこり笑った楠野は、鐡夜の右手首を再び掴む。


「あかんあかん。傀朧の使い方がなってへん。厳夜に教わらんかったんか?」


 そして、力いっぱい握りしめ、鐡夜の手首を粉砕した。


「がああああああああっ!!!」

「ああ、すまんなァ。つい力入ってもたわ」


 そして、砕いた腕をつかんだまま、自分の体に引き寄せ、膝を鐡夜の鳩尾にめり込ませる。


「かはっ!!」


 内臓が吹き飛ぶほどの衝撃。鐡夜の意識が一瞬飛び、地面に突っ伏した。


「ようおんねん、お前みたいに威勢だけのガキ。ワシな、そういうガキは好きやで? そういう奴ほど力の差を目にした時、子犬みたいに従順になんねん」


 楠野は倒れた鐡夜を足で転がし、仰向けにすると、腹を踏みつける。


「ほらァ、もういっぺん言ってみ? ワシはなんやて? イケメンやて?」


 じわじわと強くなっていく痛みに、鐡夜は声を上げることすらできない。

 痛みで遠のいていく視界に、修羅のように怒る楠野の姿が映る。


 死ぬ――――――直感でそう思った時、先ほどの衝夜の笑顔が頭をよぎる。


(衝夜……ごめん、オレ……)


 目に溜まった涙が、ぽろりと顔を伝って地面に落ちる。

 それを見た楠野は、満足そうに足をどけた。


「ほな、行こか」

「どこに行かれるのか。楠野第五部長」

「あ‶あ‶?」


 楠野が振り返った時、背後の部下たちは皆地面に倒れていた。

 その傍らで佇む黒い影。黒い布を身にまとい、フードで顔を隠した数人が、楠野をじっと見ている。


「まったく……一人も倒せへんなんて、ワシの部下たちは情けないのォ……帰ったらエンコやでこりゃ。それに……」


 楠野は辺りに散らばる小さな傀朧の気配を察知する。

 ――――――他の想術師たちに見られている。遠視の想術、または使い魔の使役だろう。会議に出席しなかった〈十二天将〉たちは山ほどいる。彼らか、あるいは別の勢力か。

 どちらにせよ、想術師たちの頂点に君臨していた浄霊院厳夜の危機だ。関心を向けない想術師などいるはずがない。


「お分かりですね。屋敷の人間は傷つけるな、というのが〈法政局長〉の指示です」

「アホか。あんなゲロ女の指示なんて聞く必要はないわ。それに……」


 楠野は、腹に力を籠め、怒鳴りつける。


「おい見とるんやろ、臆病モンどもが!!」

「!?」


 楠野は拳を鳴らし、邪悪な笑みのまま、目の前の〈漆扇〉たちに告げる。


「傍観しかできひんお前らに代わって、今からワシが厳夜殺したる(・・・・・・)わ。そうなったら……お前らわかっとるやろなァ?」


 その言葉に、〈漆扇〉たちは身構える。臨戦態勢に入った〈漆扇〉は、楠野に向けて攻撃を開始する。


「ワシが会長の座に就くんや、オイ」


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