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衝夜


★ ★ ★ ★ ★


 オイラは、ずっと孤独だった。生まれた時から、ずっと――――――。


 オイラは自分がどこで生まれたのか知らない。わかるのは、自分が浄霊院(・・・)を名乗ることができる人間だということだけ。親が誰で、兄弟が誰かとか、そんなことは一切わからなかった。

 燵夜(たつや)おじさんは、そんなオイラを育ててくれた。自分の屋敷で息子と同じように、オイラにたくさんのものを与えてくれた。


 オイラは幸せだった。七年前のあの日までは。


 オイラはあの日、すべてを知った。

 父親だと思っていた燵夜おじさんの裏切り――――――燵夜おじさんはたくさんの子どもたちを犠牲に、たった一つの願いを叶えようとしていた。


 永遠の命。それを手にするために、攫ってきたたくさんの子どもたちを傀玉(かいぎょく)に変える実験をしていたのだ。ただ、特殊な傀具(かいぐ)なしで、傀玉を作ることは困難を極めたらしい。

 オイラは実験のなれの果てを見て(・・)しまったのだ。

 血まみれの肉塊。子どもたちの悲痛な叫び。燵夜おじさんは笑っていた。笑いながら子どもを拷問していた。

 地下室に充満していた血と死の臭いで、オイラの頭はおかしくなってしまった。

 逃げようとしたオイラの前に現れた燵夜おじさんは、オイラを優しく抱きしめた。


 そこからの記憶はない。必死に逃げていた。まだ無事だった子どもたちもいた。でも、助けることもせずに逃げた。


 逃げて逃げて――――――気づけば〈法政局〉捕まって、牢屋に入れられていた。

 その時からずっと、体の震えが止まらないのだ。



★ ★ ★ ★ ★



「……厳夜は、どうしてオイラを殺さなかったんだろう」


 昨日、浄霊院幾夜(いくや)の部屋で、ふとそう漏らした。本を読んでいた幾夜は意外そうな顔をした後、一呼吸おいて答える。


「それを、私に聞くのか」

「だって、お前もこの間、厳夜に殺されなかっただろ。他の一族は皆殺されたのに」


 幾夜は本を置き、足を組んだまま、少し笑って答える。


「罪滅ぼし、じゃないかな」


 ――――――罪。

 幾夜の言葉に、オイラの心は揺れ動く。

 浄霊院厳夜の兄弟は、全員で五人いたらしい。幾夜はその中の誰かの子どもらしい。オイラは四番目の弟の子どもだったと教えてもらった。だから従兄妹になるという。

 そして燵夜おじさんは、厳夜の末の弟だった。

 厳夜は兄弟を悉く殺した。本人だけでなく家族も、その子どもも皆殺し――――――鬼畜の所業だ。人の心がないから、このようなことができるのだと、そう思っていた。


衝夜(しょうや)。真実を知りたいか」

「えっ」


 唐突に切り出した幾夜の声が、普段よりもずっと静謐なことに驚く。


「浄霊院家は呪われている。代々〈十二天将〉という神に等しい存在から力を引き出せるのはなぜだと思う? 

 そもそも、十二天将とは何だ。神なのか。

 厳夜の兄弟はすべて狂っていった。厳夜の圧倒的力を目にし、力持たざる自分たちを呪うように嫉妬した。力を得るためにはどんな手でも使い、厳夜を否定するためなら何だってした。厳夜は逆に、秩序を狂ったように求めた。ならば、両者はぶつかるしかない」


 幾夜は松葉杖を持つと、椅子から立ち上がり、オイラの横に座った。


「私がお前を助けたのはね、お前が運命の(・・・)被害者だったからだ」

「運命の……被害者?」

「そうだ。お前は二度も(・・・)、〈十二天将〉に命を救われている。否、殺されないでいる。それはなぜか。〈十二天将〉にとって脅威じゃなかったからだ」

「……何を言っているのかよくわからない」


 幾夜は机の引き出しから紙束を取り出す。そこに書かれていたのは、浄霊院柳夜(りゅうや)という男のことだった。


「お前の父、柳夜は破壊衝動に囚われていた。暴力を好み、真っ向から厳夜を殺そうとした。酔骷(すいこ)という名の傀異(カイイ)を使役し、妻の桜に手を出して殺した。だから、厳夜に最も恨まれて惨殺されたんだ」

「……」

「お前は、柳夜が暇つぶしに女に作らせた子どもだった。厳夜が調べた時にはすでに、母親にも捨てられていた」


 オイラはその言葉に、幾夜を睨みつけた。


「知らねえよ。オイラの親は……燵夜おじさんだけだ」

「その燵夜は、最終的に最も狂ってしまった。自らの欲望に塗れ、不老不死の研究と称して多くの人間を殺した。到底許されることではない」


 体の震えが、増す。

 どうしてこうも皆狂っていくのだろうか。意味がわからない。気持ち悪いくらい不自然で、気持ち悪いくらいわかりやすい。


「運命の被害者、という言葉の意味はね、浄霊院家は皆、〈十二天将〉の掌の上で踊らされている、という意味だ」

「踊らされてる」

「その証拠が、千年前からの予言(・・)に隠されている」


 幾夜はオイラに、浄霊院家の成り立ちと、〈六壬神課(りくじんしんか)の御札〉について話した。浄霊院家はその予言を忠実に実行するため、千年間ずっと〈十二天将〉に利用されているのだという。そして〈十二天将〉は神などではなく、かつて生きていた想術師であった、という事実はオイラにとって受け入れられないものだった。


「すべては予言のとおりなんだ。厳夜の兄弟たちが狂ったのは、〈十二天将〉がそう仕向けたから。想術師協会を作ったのも、燵夜が狂ったのもすべて運命に仕組まれていたことだった」

「ふざけんな……!!」


 オイラは思わず大きな声を出してしまった。


「信じられねえ……あんなに人が死んだんだぞ。それも全部仕組まれてた? じゃあオイラが生かされたのは」

「……賦殱御魂(ふつみたま)

「えっ」

黒いスマホ(・・・・・)のようなものを向けられただろう。あれの所為だ」


 幾夜の目は鋭く天井に向いていた。その目を見ていると、これまでオイラが見てきた幾夜とは別人の目のような気がしてくる。


「だから一つ、頼みがある。どうか、生き残ってくれないか」

「な、何でそんなことを」

「普通に生きて、普通の幸せを見つけてほしい。もう十分だ。だから、お前を監獄から釈放したんだ」

「意味がわからねえよ! オイラにも復讐する権利があるはずだ……! オイラだけ逃げるなんてできねえ!!」

「復讐なんて、するものではない」


 その時、幾夜はオイラをそっと抱きしめる。それは奇しくも、燵夜おじさんがしたのと同じ行動だった。でも―――温かい体温に触れた時、オイラの震えがわずかに治まった。


「私は、この仕組まれた世界を(こわ)す。だから、其許(・・)は……」


 幾夜はオイラを見つめる。ひどく悲し気な顔だった。その顔を見た時、オイラはどうしようもないほど、心の底から悲しみが込み上げて来て、泣いてしまった。


 普通に生きる(・・・・・・)なんて、オイラにできるのだろうか。

 でも、できるのならば、そうしてみたい。

 できるのならば――――――。


「なあ、幾夜」

「何だ」

「一つだけ、頼みがあるんだ」




夜明けな裏話 その⑦

謎の傀具、賦殱御魂(ふつみたま)

黒いスマホのような形をしており、〈法政局〉が想術犯罪者を取り締まる際に使用すると思われる。

スマホのカメラ越しに相手を見ると、保有している傀朧の色、通称傀紋色位(イマジナリーブランド)を計測することができる。

その正体は果たして―――。

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