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Killing the forest for life その①


★ ★ ★ ★ ★


 ――――――呪われた浄霊院家の跡継ぎは、銀色の髪をしているらしい。

 浄霊院真夜(まや)の髪は、母と同じ黒髪だった。才能のない(・・・・・)、浄霊院厳夜の一人娘。


 浄霊院家は呪われている。

 浄霊院家は血塗られた人殺しの一族。

 気持ち悪い。

 あんな家、消えてなくなればいいのに。


 誰かが影で言っていた。幼いころから、幾度となくそんな話を耳にした。

 それは、協会設立時よりトップであり続け、秩序のために多くの想術師を殺した父、厳夜を疎み、蔑み、憎む言葉だった。


 幼いころ、大好きだった母を目の前で殺された。炎を使う、鬼の傀異の姿は今でも夢に出てくる。父親がどれほど恨まれているのか知り、母を殺すに至った想術師協会の暗部を知り、そして何より、己の未熟さを呪った。同情の目を向けられることなどなく、周囲からは因果応報だと言われた。

 悔しくて、悔しくて、怨念に似た感情を想術の稽古にぶつけた。死ぬほど努力をした。 この手で母を殺した者を断罪できるように。もう二度と、あのような悔しい思いはしたくなかったから。


 そんな浄霊院真夜には、唯一の理解者がいた。今は亡き夫の、西浄陽介(さいじょうようすけ)だ。


 陽介とは幼馴染だった。幼いころより一緒に過ごし、苦楽を共にしてきた。とても優しく、太陽のような笑顔の陽介は、真夜の抱えていた闇を照らしてくれた。

 想術の才能はからっきしだったが、いつも頭に紺色の手ぬぐいを巻き、誰よりも働いていた。ひどいお人好しで、理不尽なことがあっても笑顔を絶やさず、誰かのために生きていた。


 だが――――――人を愛し、人のために生きていた夫は、最愛の息子を守って死んだ。


 母も、夫も、目の前から消えた。真夜はまた、大切なものを失った。


 気づけば、煙草を吸うようになっていた。煙に巻き、思い馳せるのは、いつも虚しいことばかり――――――。


 陽介は幸せの在り方を教えてくれた。だからこそ、陽介の思いを無駄にするわけにはいかないと思った。

 一層仕事に打ち込み、家を空けることが多くなった。強さを求めることに余念がなく、〈傀異対策局〉のトップに上り詰めても、煙草の量は減らなかった。


 ――――――いつしか、子どもたちと向き合えなくなってしまった。

 肝心な時に自分は、子どもたちの傍にいない。咲夜も影斗も、苦しんでいた。なのに自分は傍にいられなかった。

 そんな自責の念が、真夜を余計に仕事へ向かわせてしまう。


 そんな折、浄霊院家が襲撃された。何者かによって送り付けられた映像には、ありありと実家が映し出されていた。子どもたちの危機的状況を見た時、真夜の心が張り裂けそうになった。


 もう後悔したくない。絶対に。ならば、自分は過去の過ちにケジメを付けなければならない。

 浄霊院燵夜(たつや)。夫を殺し、影斗を傷つけた男。奴が生きているのならば――――――必ず始末する。そう、決めた。



★ ★ ★ ★ ★



 広い草原で真夜が対峙したのは、夫を殺した男、浄霊院燵夜(たつや)本人だった。邪悪に笑い、こちらを見てくるこの男を直視した時、真夜は殺意で満たされる。


「……随分と余裕じゃないか燵夜(たつや)。お前はこれから死ぬんだよ」

「真夜。私はね、君ともう一度会えて嬉しいんだよ。この高揚は本物だ。僕は生きている(・・・・・)んだよ」


 青白い肌、くすんだ赤色の髪。真夜が知っていたのは、この男の表の顔だけだった。夫、陽介と共に幼馴染だったこの男は、博識で紳士的、人を害するそぶりなど見せたことのない傑物だった。だが今は、本性と共に、生気のない澱んだ瞳が、こちらを見据えている。


「もう二度と、会いたくなかったさ。どういうカラクリだい、燵夜」

「運命だよ。僕は地獄の底から蘇った。恨みを晴らし、今度こそ僕の理想を叶えるためにね……」

「……恨みだと」


 浄霊院燵夜は、赤色の髪を右手でかき上げ、甘く息を吐き出した。真夜は青筋を立て、血走った瞳で燵夜を睨む。


「何寝ぼけたこと言ってんだ手前」


 真夜は手に持った短刀で着物の裾と袖をざっくり切り落とす。短刀を鞘に戻し、懐にしまい込むと、握りしめた拳を構える。


「イザベラ。あんたは影斗を連れて逃げろ」

「……しかし」

「それを、させると思っているのかい?」

「燵夜……あんた、逆にあたしの前でよそ見ができると思ってんのか」

「もちろんさ。目で追えなくとも、君の気配はわかるからねぇ……」


 燵夜はパチンと指を鳴らす。イザベラの足元から数本の鋭い根が出現し、急所を貫こうと伸びてくる。イザベラは花のあしらわれたステッキを振るい、根を叩き割る。その隙に燵夜は、真夜に向かって突進する。


「僕はね、真夜。君が好きだったんだよ!! 子どものころから!」

「知ってたさ。だから狂っちまったんだろ」


 燵夜は右手に持った真鍮製の如雨露を振るい、水のような傀朧を真夜の足元にまき散らす。すると、真夜の足元から刺の生えた茨が伸び、真夜を包み込む。

真夜は足を傀朧で強化し、跳躍して脱出すると、一回転したのち踵を燵夜の後頭部に叩きつける。

 燵夜は寸前のところで首を傾けて躱すと、真夜の足を掴み、イザベラの方へ投げ飛ばす。真夜はすぐ、右手で地面を叩くと跳ね上がり、イザベラとの衝突を回避する。影斗を抱えたイザベラは、ステッキに傀朧を込め、振り向きざまに燵夜に向けて打ち放つ。傀朧が収束し光線となり、燵夜の体を貫通する。


「くっ……鬱陶しい女だ!」


 真夜は光線の間から体を捻って突撃すると、大きく足を振り上げ、燵夜の顔面を蹴り上げるが、燵夜はギリギリのところで受け止め、真夜を睨む。

 受け止められた真夜は体を捻り、腕を振りほどくと床に足を叩きつけ、反動で体勢を立て直す。飛び散る土煙に怯み、背後によろける燵夜の胸倉をつかみ、先ほどのお返しと言わんばかりに投げ飛ばした。


「まだまだァ!!」


 空気を切り裂きながら飛んでいく燵夜の体は、スタジアムと称した周囲の太い木々に叩きつけられて跳ね上がる。真夜は続けて腹に蹴りをくらわせ、芝生の地面に叩き落とす。

燵夜は吐血しながらも、じっと真夜を見続けていた。


「……ああ。真夜、君はこの七年ですっかりと変わってしまったようだ。残念だよ」


 燵夜は立ち上がろうと起き上がるが、そこを狙い、空中から飛来する真夜の拳が叩きこまれる。


「がはっ……」

「何が変わったって?」

「はは、ははは。何も、感じない。君の攻撃には、(しん)がない」


 燵夜はへらりと笑い、くすんだ瞳を大きく見開き、真夜を挑発する。

 真夜は胸倉を掴んで燵夜を立たせ、渾身の膝蹴りを顔面にくらわせる。燵夜の体は回転しながら拉げ、芝生の地面に転がった。


(……何だ。何かがおかしい)


 真夜は感じた疑問を振り払うように、跳躍し、踵落としを決めるが――――――。


「!?」


 木っ端みじんに木片が飛び散るだけだった。


「木で出来た分身だよ。それを蹴り飛ばしたことにさえ気づいていない」

「くっ!」

「よそ見は禁物だと君が言ったよね!?」


 その時、真夜の背後から現れた燵夜の右半身に、再び光線が撃ち込まれる。よろめく燵夜のわき腹に、真夜は蹴りを入れる。弾丸のように飛ばされた体は、地面を抉り、周囲の太い木々に受け止められる形でようやく止まった。


 ――――――おかしい。まるで攻撃が効いていない。


「ねえ、君は知っているのか。どうして私が影斗を欲したのか」


 燵夜の全身はボロボロのはずだった。しかし、ケロッと立ち上がって真夜をじっとりと見つめる。


「何……」

「ほら。わかっちゃいない。だから君の攻撃は弱いんだ。ただ夫が殺された、という事実しか知らないんだね君。つまり、この七年で影斗と碌に会話していないってことじゃないか」

「黙れ!」

「君に、母親の資格はないんだよ」


 真夜は歯を食いしばって燵夜を殴りつける。衝撃が周囲に伝うほど強力な一撃は、また木で出来た人形に当たっていた。


「あの子の素晴らしい特異性(・・・)を、君は何にも理解していない。それに……ククク、アハハハハッ!」


 燵夜は高らかに笑い、真夜を見下すように見つめ、言葉を甘く吐き出した。


「あの子を犯すのは楽しかったなァ……」


 その言葉に、真夜の心が音を立てて崩れ去った。

 ――――――激しい憎悪と絶望が体を突き動かし、絶叫して燵夜に飛び掛かる。


「燵夜ァァァァァァァ!!!!!」

「最ッ高の表情(カオ)をありがとう」


 燵夜はその行動を予見していたように、太い幹を横から叩きつけて真夜を吹き飛ばす。そして倒れる真夜の正面に堂々と立つと、遠くを指さした。


「ほら、怒ってる場合じゃないよ」


 燵夜が指さした方角が真夜の視界に入る。遠くに影斗を抱えて逃げようとするイザベラの姿が見える。イザベラは木で覆いつくされていたスタジアムから脱出しようと、木の間を何とか潜り抜けようとしている。その背後から新たな木が生え、その木の姿が燵夜に変わっていく――――――そのことに、イザベラは気づいていない。


「!!」


 真夜は足に傀朧を込め、凄まじい速度で救出に向かう。

 燵夜は手をかざし、太い蔦を腕から放出すると、イザベラを背後から突き飛ばす。そして、イザベラの手から転がり落ちた影斗に近づいていく。


「真夜。見せてあげよう。これが影斗の特異性だ」

「その子に触るな外道がァァァ!!!」


 手を伸ばした真夜を見てうっとりと笑った燵夜は、影斗の顔を優しく撫でると――――――鋭い根が影斗の全身に突き刺さる。


 どう考えても致命傷だった。ぶらりと浮いた影斗の体から、大量の血が滴り落ちる。


「……ぁぁ」


 真夜は絶望のあまり、その場に力なく座り込んだ。


「アヒャハハハハハハハ!! なんて無様なんだろう!! 君は本当に愚かだね真夜。よく見てみろ!」


 燵夜が指さした先、確実に致命傷を受けた影斗の体は力なく地面に落ちる。

 ――――――影斗が口から血を吐いてむせ返る。ピクリと指を動かし、まるで生き返ったかのように血を吐き続ける。

 真夜は燵夜を押しのけ、影斗の傍に寄り、状態を確認する。

 真夜が見たのは、影斗の体に空いた大穴が、じわじわと再生している光景だった。傀朧が影斗の傷をすべて癒していく。


「再生して……」

「イザベラは、知っていたみたいだけどね」


 瞬く間に傷が塞がり、体が再生した影斗はゆっくりと目を開く。真夜はその顔を見て感極まり、影斗をぎゅっと抱きしめた。


「……だ、れ?」


 影斗が弱弱しく吐き出した言葉を聞き、真夜の瞳から涙が溢れる。

 真夜は影斗を抱きしめ続ける。温かいぬくもりが真夜の肌に伝わり、それが余計に心を締め付けた。


「影斗は朧者(ホーダー)である咲夜の隣にずっといたことで、類いまれなる性質を得たんだ。一言で言えば不死(・・)だ。正確に言えば、その子の体は、傀朧との親和性が異常に高い。人の身でありながら傀異の特性を有していると言える」

「そんな……ッ」

「君は意図的にこの事実を知らされなかったんだよ。不都合に動かれたら困るからね」

「……」

「私はね、影斗の力の一端を我が物とした。七年前にたっぷりと研究できたからねェ……それに、影斗が私を殺して(・・・)くれたおかげで、覚醒したんだ。私こそが、人類の夢である究極の生命体となった!!! だから君たちがいくら攻撃しても私は死なない」


 木の幹に突き飛ばされたイザベラが立ち上がる。わき腹を押さえ、苦しそうな表情で三人の方へ歩み寄る。


「真夜様……申し訳、ありません」


 イザベラは無謀にも、再び影斗を抱えて逃走を試みる。その様子を見た燵夜は腹を抱えて嘲笑った。


「それは無様だよイザベラ。逃げても無駄だ。君如きの力では今の私は止められないし、逃げられない。まあゆっくりと追わせてもらおうかな。真夜を始末した後でね……」


 それを聞いた真夜は、拳を燵夜の顎に叩きつける。顎が完全に破壊された燵夜は宙を舞い、芝生の上を転がった。


「だ~か~ら~無駄なんだって」


 燵夜は、砕けて血まみれになった顎を右手の甲で押さえつけ、口から血を吐き出す。


「状況、わかってる? 親たる資格もない。私を殺せない。おまけに影斗に誰って言われる……クハハハハッ。可哀そうに。生きていても意味ないね、これじゃあ」


 燵夜は余裕の表情を崩さないまま立ち上がり、再び如雨露を振るう。地面から一斉に木の根が出現し、真夜の体を穿っていく。


「引導を渡してあげるのは、私の優しさだよ真夜」


 右肩、わき腹、右足、それぞれ貫通した根の先は、真夜の鮮血で赤く染まっている。


 ――――――痛い。

 痛みで視界がぼやける。

 燵夜が近づいてくる。何か言っているようだが、もう聞こえない。


 ――――――負けた。影斗を守れなかった。夫は、陽介は、影斗を守って死んだというのに。燵夜の言う通り、母親の資格もない。


 真夜のぼやけた視界のピントが、僅かに合う。目に映ったのは、イザベラに抱えられた影斗の姿だった―――――――。


「ごめん……ね」


 燵夜は真夜を見て、邪悪な笑みのまま右手をかざした。




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