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とある信者の独白

★ ★ ★ ★ ★


 ついに、この時が来たのだ。今にも心臓の音が聞こえてきそうなほど、心が昂っている。

 ずっとこの時を待っていた。私がこれまで生きていた意味、それがようやく実を結ぶ。


 ぎいぃと、目の前の大きな扉が軋み、開いていく。温かな光に目がくらみ、思わず顔を顰めてしまった。目の前に広がっているのは広い庭園。丁寧に手入れされた美しい庭には、色とりどりの花が咲き乱れている。アーチにはバラが、噴水のそばには猫が、そして――――――その中央に座っている、優しいまなざしのあのお方(・・・・)


「待っていました。どうぞこちらへ」


 そのお声、立ち姿、すべてを包み込んでくれるような包容力。優しさと希望を体現したようなお方――――――私の緊張と高鳴りが最高潮に達する。


「イザベラ様、その……私」

「女神もお喜びになっていることでしょう。貴方の信心は誠のもの。この献身に必ず女神様は報いてくださいます」


 想術師世界の唯一神であらせられる〈女神〉の代弁者、イザベラ様(・・・・)。イザベラ様は私を優しく抱きしめた。心が洗われるようだった。私の目に、自然と涙が浮かぶ。


「こちらに座って」


 私とイザベラ様は白い椅子に向かい合って座る。グラスに入った冷たい紅茶が置かれていて、イザベラ様は私に、それを飲むよう促された。


「長い間、貴方は女神の教えを学び、そして選ばれました。本当によくがんばりました」

「いえ、今の私があるのはイザベラ様のおかげです」


 私が傀朧神秘教(かいろうしんぴきょう)に救われて十年。とても幸せな時間だった。身寄りがおらず、毎日親戚の叔父から虐待を受けていた私を傀朧神秘教は救ってくれた。居場所を与えてくれた。愛をくれた――――――感謝してもしきれない。

 イザベラ様は、何も知らなかった私に女神の教えを説いてくださった。この世界の成り立ち。人間の在り方、向かうべき道。どうすれば私のように傷つく人々を減らすことができるのか。そのお話はどれをとっても素晴らしいもので、私の心に深く刻まれた。


「イザベラ様。私はこの十年で多くのことを学びました。人間にとって長く、辛い苦しみは終わりのないもののように感じられます。しかし、そうではなかった」


 イザベラ様は、いつもよりも悲しい顔をされていた。私には、それがすごく嬉しいことだった。


誰かのための礎となる(・・・・・・・・・・)ことは、こんなにも素敵なことなのですね」


 イザベラ様はその言葉聞いて、少し俯かれた。思わず感極まってしまった私の頭を、優しく撫でてくださる。


「……女神は仰いました。愛される者は、人を愛することができる者なのだと。だからこそ世界を愛せば、世界も貴方を愛してくれる」

「私は……頑張れるでしょうか」

「ええ、大丈夫」


 イザベラ様は、私に教団のエンブレムを授けてくださった。

 五つの花弁の蒼いお花の形をしている。この花は、女神が最初に名前をお付けになったものだ。イザベラ様はエンブレムを握りしめ、それに傀朧を込める。淡く美しい光を放ち、私を温かく包み込むと、エンブレムは瓦解し、私の中へ溶けていく。


「行って参ります」


 深い感謝を示すために、頭を下げる。ここで共に過ごしたみんなと別れるのは、ちょっぴり寂しかったけど、それは内緒。

 私はイザベラ様に背を向け、踵を返す。


「……どうか貴方に、女神のご加護がありますよう」



★ ★ ★ ★ ★



 飲み干されたグラスの中で、溶けかけの氷が陽の光を浴びて光っている。

 純白のカソックに身を包んだ華ヶ里(かがり)イザベラは、少女を見送ったのち、しばらくの間ぼんやりと庭を見つめていた。


「敬虔な信徒、といったところでしょうか」

「……」

「さっきのお方ですよ。僕から見れば、少々異質に思えまして」

「……異質?」


 イザベラは聞こえてきた声の方へゆっくりと振り返る。建物の柱にもたれかかり、こちらを見つめていたのは、ふんわりとパーマがかった髪に、白いシャツを着ている青年だった。気味の悪いほど優し気な笑みを浮かべ、イザベラの元へ近づいていく。


「いつからいらっしゃったんですか? 序列十位の伝言者様」

「その序列十位は、やめていただきたいですね。壁に耳あり、です」

復楽の花園(・・・・・)にバレたのでしょう?」

「はーい。バレました。だからいられなくなった。でも、もう潮時でしょう」


 青年はため息をつき、先ほど少女が座っていた場所へ腰かける。


浄霊院奏夜(・・・・・)、と呼んでいただけますか。偽名ですけど、結構気に入ってるんです」

「わかりました。では奏夜(かなや)さん、どうしてそのようなお名前になさったんですか」

「昔いたからですよ、本人が。僕は紅夜(・・)とは違って、実際にいる人間にしか擬態できない。擬態、というと嘘ですね。あれは世界そのものを騙す幻術だ。だから僕の擬態とは似て非なるものです」

「紅夜のところにいられなくなったのなら、もう監視はできませんね」

「ええ。でももういいんです。それよりも、〈十二天将〉就任おめでとうございます。会議で何を話されたんですか?」

「浄霊院幾夜(いくや)なる存在が、何をしようとしているのかを正直にお伝えしました。つまり、これから三日以内に再度、浄霊院家を奇襲すると」

「疑われなかったんですか? 仲間じゃないかって」

「疑われていますよ。だからここに戻るまでに何体式神を振り切ったことか。でもご心配なく。厳夜さんを救いたいという目的も話しました」

「へえ……それはいい」


 白いシャツの青年は、イザベラに封筒を渡す。中身を開け、内容を見たイザベラの表情が曇る。温厚な雰囲気は消え、鋭いナイフのような視線を青年に向ける。


「僕はすべて、あのお方(・・・・)のシナリオ通りに動いています。あくまで監視者です。だからこそ、あなたを虐めるのも簡単でいい」

「……ふざけているのか」


 イザベラが机の上に投げ捨てたのは、大量の人物データだった。顔写真付きで、皆顔の下に〈コードネーム〉と題された名前が書かれていた。皆若く、白いシャツを着ていて、名前の下に日付が書かれており、その人間の顔にバツ印がついている。そして青年は、先ほどイザベラと話していた少女をリストから見つけると、その顔にペンでバツを書き込む。

 この人物データが何を意味しているのか、イザベラはよく知っていた。


「ふふっ。ようやく貴方と本音でお話ができそうですね」

「何がおかしいの」

「バカにしている笑いじゃないです。本当に、あなたは優しい方だなって」


 青年は空きグラスを持ち上げ、テーブルの上に氷をこぼすと、熱で溶けかけている氷を指さす。


「この氷と世界は一緒です。溶けるまで時間の問題だ。僕個人としては、どうでもいいんです。世界がどうなろうが、滅ぼうが存続しようが。だからむしろ応援しています。貴方たち〈復楽の花園〉は見ていて面白い」

「今からでも告発しましょうか。紅夜は貴方を生かしておかないでしょうね」

「おっと、でもそれは、あのお方(・・・・)に反する行為ですよ。いいんですか?」


 青年は持っていた白いハンカチで机をふき取ると、イザベラに背を向ける。


「待って。何が目的……」

「そのリストは、差し上げます。〈傀朧管理局〉に見つかれば、大変なことになるリストですから。ああ、目的? 僕は人間が好きなんです。好きで好きでたまらない。だから本当のことを言うと、貴方たちに頑張って欲しい。あのお方は今、調整者(バランサー)に徹している。人が多く死ぬ光景を、あのお方は望んではいない。今あのお方が考えているのは、〈十二天将〉の思惑の先……第二の計画(セカンドプラン)こそ、あのお方の目指すべきところですから」


 イザベラは立ち上がり、青年の肩を叩く。


「待ちなさい。ちゃんと説明して」

「貴方はわからなくてもいい。僕の行動はイレギュラーなんで」


 青年は、チェシャ猫のように無邪気に笑うと、体を丸めて逃げるようにその場を離れた。


「さようなら。もう会うことはないでしょう。ニセモノの(・・・・・)イザベラさん」





夜明けな裏話 その②

傀朧神秘教は、古来より想術師世界に存在する傀朧を信仰する宗教です。

唯一神である〈女神〉が人間に傀朧をもたらし、その傀朧が今後世界にどう影響するのかについて教えを説いています。教えの基本は、人間としてどうあるべきか、という世界中の宗教と似通った教えですが、終末思想と信者が向かうべき道については、独特の教えとなっています。

表向きはオカルト宗教扱いされていますが、人助け等の人道支援に深く関わっており、隠れ信者や出資者が非常に多いです。

ちなみに、この回は情報量が異常に多いです(申し訳ありません)

のちのち意味がわかってきます。さて、あの少女はどうなってしまったのでしょうか。

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