十二天将会議
※更新
ここまで読んでいただいた方々に深くお礼申し上げます。
前回投稿してから一年経ってしまいました……。
ここまで読んでいただいていた方々に深くお詫び申し上げます。
色々な心境の変化や別作品の執筆を通して、これまでとは違い、鮮明に本作の世界を確立させることが自分の中でできました。そのため、これまで投稿していた三章をすべて訂正し、新たに書き上げました。よって、大変身勝手ですが二章までとは多少の矛盾が生じている可能性が高いです。そうなったら、温かく見守っていただけますと幸いです。
これからは完結に向けて走っていきたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。
浄霊院幾夜による浄霊院家襲撃から三日。この前代未聞の事件は多くの被害者を出し、想術師協会会長である厳夜を負傷させたとして協会内部に激震が奔っていた。
襲撃の様子は、偵察用式神による中継映像という形で想術師協会最高幹部たち―――通称、〈十二天将〉と呼ばれる十二人の幹部たちに届く。鬼の傀異、酔骷による子どもたちの惨殺から浄霊院幾夜による特上傀具、造ノ箱の奪取、そして厳夜の戦い――――――内容は不自然なほど細かいところまで映し出されていた。
その映像を見た幹部たちは、各々の思惑を抱えることとなる。彼らは、当代一の実力を持っている想術師の中から選ばれる。圧倒的な発言力と実力によって、想術師協会を背負う存在だが、一癖も二癖もある厄介者が多い。
明朝、〈十二天将〉たちによる緊急会合が、想術師協会最奥にある陰陽堂で開かれることとなった。陰陽堂の中央、円卓の席の中心に置かれた誰も座らぬ席、桔梗傀紋。その席に深く腰掛けている男は、開始の一時間前からここに来ていた。イライラを隠せない様子で小さく舌打ちをした男は体格が良く、スキンヘッドに太い眉、縦縞が入ったエンジ色のスーツに黄金のネクタイ――――――その風貌は、どう見ても堅気ではない。
その時、陰陽堂の両開き扉が、軋みながら開いていく。
「オウ。えらい遅かったやないか、天冠ハン。あんた副会長やろ? 真っ先に来んとあかんのとちゃうんか」
「確認作業に追われていましてね。しかし、誰がそこに座ることを許可しましたか。慎んでください楠野さん」
陰陽堂に入ってきたのは白髪交じりの髪をオールバックにし、清楚な黒色のスーツに身を包んだ男だった。縁のない細いメガネを、中指でクイッと上げ、楠野を睨みつける。その後ろに続いて入ってきたのは、同じく黒いスーツを着た細身で褐色肌の若い女性だ。
「しもたのう。お前らが遅すぎて席間違えてもたわ」
「くだらん。わかっていて座ったのだろう。いい加減、処罰の対象にするぞ楠野第五部長」
ちくりと男に苦言を呈した褐色肌の女性は、法政局長を務める副島美咲。彼女は素早い足取りで自席に向かい、黒い手袋を外して机に投げると、汚いものを見るような目で楠野を一瞥する。
「お前まだ〈十二天将〉におったんか副島ァ。影が薄ぅてぜんぜん気づかんかったわ」
「そうか。なら眼科にかかると良い」
二人からピリピリと殺気が放たれ一触即発の中、副会長の天冠は冷静に二人の間に割って入る。
「陰陽堂の中で想術を使うことはできません。当然暴力もね」
「ゲロ女が」
「権力欲の豚ゴリラめ」
楠野は渋々、定位置の自席に座り直す。その時、二人から対角線に離れた席から、誰かが転がり落ちる音が聞こえた。
「!?」
「ん……にゃー。あれ? 会議、もう始まってるの」
ほんのり赤い顔で、にっこりと口角を上げて三人を見たのは、ボサボサの髪を後ろで束ねた中年の男だった。派手なピンクのアロハシャツの上から黒いジャケットを羽織り、サンダルを履いている姿は、この場に相応しくない風体である。彼は眠そうに大きなあくびをしてから再び机に突っ伏すと、寝息を立て始める。
「修臣さん……また酒を飲んでここに来たんですか?」
「やー。美咲ちゃん。相変わらずお胸が大きいねー」
副島は胸に伸びる腕を間一髪躱すと――――――。
「ぎゃん」
左頬を思いっきり叩いて男を吹っ飛ばす。一回転してから椅子ごと傍に崩れ落ちた男は、うるうると悲しそうな目で副島を見る。
「……相変わらずやのォ、御影叉刃守修臣」
楠野はその様子をまじまじと見つめ、訝し気に腕を組む。
(このワシが座ってることに気づかんかったやと? ふざけたおっさんやでほんま)
「ごほん。いいですかお二人とも。席に着いて。ああ、殴った件は不問にします」
「つい本気で叩いてしまいました」
「傀朧込めるのはなしだよ美咲ちゃん……」
天冠も自席につくと、肘杖をついて両手を組む。
「参加される方は以上です。会議を始めます」
「なんやて? たったの四人? ほんま責任感のない奴らばっかやな。〈十二天将〉の称号が霞むわ」
「他の皆さんはきっちり、欠席の連絡をいただいています。業務もありますし、急な収集でしたから仕方がないかと」
「ハッ! 罷免したれ! そんな奴らに〈十二天将〉任せられるかいな」
「……それについては少し同感だ。会長がこのようなことになったのに」
天冠は不満げな二人を制すように、顔色一つ変えずに告げる。
「様子見ですよ」
「は?」
「先ほど、浄霊院厳夜想術師協会会長の処分が、上位組織である〈傀異管理委員会〉より通告されました。会長職の解任、および〈十二天将〉からの罷免となります」
「へえ……早いね。まだ事件から三日でしょ?」
「この緊急事態に、浄霊院側はどう動くのか。それに、新たな会長は誰にすべきなのか。様々な課題が山積しています」
「それがなんやねん」
楠野はイライラを滲ませ、机を殴打する。
「さっさと決めればええやろが。選挙。選挙すんねやろ? それが規定や。あのジジイがおったからしたこと一回もないけどなァ」
「はい。ですがすぐに、とはいきません」
天冠は楠野を見据え、低い声で告げる。
「トップの座に就くために手段を択ばない者が、楠野さんの他にいる可能性がある」
それを聞いた二人は閉口する。
「ちょっといいかな副会長~」
「どうぞ」
よっこらせ、といいたそうな緩慢な挙動で立ちあがった御影は、三人を見渡してにっこりと笑う。
「僕たちは全員、あの映像を見たよね?」
「式神からの中継映像……とされるモノですね」
「そ。びっくりしちゃったよ。隅から隅まではっきりと映し出されてた。まるでカメラを事前に仕込んでいたみたいに」
「ちょぉ待てや。ワシはあの映像がほんまやとは断定してへんで。偽造の可能性があるやろ」
「楠野部長の言う通り、当然偽造の可能性はある。だけど、薄々気づいているだろみんな。あの映像は本物だ。そもそも偽造するメリットが無い。さっき言った、トップの座を狙っている可能性がある者にとって、この映像は邪魔でしかない。なぜなら、どう考えても厳夜さんは悪くないよね? だって、この襲撃者が全面的に悪いじゃないか」
御影は笑みを崩さないまま、静かに副島に告げる。
「ねえ法政局長。どうして罷免になったと思う?」
「……それは機密事項です」
御影は目を細めて副島を見る。その圧に、副島は目を背けてしまった。御影はその行動を予見していたかのように再びヘラりと笑う。
「だったら、一連の騒動について整理できるよね」
次に、御影は天冠の方を向く。
「はい。会長も、その輩に踊らされている可能性がある、ということです」
「まどっろこしいわ。つまり、何が言いたいねん。厳夜はクビ! それでええやないか。あのジジイ、はよ隠居させェや」
副島はジャケットの懐から写真を撮り出し、一同に見せる。その写真はひどくピンボケしており、かろうじて白いスーツ姿の青年と思しき人影が写っているだけだった。
「浄霊院幾夜。我々の認識の外にいる謎の存在です。ここにいる我々の誰も知らず、また誰も認識すらしたことがない存在」
「……ああそうだ。〈情報統制局〉のデータベースにもヒットする存在はいなかった」
「誰やねん」
「遠くからだが、撮れた写真はそれだけだ。何度もチャレンジしたが、すべてボケる」
「うん。まず一つ目の課題はさ、この幾夜君っていうのが何者なのかだね」
天冠は頷くと、緊張感のある面持ちで続ける。
「想術師法令第二条、一項の規定により、しばらくの間私が会長職を代行します。その間に、この一連の事件の真相解明を進めよ、というのが、〈傀異管理委員会〉からの通達です。選挙はそれからになります」
「それがいいと思うねぇ。もしかしたらこの一連の事態を扇動しているのは……僕たちの中にいるかもしれない」
その御影の発言に、一同の緊張感が高まる。
「ま、そうだったら楽なんだけど。さて二つ目の課題は、この映像を送りつけてきたのは誰か、ということだね」
「幾夜とかいう奴とちゃうんか」
「ううん。それだとメリットが無い。わざわざ厳夜さんがピンチの映像を僕らに見せて、何の得があるの?」
「確かにな……」
「そこで考えるのは、〈法政局〉の出方だ。〈法政局〉は基本的にブラックボックスだけど、美咲ちゃんは〈傀異管理委員会〉からの指示で今回、会長を罷免したんだよね?」
「おいゲロ女。さっさと言えや。誰やねん」
「機密事項だ。何があっても言う訳にはいかん」
「命令、ではありません。仕方がなく、というところです」
副島を庇うように、天冠が口をはさむ。天冠はポケットから黒いスマホを取り出すと、机の上にごとりと置いた。
「これで、お分かりですね? 会長を罷免しなければならない理由、です」
「待ってよ。それって」
その時、再び陰陽堂の扉が開かれる――――――。
皆一斉に扉の方を向き、入ってきた人物を見た副島は目を開き、楠野は歯ぎしりした。
「お話は聞かせていただきました。この事態の打開……私にお任せいただけないでしょうか」
「……華ヶ里イザベラ」
「ほう……こいつが噂の聖女、ってか? ハッ!」
クリーム色の長髪、五つの花弁を持つ花があしらわれた首飾りをかけ、純白のカソックに身を包んだ優し気な雰囲気の女性が、陰陽堂に入って来る。
女性は青い花弁があしらわれた首飾りを揺らし、円卓の前に堂々と立った。
「このたび〈十二天将〉を拝命しました。名は華ヶ里イザベラ。傀朧神秘教の教主です」
イザベラと名乗る女性は丁寧でお淑やかだった。挙動一つ一つが洗練されている女性とは対照的に、四人の表情は険しいものだった。腕を組み、押し黙り、何も言わなくなった四人を前に、イザベラは淡々と続ける。
「私は、皆さまがお知りになりたい情報を知っている。当然それを提供します。浄霊院幾夜。彼が何者で、何をしようとしているのかについて……お知りになりたくはないですか?」
「はあ‶!? どういうこっちゃ! なめとんかゴルァ!!」
楠野は青筋を立て、机を拳で殴打すると立ち上がる。イザベラの胸倉をつかもうといきり立つ楠野を、天冠が制止する。
「こいつが〈十二天将〉やと!? 認められるわけないやろが!! こいつは、えげつないオカルト宗教の教主や! 裏で人を洗脳しとるってもっぱらの噂やで!!」
そう言われたイザベラは、冷ややかな視線を楠野に向ける。
「華ヶ里イザベラ。〈法政局〉は当然、貴様ら傀朧神秘教に対し、警戒態勢を取っている。そんな団体を率いている貴様の言葉を、易々と信じると思うか?」
「ごもっともですね副島局長。ですが今回、厳夜前会長の後釜に、私は選出された。それに〈傀異管理委員会〉も、それを後押ししている。その意味、貴方ならお分かりでしょう」
「……」
華ヶ里はいきり立つ楠野に接近し、耳元で小さく吐き捨てる。
「そして楠野さん。さっきの言葉、貴方には言われたくはありません。お薬の密売はさぞかし儲かるでしょう。女神の名のもとに、きっと貴方には天罰が下る」
「……ッ……ク、クククククッ!!」
その言葉を聞いた楠野は、ゆっくりと口元を歪ませくつくつと笑い始める。そして腹を抱えて大きな声を出すと、自席に深く腰掛けた。
「ええやろ。生意気な女は嫌いじゃないで。なら、教えてもらおか。浄霊院幾夜について」
「わかりました」
純白のカソックを翻し、円卓の中央に立ったイザベラは、四人に向けて語り始める。
「私たちが信仰する、傀朧経典に書かれた終末は、間もなく訪れます。浄霊院幾夜は、その中心で暗躍しているのです」
語り始めたイザベラに最も懐疑的なのは、御影だった。
(シナリオが出来すぎている。こりゃ、早くしないとまずいことになるかもね)
夜明けな裏話のコーナー①
想術師協会は体裁上、準公務員の扱いです。独立行政法人が一番近しいですね。なので、それを管理監督するため、国が設置する上位組織〈傀異管理委員会〉の統制を受けることになります。徒党を組めば国家に反乱を起こすことも可能なので、厳密に統制されている、はずなのですが……。




