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赫の意志


 突如現れた鐡夜を見て、宙は警戒感を露わにする。


「どういう風の吹き回し?」

「さあな。知らねーけど、多分」


 鐡夜は、殺意むき出しで風牙を睨みつける。そしてゆっくりと、腰に差した刀に手をかける。


「漢の決闘ってやつじゃね!」

「はあ?」


 風牙はなぜか、楽しそうにニカッと笑う。宙は苦い顔で二人を交互に見遣り、大きなため息を吐く。


「男の子ってバカばっか」


 宙は階段に向かっていく。


「気を付けろよ少年」

「そっちもな」


 宙が階段を駆け下りて行くのを見送ると、風牙は鐡夜を睨み返す。


「ずっと気になってたんだけどよ。なんでお前俺のことそんなに嫌ってんだ? 俺は嫌われることした覚えねーぞ」


 風牙の問いかけに、鐡夜の表情が曇る。


「……テメエがこの屋敷に来ることが、全ての始まりなんだよ」

「意味わかんねー。なんでてめえが、俺が浄霊院家に来ること知ってんだ?」


 鐡夜は風牙の問いかけに答えることなく、じりじりと風牙に近づく。


「テメエさえ来なきゃ、始まらなかったんだ。なのに……テメエが来たから!」

「だから意味わかんねえって」


 その時、風牙は鐡夜の背後から人の気配を感じた。


「じゃあオイラが代わりに教えてやるよ」


 その声の方へ、二人は視線を向ける。森の中から現れたのは、顔の右半分に鉄仮面をつけた小柄の男だった。髪は白髪交じりだが、年老いている雰囲気は感じない。男は風牙を見てニヤリと笑っている。


鐡夜(ソイツ)はな、オイラたちの仲間なんだ。功刀風牙、オマエの命と屋敷にいるどうしようもないガキ共の命を、天秤にかけたのさ」

衝夜(しょうや)……! テメエ、何しに来やがった」


 鐡夜はピリピリとした敵意を衝夜に見せる。そんな鐡夜の肩を、衝夜は挑発するように叩く。


「触んじゃねえ!!」

「そういきり立つなって。そういうところだろてっちゃん(・・・・・)。オイラたちは、友だちなんだからさ」


 耳元でねっとりと言う衝夜の言い方が気に入らない鐡夜は、拳を振り上げる。


「黙ってろクソ野郎!」

「お前も同じ穴のムジナだろ」


 衝夜は冷たく言い放ち、風牙の方へ向き直る。


「わかんねえことだらけだよな、功刀風牙。せっかくだし教えてやるよ。何が聞きたい」

「何だてめえ」

「オイラたちの計画の歯車ごときに、わざわざ教えてやろうってんだ。感謝しろ」

「なんかムカつくなてめえ」


 風牙は問答無用に殴りかかろうと、身構える。それを見た衝夜は、鐡夜の背後に立つ。


「おいおい。お前が戦うべきはオイラじゃない。鐡夜だぜ? だってこいつは」


 鐡夜は、言いかけた衝夜の体を斬りつけようと、刀を素早く抜いて斬りかかる。

 しかし、衝夜は刀を見るそぶりすらせず、体に迫る刃を簡単に素手で受け止めた。そしてそのまま続ける。


「ガキ共が助かるんだったら、お前も咲夜も厳夜も、それ以外の人間は死んでもいいんだってさ。笑えるだろ?」

「て、テメエ……!」

「おい。誰に攻撃しようとしてんだよ。あ? お前が西浄影斗の顔に貼り付けたやつ。アレのせいでみんな死ぬっつってんだよ」

「……騙したな」


鐡夜の顔が青ざめる。


「やっぱりそうか。テメエ言ったよな。アレを付ければ、幾夜の想術を無効化することができるって。でも嘘だった。だってあいつにアレを付けた時……!!」


 ――――――禍々しい、どす黒い傀朧だった。何の概念かどうかさえ分からない。思い出すだけでゾッとする。

 だが、衝夜の言葉を聞くまでは、心のどこかで衝夜の言ったことが本当であって欲しいと淡い期待を抱いていた。


「さて、功刀風牙。オイラたちからも見放され、厳夜を裏切ったどっちつかずの役立たずは、お前を殺そうとしてる。さて、どうする?」


 風牙に問いかけた衝夜の目は、すでに鐡夜に対する興味を失っているようだった。衝夜は風牙に近づき、挑発するようにニヤニヤと笑っている。

 風牙は、鐡夜の顔を見据えたまま近づく衝夜を殴り飛ばす。


「勝手に俺の知らねー話すんな!」


 衝夜は派手に吹き飛び、地面を転がる。


「もうわかんねーから、さっさとかかってこいよ」


 風牙は鐡夜を見つめる。


「お前、俺と戦いたいからここにいんだろ? 違うのか」


 風牙のまっすぐな瞳を見つめ返した鐡夜は、僅かに口角を上げた。


「……へっ。言うじゃねえか」


 鐡夜は、風牙の体に刀の切っ先を向ける。傀朧を纏わせた刀が、赫く熱を持つ。


「気に入らねえ奴は!」

『ぶっ飛ばす』


 拳と刀――――――互いの武器(思い)に力を乗せ、火花と共にぶつけあう。


 その様子を見た衝夜は、頬を押さえて立ち上がる。


「そうそう……潰し合えばいいんだよ」


 怪しげな笑みを浮かべたまま、草むらに溶け込むように身を隠す。


※ ※ ※ ※ ※




 赤い火花は、涙に似ている。


 奴の拳と、オレの刀がぶつかるたびに、オレの中にある鬱陶しいシガラミとか、醜い感情とか、そんなもんが涙に変わってまき散らされているような気がした。

 衝夜が嘘をついていることも、本当はわかってた。影斗を心の奥では恨んでなどいないことも、わかってた。でも、そうせずには(・・・・・・)いられなかった。

 オレの心は、自分の実力を認めたくないだけのガキのようだ。だから衝夜に、「お前だけがみんなを救える」って言われた時、心が乱れた。

 力が欲しかった。兄ちゃんをびっくりさせる力や、クソ親父に認めてもらえる力が欲しかった。だから、影斗を勝手に恨んだ。兄ちゃんも、クソ親父も、あいつばかり見ていたから。

 ――――――あいつばっかり。

 悔しかった。嫉妬した。


 だから、せめて想術が使えない屋敷の同世代を、守りたかったんだ。


「うおおおおおおっ!」


 ――――――殴られる。殴られる。

 また、殴られる。

 何度吹っ飛ばされたか。だんだん記憶が飛び始めた。


 まだだ――――――まだ、オレの罪は消えねえ。

 もっと、もっと、もっと。


「そんなもんじゃねえだろ鐡夜」


 風牙、もっとオレを殴れ。

 ヒーロー(お前)の手で、愚か者(オレ)を倒せ。それが、オレの贖罪になるなら――――――。


「俺を倒すんだろ? そんなんで倒せんのかよ」


 違う。お前を倒したいんじゃねえ。弱い己を殺したいんだ。

 そう、言いかけた時、オレはオレの心の矛盾に気づいた。


 ――――――また、自分のことしか考えていない。


「ははっ……当たり前だろうがよ。ぶっ殺してやるぜェ」


 そうだ。気に入らねえんだ。いきなり屋敷にやってきて、みんなの注目を浴びて、いい気になって。影斗と同じじゃねえか。だから、気に入らなかったのか。


 下らねえ。

 口の中の血を吐き、顔を手の甲で擦る。

 まだ眠るわけにはいかねえ。オレのバカげた罪を清算するためには――――――。


「燃え上がれ……鍛鋼靭殺カヌチ!!」


 本気で、てめえを倒してやるよ。風牙――――――!!



※ ※ ※ ※ ※



 真っ向勝負だった。

 傀朧で強化した風牙の拳と、真っ赤に燃え上がる鐡夜の刀が、激しくぶつかり合う。力は拮抗し、お互い火花を散らしながら衝撃で体を引く。そしてまた、打ち合う。その繰り返しの中、勝負の流れが風牙に傾いた。


 それは戦いにおける練度の違いだった。刀のリーチを掻い潜り、ボディや顔面に小さくパンチを当てていく。懐に入られると刀のリーチが発揮できない。リーチを戻すためにじりじりと後退したことが、攻撃と防御という明確な役割を両者に与えるきっかけとなった。


 勝負開始からどれだけ時間が経ったのだろう。消耗した両者は距離を保ったまま動けなくなる。

 風牙の拳は真っ赤に焼けただれ、鐡夜の顔面ははれ上がり、お互いに消耗していた。

 二人の荒い息遣いが二重奏を奏でる。そして――――――鐡夜の体が崩れ、地面に倒れる。最後に立っていたのは風牙だった。


「鐡夜」


 息を吐き出し、相手の名前を呼んだ風牙も、地面に膝をつく。


「てめえの意志は受け取ったぜ。これで、恨みっこなしな」


 草臥れたように笑う風牙の顔が、意識を失う寸前の鐡夜の目に入る。


「……風牙」

「なんだ?」

「わりいな」

「はあ? なんで謝るんだよ」


 風牙の笑みが深まる。それを見て心底ほっとしたのか、鐡夜は目をつむる。


「はい、終わり」


 その時、倒れた鐡夜の上に、衝夜が現れる。ひどくつまらなさそうな顔で鐡夜を覗き込むと、持っていた面を鐡夜の顔につける。


「!!!」

「ほんんんんと、哀れだなてっちゃん。家族に捨てられ、才ある者に嫉妬として、大切なもの裏切って、それで負ける。そんなお前だからこそ、幾夜はお前を誘ったんだよ。呪われた浄霊院家の境遇と重ねてさ。なのに」


 面から、どす黒い傀朧が噴出する。それが鐡夜の頭を覆いつくすと、鐡夜は苦しみ始める。


「てめえ! 何しやがった!」

「引導を渡してやったんだよ。最後くらい、オイラたちの役に立てるようにな」


 傀朧が鐡夜の体を覆いつくすと、鐡夜の体が真っ赤に変容していく。立ち上がり、風牙の方を見るその姿は、赤鬼という言葉が相応しい。


「んじゃ、せいぜい功刀風牙を追い詰めろ。じゃーなてっちゃん(・・・・・)


 衝夜は鐡夜を突き放すように、風牙の方へ体を突き飛ばす。鐡夜は、叫び声をあげながら風牙に突進する。


「ガアアアアアアアッ!!」


 風牙の反応が遅れる。先の戦いでの消耗と、何が起きたのか飲み込めていない動揺が、風牙の足を固まらせてしまう。

 突進を受けた風牙の体は吹き飛び、地面を何度も殴打しながら森を破壊していく。

 鐡夜はそれを追いかけ、飛び上がると、足で風牙を踏みつけようとする。それを何とか躱し、風牙は体勢を立て直す。


「くっそ……鐡夜! 目ぇ覚ませ!!」


 風牙の声はまったく届いていない。鐡夜は唸り声をあげ、風牙に殴りかかる。

 完全な暴走状態だった。見た目だけではなく、力も精神も鬼に変容してしまうような、そんな感じがする。

 鐡夜の体を覆う傀朧が、風牙に当たるたびに衝撃を生む。再び飛ばされた風牙の意識が一瞬飛びそうになる。


(やべえ……このままじゃ)


 風牙はこの状況になっても反撃を考えなかった。先ほどのケンカの傷は浅くはない。これ以上鐡夜を傷つけるわけにはいかない。


 赤い鬼は、風牙の胸倉をつかみ、ぶんぶん振り回す。そして岩に向かって投げつける。


 ずしん、ずしん、と一歩ずつ瀕死の風牙に向かっていく。次の一撃で風牙は、確実に死ぬ。

 拳を振り上げ、とどめを刺そうとした時、風牙は最後の力でそれを避け、鐡夜の顔に張り付いた面を殴りつける。

 これが元凶ならば、これを外せば何とかなるかもしれない。

 しかし、面が外れることはなかった。


「グ、ガアアアアアッ」


(クソっ。だめだ)


 最後の望みを絶たれ、敗北を直感する。空中に投げ出された風牙の体は、受け身を取る余裕もない。何より、追撃されれば終わりだ。


 しかし、鐡夜は顔を押さえて苦しみ始める。


「グ、ガ、フウ、ガ」


 鐡夜は風牙の足をつかみ、軽く草むらに投げつける。柔らかい地面に着地し、難を逃れる。


「鐡夜!」


 風牙は大きな声で呼びかける。

 その呼びかけに呼応するように、鐡夜の手が面に伸びる。


「フザ、ケンナアアアアアッ!!」


 鐡夜は、苦しみながら面を強引に剥がし取った。

 鐡夜が身に纏っていた邪悪な傀朧が霧散して消える。そして、支配から解放されたボロボロの鐡夜は、地面に倒れた。


 風牙は慌てて、鐡夜の体を支える。


「お前……自分で」

「……へっ。負けるかってんだ……」


 どれだけ自分を卑下しても、絶対に譲れないものがある。

 ――――――自分に負けること。それだけは死んでもしない。

 ニヤリと笑った鐡夜の表情は、どこか清々しかった。


 これで、ようやく風牙に言いたかったことを面と向かって言える。

 鐡夜は、まごつきながら、ゆっくりと口を開いて告げる。


「……悪かったな」


 それを聞いた風牙は、首を横に振った。


「それ言うの、俺じゃねえな」

「……そうだな」


 そう言って、鐡夜は目をつむる。


 風牙は鐡夜を背負い、地蔵堂まで戻ろうと歩き始める。


 刹那。

 風牙の背後、本邸の方で激しい爆発音が響き渡った。


「な……」


 激しい炎の臭い。風牙が心底忌み嫌う、全てが焼ける臭いだ。

 風牙の背後で本邸が燃えていた。


「また……なんで……」


 狼狽える風牙の背中で、鐡夜が小さく舌打ちをする。


「……行けよ」

「でもお前を治療しねえと」

「いい。オレをここに置いてとっとと行け」


 冷たく突き放すような鐡夜の声に、風牙は突き動かされる。

 鐡夜を茂みに置いた風牙は、ちらちらと振り返りながら本邸へ走り出す。


 鐡夜のことが気がかりだったが、炎の臭いが風牙の意識を現実へ引っ張る。

 嫌な予感が満ちていた。もう二度と味わいたくない、大切なものが消えるあの感覚がよぎる。


「……頼む。間に合ってくれ!」


 風牙の背中を見送った鐡夜は、大きく息を吐いて再び目をつむる。


「……頼むぜ風牙(ヒーロー)


 裏切り――――――。

 奴らに情報を漏らしておいて、風牙に託すのはおかしな話か。


 祈りと、嘲笑。

 鐡夜は意識を失う前に、情けない自分を心の底から嗤った。




てっちゃん回でした。

ダサいけど、ちょっとだけかっこよく見えるのが、てっちゃんのおもろいところですね。

夜明け屈指の人間臭いキャラかなぁと思っております。

燃え上がれ……鍛鋼靭殺カヌチは、始解っぽくて気に入っています。

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― 新着の感想 ―
[良い点] てっちゃん、あんた、本当に不器用な男だよ……ッ! もうちょっと頭を柔らかく、できたら、もっと違う未来が……ッ! (´;Д;`)
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