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四月二十七日―再会

さてさて、終わりの始まりの始まり始まり~



 深夜、誰もいない洋館の中を音もなく動く影があった。

 廊下を闊歩し、手当たり次第に部屋に入っては何かを調べ、部屋の外に出る。ポケットに鍵束を入れているようで、開かなかった扉は解錠して中に入る。影は、風のように素早く、すり抜けるように存在感なく、次々と部屋を物色していく。


 影はやがて、ある部屋の前でぴたりと立ち止まる。

 咲夜の部屋―――咲夜が夜桜庵から出たのち、住み始めた部屋だった。隣には厳夜の執務室がある。ドアノブに手をかけると、鍵がかかっている。

 影は鍵束からこの部屋の鍵を見つけ出し、ゆっくりと鍵穴に入れ、慎重に回す。


 ガチャリ。


 ゆっくりと扉が開き、中に入る。奥の窓際に、咲夜が寝ているベッドがある。慎重に歩み寄り、手を伸ばす。布団を握り、一気に布団を剥がし取る――――――。


 パチ。


「こんな深夜に何をしているの? ここは咲夜様のお部屋よ、浄内ヒカル(・・・・・)


 明々とついた光の下、部屋の入口へ振り返ったヒカルは、ぱあっと明るく笑う。


「咲夜様が最近、夜にこっそり外に出てるらしくて……厳夜様から様子を見てくれって頼まれたんです。ごめんなさい」


 部屋の電気をつけた家政婦長のトシミは、ふてぶてしい顔のままヒカルを見ている。


「それよりも、どうしてトシミさんがこんな夜中に?」

「貴方と同じ理由です。まったく、どうして旦那様は貴方に頼んだのかしら」

「へへ……」


 顔色を全く変えず、ピリピリとしているトシミに、ヒカルは苦笑いする。


「どんな理由があれ、あなたたち子どもが深夜に自室を抜け出すのはルール違反。わかってる? 後は大人に任せて寝なさい」

「はーい」


 ヒカルはそそくさとトシミの横を通り、自室に帰ろうとする。

 その時、トシミが耳元でぼそりと呟く。


「鍵はきちんと返却しなさい。そして明日、ペナルティとして洋館の掃除を隅々までやるように。日中、洋館から出てはいけません。何かあったら、地下倉庫まで。そこで私が作業しているから」


 ヒカルは少し驚いた顔の後、返事をする。


「了解です。隅々までやりますね」


 パチ。

 再び部屋の電気が消え、部屋が暗闇に包まれる。



※ ※ ※ ※ ※


四月二十七日、朝


 厳夜は執務室で、荷物をビジネスバックに詰めていた。約束の時間まであと一時間しかない。はやる気持ちと緊張感が前日から消えなかった。もし、今回の一連の出来事を仕切っているのが幾夜(いくや)だったとして、一人で実行できるとは思えない。おそらく、裏で巨大な勢力が潜んでいる。

 早く問いただしたい気持ちと、どこかで勘違いで会って欲しいと願う気持ちがせめぎ合う。こんなにも落ち着かないのは久しぶりだった。


「さて……行くか」


 厳夜は誰にも会わないように、洋館の裏口から外に出る。


「厳夜さん」

(ヒロ)か」


 木にもたれかかる様にして厳夜を待っていた宙は、浮かない顔で厳夜を見る。


「大丈夫? 眠れた?」

「ああ。それよりも、もし私が昼までに帰らなければ、何かあったと思ってくれ」

「わかりました」


 厳夜は精一杯できる笑顔で、宙を安心させようとする。その顔を見た宙は、やはり浮かない顔のままだった。

 厳夜の背中を見ていると、なぜだかもう二度と戻って来ない気がした。そんな人間を見送るような雰囲気に嫌気がさす。

 宙は自分の頬を思いっきりひっぱたくと、力強い声で言う。


「行ってらっしゃい。帰ってくるのを待ってますから」

「ああ。行ってくる」


 宙は一瞬で消えていなくなる厳夜を見送り、ため息を吐いた。



※ ※ ※ ※ ※


 京都市内のどこか。

 想術師協会本部は古来より、一般人が入れないよう綿密に術をかけ、その存在を隠匿してきた。入るには、傀朧を視認でき、かつ協会が発行する入館証か想術師免許証が必要である。

 厳夜は京都市内が一望できる山中にいる。そこが想術師協会本部の表口である。平安京において、鬼門とされる北東の方角よりもやや東。誰も立ち入らないこの場所は、一見すれば何もない(・・・・)山中である。

 京都市内には、こうした想術師協会本部への秘密の入り口が至る所に存在していた。


 厳夜は山を登っていく。一般人から見れば、スーツ姿で何もない獣道を進むおかしな人に見えるかもしれない。しかし、認識を阻害する想術を常にかけることが可能なので、堂々と山を登る。

 ピリッと肌に傀朧が当たる感覚――――――厳夜は幾重にも重なった薄い結界を通り抜ける。それぞれ感知用、認識用、照合用と役割の違う結界で、ハイテクな科学技術のセキュリティよりも、よっぽど侵入者を排除することが容易である。

 しばらく進むと、木々に囲まれた小さな祠が見えてくる。その祠に懐から取り出した免許証をかざすと、視界が一気に変化する。

 提灯が等間隔で並ぶ長い階段。その奥は木造の古びた庁舎へと続いている。この建物は、一号館と呼ばれ、想術師協会の事務や庶務を司る総務部の職場である。

 階段の左側斜面の上には、一際大きな庁舎がある。こちらは鉄筋コンクリートでできており、最も多くの人数が所属している花形、傀異対策局の職場だ。傀異対策局は、全部で一から十までの部局があり、京都から畿内全域を管轄とする第一部は、傀異対策局の本局を兼任している。


 その庁舎の奥には、さらに二つの大きな建物があるが、厳夜は正面の一番古い庁舎へと向かい、建物を素通りして奥へ進む。この一号館には、会長や副会長が仕事をする部屋もあり、厳夜は普段ここに出勤しているのだが、今回向かうのは、この一号館のさらに奥、“陰陽堂(いんようどう)”と呼ばれる場所だった。

 見た目は正倉院のような造りで、厳かな雰囲気を醸し出している。その要因は、陰陽堂を囲むようにして展開されている厚い結界のせいだった。勘のいい一般人にも平気で視認できるほど、凝縮された傀朧で出来ている。この結界は、協会内部の選ばれた人間―――主に十二天将しか中に入ることを許さない。それ以外の人間が入ろうとすると、たちまち核爆弾でも傷一つ付かない強固な壁となって、侵入者を阻む。


(なぜここを指定してきた。十二天将でない幾夜は、ここに入ることなどできん)


 厳夜は結界をすり抜けると、陰陽堂の中へ入る。大きな扉を開けると広がっている長い廊下は、歩くたびにギシギシと音を立てる。途中、地下へと続く階段があったが、それを無視し、ひたすら奥へ向かう。

 陰陽堂の最奥―――そこは、六角形の広い空間になっており、円卓を囲むようにして十三の席が設けられている。高い天井は美しい星を模した装飾で埋め尽くされ、六方の窓からは、それぞれ趣の違った庭園が広がっていた。


「……綺麗だ。古来より脈々と受け継がれてきた歴史の遺産……想術師の歴史とは、この国の歴史そのものだ、なんて言う横暴な想術師もいる」


 厳夜から見て正面―――十三の席の中で、最も豪華で突出した席がある。この席は、誰も座ることを許されていない桔梗傀紋(ききょうかいもん)と呼ばれる特別な席だった。

 そこに、浄霊院幾夜が座っていた。


「さて、久しぶりだ。三十年ぶりくらいか。私が五歳の時だったな。お前が、私を養子に出したのは」

「……幾夜」


 黒いスーツに黒い手袋。幾夜は鋭い目つきで目の前の厳夜を睨む。


 鋭い殺気だ。厳夜は改めて、二十七年前に自分がしたことを思い起こす。

 恨んでいるのなら当然のことだ。自分は、幾夜の両親を含め、家族を皆殺しにしたのだ。

 しかし、厳夜の記憶の中にいる幾夜と、今目の前で喋っている幾夜がどうしても一致しない。

 ショックで記憶をなくし、想術も使えない弱弱しい少年の姿。

 それが、組んだ足を机の上に置き、こちらを見下すように睨む男と同じであるはずがない。


「お前はあまり覚えていないだろうが、私は昨日のことのように思い出せる。草臥れた鬱屈な瞳で私を見つめていたお前が、今全く同じ目で私を見つめている。正直、残念だ。私が殺したくてたまらないほど憎んでいた相手が、老い、弱弱しくなる姿は見るに堪えない」

「……なぜだ」

「は?」

「なぜ、そんなに知っているのだ。お前に、浄霊院家のことを……いや、想術師のことを知れるはずがない」


 幾夜はその言葉を鼻で笑うと、目の前の机を蹴り飛ばす。


「そんなことどうでもいいだろう。お前が聞きたいことはそんな下らないことではないはずだ」

「なぜ想術が使える。なぜ、陰陽堂(ここに)入れる?」


 幾夜は立ち上がると、窓際に向かって歩き始める。


「過去は変えられない。過去は人を縛る。過去は、未来を創る……」


 幾夜は質問に答えることなく、窓の外に広がる枯山水の庭園を見つめる。


「私に、消えない地獄を与えたのはお前だ。浄霊院厳夜」


 胸が痛む。

 厳夜には、こちらを強く睨む幾夜の瞳を見つめることしかできなかった。

 何をされても、何を言われても、反論はできない。それほど幾夜にとって残酷なことをしたのだ。何をしても償うことはできない。

 だからこそ――――――だからこそ真っ当に生きて欲しかった。罪滅ぼしをする、などと言えば都合が良すぎる。それでも、幾夜には真っ当に生きて欲しかった。


「すまなかった」


 厳夜は、床に膝をつくと、頭を下げる。

 無意識の行動だった。頭の中にあった様々な感情が消え失せ、心の奥から後悔が込み上げる。どうあれ、幾夜を変えてしまったのは自分のせいだ。許されないのはわかっていても、謝罪せずにはいられなかった。


 それを見た幾夜は、体をわずかに震わせる。


「ふざけるな……」


 幾夜は厳夜の元に駆け寄ると、胸倉をつかんで無理やり立たせる。


「許さない。絶対に許さないぞ。そんな……汚い面を地面にこすりつけることが!! 俺への侮辱になることが分からないのか!!

 お前は俺の人生を壊したんだぞ。全て、壊したんだ。俺だけじゃない。多くの人間の人生を壊した。それを、謝って済むと思っているのか!!」


「……家族を殺された。それは私も同じなのだ。決してお前だけではない」


 厳夜は胸倉をつかまれたまま消えそうな声で呟く。震えた、今にも泣きそうな声だった。


「私が、やりたくて人を殺せる快楽者なのだとしたら……その方がよかったかもしれんな」

「開き直るのか!! 外道が!」

「お前がやろうとしていることは、その外道と同じなのだぞ!」


 幾夜は、厳夜を突き飛ばす。厳夜は力なく床に尻餅をつく。


「真っ当に……お前は真っ当に生きるべきだ。今からでも遅くはない。だから……」

「黙れ」


 幾夜の声色が、感情が、暗く堕ちていく。


「ならばお前を誰が裁くというのだ。お前は俺の家族を奪いながら、自分の家族を持っている。幸せそうだな。たくさんの子どもたちが、お前を慕っている。お前を含め、十八人の家族は今幸せ(・・)なのだろう?」


 厳夜は幾夜から顔を背ける。聞きたくはない。次に、幾夜が何を言うのかが手に取るようにわかってしまうからだ。


「壊す……お前たちのすべてを壊してやる。お前の罪を裁くのは、この俺だ……!!」


 厳夜は拳を握りしめる。わずかに残っていた希望は、すべて潰えた。もう、戦うしかない。抗うしかない。

 この事態を招いてしまった責任を取らなければならない――――――。


「……話は終わりだ。私の家族に手を出すというならば……」


 厳夜の全身から、恐ろしい殺気が放たれる。氷のように冷たい傀朧が、陰陽堂の中を満たす。空間が震え―――椅子がガタガタと揺れ、床が軋む。

 その様子を見た幾夜は、口元をわずかに緩める。


「そこまでです。会長」

「!!」


 厳夜は傀朧を消し、声の主へ振り向く。

 柱の陰から現れたのは、褐色の肌に黒いスーツ、長髪を後ろで縛り、右目に眼帯をした女性だった。


副島(そえじま)法政局長……」


 女性は、二人に歩み寄ると、懐から紙を取り出して厳夜に見せる。


「会長、陰陽堂で想術を使おうとした貴方を現行犯で逮捕します。それ以外に、貴方に反乱の容疑がかかっています。もちろん、信じたくはありませんが」

「どういうことだ」


 法政局、それは想術師を取り締まるための機関で、協会とは独立した立場にある組織だ。副島が見せたのは、法政局が発行する令状だった。一般的な法では裁きにくい想術師を裁くために、協会は独自の法令を定めている。


「証拠は、こちらの浄霊院幾夜総本部長(・・・・)がお示しに」

「待て……なぜ幾夜がそのような意味の分からない役職についているのだ!」


 厳夜は焦った。まさか、こうも正当に(・・・)来られるとは思ってもいなかった。法を整備し、法政局を作ったのは他でもない厳夜自身だ。こうなっては身動きが取れない。幾夜は嘲笑うように厳夜の耳元で続ける。


朧者(ホーダー)の違法所持……内部監査局に虚偽の報告をしていたのは明らかだ。それだけではない。浄霊院厳夜は、七年前に身寄りのなくなった子どもたちを秘密裏に想術師に仕立て上げ、想術師協会へ反乱を起こそうとしている。という筋書きだ」

「貴様……!!」


 幾夜に殴りかかろうとする厳夜を見た副島は、腕をサッと上げ、待機していた部下に合図する。

 突如現れた黒いフードを被る四人の刺客―――刺客は厳夜の動きを止め、右腕にはめられた腕輪型の傀具をかざした瞬間、厳夜の力が一気に抜ける。


(しまった……)


「会長。お判りでしょうが、ここで想術を使えば罪に問われます」

「副島局長! わかっているのか? 幾夜こそが想術師協会に反乱を起こそうとしているかもしれんのだぞ!」

「それはこちらが判断することです……とりあえず、証拠がそろっている以上、取り調べさせていただきます。よろしいですね?」


 このままではまずい。取り調べになれば、最悪一日は解放されない。もしその間に、幾夜が屋敷に何かすれば――――――。


「待て! だめだ。このタイミングでは……」


 幾夜は、邪悪な笑みを浮かべ、陰陽堂から出ていく。


「それでは、良い取り調べを。身の潔白が証明されることを祈っていますよ、会長(・・)


 それを見送ることしかできなかった厳夜の目に、暗い影が落ちる。

 まずい――――――この隙に、屋敷が襲撃される最悪のケースが、頭をよぎる。


「待て! 幾夜!!」


 叫びもむなしく、厳夜は特殊な傀具で拘束され、連行されていく。





厳夜を封じた幾夜は何をするのか。

屋敷に危険が迫ります。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 遂に登場ですか……自分で作った決まりに、自分で絡め取られてしまうとは、何という皮肉。ここから新しい物語の始まりとなりますが、敵が恐ろしいぞこれ。 果たして風牙君で勝てるのかしら……? _…
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