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咲夜と永久と、ハンバーグ

一方そのころ、という名の閑話です。


 ちっ、ちっ、と壁時計の音だけが響いている中、咲夜はここ一番の集中力を発揮していた。


「……こんな感じかな?」

「うんうん、いい感じですね」


 咲夜は、丸められたひき肉をバットに並べ、綺麗に形を整えている。

 肉を手のひらに叩きつけ、空気をしっかりと抜き、まん丸な形に――――――そして、後は焼くだけだった。


 ここは、夕食の準備で忙しい本邸の厨房ではなく、洋館の中にあるキッチンだ。

 誰もいない上に、学校の調理室と同じくらいの設備が整っていることもあり、無駄に贅沢な場所の使い方だった。


 咲夜と永久は、お互いに借り物の白いエプロンを身に着け、ハンバーグを作っていた。

 先日、偶然料理の話になり、永久が何気なく作ろうと提案したところ、咲夜が喜んで快諾した。何を作ろうかと思案した結果、永久が男子なら喜びそう、と言ってハンバーグになった。


「風牙さん、喜んでくれるかな?」

「絶対喜びますよ! だって、愛する妻(・・・・)が作った手料理なんですから」

「ち、違うからね! 偽装結婚なんだから!」

「しっ! あんまり大きい声で言っちゃだめですよ」


 偽装結婚というワードを豪快に口走った咲夜に、永久は内心ドキッとする。

 とは言え、偽装と言っても二人のことを見ている永久からすれば、告げたところで誰も信じてくれなさそうな感じがする。


(偽装結婚が真実の愛に変わる、なんてドラマみたいなことあるのかな。いや、なんかこの二人ならありそう……)


 永久は内心、咲夜の世話を頼まれてからまだ数日しか経っていないことに驚いていた。なぜかわからないが、ずいぶん親しくなった気がする。そもそも料理を一緒に作っている時点で、まるで学生(・・)の気分である。


(学校……か)


 少し浮かれているのかもしれない。純粋に咲夜の人柄が良いのもあるが、肩入れしすぎるのはダメだ。

 そんなことを考えていると顔に出たのか、咲夜が心配そうにのぞき込んでくる。


「ああ、すいませんボーっとしちゃて……じゃあ次は焼いていきましょう。ハンバーグは火加減が重要なんですよ。中までしっかりと火を通して、なおかつ肉汁を閉じ込めるのが難しい。実は私も全くうまくできません」

「そうなの!? 永久ちゃんがうまく作れないのに、私できるかな?」

「まあ、初めからうまくできる人なんていないですし、気楽にいきましょう」


 ネガティブな思考になるのは良くない。永久が自分にそう言い聞かせ、コンロのつまみに手をかけた時、キッチンの入り口でビニール袋が擦れる音がした。


「……っ」


 咲夜と永久は同時に、入り口の方を向く。

 そこにいたのは、甚平姿で頭に白い手ぬぐいを巻いた少年だった。

 咲夜と少年の目が合う。

 影斗―――西浄影斗だ。昨日、風牙が追いかけて行った少年だ。


 影斗は気まずそうに目を反らすと、慌ててキッチンから出ていく。


「あっ! 待って!」


 咲夜は反射的に手を伸ばし、影斗の後を追いかける。行かせてはならない。なぜかわからないが、そう強く思った。

 咲夜は影斗に追いつき、左手首をつかむ。ハンバーグをこねたままの手でつかんだため、油がべっとりと影斗の左腕についてしまう。


「あっ……ごめんなさい」

「えっ、ああ……」


 咲夜の手についていたみじん切りの玉ねぎが、影斗の左腕からぽろりと落ちる。

 咲夜は慌てて影斗の腕から手を離す。


「ごめんなさい!! その、変かもしれないんだけど、行ってほしくなくって……」


 咲夜は影斗に何度も頭を下げる。影斗は苦い顔で、咲夜に頭を上げさせる。


「いえ、おれの方こそ、お二人の邪魔をしましたから。気を遣わせて本当にすいません」


 永久も咲夜を追いかけて廊下に出る。お互い腰を低くしている二人を見て、僅かにほほ笑む。


「だったら、一緒に料理を作ればいいんじゃない?」

「えっ……でも」


 永久の提案に、影斗は委縮する。提案を聞いた咲夜は、頷いて影斗を誘う。


「そうだね! 私、全然料理のことわからなくって。だから、もしよければ教えて欲しいな。それに、みんなで作った方が楽しい気がして……変、かな?」


 にっこりと笑う咲夜を見て、影斗は困惑する。目線をうろうろさせ、閉口する。


「いいじゃん。影斗もなんか作りたくてここに来たんでしょ? だったら一緒に作ろうよ」


 永久は、影斗に顔を近づける。

 ぐいぐい迫る二人の顔に圧され、影斗は壁際まで追いつめられる。


「え……あ、はい……」


「やったあ!」


 咲夜はつい、飛び上がって喜びを表現する。二人に見つめられ、我に返った咲夜は赤面する。


「咲夜様面白いでしょ?」


 永久はニヤニヤと笑って、影斗と咲夜をキッチンに押し込む。


「んじゃ、影斗先生よろしくお願いします!」

「先生じゃないです」


 影斗は敬礼のようなポーズを取り、笑う永久を無視して、自分が持っていたビニール袋を冷蔵庫に入れる。咲夜はその様子を見ていた。ビニール袋にはじゃがいも、ニンジン、玉ねぎが入っているようだ。


(カレーでも作るのかな?)


 影斗はその時、先ほど咲夜に掴まれた左腕の手首を見つめる。


「……ハンバーグ作ってたんですか」

「そうそう。今から焼くところ」


 影斗はボウルの中に入ったタネを見る。


「玉ねぎ、生のまま入れたんですか?」

「えっ。ダメだった? 私、シャキシャキ派なんだよね」


 影斗は水道で手を洗うと、静かに告げる。


「だめ、とまでは言わないですけど、炒めるかレンジでチンしたほうがいいですよ。玉ねぎの甘さが引き立ちますから」

「あー確かに。そう言われればそうだね」


 永久は、ペロッと舌を出してから、咲夜に耳打ちする。


「いいですか。私はかなり我流で料理作りますけど、この影斗先生はめちゃめちゃ料理が上手なんです」

「へー。そうなんだ!」

「おれも大概我流ですよ。たまに本とかネットとか見る程度です」


 コソコソ話の体裁をとっているが、がっつり聞こえる声量で話している。


「あと咲夜様。バレそうなんで謝罪するんですけど、私結構料理下手なんです」

「えー! そうなの!? 嘘―!!」

「……コソコソ話のポーズは何なんですか」


 永久は内心、結構なカミングアウトのつもりで言ったのだが、咲夜はあまり信じていないようで、ニコニコしている。


「と、いうわけで影斗師匠」

「ころころ変わりますね」


「よろしくお願いします!」

「よ、よろしくお願いします!」


 再び敬礼を取る永久を見て、慌てて真似をする咲夜。

 そんな二人を見た影斗の口元が、僅かに緩む。


「敬礼はしなくてもいいです。まあ、やり直すのももったいないんで、とりあえず焼き方だけやりましょう」



※ ※ ※ ※ ※



 ――――――ごくり。

 香ばしい香りがしてくる。蒸し焼きにしていたフライパンの蓋を開けた瞬間、沸き立つ湯気と肉の香りに、咲夜の目がキラキラと輝く。


「……中まで火通ったかな」


 ふっくらと仕上がった、まんまるなハンバーグ。

 影斗はフライ返しでハンバーグの上部を軽く押さえ、弾力があることを確認してから皿に盛りつける。


「多分大丈夫なんで、どうぞ」


「食べさせていただきます……」

「いただきます……」


 首を激しく縦に振る永久の前に、ハンバーグが置かれる。

 次いで、咲夜の前にも置かれると、二人は同時に顔を見合わせる。


(……仲がいいなこの二人)


 二人は箸をゆっくりとハンバーグに刺す。その瞬間、中から黄金色の肉汁があふれ出してくる。


「ヤバいですね」

「うん。やばいね」


 感動のあまり、逆に仏頂面になった永久は、ハンバーグを口に入れる。


「うんんんんんんま!!」

「美味しい……!」


 ほっぺたを押さえ、感動する二人を見て、影斗は安心する。


「下味とかはお二人がつけたんで、美味しいってことはそれが良いってことですけどね」

「ううん。こんなふうに焼けないわ」


 二人はあっという間に完食し、椅子に背を付けてふんぞり返る。


「いや~ぜひ最初から教えて欲しい」

「私も!」


「いや……おれよりも毎日の料理を作っている本職に聞いた方が」


 永久は立ち上がり、影斗の背中をドンと叩く。


「私は嫌だ。影斗の方がうまいと思うけどなー」


 咲夜から絶えず放たれる、キラキラした視線に耐えられなくなった影斗は、二人に別れを告げる。


「おれ、もう行きますね。仕事が残ってるんで」


 去ろうとする影斗に、咲夜は改めて頭を下げる。


「あの、影斗さん! その……本当にありがとう」


 影斗は、また頭を下げられたことに心が締め付けられ、目を細める。


「……そんなことないです。頭を下げないでください咲夜様。おれは、貴方が頭を下げていいような人間じゃない」


 その言葉に、咲夜は首を横に振った。


「ううん。そんなことない。無理やりお願いしたのに、快く引き受けてくれたんだもの」


 咲夜はまっすぐな瞳で影斗を見つめる。その瞳が、風牙のソレと重なって見える。


「よかったらまた一緒に料理を作って」


 ――――――ずるい。

 そんな目で見つめられたら、断り切れない。

 自分にそんな資格はない。なのになぜ――――――。


「もう! 何辛気臭い顔してんの! もっと自信もっていいんだよ?」


 永久の言葉が、追い打ちをかける。


「わかりました……」


 小さくつぶやいて、逃げるようにキッチンから出た影斗に、永久はため息をつく。


「食材冷蔵庫におきっぱじゃん。ほんと、不器用だねあいつ」


 永久は、皿やフライパンを水洗いし始める。咲夜は永久にすり寄る。


「ねえ永久ちゃん」

「ん? どうしたんですか」

「影斗さん。風牙さんと仲直りできるかな……」

「えっ、喧嘩してたんですかあの二人」

「うん。だから、かな。つい強引に引き止めちゃった」


 咲夜は、強引に影斗を引き留めてしまったことに罪悪感を覚える。


「なるほど、ね……いいんじゃないですか? 結果的に楽しかったし」

「そう、かな?」

「私もいつも、影斗を見ると色々考えちゃうんです。ツレの浄霊院鐡夜(てつや)……前に咲夜様に失礼なことしたアホなんですけど、そいつのせいで、影斗を見るといたたまれなくなっちゃうっていうかなんというか」


 永久は水道の栓を閉め、濡れた手を拭く。


「私もおせっかいだから」

「おせっかいじゃないよ。永久ちゃんは優しいんだよ」


 永久は、キッチンを出るように咲夜に促す。


「料理、また一緒に作りたいな」

「作ってくれますよ。約束は守る奴なんで」


 キッチンを出た二人は、それぞれ別の場所に向かっていく。

 永久は自らの部屋がある本邸に。咲夜は厳夜の部屋に。


「それじゃあまた明日」

「うん! またね」


 永久と別れた咲夜は、厳夜の部屋に向かおうと、廊下を曲がる――――――。


「きゃっ!」

「あらごめんなさい……って」


 咲夜はぶつかった相手の顔を見る。

 そこにいたのは、レザージャケットに身をつつみ、首から懐中時計を下げた長身の美女だった。

 美女は、咲夜を見るなり笑顔になる。


「久しぶりね、咲夜ちゃん」

「……(ひろ)さん!」



飯テロ回でした。ハンバーグ食べたくなってきたな。

咲夜ちゃんと影斗くんのつながりができたことは今後意味があるかもしれません。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 何だか色々とキナ臭いことになってきたわね……宙さんもそうだけど、荒れてる彼も大概余裕なさそう。背後関係がまだ明らかになっていないのが、どう物語を盛り上げてくれるのか。楽しみにしてるわッ! …
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