地蔵とねこと
ねこちゃんはかわいい。
ねこちゃんはかわいい(●´ω`●)
「ふう。めちゃくちゃだなーここ」
「風牙くんが壊したんでしょ」
現在、時刻は正午前。
掃除にかなりの時間を費やしていた。破壊された壁の残骸が散らばり、安置されていた本物の地蔵やぬいぐるみが衝撃で粉々になっていたりと、思った以上にぐちゃぐちゃになっていた。
掃き掃除をしながら、残骸をきちんと分別して袋に入れ、ゴミ捨て場に持っていく―――これを繰り返していると、あっという間に時間が過ぎた。
「俺、こんなにやってねえけどなー」
「どれだけ鐡夜さんと喧嘩したんですか」
「てつや……あのチンピラな! そういえばあいつ何なんだ? いきなり俺を殺すだのなんだの……」
「あの人、ほんと喧嘩っ早いですからね。でも根は良い人ですから、許してあげてください」
ヒカルは、自分のリュックの中から、傀朧を帯びた式札を取り出す。
そして、鐡夜を殴って吹っ飛ばした際に出来た大穴の前に立つ。
「あ、でもこれやったの、風牙さんだって、鐡夜さん言ってましたよ」
「う、うん……なんか殴ったらあいつごと吹っ飛んだ」
ヒカルはからから笑い、札を穴の開いた壁の下に置く。
「でもさ! あいつ、咲夜のこと押し倒したからな。それは許せねえ」
「好きなんですね。咲夜様のこと」
ヒカルの微笑ましそうな視線を感じ、風牙は首をぶんぶん横に振る。
「ちげーからな! そんなんじゃねえし!」
風牙の耳が、真っ赤に染まる。
「僕は素敵だと思いますけどねー。人を好きになるのって結構難しいから。それに、風牙くんは信念っていうか、思いみたいなのをはっきりと持ってるから、僕、尊敬します」
ヒカルの言葉に、風牙はキョトンとする。
「……なーなー。お前、何歳?」
「え、十二歳……だったと思いますけど」
「思いますって何だよ」
「僕、碌に誕生日を祝ってもらったことないですし、意識もしてないから。学校とかにも行ってませんしね」
にっこりと笑ったヒカルの顔は、年相応の無垢なものだった。
「……あの。こんにちは!」
そんな時、入り口の方から咲夜の声がした。
「あれ。咲夜?」
風牙が慌てて入り口の戸を開けると、大量のおにぎりを乗せた大きなお盆を両手で抱えている咲夜が立っていた。
「おにぎり!」
「えへへ。もうすぐお昼だから、永久ちゃんとおにぎりを作ってみたの」
咲夜は、照れ臭そうにお盆を風牙に差し出す。お盆に乗っていたのは、爆弾おにぎりという言葉がよく似合う、巨大な丸いおにぎりだ。数は全部で六つあり、少し歪な形のものと綺麗な形のものがそれぞれ三つずつ乗っていた。
「こんにちは咲夜様」
「あ! ヒカル君こんにちは!」
咲夜は、風牙に続いて顔を出したヒカルを見てにっこりと笑う。
「知り合い?」
「ええ。厳太さんのお手伝いをよくするので、咲夜様が夜桜庵にいた時に何度か」
「ヒカル君がご飯を届けてくれたりしたの。元気がなかった時に励ましてくれたり。ヒカル君、すごく優しいんだよ」
風牙は、咲夜とヒカルがにっこりと笑いあっているのを見て、おにぎりをひょいとつかむ。
「昼からは私も手伝うね! あの時、私のせいで喧嘩になっちゃったもん。できることをさせて」
咲夜は拳を握って、やる気を見せる。
「別にお前のせいじゃねえよ。俺もその……カッとなっちまったし」
「主に鐡夜さんが悪いので、咲夜様は気にしなくてもいいです」
風牙は、大きな口で歪な形の方のおにぎりにがっつく。
「うん。うんめ」
「中身、鳥そぼろですね」
「そうなの。永久ちゃんに作り方を教わって作ってみたんだけど……味はどう?」
「うんめー! んっ!」
風牙はおにぎりをあまり噛まずにどんどん飲み込んだため、胸が米で閊えた。
苦しそうに胸を叩く風牙。咲夜は、風牙を心配して背中を叩く。慌てふためく二人をニコニコと見ていたヒカルは、あっという間に巨大なおにぎりを四つ平らげていた。
「ごちそうさまでした。永久さんにもお礼を言っておいてくださいね」
「うん。わかった」
胸の閊えを解消した風牙は、ヒカルを恨めしそうに見つめる。
「ヒカル……お前、四つ食っただろ! めっちゃ食うな!」
「えへへ。ごめんなさい。気づけば食べちゃってました。お腹空いてたんで」
おにぎりを食べ終わったところで、三人は掃除が終わった地蔵堂の中の整理を始める。
ヒカルは傀修札を使って、壊れた祭壇や地蔵を安置する台を再生させていく。咲夜は、再生された台の位置を整える。
うまく役割分担をしている二人に比べ、風牙は地蔵堂の中をうろうろしていた。
「風牙さんサボってる」
「ですね」
「さぼってねえよ! なんかないか探してんだよ」
「なんかって?」
「えっと……」
風牙は外のビニール袋に入っていた、小さめのサッカーボールほどの大きさのぬいぐるみを二人に見せる。
「このかわいいやつらが……」
「あ! ずるいですよ。ぬいぐるみを台に置いていくの、一番の楽しみなのに」
「ヒカルくんも楽しみにしてたんだ! 私も!」
風牙は午前中からずっと、ちらちらとそのぬいぐるみを気にしていた。
「てか、このぬいぐるみ、何すんだ?」
「あれ。言ってませんでしたっけ」
「あとでーとか言ってまだ聞いてねえよ」
ヒカルは、「じゃあ」と言って咲夜と直している木製の台を指さして説明する。
「この地蔵堂は、疑似的にこの屋敷の縮図を再現することによって発動させる特殊な結界になってるんですよ。感覚的に言うと、箱庭みたいな感じです。
この部屋にある傀朧を帯びた大量の地蔵やぬいぐるみが最終的に、この屋敷に見立てた小さな箱を守ってくれる、という“まじない”が、この結界なんです。呪術みたいな感じですね。実際の屋敷に効果を還元し、それ自体が結界になる。面白い術ですよね。厳太さん作らしいですよ」
「へー。すごいね」
「んー。全然わかんね」
風牙は即座に考えるのをやめて、持っていた猫のぬいぐるみを直ったばかりの台に渋々置いた。
「あ。それ、“くだものどうぶつ”シリーズの『すいかねこ』じゃないですか」
「まじかヒカル知ってんの!? 俺、めっちゃ好きなんだよなこのシリーズ」
「風牙くん、見た目に寄らず乙女ですねー」
「お前も好きじゃねえの?」
「くだもの、どうぶつ?」
くだものどうぶつシリーズとは、可愛らしい動物をモチーフとした、最近人気のキャラクター体系である。名前通り、果物と動物を掛け合わせることをコンセプトに、それぞれのキャラクター性が構築されている。最近は、果物PR大使にも任命されたりして、何かと街中で見かけられるようになった。
「こいつは、“すいかねこ”。いっつもすいかばっかり食ってるから、体がスイカみたいになったって設定の猫なんだぜ」
風牙は台に置いたぬいぐるみを再び手に持ち、咲夜に見せる。
ちょっとふてぶてしい顔に、横に広がった愛嬌のあるフォルム。スイカの種が口の周りについている顔がどこか愛らしい。色やデザインも、スイカをモチーフにしたものになっている。
「かわいい……」
「僕はすいかねこも好きですけど、“ももとかげ”が推しなんです」
ヒカルもこのシリーズが好きならしく、すいかねこを見てにこにこしている。
「お二人ともせっかくだし、貰っちゃってもいいんじゃないですか?」
「え!? マジで?」
「多分……ですけど。あ、でもなるべく内緒で。
ぬいぐるみは腐るほどありますからね。実は僕も、前にすっごい欲しい子がいて、勝手にもらったことがあったりします」
それを聞いた風牙は、すいかねこを咲夜に差し出す。
「えっ! 私にくれるの?」
「お、俺が持ってるよりは、いいかなって」
風牙は目線を反らし、照れ臭そうに咲夜にすいかねこを渡した。
その時、照れ臭さから何気なく後ずさりした風牙の足場が突如陥没する。
「うおっ!!」
「きゃあ!!」
右足が木の床に吸い込まれる。二十センチほどで止まったので大事には至らなかった。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫大丈夫……びっくりしたけどな」
三人は陥没した箇所を見つめる。驚くことに、そこは単に劣化して陥没しただけではなく、床の下に小さな収納があった。
「これは何?」
咲夜は、収納部分から小さな木箱を拾い上げる。
古い木でできており、ふたは簡単に開いた。
中にあったのは、召喚円のようなものが描かれた一枚の紙だった。
ヒカルはその紙を見て、この紙が何なのか理解する。
「……見たところ、何かを呼び出せる術式が刻まれているみたいですね」
「わかんのか? お前すげーな」
「前に見たことがあるんです。傀異の使役ってかなり高等な技術になるので結構珍しいらしいですからね。昔―――と言っても大昔ですけど、浄霊院家はこういうのに長けてたらしいですから、残っててもおかしくないかと」
風牙と咲夜が感心していると、突如咲夜の手に、ピリッと電撃に似た痛みが走る。
「きゃっ」
驚いて手を離したはずみで、箱が地面に落下する。
粉々に砕け散った箱の中、召喚円の描かれた紙が光り始める。
咲夜は、紙を拾い上げた。
――――――誰だ。余を呼ぶのは。
「えっ」
咲夜の脳内で聞こえた重厚な声――――――。
風牙とヒカルには聞こえていないようである。
「誰……」
「どうしたんだ咲夜?」
「紙が、光ってる」
光が増し、紙から傀朧が放出される。
渦巻く濃厚な傀朧が突風のように三人を襲い―――紙が咲夜の手から離れる。
「あっ!」
紙は、すいかねこのぬいぐるみにぴたりと張り付く。
そしてそれが引き金となり――――――ボン、という大きな音が鳴ると、地蔵堂全体を覆いつくすような光が放たれる。
――――――ゆっくりと目を開けた三人が見たものは、
「汝か、余をこんな場所に呼びおったのは」
咲夜の両手に収まる、ふてぶてしい顔のかわいい猫が、喋っている姿だった。
「わあ……」
「嘘だろ」
「かわいい」
すいかねこだ。すいかねこがしゃべっている。
茫然とする少女、キラキラした目の稚児、そして疑い深そうに睨む生意気そうなガキ――――――すいかねこはギョッとする。
全員が、上から自分を覗き込んでいる。
「む! なんだ汝ら、図が高いぞ! 余を誰と心得る!!
天地を駆け、雷鳴を裂き、囂々と敵を滅する余こそは!! 十二天将最強! 西方絶界の守護神、白虎様なるぞ!!!」
すいかねこは、ふんと鼻で息をする。
(決まった……! これでこのガキどもは、余に畏怖と尊敬の念を抱くこと間違いなし……!)
――――――しかし、かっこよく決め台詞を言ったのに、三人の表情はまったく変わらない。いや、むしろニコニコ感が増した気がする―――なぜだ。
「へー。電池で喋るぬいぐるみもあったんだな」
「えっと……今、白虎って言いました?」
「かわいい~!!」
咲夜は、つい抱きしめる力を強めてしまう。
「おわっ……ぐるじい……」
「あっ、ごめんなさい! つい」
久しぶりに召喚されて早々、何なのだこのガキどもは――――――。
すいかねこは、自分の威光が通じないことに、だんだんイライラし始めていた。
「汝ら……余が白虎様と知ってのその態度は、狼藉であるぞ!」
「なんかモードとかないのかな。ちょっと偉そうだからかわいくしゃべらせようぜ」
「むしろ、そこがかわいいんじゃないですか」
「おい。人の話聞いてるのか。しばくぞ小僧共」
風牙は、咲夜からすいかねこを受け取る。ボタンがないかどうかを調べようと、全身をくまなく触り始める。
「おい! やめんか!! こ、こちょばい……にゃああああっ」
「んー。何にもねーな。おかしいな」
「誰が電池で動くぬいぐるみだ大馬鹿者!!!」
すいかねこは、じたばたと暴れて風牙の手の中から脱出し、床に降り立つ。
地面から見る三人の姿がやけに巨大だった。
(余が小さくなっている……だと)
すいかねこは、やけに短い自分の手足を確認する。
おかしい。これは傀朧でできた自分の姿ではない。
「か、鏡だ。汝ら、鏡を持て!」
「自分の姿が見たいのね。かわいいからびっくりすると思うよ」
「うるさいわ小娘! 早く……早く鏡を……」
咲夜は地蔵堂の中にあった、祭事用の小さな鏡をすいかねこの前に置いた。
鏡に映る自分の姿を見たすいかねこは――――――。
「にゃ……にゃんじゃこりゃああああああああああ!!!」
雷に打たれたような衝撃を受けた。
ヒカルくんのモデルになった人とキャラクターがいるんですけど、見た目のモデルと性格のモデルが違う上、最近好きな作品にヒカルくんが出てきて、名前の違うヒカルくんがいる……みたいな感じで頭の中がパニックになってます(笑)




