地蔵と
20話突破です!!\(^o^)/
いつも本当にありがとうございます!!
コンコン、コンコン――――――。
想術開発局第五研究室の前で、浄霊院厳夜は革靴を等間隔で床に打ち付けている。
いくらノックしても反応がない。部屋の明かりはついているので、確実に中に人がいるはずなのだが。
「……入るぞ。言ったからな」
しびれを切らした厳夜は、ドアノブに手をかけ、中に入る。大量の書類や機材で散らかったゴミ屋敷同然の室内を見て、思わず顔をしかめる。
部屋の中を満遍なく見渡し、誰かいないか探す。
「……はあ」
見つけた。
訳の分からない図面が書かれた書類とカップラーメンの空きカップの横で、豪快にいびきをかきながら眠っている――――――。
「貴様……居眠りとは大層なご身分だな熊吾郎」
「ふぁい!?」
背中の殺気を感じ取り、跳ね起きたのはTシャツの上から白衣を着た若い男だった。
目元まで伸びたボサボサの髪。大きな丸眼鏡。そして口元のほくろの上からべっとりとついた、よだれのあと――――――。
「私の愛する孫が……危うく死ぬところだったんだぞ阿呆め!!」
厳夜は熊吾郎と呼ばれた男のこめかみを、拳ではさみ、ぐりぐりと押さえつける。
「あああああぁぁぁぁぁ……」
熊吾郎は情けない声で悶絶する。次第に声の勢いが消え、完全に撃沈したところで厳夜はこめかみから拳を離す。
熊吾郎はよろよろと椅子に座ると、口から魂が抜けたように放心する。
厳夜は、ふんと鼻で息をし、熊吾郎を見下ろした。
「何が『これで写真を撮ったら夫婦の愛が深まるのでございますよ、厳夜氏~』だ! 大噓つきめ!」
「ええ~……でも、確かにお二人の愛は深まったでしょ、厳夜氏」
厳夜は拳をパキパキと鳴らす。
「ははーん。さてはお前、誰とも付き合ったことがないな。あんな脅しまがいの文句で愛を囁いても、下手したら離婚案件だぞ」
「いやいや~、あれは小生なりの気持ちでございますよ。厳夜氏の役に立ちたい、という真摯な思いが溢れたといいますか……」
「さ、く、や、が。し、に、か、け、た、と言っているんだ」
厳夜は、かけていたサングラスを下にずらし、鋭い目で睨みつける。
「……筋者の目なんでございますよねぇ……」
「何か言ったか」
「いえ、この口は何も?」
「そういうところだぞ、全くお前は……」
厳夜は、気を取り直してと言わんばかりに例のカメラをデスクの上に置く。
アンティーク調の一眼レフカメラ――――――これで写真を撮ったがために、風牙と咲夜は妙な傀域に引きずり込まれたのだ。結果として、何やら二人の仲が良くなったような気がしたが、 所詮は危険物に変わりない。
「……それにしても久しぶりに来たが、相変わらずゴミ屋敷だなここは」
「ゴミとは人聞きの悪い。これは宝の山です。努力と叡智の結晶なのでございます」
熊吾郎は、胸を張って厳夜の顔を見つめる。
「ほう。それで、あんなふざけたカメラを作ったのか」
「ふざけたカメラ? ちっちっち~、甘いでございますね厳夜氏」
熊吾郎は、大きな丸眼鏡をクイッと上げる。
「あのカメラは、小生が開発した“|疑似傀域形成《form a pseudo-conceptual field》システム”、通称『FPCシステム』を利用した画期的な人工傀具です。これまでの傀異研究の現場では、傀域を形成するには莫大な量の傀朧と、それに伴った強力な“イメージ”が必要なのが常識でした。しかーし! 小生の新システムを用いることで、より効率的に傀域を形成することができるのでございます。これを利用すれば、現在不可能とされているあんなことやこんなことも夢では無く――――」
「話が長いんだお前は」
厳夜は、興味がなさそうにひらひらと手を振って、強制的に話を止めさせる。
「それよりも本題だ。依頼した“例のもの”、解析終わったか?」
「ああ。あれですね。もちろん終わっておりますとも」
熊吾郎は残念そうに口を曲げて、渋々デスクの引き出しから小さな箱を取り出す。
箱を開け、中から出てきたのは、黒焦げた紙片だった。
「解析の結果、時限発火の術式が込みこまれた痕跡がありました。使われた傀朧も術も、ありきたりな汎用想術の域を出ません。使用者の特定は難しいですねぇ……焦げた紙切れに発火の想術。見た目通~りの、つまらない結果ですよ」
「そうか」
「でも一つ、興味深いことがありましてですね?」
熊吾郎は、口角をわずかに上げる。パソコンの画面を素早く切り替え、その画面を厳夜に見せる。そこには、主成分を表した円グラフと細かい紙の成分が表示されていた。
「これは、この紙の原材料を細かく調べたデータでございます。このデータを見ていただければ、この和紙は一般的な和紙――――それも、まあまあ上質な和紙であることがわかりますねえ」
「なんだそれは」
厳夜のツッコミを受け、熊吾郎のメガネが光る。
「まあまあ、そう焦らず。和紙と言っても色々ありますが、この和紙はいわゆる『手漉き和紙』。原料である楮と、ねりとして使われるトロロアオイの中に、僅かに傀朧でできた特殊な繊維が含まれておりました。さて、もうお分かりでしょうか?」
「……まさか。青源和紙か」
「その通りでございます」
青源和紙は護符や呪符などに使われ、傀朧の流動や滞留が起こりやすい特殊な和紙である。かつては、想術師が操る護符や式神などの原料に使われていた。しかし時代の流れと共に、陰陽道や鬼道などの呪法といった日本古来の想術体形が廃れていったことで、現在は残っていないとされている。
「どういうことだ? 青源和紙の職人は途絶えている。製造法は廃れて久しいはずだろう」
「……というのが常識でございますね。ところがどっこい、こちらをご覧下さい厳夜氏」
熊吾郎は、再びパソコンの画面を切り替える。想術師協会情報統制局が作成する、想術師しか入れない特殊なサイトを表示すると、慣れた手つきでログインする。
そして熊吾郎が開いたのは、想術師協会総務局広報課が三日ほど前に作成したという記事だった。
『青源和紙作り復活! 復活の決め手は若い力』
厳夜は記事にざっと目を通す。
そこに書かれていたのは、浄霊院幾夜という人物が、青源和紙を復活させた、という内容だった。
「はてさて厳夜氏、この記事、なんだか変だと思いませんか?」
「……貴重な青源和紙の復活にしては、取り上げ方が小規模すぎるな」
答える厳夜の声には生気が無い。
「そうなんでございますよ。その上、この記事すらもう残っておりません。今確認しても、跡形も無く消去されています。ここに表示しているのは一日前のバックアップです。
それに、小生が不勉強だからでしょうか――――この浄霊院幾夜という人物、小生の知識にはございません。浄霊院家というと、厳夜氏が完全に滅ぼした家でございますよね? 確か、七年前に。厳夜氏、何かご存じではありませんか?」
熊吾朗は厳夜の顔を覗き込んだ。身体はこわばり、顔は青ざめ、見開かれた目は画面上の名前に釘付けになっている。
それを見た熊吾郎は、満足そうに笑う。
「……熊吾郎」
「はい」
「広報課に確認はとったのか」
「取りましたよ? そんな記事は書いてもいない、そうです」
厳夜は、熊吾郎に背を向けると、研究室のドアに向かう。
「また来る」
「ええ。いつでもお待ちしております」
厳夜はドアノブに手をかける。その時、熊吾郎が思い出したように厳夜を呼び止める。
「お待ちを、厳夜氏。ひとつ忘れておりました。この間、小生が厳夜氏に投げかけた問いを覚えていらっしゃいますか?」
「……“人間は傀異になれる”という命題についてどう思うか、か?」
「それです、それ。その答えを聞きたいな~、なんて、ね」
その熊吾郎の声は、やけに低く存在感のあるものだった。厳夜は顔を半分だけ後ろに向けて答える。
「なれるはずが無かろう」
空気をびりびりと震わす殺気が、厳夜から放たれる。そう言い残した厳夜は、研究室を後にした。
一人になった熊吾郎は、気持ちよさそうに大きく伸びをする。
「彼の答えは”偽”か。そうだろうな、普通そうさ」
熊吾郎はメガネを外してデスクに置き、目頭を押さえる。
再度浄霊院幾夜の記事に目を通し、その記事の中で紹介されている幾夜の写真を見つめる。
「もしもこの命題が“真”なら――――“傀異になれなければ人間ではない”、か。皮肉だな」
熊吾郎は、大きなあくびをし、「寝~よおっと」と言って机に突っ伏した。
※ ※ ※ ※ ※
遠くで聞こえる鳥の鳴き声、南から吹く湿り気のある風――――――季節が次第に春へと変わっている。
戸を開け、いつものジャージ姿で外に出た風牙は、気持ちのいい空気を吸い込めるだけ吸い込み、大きく息を吐いた。
「いい朝だな」
今日から久しぶりに、屋敷の雑用係に復帰する。
屋敷に来てから一か月ほど経った。なんだか色々なことがあったように感じる。だが、肝心の風牙の目的―――浄霊院紅夜の手がかりを見つけることから、少し遠ざかっているような気がする。
風牙は元気よく準備体操を開始する。
雑用係に復帰できたのは、厳夜の計らいがあってのことだ。仮にも咲夜と結婚している風牙は、本来ならば普通に屋敷で生活することができる。
しかし――――――それではだめだと風牙は考えた。自分の足で情報を入手し、自分で答えを出す。それが、半ば強引に屋敷に来てしまったことへの謝罪にもなる。厳夜は、風牙の考えを優先し、最も動きやすい立場である雑用係に戻ることを許可してくれた。
当初の約束通り、自分が納得するまでやれ、と。
「おっし! 行くか!」
風牙は最後に屈伸運動を終わらせ、太ももを拳で叩く。
この目で確かめる。心の底から憎む相手、浄霊院紅夜の生きた痕跡を。
そして必ず、復讐を果たす――――――。
「そんなに気合を入れては、夕方まで持ちませんよ」
「うおっ! びっくりした……」
突如、気配無く風牙の背後から顔を覗かせたのは、老紳士―――西浄厳太だった。
「何か考え事でも? 別に私は気配を消していたわけではありませんが」
「あ、ああ。わりいわりい……」
慌てている風牙に、老紳士は「そうですか」とだけつぶやいて、風牙に背を向ける。
「では行きましょうか」
「おう! 今日は何すんだ?」
二人は移動を開始する。
本邸から離れ、石段を登り、途中で森の中に入る――――――この道には何となく覚えがあった。
「今日、貴方にやってもらうのは、この間の“後始末”の一環です」
「あとしまつって?」
「この先にある地蔵堂―――私が貴方を拘束していたあの場所です。そして、貴方たちが豪快に壊してしまった」
風牙は何となく思い出す。
赤い髪のチンピラみたいな男が、喧嘩を吹っ掛けてきて、咲夜に乱暴するものだから、チンピラを殴り飛ばしたら、豪快に壁を破壊してしまった――――――という感じに。
「あー。あれな。でもあれはあのチンピラみてえな奴が悪いんだぜ」
「……貴方の言うチンピラみたいな奴も、まったく同じことを言っていましたよ」
老紳士は、仏頂面のまま先へ進む。
「しかしながら、貴方が鐡夜を殴り飛ばして壁を破壊したという事実は変わりません」
「だってさ、あの赤髪ヤンキーがさ……!」
老紳士は若干拗ねている口調の風牙に、ため息をつく。
「……喧嘩両成敗ですよ。鐡夜にも別の仕事ですが、後始末をさせましたから」
二人は地蔵堂の前までやってきた。老紳士は、入口に置いてある巨大なゴミ袋を指さす。
そこに入っていたのは、|大量の可愛いぬいぐるみ《・・・・・・・・・・・》だった。
「なんだこれ」
「ぬいぐるみです」
「いや、それはわかるけどさ」
老紳士は首を傾げる風牙に袋を渡す。
「貴方が今日やることは、地蔵堂を元通りに綺麗にして、このぬいぐるみたちを祭壇に配置することです。それができれば、あとは私が結界を張るので」
「けっかい……?」
「前に説明しましたよ」
風牙の頭上に、大量のはてなマークが実際に浮かんでいるのが見えた気がして、老紳士はさっさと元来た道を戻り始める。
「なー! どうすればいいだって!」
「詳しいことは助っ人に聞いてください。今日は彼の指示に従うこと。いいですね」
「助っ人!? 誰だ!? 影斗か!!」
老紳士は影斗、という言葉に思わず立ち止まる。追いかけてきた風牙が、キラキラした瞳で見つめてくる。
「影斗ではありません」
「えー。影斗がよかった」
不服そうな風牙を見た老紳士は、「なぜ」と問いかける。
「え、だって友だちだから」
――――――老紳士は驚いた顔になり、そして口元がわずかに緩む。
「そうですか」
老紳士は風牙に背を向け、立ち去ってしまう。
それを見た風牙は渋々袋を抱えた。
「何すりゃいいのか、全然わかんねー」
「それは簡単なことですよ。レッツ肉体労働です!」
「うわっ誰だお前」
壊れた壁の内側から、ひょっこり顔を覗かせた坊主頭の少年――――――。
風牙より、少し小さい身長に、寺の稚児が着ていそうな着物を着ている。
少年は壁から出てきて、風牙に頭を下げる。
「この間は色々とありがとうございました。かっこよかったですよ風牙くん」
「……あ! 思い出した。あの時の!」
火事の時、傀朧欠乏に効く水を飲ませてくれたあの少年だ。影斗に応急処置をしてくれたことをはっきりと思い出す。確か名前は――――――ヒカル、だったか。
「忘れられてたなんて、ちょっと悲しいです」
「わりいわりい。急に現れたもんだから面食らったんだよ」
「影斗くんじゃなくて残念でした?」
「あ‟―。そういう意味じゃなくて……悪ぃなヒカル」
「すいません。冗談です!」
聞いていたのか、とすごく申し訳ない気持ちが込み上げてくる。しかし、無邪気に笑うヒカルを見て安心する。
「改めまして、僕の名前は浄内ヒカル。よろしくお願いしますね、功刀風牙くん」
「お、おう……ヨロシクナ」
丁寧にあいさつをされて、風牙は頭を掻く。そんな風牙を、ヒカルはじっと見つめる。
ヒカルの澱みのない、すいこまれそうな美しい青色の瞳――――――。
「な、なんだよ」
「いや、なんか不思議な感じだなーっと」
「??」
ヒカルは、風牙が持っていたぬいぐるみの袋を指さした。
「これ、かわいいぬいぐるみばっかですよね」
「おう。何なんだこれ」
ヒカルはぬいぐるみの袋を外に置いておくように指示する。
「まずは、掃除から始めましょう」
丸眼鏡オタク口調の研究者、佐藤熊吾郎のセリフは、ゆりいさんの完全監修です。ゆりいさんが考えてくれたキャラクターなので、動かしていて楽しいです。おそらくエボの方にも出てきますが、すごく出したかったので夜明けで先に出しちゃいました。覚えていていただけると嬉しいです!




