Even if your heart burns down
最近、英語が全く読めないと分かってしまったので、英語のタイトルを付けてみました笑
英語ってかっこいいよね! 最高!!(アホ丸出し)
熱い――――――。
どれくらい、こうして床に伏していただろう。
真っ赤な視界、薄くなる空気。意識がぼんやりとしてきた。
体が動かない。動けたはずなのに動かなかった。いや、動くはずなどないのだ。もうとっくに、自分を動かしていたゼンマイは壊れた。
涙はとうに枯れ果てた。なのに。何もなくなったはずなのに。自分の空虚な心が泣き止むことはなかった。
近くの壁がまた崩れた。炎が、い草に燃え移る。客間全体が燃えていく。
――――――もう、どうでもいい。
息が出来なくていい。このまま焼けてもいい。とにかく、いなくなりたい。
地獄の業火は、罪を綺麗に消し去ってくれるのだろうか。
自分の犯した許されない罪を、本当に消し去ってくれるのだろうか。
そんなことも、どうでもいい。どうでもいいから――――――。
「……と」
何か聞こえたような気がした。
「……と! ……こだ!?」
声が大きくなっていく。真っ赤な視界が、少しだけ晴れたような気がした。
――――――爽やかな風が、熱と焦げ臭さを吹き飛ばす。
「影斗!!」
功刀、風牙。
「大丈夫か!? 生きてるよな!! 死ぬんじゃねえぞ!!」
どうして。どうして――――――。
煤塗れになった風牙。おれが、居場所を教えてしまった風牙。
どうして、そんな顔をしてるんだよ。おれは、お前を――――――。
「俺が、ぜって―助ける!」
* * * * *
「はあ……はあ……」
咲夜は、もうとっくに見えなくなった風牙を追いかけていた。息を切らしながら階段を下りる。数人の使用人たちとすれ違った。何度も二度見された。話しかけられた。しかし、そんなものに応えている暇はない。
――――――早く。早く追いつかなければ。
「あっ!」
足がもつれ、つまずいて転びそうになる。足が悲鳴を上げ、言うことを聞いてくれない。
咲夜は肩で息をしながら、風牙のことを考え続けていた。
自らのことなど省みず、我武者羅に誰かを助ける風牙。先ほど、風牙を殺しに来たと言った人でさえ助けた。彼は今、誰かを助けるために、眼前の炎の中にいるのだろうか。
――――――だめだ。
自分も風牙に助けられた身だ。だからこそわかる。このままでは、風牙が危ない。自分の身を滅ぼしてしまう。
咲夜は、自分を奮い立たせるように膝を叩いた。
気合を入れる。風牙なら、そうするような気がしたから。
咲夜は階段を下り、本邸の近くまでやってきた。火の勢いが激しく、見ているだけでこちらが燃えてしまいそうな気がする。
「風牙さんっ……!! どこ?」
精一杯叫ぶ。その時、一際巨大な破壊音が本邸の中から聞こえてきた。
ガラガラと崩れる玄関。その奥から、激しい突風が吹き荒れる。
「きゃっ!」
咲夜は顔を背け、目をつむる。風圧で体が押される。
恐る恐る、咲夜が目を開けると、そこにいたのは――――――。
「風牙さん!!」
影斗を背負った、ボロボロの姿の風牙だった。
服はところどころ焼かれており、全身煤塗れだ。目はどこか虚ろで、呼吸も荒い。
咲夜は、風牙の体を支えようと近づく。風牙は、咲夜を見るなり全身の力が抜け、影斗を背負ったまま前のめりに倒れた。
咲夜は風牙の体をさする。
「誰かっ!! 誰か来てっ!!」
「さ、咲夜様!?」
咲夜の叫びを聞いた永久とヒカルが、驚いて駆け寄る。咲夜の姿に驚いてはいたが、すぐさま風牙と影斗を炎から離し、階段の近くに移動させる。
「私、治療できる人呼んでくる!」
「お願いします」
永久は階段を駆け上がり、ヒカルは二人の呼吸を確認する。
弱いが呼吸はしている。だが、体を巡る傀朧がほとんど残されていなかった。こんな状態で、この炎の中にいたなんて――――――。
(……なるほど)
ヒカルは驚いた。二人ともあんなに激しい炎に巻かれながら、軽いやけどしかしていなかった。奇跡としかいいようがない。
しかし、その分、風牙の衰弱が著しい。
(傀朧の使い過ぎ、か)
傍で、咲夜が今にも泣きそうな顔で、風牙を見つめている。
「大丈夫。きっと助かります」
ヒカルは咲夜を安心させようと、にっこり笑う。
それを見た咲夜は、わずかに肩の力を抜く。
「……げほっ。げほっ」
「あっ……!!」
風牙が勢いよく咳き込む。ヒカルは急いで風牙の体を起こし、ショルダーバックの中から水の入ったペットボトルを取り出すと、ゆっくりと口に含ませる。
「この水は、傀朧を含んだ特殊な水です。飲めば、少しだけ体に傀朧が補充される。彼が傀朧欠乏症であれば、効くと思います」
風牙は、ゆっくりと水を飲む。ヒカルの言う通り、わずかだが体が楽になる。
顔をヒカルに向けると、弱弱しく笑った。
「……ありがとよ。助かったぜ」
「いえ。お礼を言うのは僕の方です。その……すいませんでした。僕だって何かできることがあったかもしれないのに」
ヒカルは意識の戻らない影斗を見て、小さくため息をつく。
息があるとはいえ、一刻も早く治療を受けなければならない。危険であることに変わりはない。
「風牙さん……よかった。私……」
ほっ、と胸をなでおろした咲夜の背後から、忍び寄る黒い腕。
「さくや!! あぶねえ!!」
「えっ?」
巨大な腕が、咲夜の体を包み込む。
鋭い爪、ごつごつとした質感――――――その腕は、先ほど相手にした傀異のものより、形が人間の手に近い。
勢いよく動こうとした風牙の体に、激痛が走る。傀朧は補充されても、負った傷や体にかかった負荷が消えるわけではない。
「きゃっ!!」
「咲夜様……!」
咲夜を助けようとしたヒカルを囲むように、地面から小さい個体が出現する。
咲夜をつかんだ傀異の姿は、先ほどまでの個体とは明らかに違っていた。
光沢のある体は、スリムに凝縮され、より人間の形に近づいている。赤黒く変色した般若の口からは、禍々しい傀朧を吐き出す。
“……グ、ゲ……サ、クヤ”
「……!!」
――――――今、化け物は確かに名前を呼んだ。
傀異は、つかんだ咲夜をまじまじと観察すると、森の方へ移動を開始する。
(まずい)
ヒカルを囲んだサルほどの大きさの傀異五体は、距離を取ってこちらを牽制している。
このままでは、咲夜が攫われてしまう。蹴散らして、一刻も早く咲夜を救わなければ。
そう思った矢先、傀異がヒカルに飛び掛かる。
「オラァ!」
ヒカルを庇うように立った風牙は、連続で五体の傀異を殴りつけた。
ヒカルは、驚きを隠せない。風牙は満身創痍だった。動ける方がおかしい。
目の前に立った風牙の背中を見ていると、声が出なかった。
風牙は、咲夜をつかんでいる傀異に飛び掛かると、右肩を拳で打ち砕く。
空中に投げ出された咲夜を抱え、着地する。
「……大丈夫か?」
「風牙、さん……私……ごめんなさい」
咲夜は、ぎゅっと歯を食いしばる。
また、助けられてしまった。とめどなく溢れてくる悔しさが、咲夜を支配する。
風牙は咲夜を地面に下ろし、逃げるように促す。
“……!!!!!!”
傀異は、怒りの咆哮を上げる。
怒りに呼応するように、周囲の小さな傀異たちが集まってくる。それらを吸収し、体が大きくなる。
一通り吸収し終わると、傀異は体を震わせる。
傀異から発せられた膨大な傀朧――――――その増加が止まることはなかった。
「そんな……これじゃ……」
ヒカルは目の前の傀異を見て、絶句する。傀異の体は傀朧でできている。つまり、内包する傀朧が多ければ多いほど強力になる。これほどまでに強力な傀異は見たことがない。
化け物と対峙した風牙は、静かに傀異を見つめている。
一歩――――――傀異がこちらに向かってくる。攻撃されれば、確実に一撃でやられてしまうだろう。
咲夜は、足がすくんで動けない。
「咲夜」
風牙は、温かく咲夜に呼びかける。咲夜の恐怖が少しだけ和らいだ。咲夜は改めて、風牙の背中に意識が向く。
小さく、ボロボロなその背中に、どれだけ多くのものを背負っているのだろう。
――――――声をかけなければ。行ってはダメだと言わなければ。
でも――――――ダメだ。そんなことを言う資格は、自分にはない。
「ありがとな。心配して来てくれたんだろ」
ふらふらだった。立っているのもやっとなのだろう。けれど、風牙はもう一度振り返る。ニカッと笑っていたその顔は、壁を破壊した時と同じ顔だった。
「大丈夫。助けると決めたら助けんだ。だから、大丈夫だ」
風牙は大きく息を吸い、大きく吐き出した。
――――――絶対に、勝つ。
どれだけ絶望的でも、風牙はあきらめなかった。
心を研ぎ澄ます。
想術師が、傀異と戦うときにまず行うこと。それは、“傀朧の分析”だ。どのような傀朧から生み出され、どのような性質を持っているかを把握することにより、相手の弱点を探り、祓う糸口を見つけることができる。
力で圧倒されるなら、基本に立ち返れ――――――。
風牙がこの傀異から感じるのは、真っ黒なごちゃまぜの感情だった。まるで、一つの感情の上に、何百、何千と感情を塗り固めたような、気持ちの悪い感じ。そんなゲテモノ傀朧は、倒しても、倒しても湯水のように湧いてくる。
わずかに、傀異から“土”の匂いがする。この傀異は、必ず“地面”から湧いてきている。
(まじで気持ちわりー感じ。けど……)
この傀異の核となる概念は、“大地”――――――。
だが、大地から想像されるものが、これほど負の感情を内包するだろうか。
(わかんねーけど。地面ってことは……!)
先ほど飲ませてもらった水の分だけ、傀朧がある。あと少し。あと少しだけ――――――戦える。
これが正真正銘、“最後の攻撃”。風牙は、体に残されたわずかな傀朧をすべて絞り出す。
(概念を直接叩き割る!!)
傀朧の最も濃い場所は、化け物の真下だった。そこに、この傀異の核がある――――――。
風牙は、傀異に向かって走る。傀異は迎え撃とうと鋭い爪のついた腕を振り上げる。
傀異に迫る――――――。
傀異の腕は、莫大な量の傀朧で強化されている。
爪が迫る――――――。
引き付ける。ギリギリまで引き付ける。あと二メートル。
風牙は一瞬だけ、爆発的に傀朧を放出し、素早く傀異の足元に滑り込む。突如、風牙が視界から消えたことに驚いた傀異―――そこに大きな隙ができる。
(ここだ!!)
風牙は、残された全ての傀朧を拳に乗せ、地面に向かって叩きつける。
傀朧は、大きな波となって地面を伝い、巨大な衝撃で地面が割れる。
傀異の核に、攻撃が届く。これで、傀異を倒せる――――――はずだった。
「……ッ!?」
ニタァ。
ゆっくりと振り向いた傀異の顔――――――仮面の口が裂ける。まるで、これを待っていたと言わんばかりに。
地面から、大量の黒い触手が出現する。風牙の体を一瞬で絡めとると、空中に持ち上げる。
(しまっ……)
傀異はずっと、風牙が罠にかかるのを待っていたのだ。
空中で無防備になっている風牙を嘲笑い、上から拳を叩きつける。
激しい衝撃と共に、風牙の体は地面に叩きつけられる。傀異は、動かなくなった風牙の体をつかみ、ずるずると引きずると、顔の前まで持ってきた。
(く……そ……)
傀異は、風牙を押しつぶそうと、ゆっくり力を込めていく。
「が……」
息ができない。体を強化して守ることもできない。ミシミシと、骨が悲鳴を上げる。
“ギャギャギャギャギャ……!!”
森が嗤っているようだった。不協和音のような傀異の声が、辺り一面に響き渡る。
風牙は、死を直感した。
(……だっせーな俺)
風牙は吐血する。抵抗する力が、次第になくなってくる。
握りつぶされるまで、数秒もないだろう。そのような状況になると、意識上の時間が、ずいぶん長く感じられた。
(ごめん、とーちゃん……俺、約束守れなかった)
風牙の視界がぼやけてくる。瞼が自然と落ち、それに伴って全身の力が抜ける。
(みんなに……顔向けできねー)
悔しさが募る。故郷が燃えた夜、両親が死んだ時――――――あの時と何も変わっていなかった。
意識を失う直前、弱い自分を嘲るように、風牙の口角が少しだけ上がる。
「お前はこんなところで死ぬのか」
「……ぇ」
この声は――――――。
「諦めるのか。私に見せたあの決意は、嘘ではないのだろう?」
―――――――風牙の視界が爆ぜる。
空気を切り裂く、激しい稲妻。
一瞬で切断された傀異の腕は、風牙を空中に放り投げる。
風牙のボロボロの体は、背中から地面に落下していく。ぼんやりとする視界で、空を見上げる。雲の隙間から見えたのは、月明かりに照らされた巨大な“青い龍”だった。
服の襟元をぐいっと引っ張られる感覚。その瞬間、気づけば柔らかい草の上に倒れていた。
落下した感覚はない。まるで、瞬間移動したような、そんな感じだった。何が起きたのかわからない。慌てて体を起こすと、目の前に立っていたのは――――――。
「よくやった風牙。皆を守ってくれて、本当に感謝する」
紙袋やビニール袋に入った、大量の土産を抱えている浄霊院家当主だった。
「さて。選手交代だ」




