転機—ミネとボクの関係
その日もミネを村まで送ったボクは、ミネの用事が終わるまで暇になったのでドラゴンの姿になり空へと飛び立った。
空は濃い青で雲は高く、気温は高かったけど風が気持ちよくて、ボクは山を見下ろせる高さまで上がった。
村は絵のみたいに小さく見える。
山の向こうに大きな街があるのが見えた。
その逆の方向には海が広がっていた。
ボクはいつかこの山以外のそれらの場所にも行ってみたいと思った。
ドラゴンの姿で飛んで行くのでも少し時間がかかりそうだけど、できればミネと一緒に行ってみたい。
それならば歩いていくことになるだろう。
ミネはこの山から出たことはないって言っていたっけ。
ドラゴンのボクは嗅覚も鋭くて、風に混じる微かな匂いを感じることができた。
甘い蜜のような匂いが山の向こうの方から流れてくる……。
その匂いの元を探して飛ぶと、いつも行っている野原の反対側の山腹に白い花がたくさん咲いている場所を見つけた。小さな池のほとりだった。
ボクは降り立って人間の姿になって服を着た。
「いつまでもこのままってわけにもいかないかなあ。」
そこに咲いている白い花は大きなタンポポのような形だったが茎は少し堅く丈夫そうだった。
何気なく何本か摘んでみる。
ボクはミネに自分が本当はドラゴンじゃなくて、この世界の人間でもないことを話していない。
前にミネに
「この世界の他の世界から来た人間がいたらどうする?」
って聞いたら、
「質問の意味がよくわからないよ。」
と言われたことがあった。
ミネも、ダイチもだけど、ボクにはドラゴンじゃなくてボクという人間として普通に接してくれていると思う。
だから、別にこのままでもいいかとも思っていた。
手の中にある数本の白い花を眺める。
「……小さいころ、こうやって花飾りを作ったことがあったな。」
ここにはこの花がいくらでもある。
ボクは白い花を摘んで束ねて茎を巻いて花飾りを作り始めた。
ミネにあげよう。
元の世界に戻る方法は、あの山の向こうに見える街みたいに人が多そうな場所に行けば知ってる人がいるかもしれない。
ここを離れようかどうしようか。
花飾りを作って村まで戻ると思ったよりも時間が経っていたようで、村の前でミネが待っていた。
木の陰に降りて、慌てて人間の姿になる。
「どこ行ってたの?」
「ちょっとした散歩だよ。」
ボクは作った花飾りをミネの頭に乗せた。
「ほら、可愛い。」
ミネのピンク色の髪に白い花飾りはよく映える。
「あ、この花、私のために? ありがとう……。」
ミネの頬の色が桃のようになっていく。
ボクを見るミネの目は潤んでいつもより輝いて見えた。
こんなに喜んでもらえるとは作った甲斐があったなぁ。
村からの帰り道、先を歩くミネがこちらを振り返らずにボクに声をかけた。
「ねえ、リョウ。私さ、竜の花嫁としてどう?」
「え?」
「私のことどう思ってる?」
そういえば、ミネはドラゴンの妻になるためにボクのところに来たんだった。
ボクはすっかり友達のつもりでいた。
でも、ミネは妻としてボクの世話をする役割をしていたってことなんだろうか?
どう返せばいいんだろう?
まさか、返答次第でミネはボクの元から去ってしまうこともあるのか?
ボクは喉が干上がるような気持ちになった。
「……ミネがいてくれて、よかったと思ってるよ。」
「私も、ドラゴンがリョウでよかった。」
ボクはミネの背中を観察した。
ミネがこちらを見ないので表情はわからない。
この後どうなるんだ。
二人の間の沈黙がとても長く感じられる。
「あのね、村から少し外れたところに温泉の宿があるの。明日、行ってみない?」
「……へえ、温泉なんてあるんだ。」
洞窟で暮らしていると、火と水の魔法の道具で体を洗うことはあっても暖かいお湯に浸かるということはなかった。
温泉の存在は意外だったけれど、それよりボクは急に話題が変わってホッとした。
そう言われれば村の近くで硫黄の匂いを感じたことがあった気がする。
「いいよね。行こう。」
明日は温泉に行くことに決まった。
その日の夜もミネはいたって普段通りだった。
ボクの作った花飾りは壁に飾られていた。
「明日なら、温泉のお客さんは私たちだけだって。」
「それは気が楽だね。」
ボクはミネとダイチ以外の村の人には未だ会って話したことがない。
村の生活はわからないけれど、遠くに見えたあの街の発展具合も思い出すと、意外とこの世界は魔法の力で生活に不自由を感じず豊かなんじゃないかとボクは思った。
日本の食べ物が恋しいのは変わらずだけれど。