ミネと遊びに行く
人間の姿になってみて改めてボクが住んでいるこの洞窟を見渡してみると、ドラゴンの寝床にしては人間が暮らすための設備が充実しすぎている気がした。
棚、机、椅子、ベッドなどの人間のための家具が、大きなドラゴンの体の邪魔にならないように配置されていた。
今ボクが着てる服だって、最初から用意されていたかのようにこの洞窟にあった。
この洞窟の大きさはどちらかというと人間の方が暮らしやすい。
元は人間のための住処だったところに後からドラゴンが住み着いたのかもしれない。
それともボクになる前のドラゴンも人間の姿になっていたのだろうか?
ここ数日ミネにいろいろ聞きたい気持ちがあったのだけど、ボクがこの世界の人間ではなく、ボクにドラゴンの記憶がないことを話してしまっていいのか、その判断がつかずに当たり障りのないことしか聞けていなかった。
「村はちょっと遠いから……。ここからの道を少し下って、分かれ道を村とは逆の方向に行くとね、広い野原があって、近くに小川も流れていて……。そこなら遊びに行くならちょうどいいよ。」
「へえ。」
「お弁当作るね。そこで食べよう。」
ミネはお弁当の準備をしてくれた。
お弁当と言っても、いつも食べてるナンみたいな薄いパンとオレンジに似た果物を2つ。
「持ってくれる?」
「うん。」
ボクはミネの作ったお弁当をいれたカゴを持ってミネの後をついていく。
洞窟を出て、木々の間に微かにわかる獣道を歩きしばらく行くと、人の作った道と合流した。
「こっちだよ。」
ミネが道の上の方を指さす。
ここからは上り坂だった。
ミネは慣れた足取りですいすいと歩いて行く。
「この山のこと詳しいんだね。」
「私の村はみんな、この山で生活してるの。でもね、この山のことはよく知ってるけど、私は村とこの山のことしか知らないんだ。」
坂を登り切ると、一気に広い場所に視界が開けた。
「ついたー!」
はー。
気持ちいいくらい広い野原だった。
あたり一面に緑色の背の低い草が芝生のように生えていて、風が吹くとさわさわと揺れる。
「川のほとりでお弁当食べよ。」
野原の中にできていた道を進んで川辺の方に行く。
ミネは急に走り出して川の近くにしゃがみこむと手で川の水に触れた。
「ほら! 水が冷たくて、気持ちいい!」
ボクも川に近づいて、川の水に手を入れる。
ボクはちょうど川の流れが緩やかになっているところを覗き込んだようで、その時初めて水面に映る人間の姿になったボクの顔をマジマジと見た。
濃い紫の髪。
ドラゴンと同じだという薄い青紫色の目。
内心どんな顔かとドキドキしていたけれど、拍子抜けにもボクはあまり違和感を感じなかった。
人間の姿のボクの顔は、元のボクの顔の面影を少し残しているように思う。
……どちらかというと弟の顔に似てるかな?
ミネの方に目をやると、ミネは立ち上がって野原の奥の方を見ていた。
「村の人たちがいる……。メェを放牧しに来てたんだ。」
ここからだと豆粒くらいの大きさに見えるくらいの距離に数人の男女がいるのが見えた。
彼らの周りには羊のような鳥のような生き物が十数頭いて草をついばんでいた。
あれがメェなのか。
肉じゃない姿を初めて見た。
あれを食べていたのか。
そのうち、こちらに気付いた彼らのうちの一人が、おーいと叫びながらこちらに走って近づいてきた。
「あ! あれはダイチだ! 私の幼なじみなの!」
「おーーい! ミネーー!」
「ダイチーー!」
ミネも手を振って大きな声で応える。
走ってきたダイチはボクらと同じくらいの年格好で、爽やか青年って感じの印象だった。
「ミネ、心配したんだぞ。」
「私は大丈夫だって言ったでしょ。」
「もしかして、これが、あのドラゴン!?」
「そうだよ。紹介するね、こちらはリョウ。」
「リョウ。こっちは村のダイチ。」
ミネはボクとダイチの間に立ってお互いを紹介した。
ダイチはボクの顔を見て笑顔を見せた。
さっきから腰に手をやって仁王立ちで自信満々って感じだ。
対するボクは、川の水で濡れた手を服で拭いてやっと立ち上がったといったところで、そもそも立ち位置からしてボクの立っている川辺の方が位置が低い。
「リョウか! よろしくな。俺はダイチ。意味は大地だ!」
ダイチの意味は大地……。
なんか機械翻訳がバグったようなセリフだけど、気にしてもしょうがないと思って聞き流す。
「よろしく。ボクはリョウだ。」
「名前の意味は?」
「意味……、意味は……清涼の涼……。」
「セイリョウって?」
この熟語、通じないのかよ。
名前の自己紹介難しいな。
ミネをちらっと見たけど、ミネにも通じてなさそうだった。
「いや、なんていうか……、涼しい、っていう意味っていうか。」
「あー! 涼しい、か! そりゃいいな!」
うう。
ちょっとでもカッコよく言いたかったのに。
「ドラゴンってもっと恐い存在なのかと思って、正直ちょっと緊張したけどさ。リョウは全然そんなことないな!」
「そうだよ。リョウはいい子だよ。恐くないよ。」
あれ?
こんなに嬉しそうに笑うミネを見たことなかったかもしれない。
それからボクは、ミネとダイチが村の近況について楽しく話している様子を少し離れて見ていた。
てっきりボクはミネはドラゴンの生け贄にされて村から見捨てられたのかと勝手に思ってしまっていたけれど、全然そんなことなさそうだ。
村に仲のいい男子もいるんだ。
こうやって見ていると、ミネはごくごく普通の明るくて元気な女の子だった。
でも……、ダイチ以外の他の村人たちは遠目にこちらを見ているだけで近寄ってこようとはしなかった。
ダイチのこの様子だと、ミネが竜の花嫁としてドラゴンの元に嫁いだことは村のみんなも当然知っているんだと思う。
村人たちはもしかしてドラゴンのボクの恐れて警戒しているのかもしれない。
「そろそろ日が高くなるし、俺たちは村に戻るけど、ミネは?」
「私たちはもう少しここにいるよ。」
「そうか。また村にも来いよ。……まあ、なんていうか、いつでも戻ってきていいんだから。」
「そうだね。また今後、村にも顔を出すよ。」
「じゃあな! リョウ! ミネをよろしくな!」
「ああ。」
ダイチはまた走って他の村人たちのところに行った。
そして、メェたちをまとめて野原を後にした。
ボクはミネと川辺に座ってお弁当を食べた。
こういうのんびりした生活ならいいかもしれない。
きっとドラゴンの姿のままだったら憂鬱で死んでたと思う。