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ミネと王女の会話

 王国に着いてすぐにリョウと離されたことをミネは少し不安に思っていたが、従うしかないことをわかっていたので、今晩泊めてくれる部屋へ案内してくれるという城の人間の後にルカたちと共に大人しくついていった。

 それに、もしもあの王女様の言うように、リョウが中央王国民の身分を得られるならば願ってもないことだとミネは思っていた。

 本当に昨日までは中央王国に行くことすら適わないことだと思っていたのに。

 リョウのこれからのために、今は素直に従って、王女様や騎士たちの気分を害さないようにしなければ。

 今が正念場だとミネは気持ちを決めた。



 階段を上がった二階の廊下にはいくつも大きな扉が並んでおり、ミネは一番最初の部屋に通された。

 ミネが部屋の中に入ると案内してくれた城の人間は、ごゆっくり、と言って扉を閉めた。

 ミネは、部屋の中に入ってまず最初に目に入った鮮やかな色で細かい模様の描かれた絨毯に驚いた。

 その美しい白い壁で囲まれた部屋には、光るほど磨かれた木で作られた丸いテーブルと柔らかそうなクッションの椅子が二つ、背の丈よりも大きな鏡、天井には煌びやかな飾りのついた照明がぶら下がり、奥には上等な布と羽毛で作られた布団が敷かれたベッドがあった。

 まるで現実感の無い光景に、ミネはそれ以上一歩も中に入ることができなかった。



 それからどれくらい経っただろうか。

 コンコンと後ろの扉を叩く音がした。


「は、はい!」


 ミネの声は思わず裏返った。


「私、マリンです。ミネさん、ちょっとよろしいですか?」


 突然の王女の訪問に、ミネは心臓を掴まれたようになり冷や汗が出る。

 ミネが恐る恐る扉を開けると、扉の外には王女マリンと黒髪の女騎士が立っていた。


「中に入っても?」

「はい、もちろんです!」


 マリンは部屋の中に入るとテーブルの前の椅子に腰掛けた。

 黒髪の女騎士はその後ろに立った。


「ミネさんもどうぞお座りになってください。この部屋はいつも来客があると使っている部屋なのですよ。どうぞ、おくつろぎになってください。」

「いえ、あの、こんな凄い豪華な部屋、見たこともなくて、私どうしたらいいのかわからなくて……。」


 ミネは王女と同じテーブルに着いてしまっていいのかと考えあぐねていた。

 そんなミネを見て、マリンは微笑みを浮かべて手を差し出しもう一度言った。


「どうぞ、お座りになって。」



 ミネがテーブルの席に着くと、マリンの後ろにいた女騎士がマリンの前にお茶の入ったティーカップを置いた。

 続いてミネの前にも同じようにティーカップを置く。


「さて、ミネさんは西の国の方ですね。失礼ですが、リョウさんとはどのようなご関係ですか?」

「あ、あの、私はリョウが、ドラゴンがリョウになった時に、竜の花嫁として選ばれて、それからずっとリョウと一緒にいます。」

「竜の花嫁……ですか。うーん、北の国にあったという蛮習ですね……。ドラゴンに憑依術を使ったのは?」

「それは、中央教会から来たという神官様が……。」

「教会の神官……。あそこは古いしきたりに捕らわれた人間が多いですからね。ティアラ、後で調べさせてください。」

「……はい。」


 ティアラと呼ばれた黒髪の女騎士は、か細い声で返事をした。


「それで? リョウさんとは夫婦ということですか?」

「いえ、それが、あの……。」


 ミネはリョウと会ってからの出来事をすべて正直にマリンに話した。

 なるべくリョウの印象が悪くならないように、リョウの不利にならないように、ミネは注意深く話をした。



「それでは、リョウさんは元の世界では女性だったということなんですね。」

「そう言っていました……。」

「ふーむ。」


 マリンは腕を組み右手を顎に当てるようなポーズを取った。

 そしてミネに気を遣うように、少し優しさを含めた声で言った。


「これは憑依者にはよくあることで……、特にリョウさんみたいに魂の形と今の姿が大きくかけ離れてしまっている人に多いのですが……、お話を聞く限りリョウさんはこの世界に現実感を持っていません。」

「……それはなんとなく私にもわかります。」

「ミネさん。あなたはリョウさんと一緒にいても幸せにはなれないと思います。きっとリョウさんにはあなたの気持ちはしっかり伝わっていないでしょう。こんなことを言うのは酷ですが、リョウさんとは離れて、故郷に戻られた方がよろしいかと。」

「私は、それでもリョウと一緒にいてあげたいんです。リョウが元の世界に戻りたいなら助けたいし、女に戻りたいと思うならそれを受け入れたい……。」


 ミネは真っ直ぐにマリンを見据えて答えた。

 ここでリョウを見捨てて村に帰ることなんて考えられない。

 マリンに自分の覚悟が伝わるようにと祈った。



「……わかりました。そこまでお気持ちが決まっているのなら。ミネさん。これからもリョウさんの支えになってあげてください。」

「はい。そのつもりです。」


 マリンはティーカップのお茶を飲み干すと椅子から立ち上がった。


「リョウさんのことはよくわかりました。どうもありがとうございます。リョウさんのことは任せてください。」

「あ、ありがとうございます。よろしくお願いします!」


 ミネも慌てて立ち上がって頭を下げた。


「では、おやすみなさい。」


 マリンとティアラが部屋から出て行ったあと、緊張が解けたミネはそのまま床に座り込んだ。


「はぁ、緊張した。……リョウは今どうしてるかな。」


 思えばリョウがこの世界に来てから離れて寝る夜はこれが初めてかもしれなかった。



「あ……どうですか……王女。」


 ティアラが自信なさげな小さな声で聞いた。


「あの子はしっかりしています。きっと同行させても大丈夫。それになぜ彼がドラゴンの力を維持できているのかもわかりました。これなら心配は杞憂です。」

「では……予定通り……。」

「そうですね。邪魔が入る前に向かいましょう。それに憑依術か……、私としたことが思いつかなかったですね。これなら次の目的はすぐに達せられるかもしれません。これで出し抜くことができます。」


 マリンは廊下の窓から北の方角を見た。

 少し欠けた月を隠すように浮かぶ雲の向こうに山がそびえる。

 その景色を見るマリンの顔にあったのはいつも人に見せている天使の微笑ではなく、野心に溢れた笑みだった。


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