ドラゴンVS魔法使い!
「はい、お弁当ね。」
毎朝ボクは、ミネの弁当屋で弁当を買ってからシュンさんの店に出勤するようにしていた。
「あ、ほら、ちゃんと首に巻かないと。ウロコが見えてる。」
「ありがとう。ちょっと寝坊気味だったから時間無くてさ。」
今日はいつもの時間よりも遅くなってしまっていた。
弁当屋にはもう他にもお客さんが数人来ていた。
……大丈夫。
周囲の目を気にして見渡してみたけれど、こちらを気にしている人はいなさそうだ。
もうすっかり気温は下がっていて朝は寒くて、ボクもミネも街の人々も厚着をしている。
ボクが首に布を巻いていてもおかしくない格好の季節になっていた。
ミネの弁当屋を後にしてシュンさんの店に向かおうと歩いていると、急に後ろから肩を掴まれて声をかけられた。
「あなた……、ドラゴンなのね?」
「え?」
「まさか、こんなところで油を売ってるとは思わなかったわ。おかげで中央王国との間を二往復しちゃったじゃない。」
ボクに声をかけたのは二人の少女だった。
ボクの肩を掴んだ青い長い髪の少女が言う。
「私は瑠璃色の魔法使いルカ。宝石の夏という意味よ。」
もう一人の少女も自己紹介をする。
「私はプリンですぅ。」
ボクが青い髪の魔法使いルカの手を払って距離を取ると、ルカは持っていた杖をボクに向けた。
ここは大通りの真ん中だ。
道行く人々がすれ違いざまにボクらを見ている。
「何のことですか?」
ボクはとぼけることにした。
どうせ、ボクの首のウロコを見て、珍しいものを見たと思っただけに違いない。
……でも、待てよ?
ボクを探していたようなことを言っていたか?
「誤魔化せると思ったの? ドラゴン! 観念なさい!」
これはなんかヤバそうだ……。
完全にボクをドラゴンと確信していて、しかも敵意を持っている。
魔法使いって何だろう?
何をしてくるか全然予測がつかない。
これは逃げるしかない。
ボクは今来た道の方へ逃げた。
このまま街の中心の方に逃げると、人が多くなるから逃げにくくなると思った。
「待ちなさい!」
途中、ミネの働いている弁当屋の前を通り過ぎたが、ミネの姿を確認する余裕はなかった。
二人は走ってボクを追ってきている。
ボクだけが狙いなら、かえってミネは巻き込まない方がいい。
ボクは人の多い大通りから離れて、狭い道を選んで走る。
最後の手段としてドラゴンになって飛んで逃げるとしたら、誰にも見られないところで変身しないといけないと思っていた。
しかし、見覚えのない道の角を曲がった先にあったのは壁だった。
まだこの街の地理をわかっているわけではないボクは、最悪にも行き止まりに迷い込んでしまった。
街の段差によって、ちょうど壁ができているところだった。
上の道に上がるには一つ先の道を曲がって階段を上らないといけなかったのだ。
二人の少女はボクに追いついて、行き止まりを戻る道の前に立ち塞がった。
「……ボクがドラゴンだから何だっていうんだ!?」
相手の目的がわからない。
ボクはドラゴンの姿にいつでも変われるように覚悟した。
ボクを追い詰めた少女二人は、ボクの問いに答える気はなさそうだった。
「ルカちゃん。ドラゴンに変わられると厄介ですよぉ。」
「た、たしかに……。先手必勝、やるしかないわね! 着替え魔法、ナンバー八十二!!」
ルカが持っている杖を空に向け掲げると、二人の姿が煙に覆われ、次の瞬間、二人の着ている服が替わっていた。
……バニーガール姿に。
ルカは、頭の上のバニーの耳を持ってくるりと回った。
やっぱりその格好が恥ずかしいのか顔を赤い。
「ドラゴンの憑依者の弱点は対策済みよ! こ、この姿を見なさい!」
弱点って、どうしてバニーがドラゴンの弱点になるんだ?
まさか、それでドラゴンへの変身を封じられるというのか!?
マジで!?
ボクはドラゴンへの変身を試みる。
……変わらない!
なんで!?
……いや、なぜかボクはさっきからバニースーツから覗くプリンの白い胸元や、ルカの際どいスーツの角度から生えるスラリとした脚から目を離せなくなっていた。
これが魔法なのか!?
「ボクが何したっていうんだ!?」
「問答無用!」
ルカが杖をボクに向けると、白い塊が飛んできた!
咄嗟にボクはそれを腕で払い落とそうとしたが、それはボクの腕から離れなかった。
腕が冷たい。
ボクの腕に氷の塊がくっついている!
「氷の魔法!?」
もう一人の少女プリンがあっという間にボクとの間隔を詰め、ボクの頭を目掛けて飛びかかってくる。
ボクはバランスを崩し倒れた。
倒れたところをルカの氷の魔法の追撃で、ボクは両手両足を地面に氷漬けで固定され磔にされてしまった。
今、ボクの頭はプリンに膝枕されるような形になっていて、ボクの頭の上にはプリンの二つの胸が乗っていた。
ルカが白くて丸い尻尾のついた尻を振りながら近づいてくる。
ああ!
ダメだ!
完全にやられた!
ドラゴンの姿になれない!
ドラゴンの本能がしっかり反応しているんだ!
「ルカちゃん……、谷間があんまり出来てないですねぇ。」
「うるさい!」
「おそらく、ルカちゃんだけではドラゴンを誘惑することはできなかったと思いますぅ。」
「何を言ってるの!? そんなこと無いわよね? ドラゴン?」
ボクに聞くなよ……!
「そんなことよりも!! ドラゴン捕獲はこれで完了ね!」
「この袋に詰めましょうかぁ?」
二人はボクを捕まえてどこかに連れて行こうとしているようだ。
「……ボクをどうする気だ?」
「私たちはぁ、魔女様に魔物ドラゴンの捕獲を命じられて来たんですよぉ。」
「ドラゴンが憑依者になってるのは魔女様も知らなかった大誤算だったわ。」
ルカはさっきからジッと、ボクの股間でズボンにテントを作っているドラゴンの本能を見つめていた。
「……ドラゴンの力か。」
ルカがおもむろにボクのズボンに手をかけた。
「あ、ルカちゃん、何やってるんですぅ?」
「そこで何やってるの!?」
ふいに聞こえたそれはミネの声だった。
ミネはボクらを見かけて追いかけてきていたのだ。
「ミネ! 危ないよ! 来ちゃダメだ!」
「リョウから離れなさい!」
ミネがルカに掴みかかってボクから引き離そうとするが、ルカはボクのズボンを離そうとしない。
ドラゴンの本能がズボンに引っかかって辛うじて脱げていないという状態になっている。
「こんなチャンスは二度とないかもしれない……! ドラゴンの力に今なら私でも手が届くわ!」
「……うーん。困りましたねぇ。」
その時ボクは、プリンがボクの頭から手を離していることに気付いた。
そしていつの間にかボクを拘束している氷が溶けかかって脆くなっていることにも。
ボクは腕に力を入れると、氷を壊して起き上がることができた。
「え? 今、魔法陣無しで魔法を使ったの?」
「転生者ですから、それくらいできますよぉ。」
いや、ボクは魔法を使っていない。
でも逆転するには今しかない!
ボクは、自由になった右手でルカのバニー服に手をかけて引っ張った。
「きゃあ!」
ルカがとっさに両手で胸元を押さえる。
その時にルカが杖を落としたのをボクは見逃さなかった。
ボクはルカが落とした杖を掴むと足の氷も壊して飛び起き、距離を取った。
「ミネ、ありがとう。こっちへ。」
形勢逆転か?
「つ、杖を返しなさい!」
魔法の杖。かざすだけで魔法を使える道具なのか?
でも、ボクが魔法を使おうとしても杖はウンともスンともいわない。
「その杖は署名した者しか使えないわ。あなたには使えないわよ!」
そういう仕組みがあるのか。
ボクが使えないならこれはボクにとって危ないだけの武器だ。
壊すしかない。
「ちょ、ちょっと!? まさか、壊そうとしてないわよね? やめて!」
「壊すに決まってる。こんなもの!」
ボクは杖に足をかけて体重をかけて折ろうとする。
「やめて! やめて! やめて! それがいったいいくらするか知ってるの!? 家が一軒建つのよ!? まだローンが三十年残ってるのよ!?」
……それはちょっと引くな。
ボクも働き始めて、この世界の金銭感覚がだいぶ育ってきたと思う。
ボクの今の給料ではこの杖は一生掛かっても買えないだろう。
「もうボクを狙わないと誓えるか?」
「誓う。誓うから、お願い、杖は返して……!」
ルカは半泣きになっている。
「そっちは?」
ボクはプリンの方を見た。
「……。」
プリンはさっきと違う雰囲気で、黙ってこの状況を見ているだけだった。
「……わかりましたぁ。」
ボクはルカに杖を返して、逃げるルカとプリンを見送った。
そしてそのままシュンさんの店に出勤すると、大幅な遅刻で滅茶苦茶怒られた。
魔女がボクを狙っている……。
ボクのドラゴンの力が狙われるなんて思わなかった。
何か武器が無いと人間の姿ではボクは戦えない。
でも、魔法の杖は手に入らなさそうだし、道具で何か作れないかなぁ。




