見舞いラッシュ
98話
~集中治療室~
「自然治癒、安定。これより経過観察に移る」
「「「「了解!」」」」
バルディは、出血多量で命の危機に瀕していたの
だが、国の最高医療技術をもって、危機を脱したの
だった。
(…………それにしても、あの出血から生還した上、あの
複雑骨折を自然治癒に任せられるようになるとは、ワシ
が治療してきた冒険者の中でも、断トツで生命力が
強いのぉ…………)
それどころか、生命力のゴリ押しにより、固定
ギブスのみで、骨折が治る見込みすらあるようだ。
(とはいえ、筋肉は戦士の命。この怪我で消耗して
しまったのは、間違いなく彼にとって痛手になる
じゃろう。冒険者専用ギブスの10倍強度のギブス
を着ける彼なら、尚更じゃ)
室長クラスの医師は、患者に適正なギブスを着用
するために、鑑定スキルを有している。その為、冒険者
になって間もないバルディが、飛ぶ鳥を落とす勢いで
成長したことを知り、成長速度の停滞で落ち込むで
あろう彼を憂いた。
だが、バルディのステータスの…………いや、筋肉の
成長は、俺が止めさせねぇ!
"極小召喚・超蛋白胃直送"!
償いとは言えねぇだろうが、せめて、不足した
タンパク質を送り、筋肉の分解だけは防ぐ。
俺だからこそ出来る"予防"を、するしかない!
~ミュールの病室~
「う…………ん…………??」
目覚めると、日が傾いていた。
「日付は…………変わってない。半日、寝ちゃったのね
…………」
カレンダーの日付を見て、どれだけの時間を寝たのか
把握した。
「バルディ、無事に勝てたのかな…………? あれ?
そういえばここって、リジョンじゃない…………それに、
少し痛いけど、どこも折れてない…………!!」
そして、"不自然すぎる程"傷の治りが早いことに、
違和感を感じた。
「良く、寝れたか?」
「!、ワイルド、それに、皆も…………」
俺が作った回廊を潜り、リョウ、ティグ、ジョセフ
の3人。リジョンで共に戦った、戦友達が現れた。
「ミュールさんっ、怪我っ、大丈夫!?」
移動前、俺の報告に一番青ざめていたリョウが、
ミュールに思わず駆け寄った。
「ッツ!?…………ええ、かなりの箇所骨折したけど
…………今は、大丈夫よ…………」
ミュールは、普段穏やかなリョウが、勢いよく接近
したことに驚いたが、彼の気持ちを察し、無事を口頭
で伝えた。
「よ、良かったっっ!! 僕が居ない間に…………、ミュール
さんの身に、取り返しのつかない事が起きたのかと
…………思って…………!! 無事で、本当に良かった!」
彼女本人から無事を聞いたことで、リョウは緊張
の糸が切れ、僅かに涙を浮かべながら、安堵の声を
上げた。
「もう、私がそう簡単に、殺られる程弱く見えるの?」
「そんなことは少しも思ってないよ。でも、どんな
強者でも、思わぬタイミングであっさり死ぬことが
あるから…………。うん、凶報を聞いて、気が動転して
いたよ。僕の方こそ、君に安心させられちゃったね。
ミュールさん、生きてくれて本当にありがとう!」
「フフッ、どういたしまして。貴方こそ、また会えて
嬉しいわ、リョウ。ティグもジョセフも、ワイルド
も!」
ミュールも、リョウ達や俺との再開を喜んでくれた。
「ああ、俺、こうして戦友と再開できて、嬉しい!」
「小生も同意だ。しかし、無事を確認したい気持ちが
先行し、見舞いの粗品を用意できなかったな」
再開を無邪気に喜ぶティグに対し、ジョセフは
見舞品を忘れたことを、気にしている様子だ。
「う~ん、ここの飯、少ねぇし、そうだ! 俺、肉屋で
テークアウトーしてくる!」
それに対し、ティグはシンプルな思考で、彼女の
身体の助けを思い付き、
「妙案だな。ならば小生は、暇潰しの本を数冊用意
しよう。リョウ氏! 彼女の話し相手を任せる」
ジョセフは心理的な助けを思い付いた。
「了解! 道中気を付けてね!」
そして、ジョセフに話し相手を任されたリョウは、
真剣かつ朗らかな表情で、返事をした。
「オウ! ワイルド! アント・ネットの中心へ、
オープン・ザ・ゲイトォ!」
「ティグ氏、少し声を抑えようか」
「そうだぜ。買えたら報告すれば、ここに戻すぞ~。
中召喚・転送」
俺はジョセフと、病院でうるさくしたティグを嗜め
つつ、2人を中心街へ転送した。
2人の喉元に、座標連動型の極小回廊を開き、出口
を俺の耳元に作ることで、彼等の声を把握できるのだ。
「さて、2人で積もる話もあると思うが、ここで2人
にも関係する、俺の野望を伝えたいと思う」
能力的適正以上に、彼等の心を汲んだジョセフの
気遣いを尊重したいところだが、この話だけは今、
するべきだと思った。
「僕と…………ミュールさんに関係する…………??」
彼が奴から暴行を受けかけた前日、ミュールもまた、
暴行を受けそうになっていた。この情報は、リョウに
まだ伝えていなかったので、彼の返事に違和感はない。
「ああ。2人が出会う、少し前の話だ」
「少し、前…………ハッ!!!!(あの時、私が助かったのって
!!)」
一方、ミュールは、俺が時期を示した事で、多くを
察したようだ。
「2人とも、俺と会う前に…………」
そして、暴行未遂の件で、2人の生存に俺が1枚
噛んだこと、加えて、犯人であるカルロス及び、奴の
所属するパーティへの復讐という野望を語った。
「…………以上が、俺の野望だ。特にミュール、あの時
直ぐに介入せず、あまつさえ利用したこと、こんな
野蛮な考えを隠し持って、普通に話しかけていたこと、
そして…………、今回、直ぐに助けられなくて…………、
本当に、ゴメンね…………!!」
特に、最後と最初の件は、心底人でなしだと思う。
「ワイルド。ううん、ショウ」
「…………」
彼女の声が、普段より低く感じた。
「頭を上げて」
「…………」
頭を上げてみると、
「謝ることなんてないよ。寧ろ」
俺の想像に反して、表情は明るく、
「あの時、私を助けてくれて、ありがとう!」
「!…………だけど、回りくどi…」
「違うよ。深く考えたら分かるけど、暴行未遂になる
まで、奴の動きを引き出せたからこそ、奴や仲間の
外道達の動きを締め付けられたのよ。フレイギルド長
に、情報を多く渡せたのも、貴方の判断があってこそ。
何より、奴の殺害より、私達の命を優先して、力を
得る切っ掛けを作ってくれたことに、心から感謝を
するわ。本当に、ありがとうございます!」
「…………」
動作、表情、心音、何をとっても、彼女の心からの
お礼であることに、疑いの余地はなかった。
「ショウ君、僕からも、命を助け、力と、何より仲間
を作る切っ掛けを作ってくれて、ありがとうございます」
リョウもまた、改めて俺に心からの感謝を伝えて
くれた。
「2人とも…………、俺の行動に…………怒りや恨みは
無いのか…………」
「無いよ」
「僕も同じく!」
「それに…………、このレベルの仕打ちを受けて、復讐
を誓わない人の方が少ないと思うわ。奴と対面した
私も、最悪殺すしかないと思った位だし、貴方の怒り
はきっと、そんなレベルを遥かに超えると思う」
「うん。僕と交わした約束、覚えているかな? 僕は
力を得る手助けを受ける代わりに、君の復讐を全力で
助ける。そう、今こそ約束を果たすときだ」
「私も、もっと強くなって、あの下衆を完封して
見せるわ」
「ミュールさん、僕に手伝える事があったら、何でも
いって。力こそ逆立ちしても助けになれないけど、
君も奴の被害者だと知った今、指を咥えて見ていられ
ないよ!」
「リョウ…………。頼りにしているわ。当然、ワイルド
コーチもね!」
「リョウ、ミュール…………、ああ。必ずカルロスを
…………、アースヒーローズの狼藉を、止めてみせる!」
『『『ガッ!!』』』
3人で、拳を重ねた。
「じゃあ、俺は意外とやることが多いから、2人は
ゆっくりお話ししていると良いよ。戦闘、お疲れ様!」
俺はそう言って、病室を後にした。
それから、彼女には多くの人物が、見舞いにやって
きた。
「ミュール、約束通り、スペシャル肉セットだ!」
「戦術書、属性辞典、戦記、そして恋愛小説だ。
退屈を和らげられる事を祈る」
先ずは、先程来ていた2人。
「2人とも、本当にありがとう」
次に、
「ミュール、無事そうで何よりだ」
クレインさんが、俺に転送されて来た。
「クレインコーチ…………。下衆に、負けてしまいました
…………」
「生きていれば、雪辱を果たす切っ掛けは、自ずと
来る。必要あらば、拙者はいつでも鍛練の相手になる
ぞ」
「はい。今後もよろしくお願いします!」
「では、見舞いの大和団子を渡して失礼する。気軽に
話せる者と談笑し、早期に回復することだ」
「「行っちゃった…………」」
クレインさんは、言うべき事を言い終わるや否や、
足早に退室してしまった。
「ミュール、思ったより無事そうで良かったわ」
「シャールコーチ!」
「リョウが居れば、"話し相手"には困らないな」
シャールは周囲の幽霊を見渡し、納得した様子を
見せた。
「それと、幾つかフルーツを持ってきたわ」
更に、どれもブランド物の果物を、机に置いた。
「こっ、こんな高級品! も、貰えm…」
「はい、ケチらないの。弟子の見舞いをケチる師匠
なんて、恥ずかしくて仕方ないわ。ちゃんと金額
だけじゃなくて、栄養や安眠効果を考えて買ったから、
安心して食べなさい。元気になって、修行に戻ってくる。
これが最高の"オツリ"よ」
「ありがとうございます…………!!」
「僕からも、ありがとうございます!」
「どんな動きでも、あっという間に覚える姿、また
修行の岩場で見せてね。ではお大事に~~」
「「…………行っちゃった」」
直ぐに帰る武闘派コーチ達に、2人は釈然としない
気持ちになっていた。
(もっとお話すれば良いのに~~)
(は~あ、ちょっと年上だからって、無駄に気を
使っちゃって~~)
ニーナも2人と同じ考えだったが、ヴィヴィアン
のみ、コーチ達の真意に気づいていた。
そして、日が落ちきって間もない頃。
「ちょ! ゲイル~~、甘えすぎだよ~~!」
『ベロン! ベロン!』
『ゲイルフカフカ~!』
ゲイルがリョウにじゃれて押し倒し、その背中に
ニーナが抱きついていた。
「…………何か、急に穏やかになったと思うわ」
『そうねぇ。数時間前まで、厄災なんかを相手取って
いたからね。無理もないわ』
『クゥーン…………』
ベッドで腰を下ろすミュールに、ヴィヴィアンと
シヴァが側で寄り添う。
『我等は、さながら…………』
『病棟の地縛霊だな』
重歩兵レオンと剣士アンドレは、見た目に相応しい
役職を全うしているようだ。
その静寂は、不意に破られた。
「2人とも、ミュールとの面会は可能か?」
『!?』
『そ、そなたなら…………、異は唱えまい…………』
「そうか。では失礼する」
気配無く、不意に現れたフレイは、2度扉を軽く
叩いた。
「フレイだ。少し話をさせてくれるか?」
「フレイさん…………」
「どうぞー!」
フレイの要求を、ミュールは承諾した。
『ガルルッ』
『狼っぽい兄ちゃんだー!』
『ッチ、空気読めや』
『キューン…………』
室内の幽霊達も、各々の感想を述べた。
「邪魔するぜ」
果たして彼は、何を話すのか。
最後までご覧くださりありがとうございます。




