闇夜に光るキャッツアイ
ぬこー!
102話
『コンコン!』
「ミュール、リョウ、来たぞー」
ノック音と同時に、ティグの声が聞こえてきた。
『ガラッ!』
「むっ!」
「ガオッ!?」
自分達が開ける前に、扉が開いた為、2人は軽く
驚いた。
「あんた達がティグとジョセフッスね。入って良い
ッスけど、静かにするッス」
サタヤナに迎え入れられつつ、騒音厳禁を言われた
2人は、奥で鉄砲水のバリアに囲まれたワイルドを
見て、緊急事態であることを悟った。
~数秒前・路地裏~
「この私にィ、獲物の逃走という泥をォォ…………、
よくも塗りやがったなぁぁああああああ!!!!」
アーロンは、ワイルドを逃がしたことで、怒髪天を
突くほど怒った。
「代償は貴様の命だぁぁあああ!! クソアマァ!!!」
『カッッ!!!』
そして、怒り任せに路地裏中を、光速で動き回った。
あまりに連続したスキル発動であった為、高威力の
爆弾が炸裂する瞬間の閃光並みに、辺りを照らした。
「嫌な光」
一方、猫獣人にして魔王軍幹部のミア・バステは、
この状況下でも、肩書きに恥じない落ち着きを見せて
いる。
「貰っ…」
「残…」
アーロンが背後から剣を振るおうとするが、肘の
暗器で肘打ちのカウンターを取った。
「(光速移動!)たぁ!!」
しかし、光の速さで彼女の右側の建物へと移動し、
剣を突きだしつつ、再度光となって、彼女へと突撃を
開始した。
「念♪」
『ガッ!!』
「んはぁ!?」
だが、彼女の心臓へ狙い済ましたはずの1突きは、
何故か外れており、それどころか、剣の柄に当たる
まで、刃が石壁へと突き刺さっていた。
「当たりませんでしたぁー!」
『スカッ!』
そして、彼女の超音速で無音の爪が、アーロンへと
襲いかかるが、肉体の速度で避けられる。
「首チョンパァ!!」
『パァン!!』
対照的に、アーロンの斬撃は空気を轟かせながら、
彼女の首もとへと迫ったが、軌道を読んで回避された。
「突き突き突きィ!!」
「何それぇww」
続けざまに放たれた連続突きも、駄々漏れの殺気と
工夫の無さにより、呆気なく見切られてしまった。
「真っ二a…」
『ヒュ……!!』
アーロンは、止めとばかりに縦一閃を繰り出したが、
体捌きだけで回避を確定された挙げ句、爪の突きを
完璧なタイミングで繰り出された。
「っ猪口才n…!?」
常套句の光速移動で建造物へと後退したが、胸に
刺さる殺気を感じ、今度は左へと光速移動した。
「斬撃飛ばしたの気づかれちゃった。逃げだけは
本当にお上手ねぇ~~(本当、正面切っての討伐難度は
厄災以上ねぇ…………)」
彼女も極限まで殺気を消して攻撃しているのだが、
アーロンの危機を感じる能力を崩すに至っていない。
「貴様こそ…………猪口才な小細工で…………この俺様
をコケにしやがってぇ…………(そして…………何故刃が
当たらないィ!?)」
一方のアーロンも、彼女の異様な回避性能に
手こずっている。
「けど、怖がりだからってぇ、逃げてばかりだと、
アタシの命は奪えないわよ♪」
その様子を見透かすように、彼女は挑発を行う。
「フ、フン! 貴様とてぇ、私に掠り傷1つ負わせれて
いないだろう!」
「強がっても無・駄・よ♪」
『パチン!』
彼女は強がるアーロンを、わざとらしく爪を鳴らし
ながら煽った。
「事実だぁ!!」
そして、激昂したアーロンは、"敢えて"光にならずに
突撃しだした。
(絶対見破ってやる! このクソアマの回避メカニズムゥ!!)
それは、視覚の効かない光速移動では見抜けない、
彼女の回避術を見破る為だった。
「ヒィヤァッッ!! ウィイィィイイイッッッ!!!」
『ズパパパパパパパァァァン!!!』
その突きや振りは、最早近代兵器の乱発による暴風
を思わせる威力・速度だ。
(斬撃3つは避けて…………)
だが、彼女は極めて冷静に、怒り故に高次元での
精密さが、僅かに欠けるアーロンの攻撃を避けていく。
初手の首を狙った斬撃を屈んで避け、右脚への
袈裟斬りは、予備動作中に重心を隠密に左へ寄せる
ことで、斬撃開始と同時に右脚を寄せ、斬撃の軌道
から外す。
(この突きは厳しいわね…………)
右腰から左肩への逆袈裟斬りを、左足を踏み込む
ことで、身を下げて避けたが、次の身体ごと猛進する
突きは、全速力の回避でも、右の脇腹に刺さりそうだ。
(けど、範囲不足よ!)
「んん!?」
だが、いざ刃が彼女の脇腹を捉えたかと思いきや、
その感触は全く無く、アーロンは、自らの得物が、
まるで闇へ吸い込まれたかのような感覚を覚えた。
『ズッッ!!』
「!?」
極めて短い時間単位でそんなことを感じていると、
今度は石壁に剣が刺さった感触を覚える。
「キィエッ!!」
当たっていない。そう感じたアーロンは、彼女が
攻撃するよりも早く、彼女を倒そうと、加速度的に
突きを連発した。
(腐っても、速さだけは最高峰…………、2発しか純回避
出来なかったわ)
合計して十数発繰り出した突きの内、過半数を肉体
の縁に当てたつもりが、やはり手応えを感じられず、
彼女も五体満足、無傷そのものの容貌だった。
「ならば斬斬斬斬ッッッ!!!」
アーロンは、彼女が単純に刺突無効だと考え、攻撃
方法を斬撃に切り替えた。
(本当に驚異的な速さだけど、狙いさえ分かれば刺突
より対処は簡単♪)
「何故手応えが無いッッッ!?」
攻撃の面積が増えた分、9発中8発が浅く被弾
したように見えたが、やはり彼女に傷を付けること
は叶わず、アーロンの手にも、人を斬った手応えが
返って来なかった。
「くうっ!」
とうとうカラクリを見抜けなかったアーロンは、
彼女の得体の知れなさから、距離を取るに至った。
(本当にビビり。ここに希望を与えたら…………)
彼女は、遠方への気配の移りから、アーロンが距離
を取ったことを悟り、徐に大振りで爪を振り上げた。
「ノロマがぁ…………(知覚する間もなく死ねぇ!!)」
(今よ)
アーロンが、目の前に最高速度の連撃を放つ構えを
取ると同時に、彼女はウインクしながら、無詠唱魔法
を繰り出した。
『カッ!!』
それとほぼ同時か。アーロンの全身が光子となり、
誰もが知覚不能の速度で直進してきた。
「キェ…」
そのまま彼女へ衝突し、光子化が解けたと同時に、
無数の斬撃で彼女を肉片にしながら、奇声を発する。
『バグゥオオオオオン!!!!』
「イッッ!?」
筈だった。
「フフッ、どうしたのボウヤ。手首でも捻ったの
かしら~~? 痛いの痛いの飛んでケーって、して
欲しい??」
アーロンは、何故か彼女をすり抜け、向かいの壁で
光子化が解除。予定より対象に近い位置で振るった
腕は、石造りの建造物をも砕く鉄拳となった。しかし、
当て所が悪く、右手首を捻挫したようだ。
「(すり抜けた…………!?)貴様…………幽霊だな!?」
一連の流れから、アーロンは彼女を幽霊だと
決めつけ、少しキレが悪い左指を突きつけた。
「やだぁ~~、こぉんなフワフワ毛皮の幽霊なんて、
居るわけないでしょ~~?」
「だったら、回避不能なる我が剣技を前に、無傷で
居られる訳がないっっ!!」
俺が彼女を逃がそうと極小回廊を開いた時、彼女は
ピンチ所か、寧ろ優勢だった。
「我が剣技(笑)って…………ww、私にしてみれば、少年
のチャンバラごっこよ。何というか、ナルシストな
態度の割に、センスないわねぇ~~、あなた!」
その証拠に、アーロンから焦りを示す生理反応が
幾つも出ており、彼女からは余裕を示す生理反応を
検知できたからだ。
「下等種族の獣人女の分際でぇ、この俺を侮辱する
かぁあぁああああ!!!!!」
それでも、個人的な運命が分かれたレッドドラゴン
戦と違い、アーロンは勝機を捨てておらず、彼女に
とって、名誉毀損となる発言を高らかに叫びやがった。
(俺の恩人を…………侮辱しやがっt…)
それに怒りを覚えた俺は、愚かにも怒り任せの攻撃
をしようとした。
「だーかーらぁ! センスの無いあなたは、下等種族
"未満"なの。侮辱されて当然の存在。路地裏に落ちて
いる、食べたら当たるパン切れみたいな存在なのよ」
しかし、彼女はアーロンの暴言に全く堪えておらず、
反撃の侮蔑を言い渡した。俺はそんな彼女を見て、
どうにか殺気を抑えることに成功した。
その上だ、
「少しでもセンスあるって思われたいなら、アタシに
攻撃を当ててみなさいよ。ほら~早くぅ~~」
彼女は、アーロンに更なる挑発を行った。
「言ってくれたなぁぁあ!! 微塵切りにして、
ドブネズミ共のエサにしてくれるわぁぁぁああ!!!」
そうして、アーロンが神速の踏み込みをしようと
した時だった、
「なっ…………!?」
下半身に力が入らず、ぐらつき始めたのだ。
「クスクス、どぉしたのぉ?? アンヨのセンスもゼロ
ですかぁ~~?」
当然、彼女の戦術が引き起こした結果なのだが、
アーロンがこれに気づけないのは、仕方ないとも
思った。
何故なら、俺でも僅しか嗅ぎ分けられない程、微量
の麻痺毒、沈痛毒、脱力・鈍化成分が、彼女の爪に
塗られていたからだ。
(動けないッッ!! スピードが出ないのはマズイっっ
っっ!!!!)
奴の、"毛虫の毛"サイズの傷口の数々から見て、彼女
は奴との攻防の合間に、小さすぎて奴には見えない
飛ぶ斬撃を連発し、脚を重点的に毒で犯したのだ。
結果、奴の最大の長所を封殺したのだった。
(致死毒なら兎も角、麻痺毒で直接殺そうと思う奴は
そうそう居ないわ。動きさえ読めれば、人類最速も
こんなものね)
こうなれば、召喚を使わない俺は兎も角、彼女に
負け筋は無い。…………そう思った瞬間だった、
「(殺せるけど、ここは)ねぇ、もう一度隙を作るから、
私をあなたの所に飛ばして!」
明確に俺に気配を送りつつ、小声で思いもよらない
進言をしてきた。
「えっ!?」
回廊ごしとはいえ、若干大きな声を上げてしまった。
「うるさい! 指示通りにして! っ、やるわよ!」
理由はさておき、恩人の望みということで、俺は
従うことにした。
(フッ、あの下等種族は、俺が動けねぇと思ってる
筈だぁ…………。近づいた所を、光速移動で突き突き
突きィ!! ってするまでだぁぁああ!!)
一方のアーロンも、彼女のリラックスした動きを
見て、油断していると勘繰り、起死回生の1手を
思い付いた。
その時発せられた殺気から、俺は今の奴も、"光速"で
移動できることを思い出した。
「センスを磨かなかった事が運の尽き。食あたり
パン切れを処分しま~す! シャアッッ!!」
作戦通り、彼女は殺気全開・隙だらけのらしくない
突撃を始めた。…………けど!
(速すぎる! こんなの殺気なかったら隙すら見えねぇ!!)
下手すれば、フレイさんにも匹敵する速度が出て
おり、連動して動く視覚用の回廊から流れる映像に、
面食らった。
『ニイッ!!』
そんな中でも、奴の下卑た笑みは見える。"本気を
出せば、俺のスピードに誰も敵わない"、そんな根拠の
無い自信、浅はかな思考が、嫌でも理解できてしまう。
「クスッ…………」
「!?」
だが、憂鬱な気分は、不意に破られた。
(アーロンが、消えた!?)
突如、目の前に重度の歪みが生じ、アーロンの姿は
おろか、奴の発光すら知覚できなかったのだ。
「今よぉ!」
『グオオオン!』
彼女は、背後に闇の壁を作りつつ、俺に回廊の展開
を指示した。
「中召喚・病室転送!!」
俺は即座に回廊を開き、半秒も経たずに彼女を病室
へと転送した。
~病室~
「アタシの命も助けてくれて、ありがと♪」
「いえ、寧ろ俺が助けらr…グッ!?」
俺が礼を言おうとした瞬間、彼女の動きが見え、
ほぼ同時に息が出来なくなった。
「でも、あの場面で大声出すなんてバカなのぉ!?」
「ムグググググ!!」
思わず大きめの声を出してしまったことを、怒って
いるらしい。力では勝っていると思うのだが、技量の
差でチョークスリーパーを抜けられない。その上、
「ムグ(痛て)ーーーーーー!!」
こめかみに拳を押し付けられた所、尋常ではない
激痛が走った。
「特性・増痛剤よ。この痛みで、今回の愚行を反省
しなさい!」
「ばぁ"、い"…………!!」
病室の全員が唖然としている中、俺はこの部屋へ
近づいてくる、荒々しく重厚な足音を聞き取っていた。
~路地裏~
「クッ…………、まだ、走れねぇ…………」
アーロンは、未だに彼女に見られていると錯覚
しているようで、発汗しながら歩いている。
「殺気を感じたから、緊急で来てみりゃあ…………」
「ッッッ!!」
気配を感じない場所から、突然聞こえた声により、
アーロンは怯えを見せた。
「この惨状は、テメェが引き起こしたのか? 答えろ、
アーロン・スパークマン」
声の主が、今朝瞬殺された相手、フレイ・パイロン
だったからだ。
最後までご覧下さりありがとうございます。




