後編
豆腐の角を頭にぶつけて死なせるためには、豆腐のことを知らないといけない。
速度を求めるには、豆腐自体の重さがどれくらいであるかのように。
『300g』
豆腐のパッケージにはこのように記されていた。
ぶつける物の質量は0.3kg、この通りにいこう。
強度は絹ごし豆腐の論文はあるものの、木綿はなさそうだ。
知らなくても、特に問題はないからだろうか。
……確かに様々な豆腐の強度を知っても、ぶつけることは実際にないのだから。
豆腐の構成は水が主成分であるために、試験機にかけることも難しいだろう。
ノートに書かれている『強度』の文字をペンで跡形もなく塗りつぶす。
もう、十分かもしれない。
得られた情報を元に、自身のエネルギーを計算にぶつける。
0.3kgが18.62kJのエネルギーを持つための速度は…
とりあえず、速度の二乗が1.241×10^5 m^2/s^2になることが分かった。
これを速度にするために電卓を叩く。
平方根の計算をノートで行うことができないからだ。
速度の計算結果が電卓のディスプレイに表示される。
「352.6m/s」
たしかに音速だ
定説の速度がきちんと求められたことに安堵する。
ついでに発射装置をつくろうと考える。
だが、エネルギーは「ゆっくり」動かすこと大前提であると気づく。
重力とかも急激な運動量の変化がないからエネルギーになりうるわけだし…。
「もう前提がぐちゃぐちゃになってしまった……」
私はノートの一部分を千切り取り、それを団子状にしてゴミ箱に投げる。
やはり物理的に瞬間で考えるには、衝撃だから力とかエネルギーでなく力積で考えるべきかな。
加速した豆腐が人の頭に接触する時間はそうだな…
人が瞬きする時間、0.1秒くらいでいいだろうか。
しかし力積の計算してみると、今度は6333m/s。
つまり、マッハ19くらいだ。
そんなことは絶対に現実的でないと考え、足りない自分の頭を抱える。
力積から、1cm移動させるための減衰エネルギー込みで考えるも、今度は41m/s。
これでは、発射装置をつくろうにもうまくいかない。
ノートには気が狂わないように描かれたらくがきで埋め尽くされていた。
これは…もうだめかな。
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すると、扉から聞きなれた足音を耳にする。
同じ研究室の友人、五代が見なれない機材を片手に持ち、向かい側の机に座る。
トレードマークの七三分けが崩れているほど、彼は多少息切れているように見える。
しかし、私の知識欲には関係ない。
少し舞い上がりながら、先ほど用意した質問を五代に投げかける。
「どれくらいの速度で豆腐をぶつければ人は死ぬと思う?」
「はぁ?何言ってんだ?」
普通はそう返すだろうな
水を飲んでいる五代に理由を説明する。
「慣用句を実際に起こしてみようとしたら、どうなるのかなと思ってさ」
「ふーん、とりあえず早ければ良さそうだけども音速を超えたらとかじゃないか?」
面白くない男め、そんなのだから彼女ができないんだ。
「……エネルギーなら当たりだよ」
「で、この計算結果の書きなぐりは」
五代が机に乗り上げ、私のノートをまじまじと見つめる。
「あー!もう!みるな!」
徒労に終わったノートを自分の手で隠す。
「なーるほどなぁ」
悟ったような表情を浮かべる五代。
言い返せない私に対し、続けて追い打ちをかけてくる。
「無駄なこと考えんなよ、どうせ発射装置みたいなのも考えたんだろ?」
「……」
「考えたところで発射したら豆腐は剛体じゃないんだから崩れるだろうに」
「……」
「豆腐の角であろうが、面だろうが、その速度だったら形状なんて関係ないと思うし」
「……」
「そんな時間があるなら、研究とか進めたらどうだよ?」
言い返せない私は、五代に捨て台詞っぽくあの言葉をぶつける。
「豆腐の角に頭ぶつけて死ね」