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最端の魔女の館の魔法教室《出力魔法》


 浮遊魔法で散々遊んだ二日後。師匠曰くデートのあと、帰ってすぐに酷い筋肉痛のようなものに襲われ、次の日の授業は休みになった。……師匠は何やら準備してたみたいだけど。

 その次の日には痛みは完全に引いた。あの筋肉痛のような痛みは、身体を作り変えたが故のものらしい。浮遊魔法のときのものはとりあえず浮遊にだけ対応させる、突貫工事のようなもので、後から俺の身体を魔法を使える身体に完全に作り変えられた。今なら本来の浮遊魔法のあの、魔力を薄く伸ばすというのもできるだろう。杖の身体は便利だなと、師匠は褒めてくれたが、体質みたいなものを褒められても困る。


 今日の授業は楽しいと、師匠は朝食の準備から張り切っていた。……テンションが高いだけで、質はいつも通りなあたりが師匠らしい。俺の分にだけトマトがあったが、断りきれなかったのだろうか。


 ともあれ、今日もゴーレムがいなくなったアトリエで授業だ。


 今日の授業は、出力魔法。



 師匠は自慢げに、炎の玉、水の玉、鉄の玉でお手玉をして見せた。いつか姫に見せられた曲芸に負けず劣らずの、なんとも危なっかしい物だった。


 出力魔法、というのは師匠のオリジナルの呼称で、本来別々の魔法だ。火球とか、水球とか。魔力で不定形な物を生み出し、それに形を与えて振ったり投げたりする魔法だ。

 師匠の属性は《金》、ヒヒイロカネ製の指輪で補助することで他の属性も人並み、というか魔女並に使えるんだとか。


「お前は肉だから、……やらない方が良いな。最悪、文字通り身が削れる。とりあえず魔力の直接出力からやるか。手首から指先までに魔力を溜めて、放つ。口から空気吹き出すみたいに。指先に鼻の穴があるイメージが最初はわかりやすい」

「……そのイメージはどうなんだ? まぁ、やってみるけど」


 魔力を集めて、少しだけ外に出してみる。

「ンッ……」

 知っている感覚だった。……あまり師匠には言いたく無い感覚だ。忌々しい過去を思い出す。

「一応、なんとかなりそうだ」

「おい待て、なんだ今の『ンッ』って声」

「気にするな。……出した魔力を水にするのはどうしたらいい」

 とりあえず、ただ出した魔力を出したり入れたりはできるみたいだ。多少形も付けられる。

「おい待て、なんで出した魔力戻せる……、あぁ、循環だったな。お前の魔法分類。なるほどそういうことか」

「普通は戻せないのか?」

「鼻に水入ったら痛いだろ。それに、入っても巡って出ていっちまう。多分、お前は循環だからその辺が違うんだろ。……モノに変えるのはひたすらにイメージだ。出した魔力の形のモノが現れる想像をしろ」


 その日ひたすらに試行錯誤し続けたが、結局、一度として魔力がモノに変わることはなかった。




 翌日からは、浮遊魔法と同じく発想を変えるところから始めることにした。

 倉庫にある本を、片っ端から読んで、いろいろ試す。中には人に教わるまでもなく、本の解説だけで使える魔法もいくつかあった。

 ――喉に魔力を集めて、声を変幻自在に変える《変声魔法》

 ――髪に魔力を集めて、髪を自由自在み動かす《動髪魔法》

 ――声に魔力を込めることで、仕組みを理解せずとも発動させる、主に魔法使いと魔法少女が使う《詠唱魔法》

 詠唱魔法であれば、炎を飛ばすことも、水を操ることも出来た。でもこれじゃあ、意味がない。出力魔法の真価はエネルギーそのものを出力することにこそあるのだから。

 詠唱魔法でも炎を出せるが、熱エネルギーそのものだけ出すことは出来ない。水を出して押し流すことはできるが、運動エネルギーそのものだけ出すことは出来ない。そこの差は、大き過ぎる。

 魔法関連の本以外にも、医学書も読んだ。俺の属性である《肉》を生かせるかもしれないと、師匠に勧められたのだ。

 あまり理解はできないから、医学関係は解剖学に重点を置くことにした。薬学なんかと違って、肉体構造の知識は、使い道がいくらでもある気がしたからだ。

 ともあれ、今は出力魔法に集中したい。それさえ使いこなせれば、トイレも風呂も一人で使えるのだから。この広い館で暮らすなら、絶対に身に付けなければならない魔法だ。


 杖として最適化された身体を活用して、広い館を飛び回りながら読書に耽る。石の床から、高級ベッドを経て、空気のベッド。寝床だけ進みすぎだ。


「……器用なことしてんなお前」

「ん、おかえり師匠」

 玄関あたりを飛んでいたタイミングで、師匠が買い物から帰ってきた。両腕に掛かったには肉やら野菜やらが大量に入っている。

「そのレベルで浮遊できるやつなら大概の基礎魔法は使えるぞ?」

 俺の浮遊は、技術としてかなり上手いらしい。虫や鳥よりも、字を書くように縦横無尽に動けるというのは実は難しい、らしい。立体的な迷路を脳内で完成させるようなモノなのだとか。

「なぁ師匠、魔法じゃできないことって、何があるんだ?」

「知らん。なんでも出来ると私は思ってる。タイムスリップだろうとテレポートだろうと不老不死だろうと死者蘇生だろうとな。突き詰めれば魔法ってのはイメージを合理的に実現する手段だ。強いて出来ないことを挙げるなら、想像のつかない、イメージの出来ないことだ。感覚で浮遊するやつなんて、それこそお前くらいだぞ」

「なるほどな。……いける気がしてきた」

「ま、いくらでも悩めよ。時間は有限だが、人生は永遠だ」




 面白い話を見つけた。

 この世界の海や川はつながっていて、延々と巡り巡っているらしい。即ち循環だ。

 俺はすぐさま試すために、アトリエに来た。ちなみに師匠はゴーレム関連の仕事中だ。

 今まではずっと水をイメージしていたが、そこを変える。イメージするのは、これまた別の書物で見た、古の魔法使いが想像した世界の予想全体図、地球。海と川が表面を撫で、地が火を秘めながら身を固め、天が平等に照らす青い球体。

 出力した魔力を球体にして表面を循環させる。すると、球体は削れるように縮んでいく。方向の違う流れ同士がぶつかり合って、分散、霧散しているようだ。

 仕方ない、形状を変えよう。球体では複雑すぎた。今度は立体ではなく平面に。平たく、さりとて丸く。ドーナツ状に、コンパスで円を描き続けるように、魔力を循環させる。

「冷たく、鋭く、重く、温く、生臭く、鉄臭く、甘く、塩辛く……」

 浮かび上がった水の情報を、頭上で廻る魔力の円に語り聞かせるように呟く。

「命を生み、命を奪い、弄び、弄ばれ、自然に不自然な命の燃料」

 出来た。何が起こるでもなく、しかし俺は確信した。魔力の円から削り出すように放てば、遠心力によって跳んだ魔力は水滴となり、壁に染みを作った。

「出来た!」

 今度はもっと大きく削り出せば、満杯のバケツをひっくり返したように水の塊が飛ぶ。今度は染みにするのではなく、空中に留まらせる。

 魔力が物質に変わる感覚は掴んだ。後は同じ要領で、別のものに変えればいいだけだ。幸にも詠唱魔法で水以外を放つ感覚もわかっている。過程も見つけた。なら後はそれを辿り、実行するだけである。




 今までの苦労がまるで嘘のように、俺の出力魔法で出力できるもののレパートリーは増えた。火や水、光だけでなく、岩や金属、何の動物のものかはわからないが肉までも。

 そしてついに、風呂とトイレの機能を万全に使えるようになった。つまり、もう師匠と一緒にトイレに行ったり風呂に入ったりする必要はないということだ。

「おいコンスタンタン、風呂はいろーぜー」

「はっ、侮るな師匠。俺はもう一人で風呂に入れる!」

「それ威張って言うことか? いいから一緒に入るぞ。私みたいな美女と一緒に入れるんだ、ご褒美だろ?」

「この国の姫の方が綺麗だった」

「おい馬鹿弟子。おいコンスタンタン。世の中言っていいことと、悪いことがあるってのは教えなかったか?」

「……悪かったよ」

「反省したか? したな? よしなら風呂いくぞ。私の体、目と脳と魂に刻み込んでやる」

 女の台詞じゃねえ。


 すぐ後、浴室にて抵抗虚しく、俺は刻み込まれたのだった。

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