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最端の魔女の館の魔法教室《浮遊魔法》

 魔女の弟子になって一週間が経った。師匠と風呂やトイレを共にするのも半ば慣れてきて、しかし日に日に魔法を使えるようになりたいという欲求は強まっていった。

 一番俺をその気にさせたのは、師匠の何気ない言葉だったが。

「背を伸ばす魔法なんて無いっぽいぞ。ま、ないなら作ればいいのさ。十年あればできるだろ」

 一年で作ってみせる。師匠の背を超えてみせる。

 そんなこと言ったら笑われるから、絶対言わないけど。


 ともあれ、一週間で俺は魔女の常識を叩きこまれ、今日から魔法を教えてもらえるのだ。


 魔女の常識、といえばなんだか面白そうなものだが、実際興味深い物だった。


 魔導師という存在が、この国には存在する。師匠達が類される魔女。あと、希少な魔法少女と、実はいっぱいいる魔法使い。三つの総称が魔導師で、役割や起源が大いに異なる。

 魔法少女は、兵器。強大な障害を破壊するために魔法という危険な爆弾に手を出した。

 魔法使いは、研究者。好奇心を満たすために未知に満ち満ちた魔法という教材に手を出した。

 魔女は、人それぞれ。やりたいことをするために便利な魔法に手を出した。

 危険度は天と地ほど差があるが、どれも基本的に人間扱いはされず、それなりの縛りがあるが、同時にそれなりの特権もある。


 年齢制限。何歳以上でないとなれない、みたいなよくあるものではなく(ちなみに俺は十八歳未満購入禁止奴隷だった)、その歳になったら死ななければならないというものだ。

 魔女は三十歳、魔法使いは百歳、魔法少女は十五歳。その歳になる誕生日になると魔導師ではなく魔人、魔族として扱われ、全人類の敵になる。


 魔族。人間以外の人型種族の総称で、代表例として悪魔や吸血鬼、エルフ、獣人が挙げられる。魔人もその中の一つで、人間からは「会ったら殺される。見たら殺される。会わなくても殺される。見なくても殺される。残虐邪道な魔法で惨たらしく殺される」とか、思われてるらしい。師匠がそんな人には見えないが、一定の年齢に至ると変貌するらしい。

 ――というのは真実では無い。師匠は二十五歳と偽っている三十六歳だ。十八歳から魔女として活動を始め、その頃から主に魔法使いが得意とする魔法、《状態保存魔法》を肉体に使っているらしい。……その使い方も邪道そのものらしいが。本来、大切な研究資料を保管するための魔法らしい。


 こんなことを一週間習い、今日からやっと魔法の授業だ。


 今日の授業は、浮遊魔法。




 ゴーレム製作用のアトリエで、師匠は空気に寝そべって見せた。

「浮遊魔法は体内で魔力を固定、接合、移動させる魔法だ。ミスると心臓が肋骨砕いて出てくるから気をつけろ」

「なんでそんなエグい失敗例を出す」

 師匠は人を殺しそうなほどに恐ろしい笑みを浮かべる。

「そうならないように指導するのが師匠ってもんだ。風呂で魔力動かす感覚は教えたろ? とりあえず心臓から全身まで広げろ。イメージは絵の具を水に溶かして薄めるイメージだ」

 魔女の魔力源は心臓だ。魔法少女はステッキ、魔法使いは脳と差異はあるが、基本的に扱いは変わらない。

 師匠に言われた通り、まずは心臓から湧き出る魔力に意識を向ける。熱くも冷たくも無く、硬くも柔らかくも無いが、確かに何かがそこにある。これを薄く伸ばして、全身に行き渡らせる。

「…………」


「…………」


「…………」


 駄目だ。薄めるという感覚がわからない。体内で血の濃度を薄くしろと言われても、体の一部のように操れるわけがないように。

「なぁ、まだか?」

 師匠が退屈そうに口を挟んだ。

 仕方ない。やり方を、発想を変えよう。

 俺の身体を調べた師匠曰く、俺の魔法分類は《循環》、属性は《肉》。魔力を水ではなく血に混ぜて、血管に流し込む――ッ!!

「イッツゥ!!」

「おい大丈夫か!?」

 全身が内側から張り裂けそうだ。全身の血管が肉を鞭打つような鋭い痛み。血に魔力が入り込んで、量が増えている。頭痛、吐き気が特に酷い。師匠が俺の脇に手を入れて、持ち上げて顔色を見てくる。軽く揺さぶられると、段々と血以外にも魔力が馴染んできて痛みが引いていく。

 目に魔力が馴染んだあたりで、師匠は異変に気がついた。

「オイオイお前アホか!? いや教えてなかった私がアホか!? とりあえずアホ!!」

「何が、だ?」

 師匠が俺を地面に下ろすが、体がふらついて、思わず師匠の脚にしがみついてしまった。師匠はそんな俺の頭を撫でながら、躊躇い混じりに口を開く。

「……お前が今やったのは杖の作成だ。木の棒とか指輪とか本とか、魔女と魔法使いは自分の属性に合わせた物に自分の魔力を混ぜて、作り替えて、自分の擬似的な分身を生み出すんだ。私の場合、属性が《金》だから、この指輪だ。我ながら悪趣味だとは思うぜ。……お前は《肉》だからどうしようかと思ってたが、こうなるのか」

「こうなった。とりあえず魔力は全身に行き渡ったぞ。あとどうしたらいい」

「あ、ああ、そうだな……」

 師匠の目に、心配の色が見える。言っちゃ悪いから言わないが、似合わない。

「杖は持ち主の自由自在に動き回る物だから、やろうと思えば思い通りに浮いたり飛んだりできる。手足が千切れないように気をつけながら、限界まで手を上に伸ばしてみろ。多分、それでいけるはず」

 言われた通りに、俺は真上に手を伸ばした。今まで散々硬い床で寝てきたおかげで凝り固まった肩が悲鳴をあげる。筋肉がつっぱり、関節のあたりがパキパキと音を鳴らす。

 もう限界だ。俺がそう認識して尚、手が天井に近づいていく。足が床から離れると、途端に身体が軽くなり、腕や肩への負担が無くなった。

「うおぉ??」

「杖は持ち主に合わせて変化するものだ。お前が魔力で浮いた以上、お前という杖は宙に浮く杖へと変化した、というわけだろう。……魔法使いの連中に見つかったら厄介だな」

「おおっ、飛べる! 今俺、飛んでるぞ!」

 異様にデカくて何もないアトリエを、俺は縦横無尽に飛び回っている!

「クハッ、クハハハッ! ハハハハハハハッ!! まぁいい! 師として、何より母として! 私がお前の成長を祝おうじゃねぇか!! おめでとうコンスタンタン!!」

「やっぱしまらねぇよその名前!!」

「気にすんな! 今日はこのまま町の空を巡ろう! デートしようぜデート!」

 師匠はそう言いながら、飛んでいる俺の近くまで勢いよく飛んできた。そのまま俺の腕を強引に捕まえ、ゴーレム用の裏口から町へ飛び出た。




 魔導師には人権が存在しない。つまりは奴隷と同じだ。飼い主が人か国か、それとも野良の違いでしかない。魔法少女は国の命令であればなんでも滅ぼさねば自由と日常は与えられないし、魔法使いは研究成果を国に売ることで自由と日常を買い取っている。

 そして魔女は、そもそも国に相手にされない代わりに縛りも少ないが、全てを自分で成し遂げなければならない。何があっても国は助けてくれないし、しかし税金は払わないと国に居られないし、稀に理不尽な命令を下される。

 師匠は町の人たちにゴーレムという労働力を貸し出すことで、税金を稼ぎ居住を認められている。人より働けて、なのに人より人件費が掛からず、食事も休憩も不要のゴーレムの需要は計り知れない。

「いいもんだろう! 人間を見下すってのは!」

 一週間前まで姫の奴隷として、腰の上を見上げていたのに、いつの間にか城より高い位置から見下している。

「ああ! 悪くない!」

「これが私たち! これが魔女だ! どうだ最高だろう! クッハハハハハ!!」

「良いっ! 良いっ! 散々女に抱かれてきた人生が嘘みたいだ!」

「アァン? んだそれ聞いてねぇぞ! あとでその話聞かせろ! 聞きたい! 超聞きたい!」

 空を飛び回りながら騒ぐ俺と師匠を、町の人たちが見上げてくる。中には指差し叫ぶ者も。

「おいオートゥイュ! さっさとゴーレムこっち寄越してくれー!!」

「パン屋の後に持たせてからそっち行くぞー! あ、あとで買いに行くからいい感じの残しといてくれ! 牛と豚と人!」

「人が食いたきゃ奴隷買ってこい! ウチにゃねえよ!」

「冗談だ気にすんな! あと人の肉は不味いから仕入れても売れねぇぞ!」

「そもそも仕入れ先がねぇよバーカ!」

「オートちゃん! うちの野菜も買ってくんな〜!」

「じゃがいもとキャベツー! あ、トマトのおまけはいらねぇからな!」

「遠慮しなさんな〜! 今日も付けとくよ〜!」

「いらねぇつってんだろ! 嫌いなんだよトマト!」


 うん、これで人権ないとか嘘だ。地位的に奴隷と同等とか、ありえねぇ。

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